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018.バルベル最高会議

「以上で本日の議題はすべて終了となりますが、他にこの場で報告または議論すべき事案があれば挙手をお願いします」


 議長のギンガミル支部長は(うやうや)しく議事進行を務めていた。


 バルベル迷宮ギルドにおける最高機関であるバルベル最高会議は現在滞りなく進行中であり予定時間より三十分ほど早く終わりそうな雰囲気だった。


 最高会議は年二回の定例会議と議員の招集に基づく臨時会議の二種類があり、本日は前者の定例会議が開催されていた。


 構成メンバーはギルドマスターと各支部の支部長、他に予算局・監査局・保安局の各局長からなる合計八名。


 定例会議の開催場所はセインのギルドハウス二階にある会議室天とギルド憲章に定められているため、今回もセインで執り行われていた。


「議長、よろしいですか?」


 手が挙がる。


「どうぞ、ハキーム局長」


 議長が発言を促したのは、監査局長のサイラス・アブドゥーラ・ハキーム。

 親子三代に渡り監査局長を歴任する筋金入りの堅物で、ギルドマスターの片腕とも言われる四十一歳。


 発言許可を得たハキーム局長がゆっくりと立ち上がる。


「これはまだ不確定情報ではありますが、ギルド全体の運営に関わる問題となる可能性も考えられますので、現時点で共有させていただきます」


 一旦発言を区切るハキーム局長。

 重大な事案かという懸念から誰も言葉を挟まず静かに続きを待つ。


「ギルド内部に外部からのスパイないしは何らかの意図を持つ工作員が潜入している可能性があります」


 予想していたものより遥かに深刻な報告に一同騒つく。


「ハキーム局長、それは本当なのかね」


 オグリム支部のエドゥアルド・マッカーシー支部長五十歳が緊張した面持ちで尋ねる。


 本当に何者かが侵入したとなれば塔の玄関口であるオグリムの警備体制にそれを許す抜け道があったことに他ならない。

 自らの責任問題というよりも現状の問題とその改善を早急に進めねばならないという使命感からくる発言だった。


「現段階ではあくまで可能性がある、としか申し上げられません。幾つか不審な事案がここニ、三ヶ月内に複数発生しているという所までで、現在それらの詳細と共に関連性について調査を進めている所でございます」


 ハキーム局長は直立不動で淡々と答える。


「その不審な事案というのは具体的にどんなものなのかね」


 マッカーシー支部長が更なる情報開示を迫る。


「それにつきましては調査の方がもう少し進展してからご報告させていただきたく。率直に申し上げて、ギルドの管理職クラスの関与が疑われておりますので、こちらにおられます支部長の皆様にも多少は責任上の問題が生じる可能性がございます」


 各支部長が信じられないという表情でハキーム局長を凝視すると、其の後お互い顔を見合わせる。


「まさかとは思うが……」


 口を開いたのは保安局長のリン・アマギ。

 若干二十六歳にしてギルド保有戦力の最高峰に君臨し、治安維持部隊『審判(ジャッジメント)』の総隊長並びに一番隊隊長として全隊を牽引するカリスマでもある。

 バルベル最強との呼び声も高く、バルベル最大規模を誇るクラン『マグマリオ』のリーダー、マリオ・ヴォルデオーネと双璧を為す存在として畏怖の対象になっていた。


「その管理職クラスとやらが支部長の可能性もあるのか?」


 リンが音もなく立ち上がり柄に手をかけると、たちまち会場に殺気が満ちる。


「アマギ君、やめたまえ」


 議長が落ち着いた声で毅然と諭す。

 さすがは議長、さすがは年の功。


「失礼」


 リンが着席して殺気を収めると会場の空気が安堵にとって変わる。


「その点も含めて現在調査中である、としか申し上げられませんが、あくまで小生の所見では可能性は低いと見ております」


 相変わらず淡々と話すハキーム局長。

 リンの殺気にも微動だにしなかったのはさすが。


「……そうか」


 リンが納得したように目を閉じる。


 心拍が爆上がりしていた者たちもやっと気持ちが落ち着く状態まで安定した模様。


「なかなか興味深い報告、ありがとうサイラス」


 ギルドマスターのオスカーがハキーム局長の労をねぎらう。

 僅かに身を乗り出してテーブルに両肘をのせ、組んだ両の手を浮かせたポーズをずっと維持したまま視線だけを動かすのがオスカーのいつもの姿だった。


「ひとつだけ付け加えさせてください陛下」


「構わないよ、サイラス」


「今回の報告を受けて今後のギルド運営への影響がないよう、皆様方におかれましてはくれぐれもよろしくお願いします」


「それはつまりどういうこと?」


 エンダ支部長のキャサリン・デンデロークス四十八歳がやや棘のある口調で聞き返す。


「疑心暗鬼になって職員を疑うような言動や、既存のフローに手を加えたり新しいルールを導入するなどの余計な事は厳に慎んでいただきたい、という意味です」


 支部長の何人かが苦虫を噛み潰したような表情で顔を背ける。

 早くも何かやるつもりで考えていたのかもしれない。


「誤解しないでください。皆様が本件を真剣に受け止め何らかの形で協力しようとされるお気持ちは大変有り難いのですが、これは通常の事案とは異なり諜報活動に属するものなのです。騙し騙され目的の為には如何なる手段も厭わない、そのような類のやりとりに精通していない方が安易に手を出すようなことは事態の解決になんら寄与しないという事をどうかご理解ください」


 深く頭を下げるハキーム局長。


「よくわかりました。ご丁寧にありがとう」


 暫しの静寂の後、デンデローク支部長が謝罪のニュアンスで礼を述べる。


「もういいよ、サイラス。掛けてくれたまえ」


「はい」


 オスカーの指示で着席するハキーム局長。


「本件については他言無用だ。可能であるなら忘れてもらった方がいいのだが、それが無理ならせめてサイラスの言ったことをよく理解した上で今まで通り職務に励んでくれたまえ」


 無言のまま頷く四人の支部長。


「フィリップ」


 オスカーが議長を促す。


「では他に何かある者はいますかな」


 おや、口調が素に戻ってますよ議長。


 無言でリンの手が挙がる。


「ではアマギ君、どうぞ」


 リンは即座に立ち上がりメンバーを右から左へ眺めた後、唐突に話しだした。


「最近、迷宮内で冒険者が何者かに襲撃されるという事案が続いている。中層で一組が襲撃され死亡一名、重症二名、負傷二名。下層で二組が襲撃され死亡二名、重症五名、負傷一名。いずれも襲われた者の証言から相手は魔物ではなく人間である可能性が極めて高い」


 ここで少し間を置くリン。

 少しざわつくがすぐに鎮まり報告の続きを待つ。


「今の所はこの三件が報告されているのみだが、発生頻度と場所から鑑みるに次は底層が危ないと我々は見ている」


「なんと! それは本当なのか……。あぁ、いやすまん。続けてくれ」


 思わず発言を遮ってしまった議長がすぐさま謝罪する。


「スタルツとオグリムでは念のため迷宮入りする冒険者全員に注意喚起をすると同時に各関所(ゲート)での監視体制の強化をお願いしたい。以上だ」


「議長」


 リンが着席するのとほぼ同時にマッカーシー支部長が手を挙げる。


「発言を許可します」


 議長の許可を得て立ち上がるマッカーシー支部長。


「今のアマギ局長の話ですが、中層の冒険者で死者が出るレベルの襲撃者ということになりますと、議長の所を合わせても我々底層下層ブロックの構成員だけでは対応しきれないのではないかと推察致します。その辺り、保安局長におかれましてはどのようなお考えか、是非聞かせていただきたい」


 隣に座るリンを見下ろしながら反応を待つマッカーシー。


 リンは目を閉じたまま微動だにしない。


「アマギ君、どうだね。私としてもエドと同じ気持ちなのだが」


 議長の言葉にリンは目を開くと再び立ち上がる。


「当局執行官の三番隊をオグリム支部に常駐させ出口を完全封鎖。然る後に一番隊がエンダから各階層を警邏しつつ塔を下る。その際、可能であれば警邏の人員については冒険者からも協力願いたい」


 一旦間を空けて内容を咀嚼する時間を作るリン。

 内容が衝撃的過ぎて私語が横行する。


審判(ジャッジメント)を直接投入するのか」

「おお、しかも局長自ら」

「二隊も動員して大丈夫なのか」

「オグリム封鎖だと?」

「封鎖はどれくらいの期間になるのだ」

「エンダからやるのか」

「冒険者はどういう基準で選ぶのか」

「それで本当に襲撃者が捕らえられるのか」

「上の階層に逃げられたらどうするのか」

「一般の冒険者とどう見分けるのか」


 喧噪の中、デンデロークス支部長の手が挙がる。


「議長」


「発言を許可します、キャサリン」


「はい、では」


 恭しく立ち上がるデンデロークス支部長。


「アマギ局長の策を有効に機能させるためには必要なピースが足りていないと思われます」


 ほんの一瞬だがリンの口の端に僅かに笑みが浮かんだ。


「続けて下さい」


 議長がデンデロークス支部長に促す。


「囮が必要ですよね、アマギ局長」


 ちょうど正面に座るリンをじっと見つめるデンデロークス支部長。

 そしてこの発言は更なる物議を醸し出した。


「囮だと?」

「どういうことだ」

「襲撃者を誘き出す餌か!」

「誰が囮になるのか」

「いや危険すぎる」

「そんなことは認められん」

「万が一の補償の予算が……」

「誰がそんなもの引き受けるのだ」

「まさかそれも騙すのか」

「馬鹿なッ、ありえん」

「待て、アマギ局長の見解を聞くのが先だ」

「そうだな」

「どうなんだアマギ局長」


 私語ではあるが指名されたとなれば致し方ないと言わんばかりにリンは議長に一瞥をくれると、議長の頷きを確認した上で起立する。


「デンデロークス支部長の指摘だが、正にその通りだ」


 再び騒めく。

 だが今度はお構いなしにリンが続ける。


「人選についてはうちの予備隊から見繕うつもりなので心配無用。ただ襲撃者がターゲットにし易いよう一般からも一組協力していただきたい。その選抜については冒険課の方に一任できればと考えている。また、協力者の安全確保には我が隊が全力で当たるので信頼していただく他ない」


 必要なことは全て話したつもりなのか、言い終わるなり着席したリンはそのまま腕組みをして目を閉じる。


「議長」


 今度はペンデルトン支部長が挙手。


「発言を許可します、アラン」


 言いつつデンデロークス支部長には座るよう手で合図する議長。


「僭越ながら、只今のアマギ局長の提案につきまして私見を述べさせていただきます」


「まず第一に、エンダから始める必要はないと思われます。囮を用意するのであればその餌を最大限効果的に使ってスタルツから始められるようにすべきかと」


「第二に、囮に予備隊員をお考えとの事だが賛成しかねます。一つには力量的な問題。もう一つには協力する冒険者との関係性において囮を看破される恐れがあります」


「第三に、審判(ジャッジメント)のうち二班を本件に投入することで塔全体の保安上のリスクを招くのは疑いようのない事実です」


「以上の事から、アマギ局長の唱えられる作戦には反対です。囮を使うのであればそれを主軸にした、より効率的且つ安全な作戦にて実施するべきというのが私の考えです」


 話し終わったペンデルトン支部長が着席すると、またぞろ私語が始まる。


 リンは姿勢を崩さず無言のまま。


「静粛に。意見のある者は挙手を」


 物言いたげな顔は幾つか見て取れるが誰も手を挙げるまでには至らない。


「議長いいかな」


「どうぞ」


 沈黙を破ったのはオスカーであった。


「先程のアランの意見には傾聴すべき点が幾つかあったように思う。リン君の発案は些か直線的過ぎるきらいがあるからね。となれば手練手管の監査局の意見も是非とも聞いてみたいのだが……サイラス」


「はい」


 ご指名に預かったハキーム局長がすっくと起立するとオスカーに向かって斜めに体を向ける。


「僭越ながら申し上げます。囮作戦というアイディアは非常に良いと考えます。またオグリム封鎖に保安局執行官の第三隊を用いるのも妥当かと。しかしながらそれ意外の部分につきましては改めて根本から立案し直す必要があるかと存じます」


 おお、と複数人から声が上がる。


 さすがのリンもこの発言は看過出来なかったらしく、左眉がピクリとした上に口元がやや歪んだのだった。


 一方のペンデルトン支部長は我が意を得たりとばかりにうんうん頷いている。


「ありがとうサイラス。実は私も同じような所感を抱いているのだよ」


 ほお、と今度は感心したような声。

 

 ハキーム局長が満足そうな顔で着席すると再び騒めきが起きる。


「陛下、何かお考えでも?」


 議長が堪らず尋ねる。


「うむ。実はまるっきりないわけでもないんだが、これについてはこの後少しフィリップとアランに相談させてもらえないか」


「私に、ですか? それは構いませんが……」


 何の相談なのかと訝る議長。


「私は構いません、陛下」


 ペンデルトン支部長がやたらと上機嫌で威勢のいい返事を返す。


「うむ、ではよろしく頼むよ。まずは会議を終わらせてしまおう、フィリップ」


「お待ちください!」


 リンが立ち上がっている。


「その場に我々保安局が立ち会うのは許されないのでしょうか」


 ギルドマスターであるオスカーの決定に異を唱えるに等しい発言に場が静まり返る。


「アマギ君、気持ちはわかるが自重したまえ」


 議長が小声で呼びかけるがリンは一切反応しない。


「今一度ご再考願います」


 一歩も引かないリン。


「アマギ局長……」


 デンデロークス支部長が正面のリンに頭を振りながら訴える。


 マッカーシー支部長は隣からリンの服の裾を引っ張って座れと念を送り続けている。


「リン君」


「ハッ」


 オスカーの呼びかけに畏まって声を張り頭を下げるリン。


「君には、追って、決定を、伝える。不服があるようならその後にしたまえ」


 一言ずつ区切りながらの有無を言わせぬ通達。

 それ以上何か言うためには不敬罪に問われる覚悟が必要な雰囲気だった。


「……御意」


 いかにも渋々といった様子で着席するリン。

 これまでの態度とは打って変わって俯いたまま。

 おそらくは閉じた唇の裏で歯をギリギリと噛みしめているに違いない。


「では次の議題がある者、何かあるかね」


 いそいそと進行に戻る議長。


 挙手はなかった。

 直前のやりとりが強烈すぎて萎縮しているのかもしれない。


「では私の方から二つほど。いいかね、フィリップ」


 まだ二件もあるのか、と内心思った者は少なくなかったはず。


「もちろんです、陛下」


「ではまずひとつめ。主にメルクリオに対するものだが、波の予算について増額を検討してもらいたい」


「へ、陛下ッ! よろしいでしょうかッ」


 思わず議長ではなくオスカーに発言を求めてしまうメルクリオ。


「構わんよ」


「増額の規模についてはどのようにお考えでしょうか」


「そうだな、例年の二倍程度ではどうだろう」


「にッ、二倍ですかッ!?」


 思わず声が裏返ってしまったメルクリオ。


「そうだ。あくまでも私の予想に過ぎないのだが、先日の底層の件もあって近いうちに波が来るのではないかと考えている。しかもその規模は過去に例のないものになる可能性が高い。例えるなら『大波』のようなものだ」


 大波……と口々に呟きが広がる。


「しっ、しかしながら陛下。急に二倍の予算を計上するとなると財源が……」


「そこでふたつめ。塔内での採掘をもっと活性化したい。足りない財源を採掘した鉱石によって充当する意味もあるが、もっと先々のことまで考えて採掘作業員の質を全体的に底上げすると同時に採掘のスペシャリスト育成を急いでほしいのだ」


「へ、へへ、陛下ッ! それは予算局の職域を越えておりますッ!」


 顔面蒼白になったメルクリオの嘆願は悲鳴のような音域にまで達していた。


「もちろんだメルクリオ。ああ、すまない。今のは話の流れで続けてしまったが採掘の件は別な者に担当してもらうつもりだ。予算局にはあくまで予算確保という部分で関わってもらいたい」


「そ、そういう事でしたらハイ、精一杯やらせていただきますッ」


 やっと落ち着いたメルクリオが額の汗をハンカチで拭き拭きしながら承諾する。


「陛下、なぜ今採掘なのか伺ってもよろしいですか」


 座ったままデンデロークス支部長が尋ねる。


「前回階層突破(オーバーテイク)したのはいつだったか覚えてるかね」


「ええ、四年前ですよね」


 四年前の新暦一一一一年に当時まだ塔内では無名に近かったパーティ『深淵アビス』が第三十三階層を突破したのが最後の階層突破(オーバーテイク)であった。


「そう。これまでの塔の記録を調べたところ、階層突破(オーバーテイク)から五年後に波が発生する可能性が高いというのがわかったのだよ」


「五年というと...来年ですか!?」


 大きくざわつく局長たち。

 無理もない。


「しかし陛下、それが採掘とどういう関係があるのでしょうか」


 今度はマッカーシー支部長が質問する。


「これは話すと長くなるのでだいぶ端折った形になるが、端的に言うと我々が怠惰であるということだ」


 ポカーン。


「塔は我々の怠惰を戒めるために波を起こす。私はそう考えているんだよ」


「怠惰を戒める……ですか」


 マッカーシー支部長のみならずこの段階でオスカーの発言の真意を正しく理解している者は誰もいない。


「現在上層での採掘は行われていない。それは何故かね」


「採掘の安全が担保できないからです。採掘の護衛任務にAクラスSクラスの冒険者を長期拘束するのはお互いにとって利益になりませんので……」


「だが、バルベルでは高い階層ほど鉱物の質がよくなる。凪にしてでも上層の採掘を進める価値はあるのではないかね」


 凪とはある階層において一定期間(平均二週間程度)魔物が一切現れなくなる現象のことを指す。

 その階層にいる魔物をリポップ前に全て討伐することで発生する。

 達成するのは容易ではなく、大規模な招集で冒険者を募り担当エリアを分担の上、対象階層に同時に送り込む必要があった。


「し、しかし陛下。上層を凪にするとなると上位冒険者を相当数動員する必要が出てまいります」


「ではそうしたらいい。なぜやらないのかね。上位冒険者たちは今、何をしているのだ」


「そ、それは……」


 マッカーシー支部長自身はオグリムにいるので上位冒険者の動向には明るくなかった。


「アラン、君の見解はどうだね」


「少なくともセインにいる上位冒険者たちは日々鍛錬しています。上層に入るにはそれなりの準備が必要ですので毎日気軽に入れる底層や下層とはわけが違います。ましてや階層主(ボス)に挑むとなると二週間以上の滞在の準備も負担ですが何より命の危険が極めて高くなるため、やはりそのためのレベルアップに注力するのは致し方ないと私は考えております」


「だがもう四年だ。四年間誰も階層主(ボス)に挑戦すらしていないのだぞ」


 ……沈黙。


「採掘もできない、階層突破(オーバーテイク)もできない。これでは上層は開店休業状態と同じではないか」


 ……沈黙。


 会議終了の予定時刻はとうに過ぎている。


「今のままだと、我々はいつになったら第四十階層に辿り着けるのかね」


 ……沈黙――と思いきやリンが燃えるような目で挙手。


「リン君」


「ハッ。陛下がお望みとあらば、我々が階層主(ボス)討伐に向かいます!」


 直立不動でオスカーの命を待つ体勢のリン。


 一方会場はざわついている。


「いや、それには及ばないよ。例えリン君たちでも階層主(ボス)に挑むとなれば無傷では済まない。塔全体の保安を犠牲にしてまでやることではないと私は考えている」


「しかしッ――」


 前のめりで言葉を継ごうとするリンをオスカーは右手だけで差し止める。

 先程の一件があるためか、さすがに今回は自重するリン。


「アラン、『マグマリオ』は何故動かないのかね」


「そ、それは……マリオ君には何度か話を持ち掛けてみたのですが、危険を冒して階層主(ボス)攻略に向かう意義が見いだせないと……」


 ペンデルトン支部長が苦しい言い訳をすると再び会場に私語が溢れる。


「なんだと!」

「支部長に対してそんなことを言ったのか」

「最大クランがその体たらくでは他の冒険者に示しがつかないのでは」

「あやつはクランの利益を吸い上げているだけではないか」

「思い上がりも甚だしい」

「あそこは度々問題を起こしているので少し厳しく対応する必要があるのでは」

「みなさん、静粛に。静粛に」


 議長の言葉でようやく静かになると、それを待っていたかのようにオスカーが話し出す。


「つまりそれが冒険者の現状ということだ。膠着状態というよりもマンネリ化していると言うべきか。私はこの現状を変える必要があると考えているのだが、諸君はどう思うかね」


「私もそう思います」

「同意します」

「賛成です」

「私も同じ気持ちです」

「御意」

「御心のままに」

「よ、予算はどうなりますか」


 パン!


 とオスカーが手を叩く。


「よろしい。そこでだ。話が脱線してしまったように思うかもしれないが、これは採掘の話なのだ」


 一同ここでようやく思い出す。


「上層での採掘を可能にすることでギルドの収入が格段に増える。もちろんそれに伴う出費もあるだろうがそれは採掘量との兼ね合いで調整可能だと考えている。増えた収入を階層主(ボス)討伐クエストの報酬に加算する。成功報酬だけでなくチャレンジ報酬としても、だ」


 チャレンジ報酬とは、クエストに例え失敗したとしても一定の成果があれば報酬の何割かを受け取ることが出来るというもので、高難度クエストでは一般的に付与されている条件である。

 成果には段階が定められており、達成段階に応じた報酬が得られる。


「採掘作業員の安全という課題については、上位冒険者を採掘作業に従事させることで解決したい」


「なんと!」

「上位冒険者に採掘を、ですか?」

「それは……」

「冒険者が承知するかどうか」

「底層ではそういう者もいるらしいが」

「いや、討伐と採掘をセットにするなら可能かも……」


「そう! 今、キャサリンが言った通りだよ。採掘エリアの魔物討伐と採掘をセットで行うんだ。一通り討伐してしまえば採掘中は少人数の見張りで済むはずだ。採掘はやりたくない、という者はその見張り役をやってもらえばいい。それもイヤならまぁ最悪討伐だけで帰ってもらっても一向に構わない」


「なるほど」

「それなら報酬もある程度高額に出来る」

「冒険者リソースの有効活用か」

「いずれにしろ冒険者に採掘の訓練が必要になるな」

「それもいっそ報酬をつければ問題ないのでは」

「採掘専任者は後から追加でもいいわね」

「だが専任者はあまり大人数でない方がいい」

「それでスペシャリストなのか」

「重要な鉱物は少数精鋭のスペシャリストに任せると」

「採掘期間や量はこの作業の練度に応じて徐々に増やせばよいのでは」

「エンダ止まりの冒険者もこれでセインに上がる理由ができる」

「全体的に各層の人口が底上げされるかもしれないな」


「だいたい理解してもらえたようだね。具体的な部分については諸君に任せよう。これはセインの課題でもあるから取りまとめ役はアランにお願いすることになると思うが」


「もちろんです。謹んでお受け致します」


 起立したペンデルトン支部長が左胸に手を当てて意気揚々と答える。


「わかっているとは思うがこれは喫緊の課題だ。アランとメルクリオであらかた形になった所で緊急招集をかけてもらいたい」


「仰せのままに」

「承知しました」


「私の方からは以上だが……」


 オスカーがチラと議長を見やる。


「皆さん、時間も時間なので本日はこの辺でお開きとしませんか」


 議長が会場を見渡しながら告げると、皆頷いたり目で同意を送ったり。


「それではこれにて定例会議を閉会とします。お疲れ様でした」


「お疲れ様でした」


 一同発声と同時に立ち上がり動き出す。


 それぞれ一礼して会場を後にする中、リンだけは扉の前で立ち止まり暫くオスカーたちの方をじっと見つめてからふぅと一つ溜息をついて出て行った。


 会場に残ったのはオスカーとギンガミル支部長、ペンデルトン支部長の三人。


「それで相談というのは……」


 ペンデルトン支部長が口を開いたところでオスカーが口の前に指を立ててシーッとやる。


「関係のない者は出て行きなさい。これはギルドマスターとしての命令だ」


 扉の方に向かってオスカーが厳しい声を発する。


 直後、何かがすっと扉の間から出ていった気配。

 もちろん目には何も見えていない。


「今のはもしかしてアマギ局長の?」


 ペンデルトン支部長には思い当たる節があるようだ。


「うむ、確かカムイとかいう従者だったか」


 ギンガミル支部長も知っているらしいカムイだが、リンの従者で詳しいことはリン意外誰も知らない。

 常時【隠遁】で姿と気配を断ち、リンの護衛をしているのだという。

 しかし、その存在が支部長に知られ過ぎではないかと思うが……。


 立ち去る気配を確認してすぐ扉を閉めにいったオスカーが戻ってくる。


「さぁ、これでもう邪魔は入らない」


「囮の件、でしたか。具体的に心当たりがおありなのですか?」


 ペンデルトン支部長がオスカーに尋ねる。


「私にはすぐ思い浮かんだ人物がいる。ちょうど今、セインに来ているそうではないか」


「セインに? ……あ、まさか」

「オスカー、本気なのか」


 二人ともすぐに察するあたり、さすがである。

 ギンガミル支部長に至っては思わずギルドマスターを呼び捨てにしてしまうほどの驚きぶり。


「彼ならきっとうまくやってくれると私は信じているよ」


「ううむ、確かに彼以上に適任と思われる人物がいるとは……」


「しかしだな、みすみす危険な任務に送りこむなど、しかも我々の手でというのは……」


 逡巡するギンガミル支部長にオスカーが声をかける。


「実はつい昨夜なんだが、ジーグ君に会ってね」


「ああ、あのS級案内人(ガイド)の。お知り合いだったのですか」


「フフフ。それで彼から面白い話を聞いたんだ」


 オスカーがジーグから聞いたという話を二人に話し始めたのだが、これがまた長くなるのでもうこの辺で終わりにしよう。

 その内容は既に知っていることなので。


 ジーグが果たしてオスカーにどこまで話したのかについては確かに興味はあるのだが――。

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