017.S級案内人(二)
レイチェルは第二十七階層で道に迷いかけていた。
同じ階層をついこの間通ったばかりだというのにメインルートを外れて進行方向も逆だとこうも勝手が違うのかと身をもって案内人の必要性を実感してしまった。
いや自分がその案内人だよ!
と心の中でツッコむのも空しい……。
「ん?」
いま何か音がした気がする。
そう言えばこの階層に来てから妙に静かというかこれだけウロウロ迷っていれば魔物のニ、三体は遭遇してもよさそうなものだが、気配すら感じられない。
レイチェルは探査系スキルもなければ特段鼻が効くわけでもなく聴覚も人並みではあるが第六感的な超感覚が物心付いた頃から飛び抜けていた。
但しそれは必要な時にいつでも発動するような便利なものではなく全くランダムでいつ何時来るかまるっきりわからないため使い勝手が悪いことこの上ないのであった。
残念占い師と呼ばれ揶揄された時もあった。
そんななんちゃって超感覚が今まさに発動した。
オーガズムに似た強烈な快感がレイチェルの背筋をぞくぞくさせながら腰から脳天まで突き抜けていく。
「んァッ……」
かろうじて声を抑え込むとぶるっと身を震わせ、ひと呼吸して素に戻る。
「うん、こっちね」
確信をもって森の中を突き進むレイチェル。
その先に何があるかまで果たして見えているのかは本人のみぞ知る。
* * * * *
「ん? 初めましてだったか?」
記憶の糸を辿るジーグ。
「はい、たぶん。だってお話するの初めてですよね」
「そう……そうだった、な」
あまりに色々なことを思い出し過ぎてしまいちょっと意識を持っていかれかけていたジーグが曖昧に答える。
「でも前に何度かお会いしてますよね」
「覚えてたのか?」
直接ヤンと会話したことはないはずなのに、同じ時間を共有していただけの記憶があるとは。
ジーグは改めてこのヤンという少年に感心するのだった。
「じゃあジーグさんも覚えててくれたんだ! ……あ、くれてたんですか」
思わずタメ語になってしまったのを慌てて言い直すヤン。
ここまではうまくやれていたのにな、と心の中でほっこりするジーグ。
「いやいいよ別に普通に話して。誰でもタメ語が信条なんだろ、確か」
そんなギルド職員の噂話をどこかで聞いたような気がする。
「別に信条ってほどでもないんだけど」
さすがにバツが悪そうにしながらも嬉しさが止まらないヤン。
ジーグはヤンを促して近くのやや盛り上がった場所へ移動すると、二人並んで座り込む。
「最初は七年前くらい……だったか。マスターの店で、たしか初めてお前がエルさんと一緒に町を出て迷宮に入った日とか言ってたな」
マスターの店というのはセインにある人気飲食店で昼は食堂、夜は居酒屋といったメニュー構成で営業していた。
『バルベル30』という何の捻りもない店名だが、シェフ兼店主の名前から呼ばれるようになった『デリックの店』の方が圧倒的に通りが良いのだった。
「すごい! ジーグさんそんな昔のことまで覚えてるなんて!」
「ヤンは覚えてないのか」
「だってボクまだその時三歳だよ。覚えてるわけないよ。あ、初めてフォレストウルフを見た日のことは覚えてる! あれ、同じ日だったのかなぁ」
覚えてるわけないと言いつつもちゃんと記憶を辿れているのがすごい。
「たぶんそうだ。フォレストウルフに乗りたいって駄々をこねて困らせてたからな」
※人間はフォレストウルフには乗れません。
「え、ボクそんなこと言わないよ。変なこと言わないでよジーグさん」
「いやいや、マスターも女将さんもあの日のことは覚えてるはずだぞ。かなり派手に駄々をこねてたからな。エルさんが心底困ってたし、それを見てみんなが笑ってたんだ。そう、みんな笑ってた……」
女将さんというのはマスターであるデリックの妻で一緒に店を切り盛りしているモナーザのことである。
尚、以降出番があるかどうかは定かではない。
「とうちゃんが……」
ふいに遠い目をして静かになるヤンを見て、ジーグが少し慌てる。
「大丈夫か、ヤン」
「うん、大丈夫。みんなとうちゃんの事でボクに気を使いすぎだよ。なんか息苦しくなっちゃうからホント普通にしててほしいなぁ」
すっかり元の調子に戻っているヤン。
そんなことを思っていたなんて、とジーグは申し訳ない気持ちになる。
これは全ギルド職員、いや全塔民に周知すべきことではないのか。
「そうか、息苦しいか。悪かったな。みんな悪気はないんだ。むしろお前と同じくらい抱え込んでるヤツも沢山いると思う。だからお互い地雷を踏まないよう気を付けてるだけなのさ、たぶん」
「ジーグさんもそうなの?」
相変わらず鋭いヤン少年。
「オレ? いや、オレは別に……」
「だってとうちゃんとは友達だったんでしょ」
「友達……そうだったら光栄なんだがな」
今度はジーグが遠い目をする番だった。
いつか、ヤンにもっと色々なことを話せる時が来るのを待っているような、怖れているような……。
「ヘンなの」
「ははは、そうだ。オレはヘンなんだよ」
「ねえ、あとは? 別な時も会ったことあるよね」
「そうだな、ラノックの家族みんなと一緒に来てた時もあったな。あれはたぶんヤン、お前の誕生日だった」
「あ! あれか。 ボクが五歳の時の!」
「たぶんそれだ」
「あれ、ラナが家族だけでやりたいって訊かなくってみんなで説得してやっと外食を納得してもらってデリックさんの店に行けたんだよ」
またその店か。
どんだけ好きなんだよ。
「そうなのか。みんな楽しそうにしてたぞ」
「まあね。ラナは切り替えが早いのがいい所だから」
「確かヤンは将来なんの仕事をやるかで大騒ぎになったんだ」
「え? そんなのあった? ボク全然覚えてないんだけど」
「ああ、それは女子供が帰った後だったからな。エルさんとラノックとマスターと女将と……ああ、確か他にもガンツとアランとオスカーがいたはずだ」
女子供の中に女将さんは入っていないのか。
まぁ従業員側だから仕方ないな。
「なにその豪華オールスター大集合!」
純粋な驚きと不思議なわくわく感を瞳に湛えてヤンが身を乗り出す。
「ほぉ、面白い表現だな」
「だってその後から出てきた三人なんてもうセインの超有名人ばっかりじゃん!」
「まあそう言われればそうだな」
説明しよう。
ガンツは既に一度登場しているが、セインにある鍛冶工房の主人ガンツ・ワルベルク。
アランはギルドのセイン支部長をしているアラン・ペンデルトン。
オスカーはバルベル迷宮ギルドの最高責任者たるギルドマスター、オスカー・フォン・オグリムント。
いずれも泣く子も黙る超有名人でありバルベル迷宮における大御所と言える存在なのだ。
「それでそれで? ボクは何の仕事になったの?」
「案内人派が三人、冒険者派が三人、鍛治師が一人だな」
「あーガンツさん! その一票が大事なのに!」
「ははは。で、意外だったのはエルさんが冒険者を推してたことだな」
「え!? とうちゃん、ボクを冒険者にしたかったの? そんなの聞いてない!」
ヤンがムキになって突っかかってくる。
「だろうな。でもエルさんも元冒険者だったからそれもあったのかもしれない」
「それは知ってるけど、とうちゃんはもっと案内人の仕事に誇りを持ってると思ってたのに……冒険者にそんな未練が残ってたなんてショックだよ」
「それはどうだろうな。そんな単純なことじゃない気もするが。そもそも最終的にはヤンの気持ちが一番大事だって言ってたし、みんなそれにはうんうん頷いて……プッ。思い出したらなんか鳥みたいで気持ち悪かったな」
鳥とは……?
「ふーん、そうなんだ。なんか楽しそう。ボクも一緒にいたかったなぁ」
「お前はラノックのりんご酒を飲まされてあっという間に眠りこけてたからな」
「えー、それであんまり覚えてないのかー……っておじさんなんでお酒なんて飲ませてくれちゃってんの!? せっかくの誕生日がぁ~」
「いや何年前の恨みだよ」
「ねえ他には? まだあるでしょ」
「なんだよ覚えてるなら今度はお前から言ってくれよ」
「ならあれ! ジーグさんが女の人にフラれて落ち込んでた日!」
いきなり物凄いのをブチ込んできたなオイ。
「そんな日はないッ」
今度はジーグがムキになって反論する番だ。
「あるある。ジーグさん泣きべそかいてたもん!」
「かいてねーよ。そんなみっともない真似するわけないだろ。いやいやいや、そもそもオレはフラれたりしてないから!」
思わず人格者風の口調がくだけて素になってしまったジーグ。
これがヤンの狙いだったのか。
「おっかしーなー。絶対あったよ。ジーグさんカウンターの一番奥で一人でずーっと飲んでて」
「…………」
おやおや雲行きが怪しくなってきましたよ。
大丈夫ですかジーグさん。
「とうちゃんやおじさんやマスターなんかが代わりばんこに慰めに行ったけど全然話聞いてくれないって。女将さんだけはあんなのほっとけばすぐ元に戻るよっていってたなぁ」
「…………」
引き続き無言のジーグ。
フラれたかどうかはさておき、その状況にはどうやら心当たりがありそうな雰囲気。
「女将さんの言う通りだったね」
「……うるさいな」
それでも言いたくないらしい。
ヤンもそろそろ許してやるか的雰囲気で少しインターバルを開ける。
ここは迷宮の中だというのに微かに風が吹き抜けていったような気がした二人。
「あともう一回あったよね……」
それまでとは打って変わった口調で話すヤン。
敢えて感情を押し殺したような平板な口調。
「ああ。あの時だな」
ジーグの方はわかりやすく深刻になる。
あの時……それはエルが戻ってこないという知らせがギルドに入って、関係の深かった人たちがこぞってセインに駆け付けたあの日――。
「声もかけてやれなくてすまなかった……」
鮮明にその場面を思い出したのか、痛恨の極みといった風のジーグ。
「いいよ別に。みんな大変だったんだろうし。でももし話しかけてくれてたらもっと早くこんな風にお話出来るようになってかなって思うと……」
「思うと?」
うな垂れていた顔をもたげてヤンを見るジーグ。
「ちょっと残念。だってこんなに話し易い人だなんて思ってなかったんだもん」
「まぁ世間の評価じゃ真逆だろうからな」
自嘲気味の笑顔。
「ホント人の噂とか評判って全然当てにならないよね。あったまきちゃうなぁ」
急にプンスカ怒りだしたヤンを面白そうに見つめるジーグ。
「他にも心当たりがあるような口ぶりだな」
「あのね、この間底層で救難信号があった時なんだけど」
「ああ、お前が謹慎食らった原因の」
それでセインに里帰りしてるわけだからな、とみなまでは言わず続きを促す。
「そうそう……じゃなくてそれは今どうでもよくって、そん時に友達になったオンドロって人なんだけど、もうみんな酷いんだよ。あることあることちょっとないことまで尾ひれ羽ひれでさ」
「ヤン、それだとほぼ事実じゃないのか」
ないことはちょっとだけしか混じっていないほぼ事実ということになる。
「尾ひれ羽ひれの方だよ」
「そっちかよ」
ジーグのツッコミ、入りました。
「もう本人がすっかり自信喪失して自暴自棄になっちゃって誰彼構わず喧嘩越しになるわ全然仕事しないわで益々嫌われちゃって……」
「ヤン、それ全く同情できないんだが」
でしょうね、みんな同じ気持ちだと思います。
「ああッ、ジーグさんまで! 酷いよ」
「すまん、だが嘘はつけん」
「ええーっ……て感じだからなんとかしてあげたいんだよね」
急に落ち着かれて困惑するジーグ。
「友達って言ってたがその時初めて会ったのにどうしてそこまで親身になるんだ?」
そう、そもそもそれが謎すぎる。
「だって号泣したんだよ」
「ん? 誰が」
「オンドロが! あんまり卑屈になってるからもっと自信持って頑張れって励ましただけなのにもううわあああああって絶叫レベルの大号泣。まさか大人の人なのにあんな風に泣くなんて……ボクが泣かせちゃうなんて全然思ってなくって……」
「別にそれはヤンの責任じゃないだろう。気に病む必要ないんじゃないか?」
いや、泣かせたのは事実。
それを我々は知っている。
なんなら見ていた。
いや、読んでいた。
「うん、責任はないよ。そんなの言われても困っちゃうし。でもせっかくやればできるのにやらないで腐らせちゃうのってもったいないからさ」
「なるほど、もったいないか」
「ちょっとだけお手伝いしてあげようかなって思って」
「いいんじゃないか」
ヤンの表現にどことなく覚えがある気がしたジーグは血は争えないなと心の中で呟く。
「余計なお世話じゃない?」
「イヤなら断るだろう。断らないなら問題ないってことだ」
「だよね。良かった。ジーグさんがそういってくれて安心したよ」
まるでジーグが後押ししたから決めたみたいな言い方で圧をかけてくるヤン。
「おいおい、何かあってもオレのせいにはしないでくれよ」
「え、ダメ? ギルドに言い訳する時とか」
言い訳するような事態を既にやる前から想定しないでいただきたい。
「お前なぁ……最初からそのつもりだったのか」
「違うけどそれでもいいよ」
「で、何をするつもりなんだ?」
「特訓」
「特訓?」
思わずオウム返しをしてしまうその気持ち、わかります。
「そう、特訓。地獄の特訓」
「なんだか楽しそうだな」
控え目に言ってめちゃくちゃ楽しそうな、悪だくみする時のような顔をしているヤン。
「ははは、ちょっとね」
「慣れるまでは手加減してやれよ」
止めないのか。
「うん。でもジーグさんてボクがどうするか、知ってるみたいだね」
特訓と聞いただけであれこれ根掘り葉掘り聞くこともなく全部吞み込んだ風に答えるジーグにヤンは感謝しつつ、ちょっと物足りなくもあった。
「だいたいわかるよ。エルさんとのアレ、見てたからな。だから忠告だ。他の人はお前とは違うんだから無茶だけはするなよ」
「えー、なんかそれちょっと傷付くなー。ボクだけ無茶しても平気ってこと?」
「平気かどうかは自分が一番わかってるだろう。だから他人にそれを求めるなよ」
「はーい」
その返事はどうだか怪しい返事。
「そいつは幸せものだな」
「え?」
急に話が飛んだ気がしてヤンが呆ける。
「そのなんとかってヤツだよ」
「オンドロだよ。オ・ン・ド・ロ!」
「覚えておこう」
喜べオンドロ、労せずしてS級案内人へのコネを手に入れたぞ。
ここで再び一段落。
暫く間が空いて、ヤンがおずおずと切り出す。
「ジーグさんてさ……」
「ん、なんだ?」
「……ううん、なんでもない」
「なんだよ、思わせぶりだな。気になるじゃないか」
「いいのいいの、忘れて。ボクももう忘れちゃったから」
オイ、付き合いたてのカップルみたいな会話やめろ。
「……フフッ」
「なあに?」
「いや、なんでもない。ちょっとな……」
「ああっ、ズルい! それボクの真似したでしょ。ジーグさんの意地悪」
「おい勘違いするな。違うって」
「いいもん別にー。ジーグさんが子供みたいなお返ししてもボク全然平気だしー」
「おいヤン……」
「なーんてね。あははは」
「……ったく」
頭をワシャワシャかきながら子供に翻弄されてしまった照れを誤魔化すジーグ。
「ボク、ジーグさん大好きになっちゃったなー。これからも仲良くしてね」
「え? あ、ああ……こちらこそ」
どこからどんな弾が飛んでくるのか見当もつかないが、そこがまたヤンの面白い所でもある。
「お取り込み中失礼します」
レイチェルが満を持して木陰から現れた。
少し前に二人を見つけたレイチェルは気付かれないように(片腹痛いわ)近づくと木陰から様子を伺っていたのだが、会話の内容まではよく聞き取れなかったためとうとう痺れを切らせて声を掛けたのだった。
「やっときたか……」
「だね」
一方の二人はというとレイチェルが二人に気付く遥か以前から気配を察知していて、会話しながらもずっと動きをトレースしていたのだった。
「はい? 何の話?」
「こっちの話だ」
「そうそう」
「エンデ所属のB級案内人、レイチェル・シャーマインです。レイと呼んでください。よろしくお願いします」
ジーグは最初に同じような自己紹介を聞かされていたのでスルー。
ヤンは二人を見比べながらそんな様子を察したのか自分からしゃべりだす。
「見習い案内人のヤンです。よろしくお願いします」
「ああ、あなたがヤン……」
「あ、やっぱ知ってました? まあ同じ案内人なら知ってても当たり前か。でもボク、お姉さんのこと今まで知らなかったなー。女の人で案内人してるのってビビさんくらいしか知らないから珍しいと思うんだけど」
「なんだか思っていたのと違ってよくしゃべるのね、あなた」
さっきまで観察していてそれはないだろう。節穴か。
「はい。元気とおしゃべりが取り柄です」
「おいヤン、その辺にしておけ」
笑いを嚙み殺しながらジーグが釘を刺す。
「なに? どういうこと?」
「レイさんはこんなとこで何してたの?」
レイと呼んでと言われたからには一度は呼んでみたい、とでも思ったのか。
「いや、それは私があなたたちに聞きたいことで……ああッ、なんか調子狂うわねもう!」
肩にかかる長さの髪を振り乱す勢いの荒々しいレイチェル。
「こわっ」
あくまでも独り言程度の呟き。
「ハァ?」
地獄耳か。
「なんかこわい」
レイチェルの方を真っ直ぐ見て不満そうな顔のヤン。
「聞こえてるわよ。二度も言わなくていいから」
苛々はお肌の敵ですよ、とは言わないヤン。
「ジーグさーん」
ほぼウソ泣き風にジーグの方に傾き腕にすがるヤン。
「やめろ、オレを巻き込むな」
心底迷惑そうに腕を振りほどく。
「なんなのあなたたち。からかうのもいい加減にして」
「あ、それはわかるんだ」
素に戻って笑顔でレイチェルに向き直るヤン。
「え?」
完全に意表をつかれてアホの顔になってしまうレイチェル。
「なんでもない」
またすっと体の向きを逸らせてボク関係ありません風にシラを切る。
「ちょっと! 子供だからって調子に乗らないでよ」
「ジーグさーん、やっぱりこわいよこのおばさん」
とうとう本音がダダ漏れしてしまう。
「お、おばさ……」
あと少しでキーッが見れそうなほどテンパりかけてるレイチェル。
「そろそろ用件を言ったらどうなんだ。わざわざこんな所までつけて来て、何のつもりだ?」
キーッはさすがに勘弁してほしいのでジーグは少し真面目に話を戻す。
「それはさっき言ったでしょ」
「ああ、非番だからとかたまたま方向が一緒とかいうヤツか。で、今度はどんな出まかせを言うつもりだ?」
「…………」
咄嗟に反論する言葉が出てこなくなったレイチェル。
「元Aランク冒険者かなにか知らないが、中層を一人でお散歩とは相当な自信家だな」
「それを言うならそこの子供でしょ。あなたが後から来たのは知ってるんだから、その子が先に一人でここにいたってことじゃない。見習いの級なし案内人がどうやって中層を一人でウロウロしてるのか、是非とも教えてほしいものね」
復活したレイチェル。
「うわぁ、なんだか取り調べみたい」
ヤンが楽しそうにさえずる。
「黙りなさい。いちいち茶化さないで」
恐ろしいほどの怒りの目でヤンを睨むレイチェル。
「こわっ……」
首をすくめて小声のヤン。
顔はめっちゃ笑ってる。
「なるほど、だいたいわかってきたな」
「なにがわかったっていうのよ。私まだ何も言ってないわよ」
いえ、結構しゃべってますよ自覚ないのかもしれませんが。
「いやいや、もう充分。後はオレの仕事だな」
そろそろ話は終わりだ的雰囲気でまとめに入ろうとする気配を察したレイチェルがそうはさせじと噛み付く。
「ギルドに報告するわ。中層を無許可で徘徊していた職員がいるって」
「それはオレのことになるだろうな」
「何言ってるの。私はその子供のことを報告するって言ってるの」
「ヤンはオレとずっといた、それで終わりだ」
「なっ……嘘の証言をするってこと? そんなことしたらあなたどうなるかわかってるの?」
「嘘じゃない」
「嘘じゃない」
文字ではわかりにくいかもしれないが誤植ではない。
ヤンが噴き出しそうにしている。
「無許可と言うが、君自身は許可を得てここに来ているのか?」
「私はB級よ。中層までは自由に進入できるわ」
「それを言うならオレたちは今仕事と無関係のプライベートでここに来ているんだ。職務上の進入権限など意味がないんじゃないかな」
「もう! ああ言えばこう言う! なんなのよもう!」
「それはこちらのセリフだ。ヘンな言いがかりはやめてもらいたい。用がないならこれで失礼する。行くぞ、ヤン」
「うん。じゃあねおばさん」
ヤンが片手を振りながら背中を向けると、走っているわけでもないのにあっという間に遠ざかる二人。
「キィーーーーッ!!!」
レイチェル案の定最後は地団駄。