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016.S級案内人(一)

「どこまで付いてくる気だ?」


 ジーグが苛立たしげに尋ねる。

 もう何度同じ質問をしただろうか。


「別にいいでしょ。どうせ非番なんだから」


 「たまたま方向が一緒なだけよ」とさっき言ってたのはどの口だ。


 久しぶりの休暇を無理矢理取らされ暇を持て余したので、あくまでプライベートで中層(第二十一階層~第二十九階層)のリサーチに来ただけなのに妙なのに捕まってしまったとジーグは己の不運を嘆く。


 ジーグ・ホロウはバルベル迷宮ギルド唯一のS級案内人(ガイド)

 三十六歳と肉体的なピークはやや過ぎたものの、未だA級とは比較にならない実力者としてギルドの誰もが認める存在だ。

 アサシン職の元Sランク冒険者という過去も知る人ぞ知る勲章となっている。


「!!?」


 ジーグの動きが一瞬止まったかと思うと突然猛ダッシュで森の木々の間を走り抜けていく。


 草原&森林型の中層は初めて人工光源による昼夜の変化があるブロックで、その地形特性は敏捷さの高い者にとっては持ち味を最大限活かせるフィールドとされていた。


 メインルートはもちろん設定されているがやはり最短距離ではなく安全第一。しかも塗料でわかりやすい底層とは違って間欠的に目印があるだけなので迷子になる冒険者が後を絶たなかった。


 現在いるのは第二十八階層の草原から森林地帯に入ったばかりの所だった。


「ちょっと!……」


 慌てた同行者は無駄口を叩くよりとっとと追いかけるべきと判断したのか、予想された悪態もなく必死に食らいついて来ている。


 彼女はレイチェル・シャーマイン二十四歳。

 最近B級に昇格したばかりの案内人(ガイド)でまだあまり界隈での知名度は高くないらしい。

 女性案内人(ガイド)は稀なのでそれだけでももっと噂になっていいはずなのだがその辺りは謎であった。

 とはいえ、最近購入したばかりという革ツナギのライダースーツ風の格好は異様に目立つので早晩有名になるかもしれない。


 それにしてもジーグの疾走速度は持続力も含めとても人間業とは思えぬものだった。


 レイチェルもおそらくは全身全霊で追いかけているのだろうがあっという間に引き離され、見失ってしまった。


 こうなると探査系スキルを持たないレイチェルでは如何ともしようがない。


「なんなのよまったく……」


 恨み節を言いつつ諦めずに走り続ける。

 根性は人一倍あるようだ。




* * * * *




「……来たか」


 障害物の多い森林地帯でジーグのスピードについて行くどころか追いかけて並ぼうという芸当が出来るのはこの中層ではフォレストウルフのみ。


 フォレストウルフは森林生活で草木への擬態能力を獲得した狼種で極めて優れた敏捷性と機動力、跳躍力を活かして縦横無尽に駆け巡る森林の王者である。

 基本は群れ単位で行動しており、狩りも集団でよく連携して行う。

 特に獲物の動きを止めてからのかさにかかった連続攻撃を得意としている。

 底層レベルの冒険者なら瞬殺、中層レベルでもよほど工夫しないと無事では済まない相手とされる。


 どうやら群れに囲まれたらしい。

 五、いや六頭か。

 お互いトップスピードに近い速度で疾走しているため下手な動きは出来ない。


 ジーグは腰のショートソードを抜くなり体を左回転で捻りながら斬撃を繰り出すと、放たれた斬撃はそのまま一直線に直近のフォレストウルフまで到達し大ダメージを与えた。


 スキル【烈風斬】は練り上げた闘気を刀身に纏わせ鋭く振り抜くことで斬撃を飛ばす遠隔攻撃である。

 有効射程はスキルの練度次第で最大十m程だが擦り傷程度の威力なら三十m先まで到達することもあるらしい。


 ギャウン、とひと鳴きして後方に置き去りにされるフォレストウルフ。

 致命傷にはならないが今から追いかける余力はもうないだろう。


 ジーグは特に表情を動かすこともなく、今度は逆の右回転で【烈風斬】を飛ばす。


 ギャウン!


 走りながら一回転捻りをするだけでもなかなかにアクロバティックでH難度クラスだが、更にスキルを発動して的に命中させるとなるといったいどれだけの修練が必要になるのか想像もつかない。


 こちらが動きを緩めたり止めたりすると一気に形勢が逆転しかねないのでとにかく動き続けながら攻撃するが吉。


 ギャウン!

 ギャウン!


 ひと鳴き脱落祭りが続く中、フォレストウルフも仲間をやられっぱなしではおられないと一頭が跳躍して飛びかかってきた。


 (焦ったな……)


 滞空中が隙だらけになったのでもう一頭の様子を確認した上で跳躍してきた一頭の腹部に全力で蹴りを叩き込むとその反動を利用してすぐに疾走体勢に戻る。


 最後の一頭はこちらに殺意がないのをようやく理解したのか、あるいは単に向こうさんのテリトリーから外れたからなのかパタリと追走を止めてそれっきり。


 無用な殺生を回避できて何よりだがそれなら最初からすんなり通してくれたらいいものを、とジーグは思ったがすぐに忘れる。


(下の階層だな。間違いない)


 今や確信をもって更に加速するジーグだった。




* * * * *




「なにこれ、フォレストウルフじゃない」


 レイチェルが行く手に倒れている魔物を迂回しながら目視。

 死んではいないようだがさりとてレイチェルに向かって来たり逃げたり出来るような状態でもないらしい。


 と、また一頭更に一頭と倒れている。


「もう……やるならちゃんとやってよね」


 もし動ける状態だったなら自分が相手をしなければならなかったと考えると苛立ちを隠せないレイチェル。


 すぐまた目の前に一頭倒れて...


「ウソッ!?」


 レイチェルは完全無警戒だったため一気に鳥肌が立ち背筋が凍る恐怖に見舞われ、思わず立ち止まってしまった。

 倒れたフォレストウルフのすぐ背後に無傷のが一頭寄り添っていたのだ。

 敵意を剥き出しにしてこちらを睨み飛びかかろうという姿勢。


 レイチェルは武器を抜くのも忘れてフォレストウルフとガチの睨み合い。

 じりじりと後退しながら、できるだけ相手を刺激しないようただそれだけを考えるレイチェル。


 実はレイチェルには成りたてB級案内人(ガイド)という最新の肩書とは別に外の世界ではAランク冒険者という更に立派な肩書きがあり戦闘力も高かったのだが、戦闘体勢に入ってないこの状況下ではフォレストウルフとの相性が極めて良くなかったため、迂闊に動けないのだった。


 その時、倒れていた方の一頭がむくりと起き上がった。


 一瞬、二対一になるのかとギョッとしたレイチェルだったが起き上がった一頭がよろけてそれを無傷の一頭が体を寄せ支えた瞬間を見逃さなかった。


 腰のホルスターに差していたオートマチック風の銃を素早く抜くとスライド横のスイッチを操作し、フォレストウルフに銃口を向ける。


 レイチェルの行動に気付いた無傷のフォレストウルフが再び唸り声を上げるが、その喉が音を発した瞬間にレイチェルが引き金を引く。


 キシュン!


 火薬を使用した銃ではなく魔法を打ち出す魔導銃(開発者の名前から火巫女(ヒミコ)と命名された第二世代モデル)なので独特の発射音がした。


 小さく圧縮された火球の魔法が通常の発動時より遥かに高速で射出される。


 レイチェルは無傷で元気なフォレストウルフを狙って撃ったのだが、なんとよろけた方のフォレストウルフが身を挺して庇いその横腹に火球を受けた。


 そのまま衝撃で二頭諸共後方に吹き飛ばされる。


 アオオオオオオオオーーーーーン


 怒りと悲しみの叫びが長く尾を引き森に響く。


 大きく口を開けて天に吼えるその姿に少なからず畏怖の念を覚えて暫し時を忘れるのが普通の反応だと思うが、レイチェルは微塵も感情を動かすことなく吼えている無防備な頭部に向かって再度引き金を引く。


 キシュン!


 フォレストウルフは頭に火球を被弾し敢えなく絶命。


 せっかくのジーグの心遣いも台無しである。


 二頭殺したレイチェルは淡々と魔石を二個回収。ドロップ率空気読めよ!


「休暇の稼ぎとしては悪くないわね」


 口にした後になって本来の目的を思い出したレイチェルは舌打ちを一発かましてから再び走り出すのだった。




* * * * *




 相手が探査系又は察知系のスキルを持っている可能性を考慮して、階層を下りる前から【隠密】を使用していたジーグだが、目的地に近づくにつれ違和感が強くなるのを感じていた。


 この違和感の正体は何なのか。


 わからないがわからないなりに自分の感覚のみで判断するならこれは既に感知されている時のヒリヒリした肌触りだった。


 【隠密】が効かない相手?


 ただの隠蔽系スキルの効果ではない。

 アサシン職としてSランクまで到達した者が使っている【隠密】なのだ。

 効果は単純比較でも二倍三倍どころではないはずなのに、この階層に下りた瞬間から看破されてしまっているかのような無防備な状態にある感覚がジーグの心の奥底に張り付いているのだった。


 とにかく行くしかない。

 この目で何が起きているのかを確認しなくては。


 休暇中であるにも関わらず職業上の義務感に駆られてわざわざ危険に飛び込むなど馬鹿げていると自分でも思ってはいるのだが、止められない止まらないのがジーグの(さが)なのだった。


 幸いあの厄介な女は追って来ていない。

 今からこの階層に入ってきた所でどこに行くべきか皆目見当も付かないだろう。


 (集中しろ)


 もうすぐ先という所まで来た時、相手の気配が消えた。


 半ば予想していたのでジーグは慌てることなく、そのまま速度を落とさず進む。


 おそらく先程まで相手がいたと思われる場所に到着すると、そこには複数の魔物が倒れていた――のだが次々消滅していく。

 つい今しがた倒したばかり、ということか。


 消えた魔物はレッドベアだった。

 森林地帯において、俊敏さを武器とする柔の王者がフォレストウルフだとするならば、一撃の破壊力を武器とする剛の王者がレッドベアだった。


 その腕力・体力・防御力はいずれも中層トップクラスを誇り、前腕による攻撃は風圧で肉が裂け、掠っただけで骨が砕け、直撃しようものなら跡形もなく破壊されると言われている。


 そのレッドベアが少なくとも四、五体さほど間を置かずにまとめて倒されたらしいとなれば相手はレッドベアを数倍上回る実力の持ち主であるのは疑いようもない事実。


 ジーグは自身の警戒レベルをもう一段階あげた上で【気配察知】を使うが、やはり何も反応がない。


 (空振り……か)


 諦める前に現場確認を、と辺りを見て回ると笹団子の食べ残しが複数あるのに気付いた。


 (わざわざ誘き寄せて倒したのか)


 猪や鹿など獣肉をミンチにしたものに蜜草を混ぜ合わせ、更に香辛料と獣の臓物と血をぶち込んで捏ね上げて乾燥させた団子をバルベル笹の葉で包んだのが笹団子。

 熊種に特化した魔物寄せとして極めて効果の高いアイテムだった。


 少なくともこれを使ったのが人間であることは間違いない。


 「!!!?」


 突如背後に魔物の気配が立ち上がる。


 ジーグは前方に大きく飛び出しながら百八十度向きを変える。


 (クッ、地中に隠れていたのか)


 熊種の魔物は穴を掘って中に隠れる習性があり、またその間【気配隠蔽】に近い効果を発揮するという特殊な性質が備わっていた。


 ジーグも忘れていたわけではなかったが、ここから去った者の方へ意識を集中しすぎた余り伏兵に関する警戒が薄かったのは明らかな失態だったと言わざるを得ない。


 (オレもとうとう焼きが回ってきたみたいだな……)


 考えている余裕はない。


 目の前にいるのはアーマーグリズリーなのだ。

 アーマーグリズリーは熊種最強の防御力を誇る亜種で別名不沈要塞とも言われている。

 攻撃力がレッドベアを遥かに上回るのは当然ながら、特筆すべきはその体力と防御力。

 いずれもレッドベアの数倍はあるとされ、上層の魔物と比較しても上位に相当するほど。

 万が一、中層でコイツに出会ってしまったら全力撤退しか考えてはいけないとギルドからも度々お達しが出ているのでまさに最高……いや最悪クラスのハードラックと言える。


 (今のオレの攻撃力でコイツにどれだけダメージが通るのか……まぁモノは試しってヤツだな)


 不意に肚の奥から笑いが込み上げてきたジーグ。

 口の端にだけその残り香を纏わせて、攻撃体勢に入る。


 せめていつもの愛刀を持ってきていれば、と後悔しても仕方がない。

 出る時にはただの散歩気分だったのだ。


 踏み込むタイミングを計っていると、更に予想外の事態!!


 ドバァァァッ!


 と大きな音をさせて斜め後ろに新たな敵が出現した気配が……。


 しかし今この瞬間アーマーグリズリーから目を離すわけにはいかない。

 自殺行為だ。


 (まだ地面に潜っているヤツがいたとは……)


 (重ね重ね不手際にも程があるぜ)


 なんとか敵を視認するため、少しづつ立ち位置と体の軸をズラして敵二体と三角ポジションを作ろうとするジーグ。


 (こんな事ならあの女でも連れて来てりゃ、まだ何かの役に立ったかもな)


 珍しく後悔とも取れる弱気が顔を出したその瞬間、正体不明の敵が動いた。


「クッ!」


 一旦交戦は諦めて撤退するしかない。

 ここに駆け付けた時以上の全速力で逃げる!

 それ以外の選択肢はなかった。


 くるりと背を向けながら同時に駆け出す。

 ギルドにも出現報告をしなければならなかった。


 熊種でフォレストウルフ並みの走力のあるモノは存在しないので全力のジーグであれば問題なく戦線離脱出来るはず。


 ただ、元Sランク冒険者のプライドに大きな疵がついたのも事実。

 そんなものとっくに捨てたと思っていたジーグにとって今の感情は意外であり、また懐かしくもあった。


 バゴオッ!!!

 ズドン!

 ドガドガドガ、ダンッ!!


 立て続けにド派手且つ重く空気が震えるような音が鳴り響いた。


 背中を向けて逃走中ながらあまりの音に思わず振り返ったジーグの目に信じられない光景が……。


 アーマーグリズリーが倒されている。


 (いったい何が起きたんだ……)


 思わず足が止まるジーグ。

 いや、無理もない。


 もう一体倒れている。

 より大きな……あれはキンググリズリーなのか?

 まさか!

 中層にキンググリズリーが出るなんて聞いたことがない。


 いやそれよりもアレがキンググリズリーだったとして、秒殺されるなど絶対にありえない。

 Sランクパーティが全力で戦って辛勝するかどうかの相手だぞ?

 上層の階層主(ボス)クラスをか?


 暫し茫然と立ち尽くすジーグ。


 誰が、という事実に思い至ったのは数秒後だった。


 ちょうど大物魔物二体の死体がすぅっと消え、その奥に一人の人間の姿が現れた。


「ヤン……なのか?」


 ジーグが掠れた声を絞り出すように呟くと、その人物は照れ臭そうな表情でペコリと頭を下げた。


「あ、どうも。初めまして……ですよね。ジーグさん」

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