015.里帰り
「お疲れさん」
第二十階層エンダのギルドハウスにやってきたのはB級案内人のラノック。
ラノックはエンダ生まれのB級案内人四十二歳。
案内人暦二十七年の大ベテランである。
「あら、ラノックさん。今日から休暇じゃなかったですか?」
エンダ支部総合受付のヒルダがウェルカムブースから声をかける。
ヒルダはギルド勤務十六年のこれまたベテラン女史。
四年前に冒険者の夫に先立たれて現在は三十三歳の麗しき未亡人。
かつての夫の同業者が徒党を組んで見守りシフトを組んでいるため悪い虫がつかずに今に至る。
「まぁな。ちょっと待ち合わせに使わせてもらうよ」
「ええ、構いませんよ。もしかしてお相手は……」
「ハハハ。何でもお見通しなんだな」
「だって、みんながあちこちで噂してますから。上がってくるのは一年ぶりなんでしょ」
「そうだな。下りたっきり一回も顔見せなかったからな」
「ふふっ、それじゃ奥様も首を長くしてらっしゃるわね」
「いやそれがな、女房よりも娘の方がうるさくってな」
「ああ、ラナちゃんでしたっけ。これは遅れたらひと騒動起きそうですね」
「恐ろしいことを言わないでくれよ。もう土産で誤魔化せる年じゃねえんだ。どんどん口も達者になりやがって……」
「そういう年頃なんですよ。父親離れもそろそろ覚悟しておいた方がいいんじゃないですか」
「ハッハーッ! 父親離れがなんだ。いつでもドーンと来やがれってなもんだ」
都合が悪くなったのかラノックはやたらと胸を張った大股で休憩スペースの方へ立ち去っていく。
「あらあら、これは相当落ち込むタイプね。ご愁傷様」
その背中を見送りながら軽く会釈をするヒルダ。
* * * * *
「おじさん!」
元気な声にラノックが顔を向けると、玄関口に大きく手を振るヤンの姿があった。
休憩所に腰掛けるラノックの元へ駆け寄るヤンと、後に続くのはエンダまで引率してきたモーガンだった。
「ヤン。その様子じゃ全然平気そうだな」
軽くハグした後でヤンの頭にポンと手を置くラノック。
「どうもラノックさん。お久しぶりです」
「モーガンか。元気そうだな。今日はヤンを送り届けてくれてありがとよ」
「いえ、ヤン坊の送りならいつでも喜んで」
「おっちゃんと塔を上るの久しぶりだったから楽しかったよ」
「ははは、嬉しいことを言ってくれるねぇ」
「で、道中は問題なかったかい」
ラノックがモーガンに尋ねる。
「そりゃもう。なんたってヤン坊が一緒なんで。面倒事は全部任せりゃいいだけってね」
「おいおい、そこは先輩としていい所を見せるんじゃないのか」
ラノックは何もかもわかった上で敢えて後輩のモーガンをいじっているのだった。
「いやいや、もうそういう見栄張るような歳でもないんで。あ、大先輩の前で大変失礼しやした」
モーガンもなんとか一矢報いるのに成功したようだ。
「ヤン君! お帰りなさい。ちょっと背が伸びたんじゃない」
ヒルダがやって来てヤンの背中に手を添える。
「うん、こないだから夜寝る時に骨がギシギシいってる感じなんだよね」
「ほぉ。思春期の始まりってヤツだな」
モーガンが面白そうに茶化す。
「思春期ってナニ?」
「ガハハハ。そりゃアレだ。まぁこの後ラノックさんにたっぷり教えてもらうといいさ」
「おいモーガン、イヤな前振りはやめてくれよ」
「ラナちゃんもそろそろ気を付けないとな」
あ、それは……。
「なんだとコラッ! お前言っていいことと悪いことがあるぞ!」
さすがのラノックも顔を真っ赤にして立ち上がり右拳を振り上げてみせる。
「冗談ですよ冗談。勘弁してください」
半腰になって両手で頭を守りながらもニヤケ顔のモーガン。
「モーガンさん、最低ですね……」
ヒルダがメガネの奥のジト目に本気の軽蔑を込めて見つめる。
「ヤン! ヤンじゃないか」
「ヤン君、お帰り!」
「おお、ヤン! よく来たな」
「え、誰? 有名人?」
「どっち? どっちが誰なの?」
「あの子供の方? あの子がヤン?」
「オレのこと覚えてるか、ヤン」
「忘れていいわよヤン君」
「なんでだよ」
「噂の懲罰少年が来たぞ。誰か審判呼んで来い」
「さっきまで奥にジーグさんいなかった?」
「エンダに一泊ぐらいしていけよヤン」
「記念に握手してください」
ヤンに気付いた人々が口々に好き勝手にやいのやいの言って集まり始めた。
「ラノックさん、ヤン君。ここはもう……」
ヒルダが察して裏口の方へ目配せする。
「そうだな。長居してもしょうがねぇし、行くかヤン」
ラノックがヤンの肩に手を回す。
「うん。ヒルダさんまたね。おっちゃんも帰り気を付けて」
「大丈夫だ。ちゃんと冒険者にコバンザメして行くからよぉ」
「二人とも気を付けて行ってらっしゃい」
見送りながら、周囲に対して壁になるモーガンとヒルダ。
「ほんじゃ、送りの冒険者がいないか見繕ってくれや」
裏口から二人が出て行ったのを見届けたモーガンがヒルダに声をかける。
それはヒルダの仕事ではないのだが敢えて指摘はせずにおく。
「あら、すぐ戻るんですか」
「なんだ、残ったら今晩酒でも付き合ってくれるのか」
「いいえ、今夜は先約があるので」
「はいはい、いつもの決まり文句ってヤツだな。しゃーねえ、久々に娼館でも行くかぁ」
「……ではごゆっくりお楽しみください」
すっと真顔に戻ったヒルダが背を向けてウェルカムカウンターの方へ戻っていく。
モーガンもそれ以上は深追いせず頭をかきかき、玄関口へと歩き出した。
* * * * *
「おーい、今帰ったぞー」
「ただいまー」
セインにある薬屋『おくすり堂』へ入ってくる二人の訪問者。
「お帰り。待ってたよヤン」
店内のカウンターの奥から満面の笑顔で迎えるラノックの妻エリナ。
「ご無沙汰してます、エリナおばさん」
エリナはヤンの成長した姿に思わずホロリとしそうになる。
ヤンが店の敷居を跨ぐのはほぼ一年ぶりであった。
「おいお前、オレは?」
「アンタは今回はただのおまけでしょ」
「お、おまけ……」
普段帰宅する時もそこまで大歓迎されるわけではないが、今日は何と言ってもヤンを同伴してきたのだからもう少しねぎらってもらえるものと勝手に思い込んでいたラノックは当てが外れてガッカリ。
「ヤン!」
店の奥のドアが開いて飛び込んできたのはラノックの溺愛する娘のラナ。
ラナは十歳でヤンとは同い年になる。
栗色の髪は背中まであるが頭の後ろで結んでポニーテール風にしてある。
母エリナの若かりし日よりおよそ四割増のルックスだとエリナ本人は自慢しているが誰もその頃のエリナを覚えていないので真偽は定かではない。
ヤンが生まれた翌月にラナが生まれたがそれ以前から家族ぐるみで親しくしており、ラノックはヤンの父親の親友でもあった。
ヤンとラナは実の兄妹のように、そして一番近くて大切な友人としてヤンが家を出るまでの十年間を過ごして来たのだった。
「お帰りなさい、ヤン!」
真っ直ぐヤンの前まで駆けてくると、ヤンの両手を握りしめると熱い眼差しでじっと見つめる。
「ただいま、ラナ。元気だった?」
少し恥ずかしそうにしながら尋ねるヤン。
「見ての通りよ。心配ならもっと早く帰ってきたらいいでしょ。ヤンこそちゃんと案内人の仕事やってるの?」
ははは、と苦笑いのヤン。
「ラナ、ただいま」
ラノックが娘に救いを求める。
「あ、お父さんもお帰り」
一瞬ラノックに顔を向けるがすぐにまたヤンに向き直るラナ。
やはりそうなるか。
残念ラノック。
「背、伸びたでしょ」
自分の頭の上に手をかざしてヤンの方へ水平に移動させるとヤンの鼻の下辺りになるのを確認しながら、上目遣いのラナ。
「うん、最近伸びてきたみたいなんだ」
「ふーん、じゃあもっと伸びるのね。なんかちょっと癪だわ。あのちんちくりんのヤンが一丁前におっきくなるだなんて」
「ラナ、お父さんも三ヵ月ぶりじゃないか……」
しかしその声は届いていない模様。
ラノックはエンダ支部所属だが、仕事でセインに滞在することもあるし、そうでなくともだいたい三カ月に一度は我が家に顔を出すようにしているので一年振りのヤンには何をしても敵わないのだった。
「いつまで居られるの? 一週間? もっと長く?」
畳みかけるようにヤンへの尋問が止まらないラナ。
「実は一カ月の休みをもらったから、暫くいられると思う……」
「ホント!?」
両手を胸の前で組むラナの表情が一気に明るく華やぐ。
「お母さん! ヤンが暫く居られるって!」
「そうかい。それは良かったね。ヤン、遠慮しないでゆっくりしていっとくれ」
「はい。お世話になりますエリナおばさん」
「ラナ、お父さんも……」
「ほら、店の中じゃ落ち着かないから、早く奥に行きましょ。ホットミルク作るわね」
ラナの作るホットミルクにはセインで取れるハチミツとココアパウダーがブレンドされていてヤンにとっては懐かしい故郷の味だった。
ヤンの手を引いて奥の住居スペースへ連れて行くラナ。
それを微笑ましく見守るエリナと茫然自失状態のラノック。
まさかここまで空気扱いされるとは思いもしなかったラノックにとって今すぐ忘れたい記憶ナンバーワン。
「ほら! アンタも呆けてないで早く着替えなさい。いつまでもそんな格好で店の真ん中にいられちゃ営業妨害だよ」
エリナよ今だけでもいいからもう少しだけ優しくしてあげておくれ。
すごすごと店の奥へ引っ込むラノック。
エリナは夫にあんな事を言いながらもさっさと店の外に掲げている札を『本日の営業終了』にして鼻歌混じりに店仕舞いを始めるのだった。
* * * * *
その夜のラノック一家の夕食後――。
「ハイ、セインベリーとりんごのパイよ。私とお母さんで作ったの」
ラナが木の盆に乗せた大きなパイを台所の方から持ってきた。
「わぁいい匂い!」
ラナの二歳下の弟エリックが我慢できないといった様子でテーブルの上に身を乗り出す。
「ラナの焼いたパイかぁ。お父さん食べるの久しぶりだから楽しみだなぁ」
「ちょっとお父さん!」
ベリーをひとつつまもうと伸ばした手を思い切り叩かれるラノック。
「勝手に食べちゃダメ。ちゃんと取り分けるまで待ってよもう!」
手はヒリヒリするしめっちゃ怒られるしでまたしてもぺしゃんこにへこむラノック。
さすがにこれには同情の余地はない。
「ハイ。あんたはこれでも飲みな」
エリナが木製のジョッキをラノックの前にトンと置く。
バルベル迷宮内ならどこでも飲めるりんご酒ではあるが、エリナ自作のりんご酒はお店などで飲むものよりアルコール度数が二倍ほどある上に複数の隠し味(何かは秘密)が入っているので一味も二味も違うのだった。
「ありがとよ」
ジョッキを持つなりグイとあおるラノック。
「ップハァーッ。やっと家に帰ってきたって感じがするなぁ」
「お父さんはお酒を飲まないと家に帰った気がしないのね。ふーん」
「ラナ、あんまりお父さんをいじめるんじゃないよ」
さすがにエリナが助け舟を出してくれて、ラノックは酒の酔いもあってだらしない顔になる。
「さぁ、どうぞ」
パイを切り終わってみんなの前に並べるラナ。
「いただきまーす!」
いの一番にかぶり付いたのはエリック。
「いただきます」
次いでヤン。
ラノックはまだゆっくりとりんご酒をやっている。
「どう? ちゃんとお母さんの味になってる?」
自分でも味見はしたろうに、家族の評価が気になるラナ。
「うん、一緒だよ。すっごくおいしい! 毎日食べたいよ。ね、ヤン兄ちゃん」
上機嫌のエリックが口の周りにパイの皮をたくさん貼りつけながらヤンに同意を求める。
「うん。そうだね」
同意したものの本当に毎日出てきたらさすがにいつかは飽きるのではないかと若干不安なヤン。
「毎日は大変だけど週に二回なら作ってあげるわよ。他に作りたいものもあるし」
ラナはまんざらでもないといった表情でエリナと顔を見合わせると意味ありげに笑う。
「ごちそーさまー。あーおいしかった。それじゃお父さん、約束のお話聞かせて!」
一番乗りでパイを食べ終わったエリックがもう我慢できないといった顔でラノックにおねだり。
お話とは?
「なに? なんの話?」
ラナも聞いていなかったらしい。
「ンフフフフ。そうだなぁ、そんなに言うなら話してやらんでもないぞ」
ラノックは酔っぱらってるせいかまた調子に乗っている。
知らないぞ。
「早く早くぅ~」
ラノックの腕を取ってせがむ姿がかわいいエリック。
「ンフフフフ。ラナも聞きたいかぁ~」
何やらイヤな予感が……。
「別に私は。ねぇヤン、ヤンの部屋で二人で話そ」
「なッ!!!!!」
一気に酔いが醒めるラノック。
「ふ、二人で部屋なんかダメだダメに決まってる! お、お父さんも一緒ならいいぞ」
噛みつつ抗議するが、ラナはもう目もくれない。
ラノックがなんとか挽回を試みようとヤンに一生懸命目配せを送る。
「今日はせっかくだからみんなでもう少し居ようよ。ボクもみんなの話聞きたいし」
ラノックがサムズアップでヤンに感謝を伝える。
「えーっ、私はヤンの話だけ聞きたいのにぃ」
身も蓋もないことを言うラナ。
「ダメだよお姉ちゃん! ボクもヤン兄ちゃんのお話聞きたいよッ! お父さん、早く話してよぉ」
ナイス抗議だエリック。
そしてどうやらラノックがエリックに約束していたのはヤンの話らしい。
「なんだい、ヤンの話ならアタシにも聞かせておくれ」
エリナの言葉がほぼダメ押し。
良かったなラノック。
「そうかそうか。それじゃあお父さんが今から話してやるぞ、ヤンの大活躍の話を……」
ラノックの長い話が始まった。
十歳の誕生日を迎えた翌日、ヤンは予てからの目標だった案内人になるためラノックと共にセイン支部長ペンデルトンを訪ねたが、ヤンの年齢ではまだ案内人の採用基準に達しておらず十二歳になるまで待つよう諭された。
そんなのは先刻承知のヤンとラノックはそこで諦めず、セインからエンダ→スタルツ→オグリムと塔を下りながら各支部の挨拶回りと案内人採用の嘆願をしたのだが、やはり返事は無理の一点張り。
採用の件では全く空振りだったが、B級案内人だったエルの息子ということでどこへ行っても大歓迎された。
特に女性スタッフからの人気には周囲の男どもがそろって嫉妬するほどだった。
尚、ラノックがこの件を話している時、ラナが心底イヤそうな顔をしてヤンに視線を送りつつも耳はラノックの話に全力集中している様子が微笑ましかった。
ラノックはそれでも諦めず、あちこち伝手を利用してヤンの推薦を募ったりギルドマスターへ直訴するための協力者を探したりしていたのだが、なんとある日突然当のギルドマスター本人から呼び出しがあり、裏技的方法で雇ってもらうことになったのだった。
当時のGGL2.9では案内人の採用基準で年齢は十二歳以上と定められいるが、見習い期間の年齢制限については特に記載はなかった。
つまり規則のグレーゾーンを最大限都合よく解釈して強引に採用することになったのだ。
もちろんこれには反対する声もあったが、事実GGLには具体的に明記されていない部分の解釈論に相当するとされたため、最終的には支部長会議の決議で正式にヤンの見習い案内人としての採用が決定した。
またこれを機に当時のGGL2.9を改定し、GGL3.0を施行することとなった(他にも変更点は多々ある)。
GGL2.9における案内人採用関連の記載(抜粋)
(1)案内人になるためにはギルドの定める基準による採用試験に合格する必要がある
(2)案内人採用試験の受験資格は満十二歳以上である
(3)案内人はE級から正規の案内人として認定される
(4)E級になるためには最低二年間の見習い期間を経験した上で、E級認定試験に合格する必要がある
一般的な解釈:案内人採用試験に合格してから二年見習いをやってE級認定試験を受ける
グレー解釈:見習いの条件が明記されていないので先に見習いを二年経験してから採用試験とE級認定試験を同時に受けても構わない。
GGL3.0における案内人採用関連の記載(抜粋)
(1)案内人になるためにはギルドの定める基準による採用試験に合格する必要がある
(2)案内人E級認定試験の受験資格は満十二歳以上で二年以上の見習い期間があること
(3)案内人はE級から正規の案内人として認定される
(4)見習い案内人になるためには本人及び保護者の同意書を提出の上、見習い採用試験に合格する必要がある
※解釈の揺れの心配がないようそれぞれ明記された。
こうしてギルド雇用前にギルドのルールを変えた男として一部管理職からは厳しい目に晒されることにもなったが、それ以外の大部分には好意的に受け入れてもらえたのだった。
こうして晴れて見習い案内人となったヤン。
最初の一カ月は研修期間として先輩案内人の引率で底層について実地で学ぶ、というものだった。
この時、ラノックは自ら引率役を志願したのだがそこまでするのは如何なものかというクレームが入ったため、やむなく抽選で選ばれたのがベテランC級案内人のモーガンだった。
なんでこんな子供が見習いとはいえ案内人なんだと最初は怒りと不満で毒を吐きまくっていたモーガンが、研修を終えて戻る頃にはすっかり掌を返してヤン坊ヤン坊と可愛がるようになっていた事件は案内人仲間の間では語り草になっているほどだ。
その後メインルートの確認や送りへの帯同(いずれも案内人と同行する)などを経て、やっと単独で仕事をもらえるようになったのだが、そこからが問題だった。
○オグリムからスタルツへ到着した冒険者パーティのメンバーが一名足りなくなってた事件
○スタルツで盗みを働いた犯人グループが底層へ集団逃走を図った事件
○積極討伐の送りで深追いしすぎた冒険者を助けたら大クレーム事件
○ヤンの送りサービスと他の案内人との格差でギルドにクレーム殺到事件
○幼い子供を労役で酷使しているとの通報でギルドの監査局が査察に入った事件
○底層で子供が魔物をひとりで狩り続けているとの通報事件
○下層に子供が一人でいるとの通報事件
○ヤンの拡張カバンを狙った虚偽の窃盗疑惑事件
○素行に問題ありのパーティが底層でヤンに絡んで返り討ち事件
など他にもまだあるのだが、これらが約半年ほどの間に立て続けに発生してその都度ギルドでは上へ下への大騒ぎになっていたのだった。
こうして今現在はある程度迷宮内に滞在している冒険者の間にも、案内人に何やら面白い子供がいるらしいという噂は広がっていたし、ギルドの職員でヤンを知らない人などまずいないという状況になっていたのだった。
ラノックは自分の見聞きした分の事件について、時折誇張された嘘を交えながらも面白おかしく話し続けた。
ラナもエリックもエリナも拍手喝采しながら大いに笑い楽しんだ。
ヤンだけは終始恥ずかしさで顔が赤くなるほど我慢の時間が続いていたが、それでもラノック家のみんなが楽しそうにしているのを見るのは幸せな気分だった。
最後につい先日の緊急救難信号事件についてラノックが殊更詳しく大袈裟に話してきかせるとエリックが大喜び。
「すごいよ! さすがヤン兄ちゃんだね。一人で全部解決するなんて!」
「いや、でもギルドの規則違反だから本当はよくないんだよ」
謹慎一カ月の罪悪感でヤンは恐縮しきり。
「でもそのご褒美でお休みもらえたんでしょ?」
あー、ものは言い様だな。
「ヤンはギルドからすんごいご褒美も貰ったんだぞ。なぁヤン。アレ、見せてやんな」
「……うん」
ラノックに言われたのでヤンはギルドから貰った『赤褒章』の徽章を取り出して見せる。
「すごいッ」
よくわからないままエリックが感心する。
「ヤン、これはどういう印なの?」
ラナが尋ねるので変わりにラノックが答える。
「これはバルベル赤褒章といってギルドが特に優れた功績を上げた人に与える褒章の上から二番目にいいヤツだぞ。一番上が紫、二番目がこの赤、三番目が青、そして四番目が緑ってな具合だ。これを付けていれば塔の人みんなから尊敬されること間違いなしだ。あとこの徽章の他になんと金貨を三十枚ももらったんだ。なぁヤン」
まるで自分のことのように得意気に話すラノックにヤンは曖昧に頷く。
「金貨三十枚!!!」
ラナにはそっちの方が衝撃的だった模様。
「お母さん! 金貨三十枚だって! すごいね」
「そうだね。ヤンがそれだけ頑張ったってことだよ。だからヤンを褒めてあげないと」
「ヤン! おめでとう!」
「おめでとうヤン兄ちゃん!」
「ああ……ありがとう」
「なんでそんなしょぼくれた顔してるのよ。もっと嬉しそうにしなさいよねッ!」
ヤンの背中をバシッと叩くラナ。
なんだかもじもじしていたヤンがそれでずーっと深呼吸すると意を決したように発表する。
「あの、それでボク、今までお世話になったからみんなにお礼のプレゼントを持ってきたんだ」
ヤンが拡張カバンから個別に包んだ物を四つ取り出すと、それぞれラノック、エリナ、ラナ、エリックに手渡す。
みんなそんなのいいのにとか気を使わないでとか水臭いとか言いつつも期待に満ちた目で受け取る。
「わぁッ! やったーッ!!」
「オイこれは一体……ヤン、お前」
「あらステキ! こんなのもらったの何十年ぶりかしら」
「ヤン、これ本当にもらっていいの?」
四者四様のリアクション。
エリックにはサイズ調整機能付きの最新狩人装備一式。
ラノックにはガンツの工房製作の魔導ナイフ。
エリナには器用さと運気がアップするイヤリング。
ラナには敏捷と運気がアップするスカーフ。
エリナとラナのものはエンダの有名なデザイン工房に発注したもので大人気ブランドのアクセサリーだった。
締めて金貨二十枚ほどの出費だったが、ヤンがこれまで受けた恩義を考えると安いものだった。
それからひとしきりお礼攻撃が続いた後はそれぞれ貰った品を身に付けてのファッションショーがあったりと、楽しい時間が過ぎていった。