014.緊急救難信号(四)
これだけ広い範囲の魔物をどうやって短時間で全滅させたというのか。
リアルにその道を歩く魔石拾い行脚の中、オンドロはそればかり考えていた。
いや、もう一つ考えていたのだが、そちらはまんまとヤンに看破されてしまうのだった。
「オンドロ!」
「はいッ?」
「魔石返して」
「え?」
「その腰に隠したヤツ」
(バレてた)
(完全にバレてた)
(しかも今の今まで泳がされてた)
腰のウェストポーチに溜め込んだ魔石を渋々とヤンに手渡すオンドロ。
自業自得と言われればそれまでだが、改めて我ながらなんと情けないことをしているのかとつくづくイヤになる。
闇の中、薄っすらと光を放つ魔石で初めてヤンの顔が見えた。
(やっぱりガキじゃねーか)
(しかも思ってたより全然子供ときた)
(チクショウ!)
無性に腹が立ってきたオンドロ。
「オンドロ!」
「はいッ!」
「なんか文句あるの?」
「……いえ」
「お仕置き、いっとく?」
「……勘弁してください」
ヤンに殴られでもしたら自分など即死するだろうとオンドロは本気で思っていた。
「泥棒は犯罪だし、自分が悪いのに相手に腹立てるのも最低だからね」
「……すみません」
「あのさ、オンドロ」
ヤンの声色が少し変化していた。
「はい」
「せっかく貴重な凄いスキル持ってるんだから普通に冒険者やればいいのに」
「そ、それは……」
自分のスキルのことをそんな風に言われて頭が大混乱のオンドロ。
普通は他人にスキルの話などしないのだから当然といえは当然なのだが、今までただの一度も他人に認められたことのないオンドロにとってヤンの言葉は衝撃的過ぎた。
「オンドロがやる気になって頑張ればすぐにCランクぐらいまではいけると思うよ」
ヤンの言葉に理解が追いつかない。
(Cランク? 今Cランクって言ったか?)
(万年Eランクのこのオレが?)
(しかも今こいつはCランクぐらいって言いやがった)
(じゃあこいつは一体なにランクなんだよ)
(いや、そもそもこいつは冒険者ですらねぇ、ただの案内人じゃねーか)
(……出鱈目な強さのガキの案内人とか、どうなってんだよ)
「オンドロはあれだけの魔物に囲まれて無傷だったんだよ。並の冒険者には出来ないことだし、もっと自分を信じてみたら」
(こいつはさっきから何を言ってるんだ)
(オレを持ち上げてまた何か企んでやがるのか)
(騙されんのだけは御免だぜ)
(だいたいこんなガキに何がわかるってんだ)
(信じろだ? オレはオレだけを信じてんだから今更何言ってんだって話だよ、ハッ)
「オンドロ? どうしたの?」
ヤンの声音がまた変化した。
(なんだその憐れむような声は。オレは……オレは……)
「オ、レは……」
声に出して初めて自分がまともにしゃべれないくらい泣いていることに気付く。
(なんだこれ……またコイツがなにかしやがったのか……クソッ、なんでオレが泣いて……)
「おあああああああああッ!!!」
突然、堰を切ったようにオンドロの中の何かが崩壊した。
ありったけの声を振り絞って叫ぶ、泣く。
「ああああああああッ、うおあああああッ」
慟哭になる。
いつの間にか地べたに平伏していた。
ヤンはその隣に静かに佇んで待っている。
ひとしきり泣き続けた後、妙にスッキリした気分のオンドロはすっと立ち上がると膝そして両手をパンパンと払う。
「……すまねえ。みっともないとこを見せちまった」
「元気になった?」
「元気かどうかは知らねえが楽にはなったな」
「そっか。じゃあ行こっか。」
言うなり歩き出すヤン。
オンドロも何も言わず後に続く。
もう魔石はくすねなかった。
* * * * *
「ヤン!」
タッツォールが駆け寄ってきて抱きつく。
「タッつん、ちょっと、恥ずかしいよ」
両腕の上から一回り身長のあるタッツォールに抱えられて身動きが取れないヤン。
ほぼバックブリーカー状態なのだがヤンの方は特に苦しそうな様子もなく幼顔ではにかむばかり。
半ば呆れ顔でそれを眺めるオンドロがヤンの一歩後ろにいるのだが、タッツォールの視界には入っていないかもしれない。
第八階層採掘ポイントαに戻ったヤンとオンドロを待っていたのはタッツォールの他、『草原の風』の面々に救助隊第一陣第二陣のメンバー総勢十六名。
採掘作業員と負傷したラムズは第二陣で来たCランクパーティ『エ・スタルツ』の引率で直ぐにスタルツに戻ったらしい。
タッツォールがやっと放してくれたところへ、キースがやって来た。
「ヤン。お前ってヤツは……」
「キースさん、来てくれたの」
「心配させないでくれよ全くもう」
「ごめんなさい」
素直にペコリと頭を下げるヤン。
「謝るくらいなら無茶なんてするな。一緒に行くまで待てなかったのか」
「だって、タッつんが危ないって思ったから……」
しおらしく反省した様子のヤンを見てオンドロが笑い出す。
「うはははは! なんだよ普通に子供らしい返事もできるじゃねーか」
「オンドロ」
静かな口調のヤンに条件反射でびくりと身をすくめるオンドロ。
「な、なんだよ。本当のこと言っただけだろ」
「ヤン、お前この人に一体何したんだよ」
タッツォールが驚いた顔で尋ねる。
オンドロの様子があまりに予想外だったのだ。
「え、別になにも。ね、オンドロ」
「……はい」
タッツォールが驚愕の余り、目は大きく見開き口もあんぐり状態に。
そしてすぐ後ろまで来ていたガモンたちもその場でフリーズ。
まぁ無理もないが。
「あ、キースさん。あの岩の向こうにまだチャッキーがいると思うんだけど」
ヤンが話題を変える。
が、それを今言うのはどうかと思わないでもない。
「えっ、本当か? ちょっと待ってくれ、オイ!」
キースが後方待機のグループに声をかけると、一人がすっと飛び出してきた。
「あの岩の向こうにまだいるらしい」
「だろうな。まだ幾つか気配がある」
精悍な剣士というイメージがぴったりなキースと同年代くらいの男性。
装備からして冒険者なのは間違いない。
「わかってたなら先に言ってくれよ」
「お前もわかってるものだと思ってたよ。ちょっと気を抜き過ぎじゃないのかキース」
「言うな。自覚はある」
そこでくるりとヤンに向き直るキース。
「ヤン、あの岩なんとか出来るか?」
「うん、すぐ消せるよ」
「本当か? 待ってくれ。配置につくから」
冒険者の男性はそう言うとまた元いた方へさっと戻って行く。
待機のグループと軽く相談の後、すぐに二手に分かれてそれぞれ岩を囲む形で配置についた。
「キースさん、あの人は?」
「ああ、『疾風』のエレンだ。オレとは古い付き合いでな。今回も無理言って来てもらったんだ」
「あの人がエレンさん……そっか」
『疾風』自体がバルベルではそこそこ名の通った有名パーティなのだが、中でもリーダーのエレンはBランクの剣士でいずれはAランク昇格間違いなしと噂されるほどの人物だった。
当然ヤンの耳にもその噂は届いていた。
「よし、やっと仕事ができるぞ」
エレンが発破をかけると一同「オウ!」と大きく答える。
エレンがこちらに向かって手を挙げている。
ヤンが頷くと岩が二つ同時に消え、奥からチャッキーが躍り出て来た。
が、広いホールに出る間もなく左右から迎撃に合い、そのままバタリ倒れ込んで次々と消えていく。
Cランクパーティが二組もいるとさすがの破壊力といったところか。
(ガモンたち『草原の風』はDランクパーティ)
ものの一分ほどで討伐完了。
倒したチャッキーの数は十三体。
魔石を拾いつつ念のため通路奥も警戒&確認。
「もう大丈夫そうだな」
エレンが剣を拭いてから鞘に納める。
やはり出来る人はちゃんとしている。
おそらく後でしっかりメンテナンスもやるのだろう。
身に付けている装備全般がそれを物語っていた。
「すまないが現場確認がまだあるから、もう少し付き合ってくれ」
キースがエレンに頼み込んでいる。
仕方がないといった表情のエレン。
「よおボウズ」
ガモンがヤンの肩を叩く。
「ガモンさん、だっけ?」
「おう。いや本当に助かった。あとで一杯おごらせてくれや」
「じゃあピチチジュースで」
「わははは! いいぜ遠慮なく頼め。オレあ大概スタルツの宿屋の一階にいるからよぉ」
「うん、わかった。あ、オンドロも一緒に行く?」
「え?」
「あァ?」
オンドロとガモンがハモる。
「あ、いやオレは遠慮しとくわ」
「てめえ! なにが遠慮しとくだふざけんな! キサマにおごるくらいなら金をドブに捨てた方がマシだ」
ガモンが軽くオンドロの背中を小突く。
「イテッ! やめろよオッサン」
「なに? もっとやってくれだ? しょーがねぇなぁ」
頭を抱え込んでこめかみをぐりぐりやる刑。
「オイ! バカやめろ! わーったわーった。オレが悪かった。謝る! 謝るから!」
ヤンが横で面白そうに見ているのでオンドロもそれ以上ガモンに逆らうのを諦めた。
その横に立つタッツォールはなんとなく可笑しいような、でも怖いものを見ているような複雑な表情をしていた。
「ハイハイやめーッ。お遊びはそこまでだ」
手を叩いてバーンズが間に割って入る。
「ガモン、お前らもそろそろ帰り支度しとけよ」
「バーンズさん……今回は面目ねぇ」
バーンズの方がガモンより一つ年上で尚且つギルドの役職者なのでガモンは頭が上がらないのだった。
「いや、こっちも送り出す護衛の人選にもうちょっと気ぃ付けるべきだったわ。悪かったな」
と言ってオンドロの方をジロリと睨むと、オンドロは肩をすくめてヤンの後ろに逃げる。
「それじゃ、オレはこの辺で」
と畏まってガモンがその場を離れる。
と、振り返り際にヤンにちらっと視線をくれてウインク。
「えーッ……」
額に縦線が入る系のリアクションをするヤンだった。
「さてと、ヤン。またまたやってくれたなオイ」
バーンズが舌なめずりしそうな顔でヤンに近づいてくる。
「あー、いや、その……」
なんとなく不穏な空気を感じて後ずさりするヤン。
「一人でこんだけのことしでかしやがって。しかも無許可。その上規約違反だぞ!」
全ギルド職員は緊急救難信号の対応時に上長の許可のない行動を取ることは固く禁じられている。
今回は緊急会議が終わるまでギルドハウスに待機しているのが本来取るべき行動であった。
キースの第一陣もそういう意味では違反だが、事後という形で支部長許可を取り付けているので不問とされたのだった。
「それは本当にごめんなさい」
「お前のごめんなさいはもう聞き飽きた」
「えーっ」
「ホラすぐそれだ! これ以上キースやケイトに面倒かけるならオレも今後は一切容赦しないからな」
厳しい顔のバーンズに、さすがのヤンも二の句を継げずぷーっと頬を膨らませて拗ねた様子。
「まぁまぁバーンズ。結果オーライってことで」
キースが仲裁に入る。
「お前がいつもそんな風に甘やかすからコイツがつけあがるんだろ!」
「うんうん。後でちゃんと厳しく言っとくから。もう次からは大丈夫」
「だからそれが甘いってんだよ! だいたいお前は…………」
バーンズの小言だか愚痴だかわからないような話がまだ続くようだったので、キースはそっとヤンに目配せをして下がらせる。
「行こう、ヤン」
「うん」
タッツォールと二人、スタルツへの帰路につくヤンだった。
その後ろ姿を一通り見送った後、キースはバーンズの肩に手を置いて頭を下げる。
「ありがとうバーンズ。嫌われ役を引き受けてくれて」
「なに、いいってことよ。実際オリバーの野郎が相当頭に来てるらしいし、少しは自重してもらわないと」
キースの手を自らの肩から離して逆にその肩をポンと叩くバーンズ。
「上で何かあったのか?」
「ああ、会議の時ちょっとな」
「そうか。オレがもっと早く止められていれば良かったんだが」
「まぁお前じゃヤンを止めるのは無理だろうがな」
「ははは、それはそうなんだろうけど」
「大事なオレたちの宝だ。みんなで見守ってやればいい」
「そう……だな。これからも頼むよ」
「もうすぐ四年になるのか……」
「ああ……」
まだやるべき仕事は残っているのだが、遠い目で暫し黄昏る二人――。