001.プロローグ
とうちゃん……。
どこ行っちゃったんだよ、とうちゃん。
絶対帰ってくるって約束したじゃないか……。
とうちゃんのウソつき。
おれ、もっと頑張るから……。
スキルだってちゃんと練習してうまく使えるようになる。
すぐにとうちゃんに追いついてみせるから……。
だから早く帰って来てよ、とうちゃん!!
なんでだよ……。
――とうちゃんのバカヤロウ。
会いたいよ、とうちゃん。
* * * * *
いらっしゃいませ。
天空迷宮バルベルへようこそ。
みなさまよくご存じの通り、こちらはこの世界で唯一地上に存在する迷宮です。
まさに天へ駆け昇るが如く塔の上へ上へと攻略を進めるのが最大の特徴となっております。
さて、本日はみなさま初めてのご利用でございますね。
はい、それでは早速入塔ガイダンスの方を始めさせていただきます。
あ、ちゃんと聞いていない人は説明の途中でもすぐに退室していただきますので。
みなさまいい大人なんですからその辺はわかりますよね。
――はい。
改めまして、こちらはバルベル迷宮ギルド・オグリム支部の総合受付となります。
そして私は本日みなさまのご案内を担当いたしますティナと申します。
短い時間ですがどうぞよろしくお願いします。
ではまず当ギルドについてご説明します。
バルベル迷宮ギルドは迷宮の管理運営全般を担う唯一の組織となっております。
同じギルドという名称でも外の世界のギルドとは成り立ちや役割が少々異なります。
詳細は割愛しますが、ざっくり簡単に申しますと当ギルドは自治権のある独立した都市国家のようなものだとお考えください。
その証拠にこのオグリムという町はおろか、国であるタリムですら当ギルドへの干渉は原則不可とされているんですよ。
ギルドマスターを実質的な元首として独自の財政及び法体系で管理運営されているのがこのバルベル迷宮ギルドなのです。
いかがでしょうか。
なんとなくでもイメージできましたか。
え、まだよくわからない?
そうですか、困りましたね。
本来ならばみなさまに正しくご理解いただくまでが私の職務ではございますが、なにぶんまだまだ未熟な若輩者ですので力不足な部分も少なからずあるかと存じます。
誠に申し訳ございません。
またガイダンスの時間的な制約もありますので、どうしてもという方には『これであなたもバルベル通!特別迷宮ガイダンス上級者編』を別途実施しております。
こちら有料とはなってしまいますが、より詳しく踏み込んだ内容で時間もたっぷり丸三日間のコースですのでご興味のある方は是非ご検討ください。
――宣伝失礼いたしました。
それではギルドの紹介を続けさせていただきます。
当ギルドがみなさまと直接関わる部分としましては冒険課、商業課、案内課の三つの課がございます。
冒険課は迷宮内における冒険者の管理と各種クエストの受発注業務。
商業課は銀行業務の他、魔石の査定と買い取り、装備や備品の販売業務。
これらはそれぞれ冒険者ギルド、商業ギルドとしてみなさまよくご存じの組織とほぼ同じと考えてくださって結構です。
外の世界の商業ギルドに預けていたお金は当ギルドの商業課でお引き出し可能ですし、みなさまの冒険者ランク等これまでの実績もそのまま共有されておりますのでご安心ください。
但し、現在お持ちの魔物の素材に関する査定や買取は当ギルド内では対応できません。
迷宮内で倒した魔物は迷宮に吸収されてしまうため、魔物の素材収集などは実質不可能となっております。
無理矢理剥ぎ取りなどしてもすぐに消えてなくなってしまいますのでご注意ください。
またドロップアイテムは原則魔石のみとなっております。
このような事情により迷宮内では素材の査定・買取の需要がそもそもないため、コストカットの意味でも係る業務そのものを廃止しております。
もし処分したい素材をお持ちの方がおりましたら、オグリムの商業ギルドの方へ持ち込んでください。
尚、お手持ちの素材を当ギルドで保管することは可能ですので、ご希望される方は商業課窓口へお問い合わせください。
この辺は外の世界とは勝手が違う部分ですので最初は違和感があるかもしれませんが大丈夫すぐに慣れますよ。
とりあえずガイダンスが終わりましたら冒険課窓口で入塔手続きをしてください。
これだけは絶対忘れずに覚えておいてくださいね。
……というわけで冒険課と商業課につきましては以上となります。
続いて案内課ですが、こちらは当ギルド独自のサービスとなっておりますので初めて耳にする方がほとんどかと存じます。
案内課はより安全に迷宮を探索いただくための支援の一環として案内人の紹介などを行っています。
初めて迷宮に入られる方や迷宮で過ごすことに慣れていない方、初めての階層へチャレンジする方などにとって案内人の存在は必要不可欠です。
迷宮内は全て自己判断自己責任となりますが、案内人が同行していれば単に道案内に止まらず適宜必要な助言を受けられますし、案内人と一緒に探索することで様々なノウハウを身に付けていただくことができます。
また、万が一の場合には案内人を通じて救援依頼を出すことも可能となっております。
他にも有料オプションではありますが、探索用の装備や荷物を案内人の方で一括でお預かりして運搬するポーターサービスも大変ご好評をいただいております。
みなさまの安心安全な迷宮探索のため、案内人はベストパートナーとして誠心誠意努めさせていただきます。
尚、初めて迷宮に入られる場合は必ず案内人と契約していただくのが規則となっております。
はい、こちら詳細につきましては案内課窓口でお尋ねください。
以上各課がそれぞれ専門分野から冒険者のみなさまをサポートしております。
ここまでで何かご質問はありますでしょうか。
ないですね、はい。
え? ちょっとよく聞こえません。
ありがとうございます。
では続きまして迷宮に関する最低限の知識を簡単にご説明させていただきます――。
* * * * *
小一時間ほど続いたガイダンスが終わると、冒険者たちは三々五々にロビーへと散って行った。
「それじゃオレは早速冒険課の窓口へ行ってくるよ」
三人のパーティメンバーに言い残してノビリスは中央奥にある窓口の方へ歩いて行く。
ガッシリした体躯も立派だが額から左頬骨まである顔傷と背中に担いだ大きな盾が一際目を引く。
「よろしくリーダー」
視線を全く別方向に固定したミゲルが軽く手を挙げて応える。
こちらは所謂細マッチョな体型と整った顔立ちにオールバック風の金髪と洒落乙系。
「ちょっとまたなの? いい加減にしてよね恥ずかしい」
赤毛ボブの紅一点サラが呆れたように苦言を呈するが後半はほぼ独り言だった。
そんなサラとミゲルの間に男女の関係があったのかなかったのかについては詮索しないのがパーティ内の暗黙の了解だ。
サラの言葉もどこ吹く風のミゲルは相変わらずエントランス付近の女性を目で追っている。
一緒にガイダンスを受けていた冒険者のようだが、連れがいるのか否かを確認しているのかもしれない。
上の空のミゲルに愛想を尽かしたのかサラはプイと踵を返してノビリスの後を追う。
もう一人のメンバーアモンはマント姿にフードを被っていて狩人か暗殺者のような風体。
普段から寡黙且つポーカーフェイスが彼のスタイルである。
軽く足をクロスさせて柱にもたれたまま一瞬だけノビリスとそれを追うサラの背中に視線をやると再び俯いて顔を隠した。
「それでは次の方、ご用件をお伺いします」
今日の冒険課の窓口担当はオリヴィエ嬢。
総合受付のティナとは同期でここオグリム支部に配属されて今年で三年目となる二十歳独身だ。
スラリとしたモデル体型の超絶美形ハーフエルフで冒険者にも大人気です、と。
「『青の開拓者』のノビリスといいます。ダンジョンに入るための手続きをお願いします」
「ノビリス様ですね。畏まりました。それではこちらの入塔届に必要事項を記入してください」
「あ、はい。わかりました……」
「えっ! 一人銀貨五枚!? たっか!!」
書類とにらめっこをしているノビリスの肩越しに覗き込んだサラが声を上げる。
「なんだよサラ。向こうにいたんじゃなかったのか」
「別にいいでしょこっち来たって。それよりホラここ。入塔税一人銀貨五枚って書いてあるでしょ!」
「ホントだ書いてあるね。でもここで文句を言ったって安くはならないと思うよ」
「そんなの聞いてみなきゃわからないじゃな――」
「お一人様銀貨五枚となります」
食い気味に答えるオリヴィエ。
あくまでも営業スマイルを崩さず背筋を伸ばしてサラを見据える。
「そこをなんとか!」
「なりません」
サラの願いも空しくすんとして動じないオリヴィエ。
おそらくこんなやりとりは日常茶飯事なのだろう。
ただ心無しか営業スマイルが氷の微笑に変化したようにノビリスには感じられた。
一方のサラは不満げな表情ながらもさすがに交渉の余地がないと悟ったらしい。
「書けました。これでお願いします」
ノビリスが書きあがった届を差し出すと書面を一瞥したオリヴィエが一点を指差す。
「こちらが未記入ですが」
「ああ、そうだった。そこですよね。さっきのガイダンスだけだとちょっと判断できなかったので後回しにしたのをうっかりしてました。すみません。それで案内人についてなんですけど……」
「ノビリス様――いえ『青の開拓者』御一行様は初めてのご利用となりますので案内人の契約は必須となります」
「やっぱりそうなんですか」
「初めての場合は必ず案内人と一緒に探索していただくのが規則となっております」
「でも底層って初心者でも安全なんでしょ?」
「ちょっとサラ……」
またしても横槍を入れるサラをノビリスが制止しかけたその時、オリヴィエがほんの一瞬だけ瞼を上げその眼差しが鋭さを増したように見えた。
「確かに底層ならお二人のレベルでも通常は安全に探索できると思われますが、これは非常時や想定外の事態をも考慮した上でギルドが定めた規則となりますので例外は認められません」
「そうなの? どうしても? 絶対?」
まだ粘るサラに対し、ゆっくりとした瞬きで返答するオリヴィエ。
微笑の温度がどんどん下がってきているのをどうかサラにも察してほしいと祈るノビリス。
ちなみに底層というのは迷宮の第一階層から第九階層までを指す。
バルベル迷宮の序盤に相当する入門者向けのイージーエリアである。
「案内人につきましては隣の案内課の方で詳しく説明させていただいておりますので、ひとまずこちらの届には案内人・有の方にチェックをお願いします」
不満そうに頬を膨らませるサラを一旦放置し、言われた通りチェックして届けを完了するノビリス。
「入塔届、確かに受領いたしました。四名様で銀貨二十枚になります」
「オイなんだよ銀貨二十枚って。どこのぼったくりバーだよ!」
いつの間にかミゲルまでが傍らにいて悪態を吐く。
微笑の温度が急降下するのをはっきりと感じたノビリスはやめておけとアイコンタクトを送るがミゲルは気付かない。
代わりにサラが止めに入る。
「うるさいわね! もうその件はやったのよ、蒸し返さないで」
「知らねーよ、オレは今来たとこだっつーの」
「さっきの女はどうしたのよ。あっちに用事があったんじゃないの?」
「ねーよ。あってもお前には関係ねーよ。それより今は銀貨の話だろ」
これはマズイと慌てたノビリスが言い争う二人を背にして見えないようこっそりオリヴィエに銀貨二十枚を渡すや否や――。
「それでは次の方、ご用件をお伺いします」
既にノビリスたちなど眼中にない様子で後方に待っていた冒険者へ微笑むオリヴィエ。
スマイルもいつの間にか平常運転。
ノビリスは軽く頭を下げると、まだやりあっているミゲルとサラを宥めながら邪魔にならないよう案内課窓口の方へ移動を始める。
三人の様子を見かねたのかアモンが先に窓口に並んでくれていた。
ノビリスはアモンと目を交わしお互いに軽く頷く。
この状態で列に加わるのは周囲に迷惑だし何より恥ずかしいので並ぶのはアモンに任せ、少し離れた位置まで移動。
前の組の手続きが終わり、すぐにアモンの番になった。
順調に手続きをしているように見えたアモンがすっと顔を上げてノビリスへ視線を送る。
呼ばれたのだと思ったノビリスはサラとミゲルに釘を刺して窓口へ向かった。
「何か問題でもあったのか、アモン」
「金を持っていない……」
刹那ノビリスは呆気に取られる。
「ああそうか、ごめんごめん」
パーティ資金はノビリスが管理しているのだが、それにしてもアモンは一文無しなのかと少し心配になる。
いやそれよりも今はとりあえず支払いが先だなと書面に目をやったノビリスは思わず二度見してしまう。
「銀貨五十枚!?」
「……ないのか?」
アモンが怪訝な顔をして小首を傾げる。
「いやあるよ。あるけどちょっと銀貨五十枚は……」
「銀貨五十枚って何の話だよオイ! さっきは二十枚で今度は五十枚とか連続ぼったくり事件だろふざけんな!」
ノビリスの声がつい大きくなったのを地獄耳ミゲルが逃さずキャッチしたらしく光の速さでかっ飛んで来た。
次いで追いかけてきたサラも加わりまた大騒ぎ。
「案内人ってそんなに高いの? 銀貨五十枚もあったら二、三ヵ月は遊んで暮らせるわよ」
「そうだサラよく言った! 案内人ってのはそんなに高給取りなのかよ」
「五十枚の内訳はナニ? どういう根拠でそんな高額なのか教えてよ」
「そうだ教えろ! 必要ないサービスはカットして値下げしろ!」
「二人ともいい加減にしろ。そんなにパーティの悪評を立てたいのか」
温厚なノビリスもさすがに苛立ちを隠せないが、それには銀貨五十枚の出費も少なからず影響しているものと思われる。
「あの、すみません。案内料を抑えたいのでしたらひとつご提案があります」
ここで満を持して登場するのはオグリム支部スタッフリーダーでもある案内課受付歴六年目のポラン嬢。
ドワーフの血でも入っているのか低身長のロリ巨乳でいつも踏み台に乗って窓口に立つ二十二歳独身です、と。
「こちらの案内料は正規の案内人をアテンドする際の金額となっておりますが、見習い案内人の場合は半額にさせていただいております」
「半額!?」
アモン以外の三人が思わずハモる。
「銀貨二十五枚でいいってこと?」
改めて確認するサラ。
「はい、そうなります。あ、もちろん見習いだからといって仕事が疎かになるようなことはございませんのでどうかご安心ください」
「いやいやちょっと待て。おんなじ仕事で報酬が半分だなんて幾ら見習いったってあんまりじゃないのか? あんたら見習いから搾取してるか若しくは実はオレたちにわからないように仕事内容を誤魔化してるかのどっちかしか考えらんねーだろ。どっちなんだよオイ。いやどっちでもダメだろ上司呼んでこい」
ミゲルの言い分は例によって単なるイチャモンに聞こえるかもしれないがミゲルなりに見習いの待遇について義憤に駆られた部分もあり、もし裏があるなら騙されないぞという慎重さもあっての言葉である。その言い方表現方法はともかくとして。
そんなミゲルの言葉の裏側まで忖度しつつも一応リーダーとして失礼を謝罪するノビリス。
「すみません。コイツ思ったことがすぐ口に出ちゃうタイプなんです。悪気はないんですが失礼しました。メンバーの失態はリーダーのオレの責任です。本当に申し訳ありません」
気をつけの姿勢から深々と頭を下げたノビリスの背中に背負った大盾が跳ね上がり脛に当たりそうになったミゲルはさっと身を躱す。
危ねーじゃねーかと文句を言いかけた直後に状況を理解したのかハッとして横に並んで一緒に頭を下げる。
「……すんませんした」
バツが悪くなったミゲルはお口にチャックで白旗。
「それでどうなさいますか。正規の案内人にしますか、それとも見習いにしますか」
「是非見習いでお願いします!」
即答するノビリス。
他のメンバーもうんうん頷いているので特に異論はないようだ。
「畏まりました。それではえーっと……」
アモンが記入した案内依頼届をもう一度確認しながら何やら思案している様子のポラン。
「ご依頼の条件ですと今ご紹介できる見習い案内人は一人だけですね。それじゃミミちゃん、ちょっとヤン君呼んできてくれる?」
ポランが振り向いて声をかけたのはまだ働き始めて三ヵ月目のド新人ながら持前の明るさでスタッフのみならず冒険者たちにも愛されキャラに認定されつつある(但し超のつくドジっ子)ミミナリスちゃん若干十七歳もちろん独身。
「ハイわかりましたー」と元気な返事で小走りに部屋を出て行くと、間もなく戻ってきてポランに何やら耳打ち。
頷いたポランは小さく「ィっしょ……」と可愛い声と共に踏み台から下りると受付カウンターをぐるりと迂回してノビリスたちの前までやって来た。
窓口から見て想像していたイメージよりだいぶ身長が低いよ146cm。
隣のミミナリスがそこそこある(167cm)ので大人と子供に見える。
二人の高低差に目を奪われているといつの間にかもう一つ、ポランの斜め後ろに人影があった。
「こちらが見習い案内人のヤン君です。ヤン君、この人たちが『青の開拓者』のみなさんよ」
紹介された人物がポランの一歩前に出ると四人の顔色が変わった。
「ヤンです。よろしくお願いします」