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将の器と生まれの違い

人は貴賤の生まれに左右されない。島津の古くて新しい考えです。

しまづ4兄弟の若い時の話の続きです。

ある時、馬を見る機会がありました。

沢山の馬を見た三男のとしひさが「馬の良し悪しは母の馬をみればすぐにわかりますね」と長男のよしひさに話しかけます。


その場には4兄弟すべていたのですが、実はこの4兄弟、ある違いがありました。

それは父親はたかひさで同じなのですが、母親が違うのです。

4人の内、長男~三男のよしひさ、よしひろ、としひさは同じ母親でいえひさだけが別の母親でした。


それで、いえひさは疎外感を持っていて、いつしか「どうせ自分なんか」と腐りかけていました。

そうした事情もあり、としひさは発破をかけるためにあえていえひさに聞こえるようにこのような嫌味を言いました。


それに対して、よしひさはいえひさの意見に賛成せず、「馬と人では違う事も多い、

人であれば生まれがどうであれ努力すれば立派になれるだろうし、どんなによい父と母を持っていても本人が堕落していたらダメになるだろう、とにかく大事なのは本人の努力ではないか!」


といいいえひさの気まずさを解消しつつ、としひさをたしなめました。

それを聞いたいえひさはそれ以降苦手な勉強も頑張るようにして、自分を磨き4兄弟の中でも優れた能力を持つ実力者になったそうです。


としひさはその時はバツの悪そうな顔をして引き下がったのですが、よしひさが後で考えてみると、としひさはわざと悪役を買って出たのではないかと思いました。


何故なら、ただよし爺ちゃんの教えの中に、前世の行いが悪くても本人が努力すれば悪名は除かれるという教えがあり頭の良いとしひさがそれを知らないわけがないと思ったからです。


これはとしひさに一杯食わされたかなとよしひさは思いましたが、まあ結果オーライなのでそのままにしておきました。


※島津家久は茶の湯など、文化的な作法は苦手だったようで京でのこうした催しでもパスすることがありました。

一方で戦に関しては天才的な閃きと行動力で活躍し、特に大物の首を取るという点では戦国でも頂点を伺う活躍をしています。


彼の息子があの「首おいてけ」のキャッチフレーズで有名な島津豊久ですが、歴史的史実で見ると大将首を沢山取ったのはむしろ父の家久の方だと言えます。


島津日新公いろは歌を見ると、前世の行いが今に影響を与える、なので来世をよくするためにも今努力せよ、とか今努力することが大事といった運命論的な教えよりも現世での正しい行動を奨励する教えを一貫して勧めています。


薩摩中興の祖ともいえる忠良が島津の分家だったこともあるのでしょうが、血筋で人の本質が決まるという貴族主義的な教えを意識して外しているのが島津日新公いろは歌の大きな魅力と言えるかもしれません。

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