1話 幽霊との出会い
空名高校に入学した夏樹はいつも通りに幼馴染であり親友の祐也と、帰り道に道草を食いながら帰宅した。
1年半前に父が亡くなったので今は母が1人で子供の面倒を見てくれている。(ただ、今は高1と中2なので、母は少しは楽になっていると思う。)
そのため、午後の7時くらいになると夏樹と柚と母の3人で学校や会社での話をしながら食卓を囲んだ。
夕食後は3人で一緒に食器を洗い、「おやすみ」と一言声をかけた後でそれぞれの部屋に戻っていった。
夏樹はベッドに倒れ込んで天井を眺めていた。そして流した涙を服の袖で拭った。
ー父さん…。なんであんなっ…!なんで、どうして死んじゃったんだ…ー
父さんが交通事故で亡くなったあの日から、毎晩この調子だった。
心配はかけたくなかったので、家族の前ではいつも笑顔でいた。
そのせいだろうか、夜になると毎回涙が勝手に出てくる。
俺にとっては今までで一番辛いことだったので、まだ引きずってしまっている。
きっと、俺だけでなく母さんや柚だって同じはずだ。
夏樹は泣き疲れてベッドの中に潜り込み眠りについた。
ーーーー
それから何時間か経った時に、
「初めまして。僕の初恋の人」
と、俺しか居ないはずの部屋から、何やらクスリと優しく微かに笑いながら話す声が聞こえた。
夢かな?と思ったが、それにしては随分とはっきり聞こえたので、声が本当に俺の部屋から聞こえているのだと確信が持てた。
本当に俺の部屋に誰か居るとするならば、誰なのかと不思議に思って布団を剥いでみた。
するとカーテンの隙間から日の光が差し込んでいた。
「もう朝だったのか」と寝起きで掠れてしまっていてあまりハッキリと聞こえない声で言った。すると、
「うん。朝だよ、夏樹くん」
と、誰かが耳元で囁いた。
驚いて振り返ってみると、見知らぬ一人の男の子が夏樹のベッドの横に立っていた。
だが、その男の子の身体はまるで “ 幽霊 ” かのように透けていて、奥にあるものが透けてみえた。
夏樹は今見てはいけないものを見てしまったと思い、無視してベッドから降りると、また男の子が話しかけてきた。
「ちょっと!?無視しないでよー!見えてるんでしょ??」
これ以上は流石にマズいと思った夏樹は無視するのを諦めて、とりあえず男の子について聞いてみることにした。
「えっと、君は誰? どうして俺の部屋にいるの?」
「まず、初めまして!僕は井野島惟水。夏樹くんが最初で最後の好きな人だから、会いに来ました!」
井野島、惟水?聞いたことがあるような気がする。気のせいだろうか?
「それは、初恋の相手が俺ってこと?」
「んーと…。そういうことになるね!」
惟水は随分と無邪気に答えてくれた。初恋かー。俺は恋愛のことを考えたことがなかったな。そういえばこれって、男同士の恋愛ってことになるよな…。
「でも、男同士だよ。抵抗ない??」
俺が話を切り出すと、惟水はまるで絵に書いたかのようにムスッと頬を膨らませて反抗してきた。
「抵抗なんてない!!ただ、好きだって思ったんだよ。男でも・・・!男でも魅力を感じたから、好きになったんだよ!悪い!?」
惟水は目に涙を滲ませながら話した。悪いことを言ってしまったのかも知れない。人を好きになるのに性別は関係ないよな…。最近は“LGBT”っていう言葉があるくらいだしな。
「ごめんな…。そうだよな。好きになるのに性別は関係ないもんな」
そう言うと、惟水は「許す…グスッ」っと少し睨みながら許してくれた。割と単純だなと思ったのはここだけの話。
そうだ。もう一つ気になっていたことが…。
「あのさ、惟水の身体はどうなってるの…?」
夏樹はもう一度惟水の身体を上から下まで目だけで確認した。やはり、惟水の身体は透けているのだ。
「僕は幽霊なんだ。空明中に入学してちょうど半年くらいに交通事故で死んじゃって…。」
惟水の表情と、周りの空気が一気に暗くなった。
「あーー!ごめんね。分かってたのに、この話しなくちゃいけないのは…。でもでも、死んでも年はとるんだよ!実際に僕は今、中2だしね!」
惟水は苦しそうな苦笑いを顔に浮かべていた。
そういえば、惟水と柚って同い年だし、惟水は“父さんが死んだ日とだいたい同じ日”に死んでる??
「惟水は亡くなった日にち覚えてる?」
「ううん。そこまでは覚えてないよ。どうかしたの?」
そういえば確かに柚のクラスに惟水という名前の人が居たことを今ハッキリと思い出した。
「いや、何でもないよ」
あぁ、なんで思い出せなかったんだろう…、どうして気付けなかったんだろう…。
柚からも聞いた気がする。「私のクラスの惟水っていう人が交通事故で亡くなっちゃったんだって…。あんまり話したことなかったけどね」と。
「ねぇ。惟水は住む場所とかあるの?」
「ないよ。痛覚がないから、基本外でも大丈夫だし、空腹になることもないし…」
惟水は、住む場所がなくても大丈夫な理由を指を使って数えていった。
途中で「勝手に人の家に住み着いたことがあった」と言われたことは聞かなかったことにした。
ただ、ずっと住む場所がないのは可哀想なので、夏樹は自分の部屋に住まわせてあげようと思い提案してみた。
「あのさ、良かったらなんだけど俺の部屋に住む?」
夏樹が言ったこの一言で、惟水の顔にはさっきとは反対に、とびっきりに明るい表情が浮かび上がった。
「やったぁぁあ!嬉しいよ、ありがとう!」
笑顔が見れてよかった。そう思ったのはなぜだろうか。
だけど、それとは別に、夏樹は惟水を思い出してあげられなかったことを強く後悔していた。そして、その罪悪感は次の日も続いていた。
しかし、その罪悪感は惟水と話していくことでしだいに無くなっていった。
夏樹は"今の惟水"を受け入れて過ごすことに決めた。“死んだ惟水”ではなく、今目の前で楽しげに笑って“生きている惟水”として。
こうして、俺のことが好きな幽霊との暮らしが始まった。