8 『欠片の力』(前半)
村長の娘のスナイパー。
何とか聖教会の司祭。
そんなふたりの美少女が膝をついて俺に深々と頭を垂れている。
流石は俺の夢。
ここまではひたすら流されるばかりの展開でストーリも何もあったものじゃなかったけど、ここに来てやっと主人公っぽくなってきたじゃないか。
何やら不思議な石に選ばれているという設定もあるらしいし。
このままいけば……。
覚醒した主人公が活躍し、目の前のふたりのような美女や美少女に囲まれて暮らすというまるで夢ような物語が……。いや、まあ夢ではあるんだけど。
そんなことを考えていたら司祭が顔を上げて口を開いた。
「御尊名をお伺いしても?」
「き、桐生陽斗です」
うん。
やっぱりこの子、年下に思えない。俺より格上だ。落ち着き具合が異常過ぎる。
「キリュウ……ハルト……。ハルト様ですね。私はツァディー・ソフィート。この地の司祭職を拝命しております」
聞くと、このツァディーという司祭はこの地域の幾つかの教会の掛け持ちをしているらしく、たまたま今日がこの村の教会へ来る日だったらしい。
「それで司祭様、俺……」
「どうぞツァディーとお呼び下さい。神門の守護者であらせられるハルト様に『司祭様』などと呼ばれているのを他の者が耳にしたらお叱りを頂戴してしまいます」
「はあ……。じゃあ、ツァディーさん」
「『さん』も不要です」
「……。分かったよ、ツァディー」
リズに対してもそうだけど、女の子を名前で呼び捨てとか夢の中だからあっさりと出来ているが現実世界では無理だっただろう。学校のクラスでは聖依奈以外の女子は全員きっちり『名字+さん』付けだ。
「はい、何でございましょう、ハルト様」
「俺、分からないことばかりで……」
「ええ」
「まずは、その神門の守護者というのは?」
「神門の守護者とは神の声を聞く者」
「神の声……?」
「神はその声、つまりは御心をお伝えになるのです、その石を通じて。そして石は主を選ぶ、自らのその絶大な力を宿すに値する主を……」
ツァディーがそう言ったところでリズが急に立ち上がった。
「そ、その絶大な力を持つ方がこの村にいる……。司祭様、これでこの村は救われます!!」
「そうですね。リズ。ですがまずは」
「はい! まずはこの事を村の皆に知らせて参ります!!」
リズはそう言って教会を駆け出していった。
「申し訳ありません。ハルト様。リズは少々人の話を聞かずに、『思ったら即行動』のようなところがありまして」
うん。それはよく分かる。
「それで、リズが言ってた村が救われるっていうのは」
「ええ。最近、この村の周囲でモンスターが多く出るようになりました。このような辺境では国の助けも期待できません。リズはハルト様がこの村をお救い下さると思ったのでしょう」
「いや、俺にそんな力はないですよ?」
なにしろまだまだ駆け出しの主人公なのだ。まずはじっくりレベルを上げねばなるまい。
ツァディーが、ふふ、と笑う。
「ご冗談を。この世界のどこに神門の守護者を凌駕する力を持つ者がいるでしょう」
「モンスターがたくさん出るんですよね?」
「ええ。一部には森に巣を作って住み着いている集団もあるようです」
「それを俺が倒せるって言うんですか?」
「はい。容易く」
いや、そうは言っても俺が手にしているのはちょっと光る石で、伝説の聖剣でもないし、俺が勇者や賢者にクラスチェンジしたわけでもない。
なんか、期待値だけが上がっていっている気がする……。
そんな俺の内心を読んだようにツァディーが言う。
「まだバベルの欠片の力をお分かりでいらっしゃらないご様子……」
では、と言って立ち上がる。
「その目でお確かめになってください」
◇◇◇
俺はツァディーに教会の裏へと案内された。やたらと広い場所だった。
「シンアル聖教会の教会はどこもこれくらいの広さの敷地があります。魔法の演習場も兼ねているのです」
「魔法……」
まあ俺の夢だし魔法くらいは出てくるだろう。ぜひこのままの勢いで美少女エルフやドラゴン辺りにもご登場頂きたい。
「ハルト様はどうやらこの世界のことをあまりご存じ無いようですね。ただ、あまりお気にされませんよう。神門の守護者の方々にはたまにいらっしゃるのです、そういう方が」
ご存じも何もここは俺の夢の中だ。
……と言うか、
「じゃあ俺以外にも神門の守護者が?」
「ええ、もちろん。世界全体での正確な数は分かりかねますが、少なくともこの国だけでも50人近くの神門の守護者がいらっしゃいます」
「へぇ。……あ、ええと、ツァディーも、その、魔法が使えたりするの?」
夢の中なのにこうして改めて口にするのは恥ずかしい。しかしどうしても聞いてみたかった。
「無論です。魔法が使えなければ司祭にはなれませんから」
ツァディーは演習場を見る。その視線の先には人形が置いてあった。兵士のような格好をしている。鎧を着ていて槍を構えていた。
ツァディーは右手を翳す。
「【火の矢】!!」
ツァディーがそう唱えると翳した掌から火の矢が飛び出し兵士姿の人形を襲う。人形は吹き飛ばされ、そのまま火に包まれた。
「す、すごい……」
正直、エフェクトだけだったら我が紺碧の神聖竜が放つ【無慈悲なる咆哮】の方が壮大だったが、スマートフォンの画面ではなくこうやって目の前で魔法を見れたということ自体が興奮だった。
「凄い! 凄い!! ツァディー!! 今のはどうやったの!?」
「どう……と言われましても。こう、身体に流れる魔力を掌に集中させて、そこに周辺のマナを取り込んで、そしてそれを火の属性に変換させ……」
さも当然のことのようにツァディーは身振りも含めて説明してくれた。何だか自分にも出来そうな気がしてくる。
「よぉし、じゃあ俺も」
「あ、ハルト様、お待ちを……」
「何? あ、もしかして俺の超絶魔法で周辺に甚大な被害が出てしまう、とか」
「え? ああ、まあいずれはそのようなことも気にしなければなりませんが……、残念ながら今はまだハルト様は魔法をお使いになれません」
「へ?」
期待を打ち破られ気の抜けた声を出してしまった。
「ああ、そんな顔をなさらないで下さい。あくまで『今はまだ』という話ですので」
「今は?」
「はい。ハルト様はバベルの欠片に選ばれた方。いずれは強力な魔法を使いかなせるようになるでしょう。しかし、魔法を使えるようになるためにはまずは精霊との契約が必要となります」
「け、契約?」
「はい。魔法というのは非常に多くの力を必要とするので通常はマナを使います。マナは精霊が放つ聖なる力」
そのマナを取り込んで魔法を使う。そのため精霊との契約が必要とのことだった。
「まあハルト様にはバベルの欠片がありますし、その力で魔法を行使することも出来ましょうが、マナを使わずに魔法を使うと魔力が暴走することもありますし契約はされた方が宜しいかと」
「なるほど……。で、その契約ってのはどうやって?」
「契約自体は難しいことではありません。聖教会の司教が立ち会い簡単な儀式を行うだけです。聖教会に正式に神門の守護者として認めて頂くためにも一度司教にお会いになって頂かなくてはなりません」
レベルが上がったり特定のアイテムを装備すれば勝手に魔法が使えるようになったりする訳じゃないのか。肩を落とす俺。
「ふふ。そうがっかりなさらないでください。至急、私の上席の司教に連絡致します。一月もあれば司教と会う算段もつきましょう。……それに、先ほど申し上げましたよね? その目でお確かめになって下さい、と」
そうだ。
ツァディーはそう言ってここまで俺を連れてきた。魔法が使えないにも関わらず。
「ハルト様は魔法に興味がおありのご様子。ですが……」
言いながらツァディーは歩き、少し離れた所で向き直った。
「魔法など使わなくても、ハルト様は十分にお強いのです」
「強い? 俺が?」
「ええ。さあ、ハルト様。バベルの欠片をお手に」
俺は言われるままにポケットからバベルの欠片を取り出す。
「バベルの欠片は神の至宝。その石に見出だされた者はまさに神の力を手にするのです」
「神の、力……」
俺はバベルの欠片に目を落とした。石は仄かに光っていた。
「ハルト様」
名前を呼ばれ顔を上げる。
「……えッ」
俺の頬を一線の火が掠める。
火の矢だった。
火の矢はそのまま背後にあった古びた小屋を粉々に吹き飛ばす。散らばった木片がそのまま炎に包まれていく。
「え、は……。ち、ちょっと、ツァディー!? いったい何を!?」
俺は声を上げる。リズといい、俺の夢の中にはいきなり何かをぶっ放してくる女しかいないのか!?
しかし、ツァディーは至って冷静で無表情のままだった。
そして、再び手を翳してくる。
俺に向かって次々と火の矢が飛んでくる。
「ちょ、待っ……!!」
俺は走りながら向かってくる火の矢をかわしていく。
「ハルト様。このような低位魔法、何を恐れることがありましょう」
「いや、そんなこと言われたって……ッ!!」
「バベルの欠片の力を使うのです」
「バベルの欠片の力?」
いや、待てって。
この小さな石でどうやって我が身を守れと?
火の矢を放ちながらツァディーは淡々と言う。
「バベルの欠片はただ自らの主に神の声、神の力を届けるために存在するのです。ハルト様が望む力を石は与えてくれるでしょう」
「望む、力を……」
俺はバベルの欠片を強く握った。
同時に『力を』と願う。
次の瞬間。
バベルの欠片が光る。
光は俺へ伝わり、今度は俺自身が光を放つ。
「こ、これは……」
「石の力がハルト様へ流れていっているのです。石の力を宿したハルト様ならば、この程度は造作もありませんね……ッ」
言ってツァディーは幾つもの火の矢を同時に放ってきた。
待て!
いきなり12本の火の矢とか、もう絶対無理だろ!
……。
ん、12本?
何で俺、そんな具体的な数字を……。
俺は恐怖から閉じかけようとした目を開く。
火の矢の動きが、何だか遅いような……。
俺はそうすることが自然であるように次々と矢を避けていく。まるで小さな水溜まりを飛び越えていくように。
自分でも信じられないような速さで動ける。
そして、火の矢の一本一本の動きを俺の目は正確に捉えていた。
最後の矢をよけた所で気づいた。
この万能感……。
石室や森で感じた、あの感覚。
俺はその感覚に浸っていたが、何だか嫌な予感がしてツァディーを見る。
ツァディーは両手に天に翳していた。その両手の上には巨大な火の塊が浮かんでいる。
「お見事です、ハルト様。ですが……、この程度で驚かれては困ります。石の力がその身に宿ればあれぐらいは当然です。ここからが本番です!」
掌の上に生じた火の塊はどんどん大きくなっていく。
「え、ツァディーさん……? それはちょっと避けるのは無理な気が……」
いくら石の力で俺の身体能力が強化されていると言ってもあれは……。
「ハルト様。バベルの欠片は奇跡の石。主の意を受け、形を自在に変えます」
「か、形を……?」
「さあ、ハルト様。私はこれから、私が使えるなかでは最高位の魔法を放ちます。どうぞ石の力を存分にお使い下さい。防ぐなり叩き切るなりご自由に」
「いや! ご自由にとか言ったって……」
こんな大きさの石が形を変えたところで、どう考えてもあんな馬鹿デカイ炎の塊を受け止められるとは思えない。
「ツァディー!! ちょっと待っ……」
「では、参ります。……【福音の火球】!!」
さっきの火の矢とは比べ物にならない程の巨大な火の塊が迫ってくる。
駄目だ。避けられない。
避けられないなら……、防ぐしかない!
防ぐためには……、盾!!
俺は咄嗟に盾を思い浮かべる。
「えっ……」
この感覚、さっきとは違う。
指先を動かすように石を……操れる。
バベルの欠片が形を崩す。石はまるで水のように形を変え、膨張し、そして俺が思い描いたような盾になった。
炎の塊が目の前に迫る。
俺は盾を構えた。
炎の塊が盾にぶつかり爆発する。
周囲は爆風と爆煙に包まれた。