7 『村の教会』
リズが無言のまま真剣な眼差しを向けてくる。何故この石を持っているのか、俺の返事を待っているようだ。
けれど……。
返事を待たれても困る。むしろ聞きたいのは俺の方だ。
何でこんな石を持ってるんだ、俺。
俺が寝る前にいじっていたのは、これ以上ないくらいに普通過ぎるただの石だった。
こんな宝石のような代物じゃない。
寝る前のことが夢の中のことにも影響しているとしたら、俺が手にしてるのは普通の小石じゃないといけないだろ。
でも。
さっき、辺りが青い光に包まれたときの感覚は神社の地下の石室で感じたものと同じだった。それだけは一致している。
うーん。
分からないことだらけだ。けれど、リズはこれが何であるか知っているようだった。どうやらこの石はバベルの欠片というらしい。
「ええと、リズ。名前を知ってるくらいだし、これのこと詳しいんだよね? 色々教えてくれると嬉しいんだけど」
「え、は? い、いや詳しいというわけでは……。それに私ごときがバベルの欠片について語るなどおこがま……。ん、何故そんなことを聞くんだ? ハルトは石に選ばれているのだろう?」
「え、選ばれる? 誰が誰に?」
「いや、ハルトが、その石に……」
「……」
『実は何も分かっていません』感が全開の俺にリズは混乱し始める。
頭を抱え込てしゃがみこむ。ああでもないこうでもないと自問自答して、そして突然立ち上がった。
「ああ、もう! 私では判断が出来ない! ……ハルト!」
いきなり腕を掴まれる。
「は、はい」
「一緒に村に来てもらう」
「わ、分かった。……は?」
つい勢いに押されて分かったと答えてしまった。
リズは「じゃあ」と俺を森の奥へ奥へと引きずっていく。
……くそ。
何なんだこの夢は。
主人公は俺のはずなのに完璧に受け身の展開じゃないか。
せめて夢の中くらい圧倒的強者として君臨したり、超絶美少女に囲まれてハーレムしたりしていたい……。
などと俺が妄想に耽っている間に森を抜けた。
あれがリズの村か。
森を抜けて直ぐに小川があり、その橋の向こうに村はあった。村の周囲は柵に囲まれていて、ちょうど俺たちが向かっている側に村の入り口があった。
リズの姿を見とめた村人らしい何人かが俺たちの方へ走ってきた。
「リズさん! ご無事でしたか!」
「ああ。ゴブリンは倒した。安心してくれ」
「おお」とリズの言葉に周囲から安堵の声が漏れる。
「さすがはリズさん。でもやはり危険ですよ。ゴブリンだけじゃない。最近森でモンスターが現れる頻度が上がっている。それを毎回リズさんが倒すなんて……。この間だって足に大怪我をされたばかりじゃないですか」
「まあ、それは……。けれど、ほら、この通り薬草で治せたんだし」
「そういうことじゃありません。それに村長だって心配し……」
そこまで言った男が俺を見て言葉を途切らせる。
「リズさん。この人は?」
「森でゴブリンに襲われていたのを助けたんだ。大丈夫だ、怪しい者ではない」
いや、どの口が言う。薬草泥棒呼ばわりして矢を2回もぶっ放してきたくせに。
周囲の村人たちが俺をじろじろと見る。
リズはそれに構わず、俺の腕を引いて村に入ろうとする。
「リ、リズさん! よそ者を村に入れるんですか!?」
「すまない、今は説明してる時間がないんだ。後で父には伝えておくから。あ、司祭様はどちらに? 確か今日到着されると聞いていたが」
「あ、はい。先ほど着かれて、今頃はもう教会にいらっしゃるかと」
「そうか! 今日がたまたま司祭様がいらっしゃる日で良かった……。よし、行くぞ!」
村を駆ける俺とリズ。
村人たちが何だ何だと視線を向けてくるのを余所にリズは前のめりに進んでいく。
「お、おいリズ!」
俺は急ブレーキをかけてリズを止まらせた。
「どうした、ハルト。教会はもうすぐそこだぞ?」
「いや、教会が近いか遠いかは問題じゃない。なんで俺は教会に連れていかれるんだよ?」
夢の中とは言え少々不安になってくる。
展開に任せすぎて話がどんどん訳の分からない方へ向かっている。
「なんでって……。ほら、私は魔法が使えないだろ? だからハルトがバベルの欠片に選ばれた人間かどうかを司祭様に判断してもらうんだ。それこそがシンアル聖教会の聖職者の大切な仕事でもあるわけだし」
説明になっていない。
リズが魔法を使えないこともどうでもいい。
バベルの欠片ってのは俺がポケットに入れている青い石のことなんだろうけど、何でそれが誰かを選んだり、そして、それを何とか聖教会の司祭が……なんて話になるんだ。
困惑するばかりの俺にリズが頭を下げてくる。
「とにかく一緒に来てくれ! 頼む! もしハルトがその石に選ばれた人間だとしたら……」
「いや、だからさ、まずは詳しく説明を……」
「頼む!!」
叫び声に近かった。
頭を下げたままリズは動かない。
何が何だか分からないが、リズが本気だということだけは分かった。
仕方ない。俺はおとなしく教会へ向かうことにした。
教会は森とは反対側の村の外れにあった。
小高い丘の上にあり、村とは一本道で繋がっていた。
夢の中のこととは言え、何だか緊張してきた。
司祭って、俺の勝手なイメージでは無駄に偉そうな教会のおっさん、じいさんということになっている。ゲームだと悪役として出てくることも珍しくない。
で、ソイツが俺のことをあれこれと調べるらしい。何だか学校の先生と面談するみたいな気分になってきたな。
足取りは重くなるばかりだが、俺の腕を掴んで離さないリズは興奮しっぱなしだ。
「ほら、ハルト! 急いで!」
「はいはい」
門をくぐって教会の敷地内に入る。
リズは敷地の中で一番大きな建物へ向かって進んでいった。
建物が目の前に迫る。
入口の扉が少し開いている。
中に誰かいるのか。リズの言う司祭とやらだろうか。
「さあ」
神妙な面持ちのリズに促され、俺は中へと入った。
「お、お邪魔します」
それほど大きくはなかったが、これぞまさに教会といった厳かな雰囲気だった。
中へ入った俺の目が、奥の祭壇の前に立つ人物を捉える。俺たちに気づいたのか、静かにこちらに振り向く。
リズに背中を押され祭壇へ近づいていく。
あれが司祭……いや、たぶん違う。
そう思ったのは祭壇の前に立つ人物が女だったからじゃない。
確かに教会関係者っぽい、いかにもなローブを着ているけど、見た目が幼い。学年で言うなら小学校の高学年ってところか……。
祭壇のある一段高い所から俺をじっと見るローブ姿の少女は銀髪で、整っている綺麗な顔立ちだった。別に幼女趣味があるわけではないし、綺麗系よりも可愛い系が好きな俺でも思わずドキッとしてしまった。
「司祭様」
とリズが深々と頭を下げる。
違うと思ったけどやっぱりこの子が司祭なのか……。驚いたと同時にホッとした。これでおっさんにあれこれ調べられることはない。
少し気楽になった俺は少女に目を向けた。少女と目が合う。薄い笑みをたたえた少女が「こんにちは」と挨拶してきた。
なんだ、この落ち着き具合。絶対に俺の方が年上なのに何だか気後れする。
リズが少女に近づいて何か耳打ちする。
興奮しているリズとは対照的に、少女は静かに頷く。
「そうですか。話は分かりました。リズ。落ち着いてください。まずは確かめてみないことには」
「は、はい」
リズから離れ、少女が俺の側まで来る。
「リズの話では『青く光る石』をお持ちだとか?」
「あ、ああ」
俺はポケットにしまっていた石を取り出し少女に見せる。
少女は全く表情を変えなかった。俺と石をゆっくりと見比べる。
「なるほどなるほど。では、早速ですが試してみましょう」
少女がおもむろに手を石に翳す。
ブツブツと何か呪文のようなものを唱えると翳した少女の両手が淡く光を放った。それに反応し、俺が手にする石も光り始めた。
青い光が教会を満たしていく。
「えッ、ちょ……、これ……」
「そのまま。どうぞ動かれませぬよう。すぐ終わります」
少女の言葉通り暫くすると光が収まっていった。
光が消えたところで少女が口を開いた。
「確かにバベルの欠片で間違いないようですね」
「じゃ、じゃあ……」
「お待ちください。リズ。大切なのはここからです。ただ欠片を持っているだけでは意味がありません」
そうリズを諭した少女が改めて俺を見る。
「どうぞバベルの欠片に選ばれた証をお示し下さい」
「あ、証……? そんなこと言われても俺……」
「ああ、まだ力を使いこなせていらっしゃらないのですね」
少女がすぐ側まで来る。
「では、目を閉じて、そして私の言う通りのイメージを思い浮かべてください」
「は、はい」
俺は言われた通りにする。
一体何が始まるんだ……。
「貴方が今手にしているのはバベルの欠片。神の奇跡の結晶。貴方はこの石であり、この石は貴方で……」
少女の言っている言葉が不思議とすっと俺の中に入ってきた。
神社の石室で普通過ぎるあの石を初めて手にした時の感覚。森でゴブリンと対峙して、この石を握った時の感覚。
それらの感覚を、少女はまるでその場で見ていたかのように、いや、自分のことであるかのように言葉にしていく。
そう。
そうなんだ。
あの石にしても、この石にしても本当に自分の一部みたいに感じるんだ。本来あるべきものが欠けていて、それを取り戻したような……。
その感覚を改めて意識する。
ん? 何だ。石が温かくなってきたような……。
目を開いた俺だったが直ぐに目を閉じる。
「な、なんだよこれ!?」
ま、眩しい。俺が手にする青く透明な──リズや目の前の少女がバベルの欠片と呼ぶ石がさっきよりも激しく光を放っていた。
その光景に驚いた俺は怖くなり咄嗟に石を放り出す。
俺の手を離れ、地面に転がった石は途端に光を失った。
少女はそっと石を拾い、そして呆然とする俺の手を握り、石を掴ませた。
不思議だった。恐怖から放り投げたのに、こうして手にしているとやはり安心する。
「ありが……」
俺はそこで言葉を途切らせた。
少女がその場で恭しく片膝をつき、そして俺に向かって深々と頭を垂れてきたからだ。
少女の横にリズが並んだ。
少女は頭を下げたまま言った。
「リズ。この方は間違いなくバベルの欠片によって選ばれています」
「ああ……。では……」
「ええ。この方は間違いなく神門の守護者です」
その言葉にリズも少女と同じ様に膝をついた。