6 『青く透明な石』
……。
え、何で?
どうして、「まだ成長していないか弱い主人公をゴブリンから救ってくれたヒロイン」が主人公にも矢を放ってくるんだ……。おかしいだろ。
正統派ヒロインかと思ったけど、もしかして、アイツ、実は「愛しているなら私と一緒に死んで」とか「殺してしまえば永遠に私のもの」系か?
でも、コイツだって俺の夢の産物。
だとしたら、実は俺ってそういう病んでる系の女子が好きだったりするんだろうか……。
などと自分の心の奥深くの癖に思いを巡らせていたが、その間にも弓を構えたまま少しずつ少女は近づいてきている。
いやぁ、うん。
まさに美少女。
森の中を歩く様がとても絵になる。
あどけなさを残しつつも凛々しい整ったお顔。さすが俺の夢の中の住人。俺の理想の女の子をしっかり体現している。
……。
それはそれとして、あの子、メチャクチャ俺のこと警戒してる。整った顔をしているだけに睨まれると目が怖い。
まあ、こんなちょっとよく分からない展開と設定だけど、最終的には俺に都合よく物語が展開されていくはず。
よし。
俺は近づきつつある少女に向かって一歩踏み出す。
「やあ。ゴブリンから助けてくれてありがとう。俺は決してあやしい者じゃ……」
ヒュン。
足元に本日2射目の矢が突き刺さる。
「……」
アイツ、問答無用で射ってきやがった。
前に出した俺の足右から10センチも離れていない。さっきの頬をかすめたことといい、間違いなく凄腕スナイパーだ。
少女は表情を変えない。矢を構えたまま口を開いた。
「動くな。 お前、この辺りの者ではないな」
あ、声も凄くタイプ。
そう。声もやっぱ大事なんだよな。ちゃんとキャラクターに合った声を持つ声優が……あ、声が合ってるだけではダメで演技力というか経験もないと。音楽同様、その差がゲームのクオリティを……。
いやいや、待て。
そんなこと考えてる場合じゃない。
今はまず聞かれたことに答えないと。
「この辺りの……ではないかな、確かにまあ。あ、でも俺の頭の中のことなんだから近くと言えば近くと言えなくも……」
「何を訳の分からないことを言っている? 名前は?」
「ええと、桐生……、陽斗」
「ハルト? 変わった名前だな。やはりこの辺りの者ではなかったか。私はこの先にあるバルパ村の村長の娘、リズ。森にゴブリンが現れたと聞いて倒しに来た」
ほう。
美少女スナイパーで、かつ村長の娘……、さすがはマイヒロイン。なかなかの設定だ。
「それで、ハルト。お前、この森に何をしに来た?」
いきなり下の名前で呼び捨てにされ少し嬉しかったが、質問の答えには詰まる。
「何をしに……と言われても」
困る。夢なんて見たくて見れるものじゃない。
自分の脳が勝手に作り出して俺に見せているだけだ。あ、でも夢って見てる人の深層心理を映すとも言うし、もしそうなら一応は自分の意思でここへ来たということにもなるのか。
俺は自分なりに辿り着いた答えをそのまま口にしてみた。
「ええと、ここに、来たくて」
「自らここに来たと言うことか。目的は?」
「え……。も、目的?」
再び言葉に詰まった俺にリズと名乗った少女は警戒の色を濃くした。
やはり弓を俺に向けたまま話す。
「どうせお前もこの森の薬草を狙って来たんだろう? 特に、この時期に採れるスビテア草は王都でも高値で取引されるからな……」
なるほど。そういうことか。
ゴブリンを倒しに森に入ってみたら怪しげな少年。そして、森にはこの時期にしかとれないという高価な薬草が。
それで俺のことを警戒しているのか。
どうする、俺。
どうせなら楽しい夢を見て気分よく朝を迎えたい。だとしたら、ちゃんとこのリズという子とハッピーエンドになるルートに入っていかなければ…… 。よし。
「俺がここへ来た目的はもちろん、君だよ、リズ。君のような可愛い女の子を探しに……」
現実世界だったら絶対に口に出来ないような台詞を口する。
しかし、今まで以上に鋭い目をしたリズが矢をつがえた弓を引き絞る動作に入ったのを見て俺は勢いよく両手を挙げる。
「ああ! ホントごめんなさい! 嘘です! そ、そうなんです、実は薬草を採りに来ました!!」
リズは黙ったまま俺の様子を窺っていたが、少しして大きく息を吐いた。
「よし。罪を認めるなら命まではとらない。食うに困って薬草を盗む者もいるからな。お前もそういう手合なんだろう」
ふう。どうやらこれで直ぐにあの矢で殺されるてしまうなんてことはなさそうだ。
「そういう手合いがどういう手合いなのかは分かりませんが、取り敢えず悪い者じゃないと分かってもらえたようで何よ……」
「両手は挙げたままで。まだ信用した訳じゃない」
「はい……」
くそ。疑り深い奴だ。命まではとらないとか口では言ってるけど、こっちに向けた弓矢はそのままだし、今も上から下まで俺を探るように目を動かしている。
ふと、リズの目線が固定される。
「取り敢えずポケットの中の物を出せ」
と、顎で示す。
「えっ……」
言われて初めて気づいた。
ん、何だこれ。
右側のポケットに確かに何か入っている感触がある。
「それくらいの量なら今回だけは見逃してやらないこともない。だが一応薬草の種類は確認させてもらう。素人がむやみに扱えない種類の薬草もあるからな。さあ、早く中を見せろ」
どうやらリズはこの中身が薬草だと思っているらしい。だが、これはどう考えても草じゃない。硬いし、それに重みがある。
まあ、取りあえず確認してみるか。
挙げていた手を下ろしてポケットにつっこむ。
何だ、これ。
硬くて、尖っているような……。
まさかこれ、ナイフとかじゃないよな……。
今この場面でナイフなんて取り出したら……。リズは容赦なく俺を射つ。間違いない。
どうする。
俺は考えを巡らせるが、どの作戦も俺が矢で射ち抜かれて、最悪の目覚めになるオチしか見えない。
「何をしている。ほら、早くしろ」
なかなかポケットの中身を見せない俺にリズの声がだんだん苛ついてくる。
「いや……、ええと……」
冷や汗が止まらない。
「ちょ、ちょっと待ってくれな! ポ、ポケットに引っ掛かってぇ、あれ、お、おかしいなぁ……」
自分でもかなり厳しい言い訳だったが、これ以上は何も思い付かない。時間稼ぎする俺にリズがまた弓を引き絞る。
「わ、分かった! 今出すから!!」
こうなっては仕方がない。ナイフを出すと同時にそれを地面に置いて即土下座だ。情けないことこの上ないが他に思い付かない。
意を決した俺はポケットから中身を取り出す。
即土下座のつもりだったが、ポケットからとりだしたそれが目に入り固まってしまう。
「え……」
俺が取り出した物。
ナイフではなかった。
それは人の掌より少し小さいくらいの大きさの菱形をした青く透明な石だった。
何だ、これ。
そう思ったとき、ドサッ、と音がした。
その音にハッとする俺。
その音はリズが手にしていた弓と矢を落とした音だった。
信じられないものを見ているような顔をしている。
「何で……、お前が、そんな物を……」
そんな物? と聞き返そうとした時だった。
『グオォォーーーーッ!!』
リズの背後からゴブリンが現れた。
しまった! 仲間がいたのか。
おまけにさっきの奴よりも一回り大きい。
応戦しようとするリズ。
慌てて弓矢を拾おうとするが、あれじゃ間に合わない。弓を構えてる時間なんてない。
俺は咄嗟に駆け出し、リズの手を強引に引いて後ろに下がらせる。
リズの前に立つ俺。
ゴブリンはもう目の前だった。
これはさっき以上に無理だ。
今度のゴブリンは剣を手にしていた。
もう数秒後にはあの剣が俺に振り下ろされるだろう。
はあ。ゴブリンの剣でやられて夢がさめるとか最悪の目覚め方だな。まあ女の子を庇ってやられるんだから、それはそれで悪くない終わり方か……。
そう思って笑おうとしたが、笑えない。
夢だというのに、どうしてだろう。
これが自分の最後になるんだという気がしてならない。
……。
死にたくない。
絶対に死にたくなんてない。
でも、どうしようもない。
武器を持っているわけでも魔法を使えるわけでもない。俺は無力な、ただの高校生だ。
「せめて、そうだな、ゲームの中みたいに剣でもあればな……」
そう呟いた、その時。
手にしていた青い石が激しく光った。
辺りを青白い光で満たしていく。
「え……ッ。な、なんだ、これ!?」
驚くと同時に俺を包んだのは……。
この感覚……。
神社の石室で感じた感覚。
自分に何か欠けていたものが満たされていくような感覚。
手にしているそれが自分の身体の一部であるような感覚。
そして、強烈な万能感。
青く透明な石が輝きを強くしていく。
俺は目を閉じた。意識が遠のいていくような気がする。自分の身体が自分の身体じゃなくなっていくような感じがした。
一体何が起こってるっていうんだ……。
やがて光は収まっていった。
同時に自分の身体に自分の感覚が戻ってくる。
俺はゆっくりと目を開ける。
そしてハッとする。
そうだ。
ゴブリンは?
目の前にゴブリンはいなかった。
代わりにあったのは地面に転がる、真っ二つにされたゴブリンの身体だった。
「…………。は?」
ゴブリンの骸の傍らに立つ俺。
ええと。
なんだ、これ。
助かった。そう思ったのと同時に「何故?」とも思った。
だが、その疑問は直ぐに解決できた。
俺の横にリズが立っていたからだ。無言でゴブリンの骸を見ている。
「リズ……。あ、ありがとう! 助けてくれたんだね! てか、スゴいな!! 良くあのタイミングからゴブリンを……」
さすがだ。
さすが過ぎるぞ、マイヒロイン。
主人公のピンチにはこうやってしっかりと活躍してくれる。素晴らしい!
俺はリズへ向けてテンション高くひたすら感謝を述べ続ける。
だが。
「私じゃない」
「え……」
リズは視線をゴブリンから俺へ──より正確に言うと俺の右手にある物へ向けた。
そして、掴みかかってきた。
リズの手は震えている。
「リズ……?」
リズは手だけでなく、身体まで震えていた。
何だか凄く混乱しているようで、言葉を出そうにも上手く口から出てこないといった様子だった。
泣きそうな声で、ようやく口にした。
「何でお前がそんな物を……。『バベルの欠片』を……」