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最果ての先のシンアル  作者: 秋真
第二章
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17『ふたつの現実世界』

 スティアの計画のお陰で無事王都から脱出した俺たち。追手が来ないかと心配だったけど、どうやら大丈夫そうだ。


 バルパ村へ向かうために、まずはベクチアを目指す。本当は大きな街道を進むのが一番の近道なんだけどそれは出来ない。


 大きな馬車二台。そしてそれを囲んで進む獣人の集団。あまりにも目立ち過ぎる。


 何とか馬車が通れるくらいには整備された裏街道を進む。どうやら獣人たちはこういった正規のルートから離れた旅をするのが得意のようで、今通っている道も獣人たちに勧められたものだ。


 辺りはまだ暗い。

 松明(たいまつ)を持った獣人を先頭に馬車は進む。王都からの追手や野盗の(たぐ)いを警戒して大人の獣人たちは武器を持って警戒している。


 まあ何かあれば俺が直接対応する。聖教会から同じ神門の守護者(ガーディアン)が来たりしなければ問題ないだろう。


 そんなことを考えながら聖依奈を見た。

 大聖堂の最上階。聖なる泉と呼ばれる儀式の最中に乱入し、何とか聖依奈に人工バベルの欠片を持たせることに成功した。


 けど、その時に気を失ってからずっと目を覚ましていない。さすがにそろそろ心配になってくる。


「はぁ」


 とため息をついた。


「ハルト様、大丈夫ですか?」

「え?」


 横にいたティットが声をかけてくる。


「お疲れですよね? ずっと休めてないですもんね」


 疲れてると勘違いさせちゃったか。まあ確かに疲れてはいる。でもそれはティットたち獣人も同じだ。文字通り不眠不休で脱出の準備を進めてくれていた。獣人たちの方が間違いなく疲れている。


 それに俺の疲れは気持ち的な方だ。欠片の力のお陰で体力的な疲労はない。一方で、国王とのやりとり、聖依菜のことで精神的には正直疲れていた。


「そうだな、ちょっと休ませて……」


 俺がそこまで言ったところで「……ん」と声がした。ぴくっと動いて聖依奈が目を開ける。


「聖依奈ッ!?」


 と俺は側に寄った。


 同時に警戒もした。

 人工バベルの欠片を持たせはしたけど、それで俺と同じように向こうの世界での記憶を完全に共有できる状態になったかは分からない。


 もしかしたら、やはりこちらの世界での聖人シータとしての人格のみのままかもしれない。そうしたら即戦闘になる……。


 俺はバベルの欠片を握った。

 しかし。


「はる、と……君?」

「聖依奈! 良かった、本当に……」


 泣きそうになる。

 シータなら「君」なんて絶対につけない。


 良かった。

 どうやら成功したらしい。


 仮初めの欠片の力の暴走で聖依奈には死ぬ危険すらあった。さらには無謀とも思えた地下大聖堂への侵入と人工バベルの欠片の奪取。そして聖人シータへの奇襲……。スティアのサポートがあったとは言え成功したのは奇跡的だった。



 俺は脱力してその場にへたり込んだ。



「陽斗君が何で私の部屋に……、ん、あれ、ここは?」


 朦朧(もうろう)としながらも聖依奈は身体を起こして周囲を見回す。次第に自分が置かれている異常な状況に気づく。


 そして「え! え!?」と混乱し始める。無理もないな。普通に自分の部屋で寝て、起きたら馬車の中なんだから。


 おまけに……。


「せ、聖人シータ様だ……」


 と周囲には聖依奈に恐れおののく獣人の子供たち。その獣人の子供たちの存在が余計に聖依奈を混乱させる。


「は、陽斗君!? こ、この子たち……」


 聖依菜の目が獣人の子供たちのケモ耳に釘付けになる。怖がっているって感じではなく、興味深そうに観察している。


「聖依菜。見ての通り、コイツらは普通の人間じゃない。獣人だ」

「じ、獣人? この動物っぽい耳って、その、コスプレ?って言うんだよね? 前に小田君から聞いたことがある」


 聖依菜の口から(つむ)がれるコスプレという言葉の響きに何とも言えない感情が沸き上がりそうになるが今はそんな場合じゃない。


「良く見てくれ。何なら触ってみてくれ」


 聖依菜は近くにいた獣人の少女の耳に軽く触れる。少女はビクッとして赤くなる。俺がクゥのケモ耳を触ったときと同じような反応だな。


「ご、ごめんね。痛かった?」

「い、いえ……。大丈夫です」


 少女は消え入りそうな声で答えて他の獣人の子供の影に隠れてしまった。


「陽斗君。これ、本物みたい。ビクッと動いたし温かかった」

「ああ」

「こんな生き物がいるなんて。それに言葉も……。あ、これって……」


 再び周囲の状況を確認する聖依菜。


「夢の中か。そうかぁ」


 と言ってどこか納得したような顔をする聖依菜。まあそうなりますよね。俺も長いことただの夢ってことで片付けてたし。


「聖依菜」

「何? 陽斗君」

「夢オチで自己完結してるところ悪いんだけど……、ここは夢の中じゃないんだ」

「……?」


 凄く不思議そうな顔をする聖依菜。


「ここはシンアルと言って……、その、何て言うか、もうひとつの現実世界なんだ」

「……??」


 俺の語彙力の無さが露呈する。いや、仮に語彙力があったとしても、こんな非現実的な話をどう説明したらいいって言うんだよ。



「ええと……」


 と言って聖依菜が笑う。


「夢の中でも陽斗君は陽斗君だね。ホントに」

「はい?」

「何て言うのかな、異世界?て言葉で合ってるのかな? そういうゲームとかアニメ、陽斗君好きだもんね」

「……」

「でもね、夢の中で言っても仕方ないんだけど、やっぱりゲームとかのやりすぎは良くないと思うんだ」


 両手の人差し指をクロスして✕を作る聖依菜。その仕草がやたらと可愛い。いや、そうじゃなくて。


「ええと、違うんだ聖依菜」

「分かってるよ。陽斗君がどれくらいゲームを好きなのかは。私だってこの間、陽斗君と一緒にゲームやって面白さは分かったつもりだしね。でもね、私は心配してるんだ」

「……」


 ダメだ。俺がいくら違うと言っても全く説得力がない。昔から一番近くで俺のゲーム脳を見せつけられてきた聖依菜からすれば、俺が真剣に「この世界は夢の中じゃなくて、俺たちにとってのもうひとつの現実世界なんだ」と力説すればするほど信じられなくなっていくだろう。悲しいことだ……。


 よし。

 こうなったら、実際に()()してもらうしかない。


 覚醒したばかりの聖依菜はまだどこかうつらうつらとしていた。


「聖依菜、取り敢えず横になりなよ」

「え?」


 俺は聖依菜の肩に手を置き、聖依菜を布団に寝かせる。


「疲れてるだろ? 寝なよ」

「え、でも」


 そう言いながらも聖依菜の目はとろんとしてきた。新たに手にした人工バベルの欠片。欠片からは聖依奈の身体にどんどん魔力が流れ込んでいる。これから少しずつ順応していくんだろうけど、今はまだ身体と、そして魂に相当負担になっているはずだ。



「大丈夫。すぐ()()()でも会えるから」

「……? ……うん」


 不思議そうな顔をした聖依奈だったが頷いて目を閉じる。


 俺も横になった。


「ティット、少し寝るからあとはよろしくな」

「はい。ゆっくりお休みください」



 目を閉じるとすぐに眠気が襲ってきた。



 そして。


 俺は眠りに落ちると同時に目を覚ます。



 目を開けて入ってきたのは馬車の(ほろ)……ではなく、見慣れた自分の部屋の天井。


 俺は着替えて部屋を飛び出し聖依菜の家へ向かう。


 道の向こう。

 聖依菜が駆けてくるのが見えた。


「お、おはよう陽斗君。あのね、私、変な夢を見ちゃって……」


 息を切らせながら話す聖依菜。


「ああ。馬車の中で獣人の子供のケモ耳を触ったんただろ? そして、そこに俺もいた」

「!?」

「そして俺は言った。ここは異世界で、シンアルって呼ばれてる。そうだよな?」

「え、ええ……」


 聖依菜が信じられないといった表情で俺を見る。


「こういうことなんだ。俺たちは今、ふたつの現実世界を生きているんだ」



 ◇◇◇



 当然学校ではシンアルの話なんて出来ない。それ以前に学校であまり聖依奈とは親密に話せない。聖依奈ファンを自称する連中から憎しみに満ちた目を向けられるからだ。過激派は俺を襲撃してくる可能性すらある。精神衛生的に非常によろしくない。


 放課後に神社で会う約束をした俺と聖依奈。


 普通に授業を受け、聖依奈は生徒会に顔を出して……と日常的な学校生活を終わらせ、俺たちは神社で予定どおり神社で合流した。



「ごめんね、少し遅れちゃったね」

「いいよ。聖依奈が忙しいのは分かってるからさ」


 それに俺としてはこういう空き時間はむしろ貴重だ。俺はスマホを操作してRADからログアウトした。聖依奈がいつ来るか分からなかったから長い時間が必要そうなクエストは避けたけど、素材集めに(いそ)しむことができた。こういう積み重ねがここぞという時に活きてくる。



「まだ半信半疑なんだ」


 と聖依奈が口にする。


 それはそうだろうな。慣れたとは言っても、俺だってこの状況は異常なものだとはずっと思っている。


 でも、聖依奈にもちゃんと理解してもらわないといけない。何せ向こうの世界で死んだら、こっちの世界でも死ぬことになるんだから。


 俺はあえて一番大事なことから話すことを決める。


「落ち着いて聞いてほしいんだけど」

「うん」

「向こうの……シンアルの世界で、もし死んだら、こっちでも死ぬことになる」

「……」


 泣かれたりしたらどうしようと思ってたけど、聖依奈は取り乱したりはしなかった。


「ショックじゃない?」

「ショック……ではあると思うんだけど、まだそもそも半信半疑な感じだから、あまり実感がなくて」

「まあそれもそうか」

「シンアルの世界は、危険なの?」

「少なくともこっちよりは危険だと思う。武器とか魔法を普通に皆が使っているし、それにモンスターなんかも出たりする」

「何だか本当にゲームみたいな世界なんだね」


 まさに。

 死と隣り合わせと言っても過言じゃない世界。ただ、俺と聖依奈に限ると事情は少し変わってくる。


「でも少し安心してほしいんだ。俺や聖依奈……他にもいるんだけど、シンアルの世界で俺たちはバベルの欠片っていう石の力を使うことができる」

「バベルの欠片?」

「ああ。その石のお陰で俺たちはとんでもない力を使える」


 俺は聖依奈にバベルの欠片を武器や防具に変えられること、身体能力があり得ないぐらい向上すること、魔法が使えるようになることを説明した。


「そんな無敵の存在の俺たちはシンアルの世界では神門の守護者(ガーディアン)って呼ばれている。そして、聖依奈は向こうではシータという名前で、『聖人』ってことになってる」


 続けて俺は聖依奈=シータが持っていた欠片が不完全な物で、それが原因で俺や他の神門の守護者(ガーディアン)たちとは違い、ふたつの世界の記憶の共有が出来ていなかったことの説明をした。


「その聖人っていうのは神門の守護者(ガーディアン)とは違うの?」

「いや、そうじゃない。神門の守護者(ガーディアン)を認定しているシンアル聖教会が、神門の守護者(ガーディアン)の中でも更に凄い人間を『聖人』って呼んでるんだ。俺もシータと戦ってそれは実感したよ」

「え? 戦った? 私と陽斗君が??」

「ちょっとした見解の相違があってな」


 それからも暫く俺は向こうで得た知識を聖依奈にも教える。


「それじゃあ、あの馬車はそのバルパ村って所に向かってるんだね」

「そう。今晩寝たら、あの馬車の中で目を覚ますことになる」

「本当に不思議……」


 聖依奈がそう口にした頃には辺りは暗くなってきていた。今日はここまでにしよう。というか、直ぐにシンアルでも話せるしな。


「じゃあ聖依奈確認だけど」

「うん。こっちでも、そして向こうでも『ふたつの現実』のことは秘密。向こうの世界ではたとえ神門の守護者(ガーディアン)同士でもこっちの世界の話はしない、だよね?」

「ああ」


 俺が立ち上がると聖依奈も続いて立ち上がった。

お読み頂きありがとうございます!


またしても更新に1ヶ月……。

年度末とは言え、次の更新は3月内に必ず……。


前回の後書きで二章は次の更新で終わりとお伝えしていましたが、一話分にしては長くなりすぎましたので分割しました。


なので二章は次の更新で終わりとなります。


次回更新へ向けて頑張りますので宜しくお願いします!!

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― 新着の感想 ―
とりあえず聖依奈ちゃんが無事でよかったです。突然降りかかったあれこれを受け入れていくのは大変ですが、ハルト君がいるのは心強いですね! それにしても、ゲームのやりすぎ信じてもらえないのは悲しい。ハルト…
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