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最果ての先のシンアル  作者: 秋真
第二章
38/40

16『王都からの脱出3』

 広い倉庫では人間や獣人たちが忙しく動き回っている。その中にはティットと同じような獣人の子供も混ざっている。


 というか……。


「なんか、獣人の子供が……多い気が」


 今、目に入るだけでも獣人の子供が十人はいる。


「あの子達はさ、スティア様が集めたんだよ」

「スティアが?」


 女主人が頷いて続ける。


「旦那。この国、特にこの王都で獣人がどんな扱いをされているかは知ってるね?」

「はい。聖教会の教義のこともあって酷い扱いを受けてます」


 シンアル聖教会の教義では獣人は認められない存在とされている。この国全体では獣人がどんな扱いをされているかは知らないけど、少なくとも王都では奴隷として搾取される側になっている。


「アタシはさ、元々は大聖堂で働いてたんだ」

「大聖堂で? じゃあ聖教会の信徒なんですか?」

「まあ形式的にはそうなるかね。でもそれは生活のためだよ。聖教会の教義にも方針にも興味なんてこれっぽっちもないさ。この国はさ、聖教会でもってるようなんだ。政治とか経済とか難しいことは分かんないけど、とにかく何でも聖教会に頼りっきりなんだよ」


 それは国王の態度ひとつ見ても分かる。とにかく大事なのは聖教会の顔色を伺うこと。あの国王はそればかり気にしていた。


「だからね、この国で生きていくには聖教会の信徒でいる方が何かと便利なんだよ。そういう理由で信徒になってる奴は多い、アタシみたいにね」

「ふむ……」

「だから獣人のことだって本当は何とも思ってない奴も多いのさ。ただ、王国や聖教会が差別をしてるから、空気を読んでそれに取り敢えず(なら)ってる」


 そうだったのか。


 まあどこの世界でもほとんどの人は空気読んで周りに合わせて生きるよな普通。


 俺なんかは獣人、特にケモ耳系獣人少女を見たときはファンタジー感満載で興奮したし、むしろ好ましく思っているけど。またあの獣人少女のクゥのケモ耳を撫でてモフモフしたいものだ。


 ヤバイな。ケモ耳に異常な偏愛を見せているクラスメートの小田君の気持ちが少し分かるようになってきてしまった。



 まあそれはさておき。


「そんな風に聖教会が獣人を差別しまくってるのにスティア……あ、司教は何で獣人の子供たちを集めてたんですか?」

「そりゃあね……、実はアタシも知らないんだ」

「はい?」

「聖教会で下働きをしていて、ちょっとしたことでスティア様と顔見知りになってね。それでね、なんていうか馬が合って、仲良くなっちまってね」

「え、あのスティア……司教と?」


 女主人はくくっと笑った。


「旦那。さっきからだけど、わざわざ司教なんて言い直さなくたって大丈夫だよ。たぶん旦那もだろうけど、アタシもスティア様の本当の性格は知ってる。普段はいかにもお高くとまった清楚な、そして教義にも厳しい司教なんて顔してるけど、あんな面白い嬢ちゃんをアタシは見たことがないよ」


 どうやらスティアはこの人には真の姿(陽キャJK)を見せているようだ。


「まあアイツはぶっとんでますよね」

「そのぶっとんでるってのがどういう意味かは分からないけど、とにかくアタシはあの人が気に入ったんだ。陰気臭い大聖堂の中で、あの人だけは太陽みたいだった。明るくていつも楽しそうにしてて。まあそんな顔を見せるのは執務室の中だけだったけどね。大聖堂でスティア様の本当の顔を知ってるのはおそらくアタシと、あとはクリフっていうお付きの秘書官だけだろうね」

「クリフなら俺も知ってます。スティアがこき使ってる人ですよね?」

「そう。でもクリフは好きであんな立場に収まってるのさ」

「確かに。めちゃくちゃな扱いかれてるのに、どこまでもスティアに本気で尽くそうとしている……」


 スティアに無理難題を押し付けられて悲鳴を上げていたクリフを見たのは一度や二度じゃない。それでもクリフはどこまでもスティアに従順だった。


「まあ、クリフの気持ちはアタシも分かるよ。あの人は他の聖教会のお偉いさんとは違って下々の人間のことだって考えてくれてる。この人ならついていけるって思えるんだよ。そんな風に思っていたから、スティア様から言われた通りに動いたのさ」

「スティアから?」

「ああ。聖教会から出て店を開いてほしい。必要な金は自分が用意する。そして、そこで獣人たちを集めて働かせてくれって」

「獣人たち……」

「最初は驚いたさ。アタシは獣人には偏見はないけど、それでも敢えて王都で獣人たちを集めて働かせるだなんてね」

「そんなに珍しいんですか?」

「珍しくはないね」

「へ?」

「旦那も目にしてるだろうけど、聖教会や王国からは差別されてるけど王都には少なくない獣人がいる。そいつらは確かに働いてるさ、奴隷としてね。だからスティア様が言うような()()()働ける店ってのは聞いたことがなかった、少なくともアタシはね」


 スティアはこっちの世界では聖教会の司教だ。聖教会は教義で人間以外の存在を認めていない。もちろん獣人もだ。そのスティアがわざわざ獣人に働く場所を提供した、か。


「スティアは何でそんなことを?」

「だからアタシは理由は知らないよ。まあアタシは自分の好き勝手に店を仕切って気分よく暮らせてるからありがたい限りさ。獣人たちも気の良い奴ばっかりだし良く働いてくれてる」


 俺は改めて目の前の獣人たちを見る。王都で見る獣人たちはほとんどがみすぼらしい格好で目に生気がなかった。奴隷として生きているんだからそれは当たり前だ。


 でも俺が今見ている獣人たちはそうじゃない。


「スティアは獣人たちを救いたいと考えている?」

「さてどうかね。でもまあ、少なくともアタシの店で働いてる獣人たち、店と関わってそれで暮らしを成り立たせてる獣人たちの生活レベルは低くない。そういう意味ではこいつらはスティア様に救われた獣人たちだね」


 スティアが実際にどういう思いで動いたかは分からない。でも俺も王都での、いや、この国での獣人たちの扱われ方は酷いと思っている。

 スティアと同じように俺にも何か出来ることはないんだろうか。せっかく神門の守護者(ガーディアン)としての力と地位が……。


「ん? ……地位、か」

「旦那?」



 思い付きだけど、ある考えが浮かんだ。


 スティアから聖依奈を連れて一刻も早く王都から逃げろと言われた。この女主人やティットたちの店を訪ねたのもスティアからの指示。


 そして、目の前では馬車二台。獣人たちは色んな物資を馬車に積み込んでいる。そして獣人たちの格好を見れば彼らが何をしようとしているかはすぐに分かる。


 そんな俺の思考を読んだかのように女主人が口を開いた。


「気づいたかい? お察しの通りだよ。アタシたちは深夜になるのを待って王都から脱出する」


 予想通りだ。

 獣人たちは明らかにこれから長い旅に出る格好だった。


「獣人たちが王都に入るのは厳しい。同じように王都から出るのも厳しい。基本、獣人たちは王都では誰かの奴隷、つまり所有物だ。城門を通るときには主人に同行しているか、主人からの許可書がないと通らせてもらえない」

「でもその辺りはスティアがちゃんと考えてるんですよね?」

「ああ。スティア様がちゃんと手筈(てはず)を整えてくれてるよ。ただ……」

「ただ?」

「王都から脱出した後のことはまだ聞けてなかったんだ。何しろ王都から脱出する算段をつけるだけでも大仕事だったからね」

「……」


 だとしたらむしろ俺が思い付いたことはちょうど良いかもしれない。


 こっちの世界に来て、最初から備わっていた神門の守護者(ガーディアン)としての力と地位。それだけでも十分スゴいんだけど、ついさっき新たに得た地位がある……。それを上手く使えば……。


「分かりました。じゃあ王都から脱出するまではお任せします。その後なんですが」


 女主人が俺を見る。


「バルパ村へ行きませんか?」

「バルパ村? 聞いたことがあるような無いような……。何だってその村へ?」

「実は……」


 俺は女主人にさっきの国王とのやりとりを話した。


「旦那が領主……」

「はい。村の周辺も俺の自治領だから、獣人たちのこともある程度はどうにか出来ると思うんです」

「なるほどね。それなら確かに良いかもしれない。アタシは王都から出たら、ある程度離れた所で解散しようと思っていたのさ。この大所帯の行き先なんて当てがなかったからね。それにカーベン山脈へ向かうなら途中でベクチアを通る。スティア様の本拠地だ。アタシも何度かスティア様について行ったことがある。顔見知りもいるから物資の調達も出来る」

「じゃあ」

「ああ、決まりだね」


 女主人は立ち上がって獣人たちを集めた。


 集まった獣人は四十人程。子供が多かったけど大人も少なくない。


 女主人の説明を黙って聞いている。スティアの指示でこれから王都から脱出すること、そして……。


「いいかい、それからこのハルトの旦那の領地へ向かう。そこまで着ければ取り敢えずは安心だ。何て言ったって旦那は神門の守護者(ガーディアン)だ。王国だって聖教会だって簡単には手出しはできない」


 獣人たちが一斉に俺を見る。

 いきなり知らない土地に行くになるなんて不安だよな。何とか安心させられるようなことを言わないと……。そう思っていた時だった。


「この方がハルト様……。俺たちの仲間を助けてくれた人だ!」


 ん?


「国王に捕まって死刑になりそうになった獣人たちを救ってくれたんだ!」

「私も聞いたよ! 金銀財宝や貴族位を断って獣人たちを褒美として貰って獣人たちを保護したって」

「ああ、俺も聞いたぜ。それで、血気盛んな過激派の獣人たちを家来にしたって」


 獣人たちが口々にする。


 この間、決起して王都で暴れた獣人たちを鎮圧したのは俺だった。仲間を傷つけられたんだし恨まれてるだろうなと思っていた。


 でも……。

 彼らが口にしているのは好意的なものだった。


「そうだよ! スティア様が言っていた通り、この人こそがお前たち獣人の守護者だよ! そしてこれからは皆は直接旦那の領地でその庇護下に入るんだ、全て旦那が面倒を見てくれるんだ」


 おお、とどよめく。


 ……。

 少し話が大きくなってるな。

 俺はただ自分の領地に連れていけば安全だ、ぐらいな気持ちだったけど面倒を見るとまでは……。


 だがもう遅い。


 獣人たちがキラキラした目で俺を見ている。中には涙ながらに拝んでる獣人たちもいる。


 ここは空気を読むしかない。


「任せてください! 全て俺が何とかします!」


 俺は最高の笑顔でそう言い放った。

 獣人たちが頭を下げる。


 女主人も満足げにうんうんと頷いている。



 ……。

 頼んだぞ。未来の俺。



 その後の女主人や獣人たちの行動は早かった。


 残りの荷物を馬車に詰め込み、獣人の子供たちは馬車に乗せ、深夜を待って移動を開始した。


 人通りの少ない道を選び、事前にスティアから指示されていた城門へ向かう。


 衛兵はいたが女主人と少し言葉を交わすと何も言わずに俺たちを通してくれた。


 こうして俺たちはスティアがお膳立てしてくれていたお陰で、無事王都から脱出できたのだった。

お読みいただきありがとうございます!


次で第二章は終わりです。

出来るだけ早く更新して、その後の第三章も頑張って参りますので今後ともどうぞよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
まずスティアちゃんの安否が気になります。 獣人さん達と無事領地まで逃げ延びて欲しいです。この先は領地経営ですかね。 何かと大変なことが増えそうです。ただ信頼できそうな人が少しずつ増えているのは心強い…
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