14『王都からの脱出1』
人工バベルの欠片から発せられた光は収まっていき、光に飲み込まれていた聖依奈がその場にパタリと倒れる。
「聖依奈!!」
俺はスティアを抱きかかえたまま聖依奈のもとまで駆ける。
仰向けに横たわる聖依奈。人工バベルの欠片を握った手が乗る胸が静かに上下している。良かった。生きてる。
ホッとする俺。
抱きかかえていたスティアが口を開く。
「あのさ、そろそろ下ろしてくれる?」
「何言ってるんだ? そのケガじゃ歩けないだろ」
スティアは捨て身の攻撃で聖依奈に剣で腹部を貫かれている。歩くどころか立つことだって難しいはずだ。
「大丈夫。ていうかね、この格好だと回復魔法が使えないから」
「あ、そうか」
俺はスティアを立たせる。
スティアは俺に掴まって身体を支える。そして聖依奈に貫かれた腹部に手を当てて回復魔法をかけた。
「うーん。傷は塞がったけど、ダメージは残っちゃったか。まあ聖人相手に戦ってこの程度の傷で済んだんだからお釣りがくるぐらいよね」
「この程度って……。取り敢えず少しやす……」
「休んでる場合じゃないの。早く逃げなきゃいけないし、それに……」
直ぐ確かめないと、と続けたスティアが聖依奈に近づき、膝をつく。
そして聖依奈が握る人工バベルの欠片に両手を翳す。すると、欠片と聖依奈の身体が仄かに共鳴し合うように光を放った。
「どうやら大丈夫みたい。人工バベルの欠片は聖依奈ちゃんのこと、主として選んだみたいだよ」
その言葉に俺は心の底から安心した。これで最後の難関もクリアした。「良かった」と口にしようとした。
その時。
ドクンと身体の中で何かが大きく脈をうつ。
「……ッぐ」
思わずひざをつく。
俺は聖依奈からスティアみたいに大きなダメージを負わされたわけじゃない。
じゃあなぜ……。
そう考えていて、ふと手に何か異変を感じた。
見ると、聖依奈から奪った仮初の欠片が光っている。
「な、なんだ……」
発せられる光は徐々に強くなっていく。
まさか、聖依奈から強引に奪ったことで魔力が暴走して……!?
スティアも同じように考えたんだろう。
「ハルトッ! 逃げて!!」
と叫ぶ。
けど、とてもじゃないけど間に合わない!
俺は覚悟を決める。
しかし……。
仮初の欠片は突如としてその形を崩し、光の粒子になっていく。
……そして。
その光の粒子が次々と俺の身体の中へ入っていく。
「な、なんだこれ!?」
突然のことで抗うことが出来ない。
光の粒子は俺の中に入ったあと、身体中を駆け巡る。
ダメージを受ける感覚はない。それどころか不思議な心地よさすら感じる。
なす術もない俺。
身体を流れる全ての血、そして魔力が沸き立つような感覚に襲われる。直後。血と魔力が身体中で逆流するような、暴れるような感覚に変わっていく。
俺は何とかそれに耐えていたけど、やがて何事もなかったかのように収まっていった。
「…………」
自分の掌を見る。仮初の欠片はなく、光の粒子もない。自分の身体を確認するが特に変わった所はない。
「スティア。な、何だったんだ今のは……」
俺の問いにスティアは答えない。目を丸くして立ち尽くしている。そしてひきつるように「ははッ」と笑って続ける。
「これは、凄いね……」
「スティア? 何だよ、凄いって」
「凄いから凄いって言ってるの。そうか、なるほどね、そういうことか……」
何か一人で納得してるな。当事者の俺を置き去りにして。
「それに……」
なぜかスティアは俺の顔をじっと見る。そして何故かニヤニヤとしている。
「なんだよその顔。取り敢えず説明してくれよッ!」
「うーん」と迷った様子のスティアが再び口を開く。
「……いや、説明しない。してあげない」
「スティア、ふざけてる場合じゃないだろ。何か変なのが身体に入っていったんだぞ! 怖すぎだろッ!」
「じゃあ大人しく怖がってなさいよ。それくらいの意地悪はさせて」
「スティア!」
「あー、はいはい。でも今はホント説明する時間がないから。村に帰ってからツァディーにでも説明して貰って」
理由は分からないけど、スティアは俺の質問に答えようとしない。
一体何が起こったのか死ぬ程気になるが、スティアの言う通りではある。今はここからの脱出が最優先だ。
「後で説明して貰うからな」
そう言って俺は横たわる聖依奈を背中に乗せる。
「行くぞ」
聖依奈を背負った俺とスティアは侵入時に空けた穴まで戻った。
そこでスティアが足を止める。
「何してるんだ、急げスティア」
「待って」
「何だよ、早く逃げないと」
「それはそう。でもね、ハルトが考えてる以上に私たちはヤバいことをしてる。簡単に脱出は出来ない」
「出来ないって……。この穴から逃げれば……」
「大聖堂からって話じゃない。王都からの脱出のことよ」
「王都?」
俺の返答にスティアが頷く。すごく真剣な目をしている。
「考えてみて。聖教会がひた隠してきた人工バベルの欠片の紛失。それに聖人シータの失踪。シンアル聖教会を根幹から揺るがすような大事件が一度にふたつも起こった。これが発覚したら聖教会は大混乱になって、王都には最大級の警戒網がしかれる。聖教会と王国の総力をあげての捜索が始まるんだよ。ハルトはともかく、シータ……聖依奈ちゃんは直ぐにでも逃がさないと」
「それは、まあ確かに。でもそれにしたって数日は大丈夫なんじゃないか? 聖依奈だってまだ目を覚まさないし、どこかで休ませた方が……」
「悠長なこと言ってる場合じゃないよ。王国は良いとしても、聖教会は甘く見ちゃダメ。舐めプしていい相手じゃない。人工バベルの欠片の魔力の痕跡だってある。絶対に見つかるわよ」
「それは確かに。……でも、じゃあ王都から逃げたって意味が」
「それは安心して。魔力の痕跡自体は徐々に消えていくし、それにこの王都には地脈にのって魔力が集まってくる。王都の外では沢山の魔力の流れが複雑に絡み合っている。王都から出られさえすれば痕跡を追うのは不可能よ」
「なるほど……」
だとしたら一刻も早く王都を出よう。聖依奈の身体のこと、俺の身体に入ってきた謎の光のことは心配だけど、今優先すべきは王都からの脱出だ。
「よし、じゃあ夜の内に王都から逃げよう!」
行こうとする俺の袖をスティアが掴む。
「何だよ! 急がなきゃだろ!」
「聞いてッ!!」
夜空に木霊する叫び声。スティアのただならない様子に俺は黙る。
「ここへ行って」
そう言ってスティアが差し出してきたのは一枚の紙。開くと地図のようだった。その一ヶ所に赤い印が付いている。
「今から言うことを絶対に忘れないで。まずはこの場所へ行って。店がある。裏のドアを大きく五回叩いて。中から反応があったら私の名前を出す。そして、『大聖堂の鐘が鳴った』って伝えて」
何が何だか分からないけど、俺はスティアに言われたことを記憶する。
「ハルトは夜が空けたら出来るだけ早い時間にバカ国王のところに行く。村に帰ることにしたって、別れの挨拶をしてきて。それで堂々と王都の外へ出る、ただし外へ出るのは夜。絶対に夜。その事を国王に念を押して」
「分かった。でも聖依奈のことはどうするんだよ?」
「それは心配しないで。ちゃんと上手くいくから」
状況を飲み込めていないけど、スティアが必死なのは伝わってきた。ここはスティアを信じるしかない。
「よし、ちゃんと覚えたわね。じゃあハルト、欠片の力を身体に纏わせて。あ、忘れずに聖依奈ちゃんにもね」
「欠片の力?」
「いいから早く」
言われてみればそうか。これからまた大聖堂の外壁を伝って降りていくんだから、何かあった時のために……。
「元気でね、ハルト」
「……え」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。気づいたら宙に投げ出されていた。
「…………ッ!?!?」
直ぐに落下が始まった。視界から遠ざかるスティアの姿を見て、そして、背中に残る感触から、スティアが俺に蹴りを入れて大聖堂の最上階から突き落としたと理解する。
「……………………ッ!?!?」
叫ぶ暇もない。
大聖堂の最上階から垂直落下していく俺と聖依奈。大聖堂は相当な高さだが、みるみる地面が近づいてくる。
このままだと死ぬ! グロテスクに死んでしまうッ!!
何とかしないと!
俺は必死に考える。普通ならこういうピンチの時には一発逆転の発送を導き出すのが主人公……のはずだが何も思い浮かばない。
もうダメだ!
次の瞬間。
大聖堂の庭に爆音が響いた。
◇◇◇
「何事だ!!」
「なんだ、この穴は!?」
「遠隔攻撃魔法じゃないか!?」
大聖堂の広い庭に出来た大きな穴の周りで聖教会の衛兵たちが右往左往している。
どんどん衛兵たちが集まってくる。
俺は聖依奈を背負いながら草むらに隠れる。衛兵たちが大穴に気を取られている内にその場から遠ざかる。
そして、大聖堂を囲う塀の一部に穴を空け、外へ出る。
周囲の様子を窺う。大聖堂からは絶えず人声が聞こえてくるが塀の外は静かだ。まだ深夜だから当たり前と言えば当たり前か。
「しかしまあ、あの高さから落ちて無傷とはな……」
改めて欠片の力には驚かされる。地面に直撃して昔のアニメみたいな巨大な穴を空けたが傷ひとつなかった。直ぐに誰かが駆けつけてくるだろうと思い、穴からよじ登って身を隠した。
「ていうかスティアめ……。欠片の力が無かったら普通に俺も聖依奈も死んでたぞ。死ななかったけど死ぬほど怖かったぞ」
この恨みは一生忘れない。
それはともかく、俺は少しの間、物陰に潜んでいた。もしかしたらスティアが来るかもと思っていたが来る気配はない。
「まあアイツは聖教会の司教なんだし、無理に大聖堂から脱出しなくてもいいのか」
脱出、と口にして思い出した。
そう、俺と聖依奈は王都から直ぐに脱出しなくちゃいけない。
スティアから言われたことを思い出し、渡された紙を見る。
「先ずはここに行くしかないか」
詳しい説明はされなかったけど、今はスティアに言われた通りに行動するしかない。俺は周囲を警戒しつつ移動を始めた。
スティアから渡された地図。
その地図に印がつけられている場所へは大聖堂から歩いて三十分くらいかかった。
直線距離ならもう少し近かったかもしれないが、念のため大通りは避けて裏道を選んで移動したので時間がかかった。
印の付いた場所に俺は着く。
「あれ、ここって……」
辿り着いた店には覚えがあった。大聖堂侵入のきっかけになった魔力貯留器の噂を教えてくれたティットが働いている飲食店だ。
軽く混乱する俺だったが今はスティアに言われたことをするしかない。俺は言われた通り店の裏へ回り、そしてドアを五回叩く。
こんな時間に不審がられないか。そもそも誰か起きてるのか。
そんな不安はすぐに解決した。中から鍵を開ける音がして例の獣人の少年が顔を出す。
「えっ、ハルト様? どうしたんですか、こんな時間に……」
「ごめん、こんな深夜に。俺はスティアに……聖教会の司教のスティア・マーベルクにここへ行けって言われて」
スティアの名前を出した瞬間、ティットは驚いた顔をした。しかし直ぐに、
「少し待ってください。あ、どうぞ」
と言って俺と聖依奈を中へ入れてくれ、ティットは二階へ駆けていった。
俺は近くにあったソファーに聖依奈を寝かせる。
階段から人が降りてくる音がする。音の主はティットと、前にも見た店の女主人だった。
女主人が近づいてくる。心なしか警戒している様子だった。
「まだ開店には半日近く時間があるよ神門の守護者様。それに……」
女主人はソファーの聖依奈を見る。何か言おうとした様子の女主人だったけど、軽く頭を振る。
「聖教会の司教様に言われて来たんだって?」
「ああ」
「馬鹿なことを言うんじゃないよ。見ての通り奴隷の獣人が働いてるような小汚ない店さ。そんなお偉い人となんか何の関係もないよ。悪い冗談だ。アタシは寝るよ」
そう言って女主人は二階へ戻ろうとする。
「でもスティアが……」
スティアの名前を出した瞬間、女主人が足を止める。
「で、その司教様は何て言ったんだい?」
俺はスティアに言われたことを思い出し、正確にそれを口にする。
「大聖堂の鐘が鳴った」
「……」
女主人が目を瞑る。
そして天を仰いだ。
「何だってあの人はこう、いつも急なんだろうねぇ……」
「……?」
俺には女主人が何を言っているのか分からなかった。
「クリフのことを哀れに思ってんだけど、結局アタシだって良いように使われてるねぇ。ホント勘弁して欲しいもんだよ」
と首を横に振る。台詞とは裏腹に嫌そうな顔には見えなかった。
「ティット!!」
「は、はいッ!」
女主人が声を上げ、ティットはビクッと反応する。
「皆を集めな! 今すぐ!」
ティットは「はいッ!」と返事をして外へ駆け出していった。
静かになった店の中で、女主人が俺の方を向く。
「さて、神門の守護者の旦那にも働いて貰わないといけないね」
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