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最果ての先のシンアル  作者: 秋真
第二章
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11『聖なる泉(前編)』

 黄金竜に苦戦し、かなり予定からは遅れたけど、欠片の力をフルに使って俺とスティアは地下大聖堂から無事地上へ戻った。


 人目につかないように移動し、俺の身代わりをしてくれていたクリフを回収して三人でスティアの執務室へ向かった。


 執務室へ入るなり、空気を読んで移動中は黙っていたクリフが半泣き状態で口を開いた。


「し、司教。私、何か悪事に荷担してしまったような気がするのですが……」


 クリフからすれば詳しい事情も知らずに俺の身代わりをさせられて二日間放置されたのだ。泣きたくもなるだろう。今さらだけどちょっと悪いことをした気になってきた。


 良心を痛める俺とは異なり、スティアは不機嫌な顔をした。


「悪事? 聞き捨てなりませんね。司教たる私と神門の守護者(ガーディアン)のハルト様が何か良からぬ(たくら)みでもしている、そう言いたいのですか?」

「い、いえ……。そんなことは……。私はただ……」

「ただ……何ですか?」


 スティアの毅然とした態度(パワハラ)にクリフは黙ってしまった。流石にかわいそうになってきた。助け船を出そうかと思っていたが、先にスティアが口を開く。


「そんなことよりも。クリフ、何か大切なことを忘れていませんか?」

「大切なこと……ですか?」

「あなたは畏れ多くもハルト様の身代わりということで二日間も休息の時間を与えられていたのですよ。本来であればその二日間にすべきことがそのままになっているのではないですか?」

「……。あ」


 クリフの顔が真っ青になる。そう。スティアから丸投げされた致死量の仕事がクリフには残っているのだ。


「し、失礼しますッ!」


 と叫んだクリフが執務室から走り出ていく。



「さて」


 何事もなかったかのようにスティアが振り向く。


「改めて()()見せてくれる?」


 俺は大事に(ふところ)にしまっていた人工バベルの欠片を取り出してスティアに渡す。


 スティアはそれを机の上に置いて両手を(かざ)す。スティアの両手が(ほの)かに光を発した。


 そう言えば聖教会の司教や司祭はバベルの欠片や神門の守護者(ガーディアン)の鑑別が出来るんだったな。俺もバルパ村の聖教会司祭であるツァディーに神門の守護者(ガーディアン)だと確かめてもらった。



「間違いないね。これはバベルの欠片よ」


 スティアの言葉に安心した。地下大聖堂へ侵入したり欠片が変じた黄金竜と戦ったりと苦労して手に入れたのが(まが)い物、そうじゃなくても使えない物だったりしたら目も当てられない。


「しかしまあ良くこんな精度の複製品を作れたものね。魔力量、魔力の質……、何をとっても本物のバベルの欠片と遜色(そんしょく)ない」

「じゃあ……」


 期待を込めて言った俺にはスティアが頷く。


「ええ。これをシータに渡すことが出来れば」

「聖依奈が助かる!」


 俺はガッツポーズを決める。


 これで万事解決だ。

 良くやった俺。


「ふう。何だかほっとしたら疲れが出てきたな。これは早いところ向こうの世界へ戻ってRADやらないと。あ、知ってると思うけど今月からまたコラボイベントが」

「もちろん知ってるわよ。今回のコラボガチャのためにしっかりと宝石だって貯めて……」


 と俺とのRADトークに乗りかけたスティアが表情を変えてジト目で俺を見る。


「ねえ、聖教会から人工バベルの欠片を強奪するっていう難関クエストをクリアして気分良くなっているところ悪いんだけど」

「え、あ、うん。なに?」


 はぁ、と大きく溜め息をつくスティア。


 いやいや、何だその顔。実際、地下大聖堂(ダンジョン)に侵入して黄金竜(ボス)を倒したんだからそれでいいじゃないか。あとは聖依奈に欠片を渡したらミッションコンプリートだ。


「なに? じゃないわよ。あのね……」

「うん」

「どうやってこの人工バベルの欠片を聖依奈ちゃんに持たせるの? 相手はシンアル(こっち)の世界では『聖人』なのよ?」

「あ」


 そうか。

 「聖依奈」に欠片を渡す前提で考えていた俺はハッとした。


 聖依奈はこの世界では神門の守護者(ガーディアン)の中から選ばれし聖人シータ。そして彼女は自分が置かれている状態に気づいていない。


 自分はバベルの欠片の所有者で、その欠片に選ばれた正統な神門の守護者(ガーディアン)であると思っている。その状態で何の説明もなく新しい欠片を受け取ってくれる訳がない。


「スティアから事情を説明したら分かってくれる……とかは?」

「はぁ。あのね、確かに私は聖教会でも上級の美少女司教だけど、聖人(シータ)は聖教会の最大戦力なのよ? いきなり私が『貴女の持っている欠片は実は仮初めの欠片なので、今後は私たちが地下大聖堂から奪取してきたこの人工バベルの欠片をお使いください』とか言えると思う? 言えたとしても、それであっさり信じてもらえると思う?」

「確かに。……。よし、じゃあここはやはり幼馴染みである俺の出番だな」

「向こうの世界ではね。こっちの世界では普通に嫌われてるんじゃないの? ほら、この間だって、獣人たちのことで大立ち回りを演じたんだし」

「ぐッ……。そ、それは」


 何も言い返せない。獣人を助けたい俺と獣人を抹殺したい聖依奈(シータ)は互いに譲らず王都で戦闘になった。まあ戦闘と言っても実力は圧倒的にシータが勝っているので、スティアが止めに入ってくれなければ確実に負けていただろうけど。


「じゃあまずは聖依奈にこの人工バベルの欠片を渡す方法から考えないと」

「そうね。でも、更に畳み掛けさせてもらうと、運良くシータがこの人工バベルの欠片を手にしてくれたとして、それで全てが上手くいったと思うなら大間違いだよ?」

「……?」

「あのさ、基本的なことを聞くけど、神門の守護者(ガーディアン)って何?」

「何だよいきなり。そりゃバベルの欠片に選ばれ……」


 そこまで言って俺はスティアの言わんとしていることに気付く。頷いてスティアは続ける。


「そう。この人工バベルの欠片がシータを自分の(あるじ)、つまり神の力を授けるに相応(ふさわ)しい主として認めなかったら意味はないんだよ。偽物とは言え、今所持している仮初めの欠片から選ばれているんだから神門の守護者(ガーディアン)としての素養があることは間違いない。それでも上手くいくかは五分五分。最悪、魔力が暴走して死ぬことになるかもしれない」


 スティアが近づいて俺の顔を指差す。


「ハルト、貴方にその覚悟がある?」


 スティアの表情は真剣そのものだった。

 口調を除けばそれは司教としての時のものだった。同じ世代の女の子のはずなのに、表情にも声にも威厳があった。臆してしまいそうな(たたず)まい。


 でも……。


「覚悟はある。やるよ、俺は」

「……へ?」

「何だよ、そんな抜けた顔して」

「いや、だってさ、聖依奈ちゃんの命が懸かってるんだよ? やけにあっさりと覚悟決められたなと……」

「だってこのまま放っておいたら聖依奈は死んじゃうんだろ?」

「そりゃ、まあ」

「だったら試すしかないだろ? せっかく聖依奈を救う手立てが見つかったんだから」

「いや、そうなんだけど……。何でハルトそんなに自信満々なの……?」


 スティアは勘違いしている。自信なんてない。当たり前だ。正直恐怖しかない。聖依奈が死ぬかもしれない。そんなこと考えたくもない。


 スティアが笑う。


「ハルトって何かここっていう時には変にちゃんと勇気出すよね」

「そうかな。自覚はないけど」


 やるしかないから、やる。

 ただそれだけだ。勇気なんてない。


 それに、これがゲームだったら主人公がヒロインを救う場面な訳だから、上手くいかないわけがない。


 我ながら馬鹿げたゲーム脳。

 自分でも笑ってしまう。

 それに……、これは俺にとってのもうひとつの現実。最後には何でも上手くいってしまうゲームの中の話じゃない。


 重症だ。

 でも不思議と確信がある。

 上手くいくに決まっている。


 一瞬戸惑っていた様子のスティアも徐々に表情が変化していく。


「確かに、あれだけのボス戦をクリアして手に入れたアイテムでヒロインが救えないなんてことがあったら歴史に名を残すクソゲーになるね」


 とスティアが笑う。

 やはりコイツも俺に劣らず立派なゲーム脳だ。


「だな。あと、俺、運は良い方だからさ」

「運ねぇ。確かに紺碧の神聖竜を引き当てたハルトが言うと説得力があるわね……」


 ゲームオーバーになったからリセットしてもう一度……なんてことは出来ない。ゲームオーバーはリアルに『死』だ。教会や王様のところに戻ったりはしない。


 それでもやるしかない。

 だったら本気でやるべきことをやって、あとは運に任せるしかない。


 スティアと頷き合う。



「聖人にバカ正直に今の状況を説明してもとてもじゃないけど信じてもらえないと思う」

「それはそうだろうな」

「だとしたら力ずくってことになるけど……」

「力ずく……。相手はあの聖人だぞ?」


 それはちょっと無理な話だ。

 幼馴染みの聖依奈はシンアル(こっち)では泣く子も黙る聖人。実際に戦ったこともある俺だからこそ分かる。今の俺と聖依奈では絶望的な差がある。


 俺の顔をみて察したスティアが、でしょうね、と笑う。


「さっきの黄金竜との戦いの時みたいに共闘して抑え込むってのも考えられるけど、恐らくそれも無理。聖人シータの力はあのデカトカゲ以上だろうから」


 俺と戦っていたときもシータは全力じゃなかった。何て言うか、余裕があった。油断はしてなかったけどこちらの力量を見抜いて必要以上の力は出していなかったように思える。


「正攻法では厳しいな」

「ええ。けど急がないといけない」

「ああ。聖依奈がこのままだと危ない」


 それもあるけど……と言ってスティアが続ける。


「人工バベルの欠片が無くなっていることだって直ぐにバレる。バレたら聖教会中がパニックになって警戒レベルはマックスまで引き上げられる。当然私たちも動きにくくなる」


 スティアの言う通りだ。急がないといけない。


 でも……。


「俺とスティアのふたりがかりでも聖依奈(シータ)を抑え込めない。何か別の方法を考えないと……」


 こほん、とスティアが改まる。


「説得は通じない。実力行使も無理。だとしたらシータの隙をつくしかない」

「あの無敵聖人にそんな瞬間あるのかよ」


 そんな都合のいい話が……。


「あるのよ、それが」

「え」


「無敵聖人の隙をつける絶好の機会があるのよ。しかも今夜」

「は? 今夜……??」

「ええ、ドン引いちゃうくらいの絶妙なタイミングよねー」

「で、その機会って言うのは?」

「ええー、こんな貴重な情報をただで教えるってのはなぁ……」


 なぜかこのタイミングで情報の出し惜しみをするスティア。ちょっと意味が分からない。


 分からないけどこっちは急いでるんだ。


 俺は必死で、


「頼む!!」


 とスティアを(おが)む。


「どおしよっかなぁ」


 とスティアは口に手を当てて小悪魔チックに笑う。


 正直ちょっとイラッとした。


「いや、ふざけている場合じゃないだろ。聖依奈の命がかかってる。それに、もし聖依奈の中の魔力が暴走したらこの辺り一帯だって無事じゃすまないんだろ?」

「あはは。ごめんごめん。冗談だよ。ちゃんと教えるし協力だってする」


 でもね、と呟くように言ったスティアがすっと俺の近くまで寄る。抱き締めようと思えば抱き締められるような距離だ。


 スティアが俺を見上げる。


「条件って訳じゃないんだけど、ひとつハルトにお願いがあるんだ」

「お願い?」

「うん。この先ね、もし私に何かがあったら、その時はちゃんと私のことも助けて欲しいんだ。今、ハルトが聖依奈ちゃんを助けているように」


 正直スティアが何を言わんとしているのか分からなかった。でも。


「もちろんそうする」


 俺はスティアのことを友達だと思ってる。しかも貴重な女子のRAD仲間だ。今回聖依奈を助ける手助けをしてくれていることとは関係なくスティアが困っていたら助けたいと思う。


 俺の返答に満足した様子のスティア。


「宜しい。では聖人シータ攻略の策を授けよう」


 やはりスティアはどこかいたずらっぽくそう言って続ける。


「聖人シータは今夜、『聖なる泉』の儀式を行う」

「『聖なる泉』?」

神門の守護者(ガーディアン)の中でも卓越した力を持つ聖人。しかし、そんな人外の力を持つからこそ、聖人の身体……もっとちゃんと言うなら『魂』への負担は計り知れない。故に聖人達は定期的に、一時的にだけど自身からバベルの欠片の力を抜いて心身を回復させるの。聖水を満たした泉の上でね。それが『聖なる泉』。まあ単純に言うとデトックス、みたいな?」


 なんだか微妙にデトックスの本来の意味とは違っているような……。まあそれはどうでもいい。


「なるほど。じゃあその間、聖依奈はバベルの欠片の力が使えない。だったらその隙に俺とスティアで聖依奈を取り押さえて、この人工バベルの欠片を握らせれば良いのか」

「ええ。ただ聖教会にとって最重要の聖人が無防備になる瞬間をなんの備えもなく行うわけがないでしょ? だから『聖なる泉』の儀式は通常であれば絶対に手が出せない場所で行われるの」

「絶対に手が出せない場所?」


 スティアが執務室の天井を指差す。


「大聖堂の最上階。そこが『聖なる泉』が行われる場所よ」

またしても前回の更新から一ヶ月ほど空いてしまいましたが無事更新させていただきました!


『聖なる泉』は前編、中編、後編でお届けする予定なのでいつも以上に早めの更新できるよう頑張ります!


引き続きお付き合いのほど、宜しくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 聖依奈ちゃんを救う糸口は見えてきましたがまたしても高難易度ミッションですね。全て上手く言ったとしても、ハルト君、シータちゃん、スティアちゃんは賞金首になってしまうかも……。 何よりスティ…
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