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最果ての先のシンアル  作者: 秋真
第二章
32/40

10『慈悲の涙が奏でる最後の審判』

「ぐあ……ッ!!」


 左右から同時に攻撃を仕掛けた俺とスティア。


 しかし、俺の攻撃は竜の異様に固い鱗に弾かれ、その直後には前足でなぎ払われて吹っ飛ばされた。


 起き上がろうとする俺の横に直ぐにスティアも飛ばされてきた。


「いたたた……って欠片のお陰で痛くはないけど。てか、何て固さなの、あのクソトカゲ……」


 スティアの言う通り尋常じゃない防御力だ。今まで色んなモンスターと戦ってきたけど、バベルの欠片の剣で容易(たやす)く切り捨ててきた。


 しかし、目の前の黄金竜はレベルが違う。まあバベルの欠片そのものなんだから当たり前ではあるけど。


 これはヤバいかもしれないな……。


 立ち上がったスティアの顔にも焦りが(にじ)む。


「冗談じゃないわ、こっちは神門の守護者(ガーディアン)ふたりがかりなのよ……。それが傷ひとつつけられないだなんて……」


 そう。俺たちはまだヤツに傷ひとつ付けられていない。闇雲に攻撃してもダメだ。可能性があるとしたら……。


「スティア! ヤツの身体の同じ場所を繰り返し攻撃しよう!」

「了解!」


 同じバベルの欠片同士の戦い。それなら数がふたつであるこちらの方が本来は有利。ふたつの欠片の力で集中的に攻撃すればそこが突破口になるはずだ。


 俺とスティアは再び左右に分かれ、竜の攻撃をかわしながら、攻撃するべき場所を探す。


 竜はとにかく固い。その上、反撃してくる前足の動きが速い。視覚的に竜が有利な状況でこれを避けながら同じ場所を攻撃し続けるのは難しい。だとすれば……。


「ハルト! 尻尾よッ!!」


 スティアも同じことを考えていたようだ。竜の素早い攻撃を避け、後ろに回り込み尻尾を攻撃する。俺もすかさず同じ場所を攻撃する。


 振り向いた竜の攻撃を避け、再度、背後に回り込む俺とスティア。


 竜は俺たちの動きに翻弄(ほんろう)され戦闘の流れがこちらに傾く。


「よし、続けるぞ!」

「ええ。やァーーーーッ!」



 これは、いけるかもしれない。


 そう思って俺もスティアも必死に、そして繰り返し尻尾の同じところを攻撃した。


 しかし……。



「ゼエゼエ……。何なの、コイツの固さは……」

「あ、ああ。スティア、大丈夫か?」

「ええ。ハルトこそ大丈夫?」

「今のところはな」


 バベルの欠片のお陰で体力も魔力も問題はないだ。


 けれど……。作戦通り尻尾の同じところを繰り返し攻撃しているにも関わらずダメージを与えている感触はなく、見た目にも傷は付いていない。


 攻略の糸口が見つからず俺もスティアも更に焦りの色が濃くなる。地下大聖堂から戻るタイムリミットがあるからだ。



「よし、もう一度いくぞ。とにかく今は攻撃を続けるしかない」

「それしかないわね。予定通り地上に戻って色々と隠蔽(いんぺい)しないといけないし……ッ!」


 スティアが飛び出す。俺も合わせて黄金竜へ向かって駆け出す。


 もう何度繰り返したかも覚えてないけど、それまでと同じように俺とスティアは左右に分かれ、竜の攻撃をかわして背後に周り尻尾を攻撃する。


 しかし……。




「全くきいてないな」

「そうみたいね」



 一度俺たちは黄金竜から離れた。竜の動きを封じるためスティアが魔法で攻撃する。


「ボスだし欠片を手に入れるためなんだから強いのは分かるけど、これじゃあまりにも強過ぎる……」

「確かに強す……」


 スティアが急に言葉をと切らせた。


「スティア?」

「ねえ、ハルト。あのトカゲ、強いんだけど……ホントに強いのかしら?」

「何言ってるんだ急に。強いからこれだけ苦戦してるんだろ」

「うん。苦戦はしてる。それは間違いない。でも、本当に強い?」


 スティアが食い下がってくるから俺はこれまでの戦闘を思い出す。


 無理ゲーと思いたくなるような防御力。それに……。それに……?


「防御力、だけ……」

「そう、『防御力』に関しては、ね! 攻撃については?」

「攻撃……は、ええと、速い」

「そう、速い。でも速いだけじゃない? 現に私たち、ダメージなんて受けてないでしょ?」


 俺たち神門の守護者(ガーディアン)は欠片の力に守られて通常は攻撃を受けても痛みを感じたりダメージを受けたりするようなことはない。でも、今回は敵が欠片そのものだ。軽減されるかもしれないけどダメージを負ってもおかしくない。


 でも、ダメージ云々以前に向こうの攻撃を俺もスティアもまともに受けていないのだ。確かに速度は油断できないが、攻撃は全て回避したか受け流せていた。


「あの動き……。たぶんなんだけど、あのトカゲ、『魔力回路』で動いてる」

「『魔力回路』?」

「うん。シンアル(こっち)の世界の技術なんだけど、魔力を宿して物を全自動で動かせる技術なの。そもそも高位の魔法使いしか使えない技術なんだけど、あのトカゲに至ってはおそらく普通の魔力回路の上位互換。全自動、というよりは擬似的に意識を持たせているレベルね。自分を奪いに来た敵を葬る。そうセッティングされてるんだわ。だから向こうからの攻撃は単調なのよ!」


 なるほど。納得だ。実はさっきからちょっとした違和感は感じていた。攻撃がどこか機械的なのだ。


「魔力回路の研究は聖教会を中心に行われているの。だから大聖堂の防衛システムも魔力回路を使って作られている」

「ほう。さすがはスティア。よし。勝ったな」

「え、何でそうなるの?」

「だって……。今の話の流れなら、当然その魔力回路の攻略法だって知ってるんだよな?」

「もちろん」

「どうすれば?」

「魔力回路は言ってみれば精密な機械。死ぬほどややこしい術式が複雑に組み込まれている。だから脚でもどこでも、一部を斬ってその回路を切断……ううん、傷つけることさえ出来れば動きは止まる、そして元のバベルの欠片に戻るはずよ」

「なあ、スティア」

「何よ」


 チート級自動制御式黄金竜を止めるためにはその回路を切断すれば良い。非常に分かりやすい。しかし問題は……。


「俺たちはさっきから、その『傷つける』ことに難儀しているんじゃないか」

「ええ。だから何でハルトが勝ったとか言い出したのか訳が分からなかったの」

「……。いや、普通、今の流れだったらスティアがその回路の切断方法まで口にして、ふたりで協力して苦戦しながらも最後には黄金竜を倒して無事ミッションクリア……かなと」

「それは残念だったわね。私は魔力回路の専門家ではないし、知識として知っているだけよ」

「……」


 どうやら攻略法は自分たちで発見しないといけないらしい。話がスタートに戻る。


 敵は鉄壁の防御くを誇るボス。

 とにかく固い。


 神門の守護者(ガーディアン)である俺やスティアの剣でもダメージを与えられていない。ダイヤモンドはダイヤモンドでなら削れるらしいけど、バベルの欠片も同じバベルの欠片で……とは簡単にいかないようだ。


「バベルの欠片を超えるような物質があれば……」

「そんなものあるわけないでしょ」


 スティアの言う通り。バベルの欠片を変身させた剣や盾の無双さは当事者として知り尽くしている。


「硬度で張り合ってもダメ。なら魔力の出力が鍵になる。ほんの一瞬で良いからデカトカゲのバベルの欠片の魔力を上回る出力を出せれば……。あるわけ無いけど、普通のバベルの欠片の二倍の力を持つようなスーパーバベルの欠片でもあれば……」


 悔しげに言うスティア。


「そんな都合の良いものなんて……」



 そこまで口にした俺は動きを止めた。


 スティアが言うようなスーパーバベルの欠片なんて代物は存在しないだろう。


 けれども。

 瞬間でも、魔力……。上回る……。

 二倍の力を持つバベルの欠片……。

 こっちにはバベルの欠片がふたつ……。



 俺の中でとある場面が思い浮かぶ。


 ()()()()()二人が同じリズムで、同じタイミングで、そして同じ箇所に完全に重なるように攻撃を……。


 俺は叫んだ。


「スティア……、去年の夏のRAD3・5周年アニバーサリーイベントだッ!!」


 俺の会心の思い付きにスティアは『コイツこんな時に何言ってるんだ』という顔を全力で向けてきた。


「こんな時にいきなり何よハルト、真面目に……、あ……」


 スティアも思い出したようだ。この局面を打破できるかもしれないヒントを俺とスティアは共有している。


「まさか、『慈悲の涙が奏でる最後の審判』……!?」

「その通り」


 俺は頷く。

 俺とスティアが向こうの世界でちょっとヤバいレベルでのめり込んでいるアプリゲーム。


 RAD ──Ragnarok(ラグナログ) of(オブ) Ancient(エインシェント) Dragons(ドラゴンズ)


 去年の夏に行われた3・5周年の大型イベント、『慈悲の涙が奏でる最後の審判』。


 普段はソロプレイヤーとして(こだわ)りを持ってプレーしている俺だけど、この時ばかりはもう一人他のプレイヤーと協力するしかなかった。ラスボスは協力プレイじゃなければ倒せなかったからだ。


「あのイベントは他の人気ゲームともコラボしていたから過去最高の参加者数を記録した。でも……」

「ええ、クリア出来たのは全世界のプレイヤー全体の僅か0.4%……」


 にわか勢も多数参加してきたが中堅・上位勢どころか最上位勢でもリタイヤが相次いだ。ただ強いだけ、ただ強力なアイテムを持っているだけではダメだったのだ。


「ラスボスの『終末の預言者』に対して有効なのはプレイヤー二人による『完全同時攻撃』。タイミングが0.1秒ずれてもダメで、しかも、それを何度も繰り返さないといけない」

「その難易度の高さから脱落者が続出……。世界上位ランカーでもそれは例外じゃなかった」

「そう。でも俺はクリアできた」

「私もよ。あれはRADの世界を愛していないとクリアは出来ない」


 俺とスティアの声が重なる。


『そう。ヒントは音楽』


 RADのBGMは神曲ばかりだけど、その中でもこのラスボス戦のBGMは屈指の人気を誇る。ボス戦に相応しい壮大さと、どこか悲哀を感じさせる戦慄に世界が泣いた。


「一部のプレイヤーからBGMの音が大きいとクレームが入ったらしいけど」

「運営は目立った対応をとらずにそのままにした、なぜなら」

「あのBGMこそがボス攻略の要だったから」


 不可能とも思える完全同時攻撃を可能ならしめるのがそのBGMだった。


 曲に合わせてボスの攻撃を避けて同じ場所に同じタイミングで攻撃を加える。だが、それに気付いたペアであっても言うは易し行うは難しで、実際にそれをやってのけるのは困難を極めた。


 病的な程に曲をリピートして脳に叩き込み……、いや、魂と一体化させて、それを成し遂げたプレイヤー同士のペアがトライアンドエラーをひたすらに繰り返す……、そんな艱難辛苦の果てに到達できるボス攻略。



 精神的に本当にキツかった。極限の精神状態だったと思う。しかし、その甲斐があってクリアすることができた。そんな去年の夏を思い出すだけで込み上げてくるものがある。


「去年の夏、俺は受験生だった。塾をサボ……自主的に休んで寝食を忘れ、高校浪人を覚悟してまでプレーした」

「ハルト、私の一個下だったんだ。その覚悟は本当に尊敬に値する。でも私だってイベントにのめり込み過ぎた結果、夏休みの宿題を提出するのが10月になった……。二学期の中間テストでは順位を200番落としたわ」


 スティアの覚悟は本物だったに違いない。いや、それくらいの信念が泣ければ終末の預言者(ラスボス)は倒せなかったのだ。


 結果として勉学に身が入らなかった俺たち純粋無垢な中高生が悪かったのではない。そういう設定の神イベントを開催した運営側に問題があるのだ。本当にありがとうございます。



「そういうことね。あのボス戦をここで再現する、と」

「俺たち二人の神門の守護者(ガーディアン)が完全にタイミングを合わせて同じ箇所を攻撃できたら、その瞬間は黄金竜の魔力の出力を上回れるはずだ」

「確かに。でも魔力回路を切断するとなると尻尾じゃダメかも……。もう少し身体の中心に近い場所じゃないと……」

「じゃあ……」


 俺は黄金竜の前足の関節を見る。


「あそこね」


 どうやらスティアも同じことを考えていたようだ。


「こっちの攻撃を止めたら黄金竜は攻撃をしてくる」

「それをかわしたところからBGMスタートね」

「関節への攻撃はサビに入る瞬間……」

「一応聞くけど、曲は頭に入ってるのよね?」

「え? 誰に向かって言ってる? あれは俺の人生のBGMだぞ」

「奇遇。私も。あれは私のアンセムだと思ってるから。まあそれはさておき……。フゥ。よし、いくわよ」


 スティアは足止めしていた魔法攻撃を止める。


 すかさず黄金竜がとてつもないスピードで攻撃してきた。


 俺とスティアは同じタイミングでジャンプしてそれをかわす。



 脳内でBGMスタート。


 黄金竜に近づき、奴の攻撃をかわしながらスティアの姿も目で追う。スティアがどう動こうとしているのか、何を感じているのか手に取るように分かる。


 BGMは最初のファンファーレこそ派手だがそこからバイオリンを織り混ぜた壮大な世界観を表現する曲調に変わる。かと思えばピアノが哀愁を醸す旋律がメインになる調子へと変わり……。


 本当に素晴らしい。

 神曲。最高。(もだ)える。

 心に響きすぎてむしろ辛い。


 脳内再生される曲に合わせて動く俺とスティアの動作は完璧にシンクロしていた。


 徐々に黄金竜との距離をつめていく。



 サビに向かって曲は進んでいく。


 黄金竜は左右の前足を振り回し、俺とスティアを攻撃する。


 曲はサビに入る直前を迎える。サビの直前の一瞬、ふっと無音が訪れる。


 俺とスティアは完全に同じタイミングでジャンプする。


 そして、


「うおぉぉぉぉぉーーーーッ!!」

「はあぁぁぁぁぁーーーーッ!!」



 サビに入るところで完全に同じタイミングで黄金竜の右前足の関節の同じ場所に剣を重ねて攻撃した。



 黄金竜の前足と二本の剣が接触した瞬間。


 強大な魔力同士がぶつかり合い、凄まじい衝撃と爆音が周囲に伝わる。


 俺とスティアは身の危険を感じて黄金竜から離れる。


 魔力の衝撃波と光が収まっていく。


 黄金竜は動きを止めていた。右前足の関節から先を失ったまま。


 俺とスティアの寸分(たが)わぬタイミングの攻撃の威力は予想以上だった。ふたつのバベルの欠片の魔力が合わさり、相乗効果も加わった強力な一撃は傷をつけるどころか右前足を切り落としたのだった。



 そして。

 黄金竜は魔力の粒子となって四散する。

 その粒子が集まっていく。


 激しい輝きを放った粒子は最後に元通りの金色のバベルの欠片になった。


 俺とスティアはバベルの欠片に近づく。俺は地面に落ちた欠片を指で突っつく。


 大丈夫そうだ。欠片を拾い上げる。



「ふぅ。無事、欠片をゲットだね。あとはこれを聖依奈ちゃん……聖人シータに渡すだけ」

「ああ」


 これで聖依奈を救えるかもしれない。その可能性が出てきた。本当によかった。


「ありがとな。スティア。お前の協力がなかったら無理だった」

「そんなこと。でも流石だねハルト。あそこまであのBGMに合わせて動けるだなんて」

「それを言ったらスティアだって。俺と同じレベルであのBGMを脳内再生できる人間がいるとは思わなかった」

「……。ごめんね、聞き間違いじゃなかったら『俺と同じレベル』とか言った?」


 頷く俺にスティアが首を横に振る。


「ハルトのRADに懸ける想いは相当なものだと思う。それでもあのBGMに関しての想い、理解、解像度は私は誰にも負けてないと思う」

「そんな、俺だって」


 スティアが俺の言葉を(さえぎ)る。


「ハルト、あの曲、弾ける?」

「……。弾く、だと」

「ええ。私ね、実は小さい頃からピアノとバイオリンをやっていてね、結構大きなコンクールなんかで賞もとったりしてるんだ。それで……」


 嫌な汗が背中を伝うのを感じた。


「ネットで動画配信してるんだ、楽器演奏の。あ、顔出しはしないでだけど。それでさ、あげた動画の中で圧倒的な再生数を誇っている動画がある。それがあのBGMの完コピ動画よ」

「か、完コピ……」

「ヴァイオリン、ピアノ……全ての楽器を私一人で弾いてそれを合わせた完コピ。そのあまりのクオリティーの高さに公式のアカウントでも紹介されたわ。ネットの一部では本家以上という評価も……」


 勝ち誇ってふんぞり返るスティア。


 ……。


 良いだろう。

 敗けを認めることが出来るのも強さだ。

 上には上がいる。それを知れたことで俺もまだまだ高みへ登れる。


 取り敢えず向こうの世界に戻ったら、まずはピアノの練習から始めよう。


 そう俺は固く心に誓った。

前回の更新から結構な期間があいてしまいました……。


次回の更新はもう少し早く出来るよう頑張ります!


今後ともよろしくお願いします!

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[良い点] ふたりとも人生をかけてゲームやってますね……昔、とあるゲームにハマり見事に成績を落としたことがありますので人のことは言えませんが、その情熱が役に立つことがあるのですね! [気になる点] ス…
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