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最果ての先のシンアル  作者: 秋真
第二章
30/40

8『地下大聖堂』

 地下大聖堂(カテドラル)。スティアのその言葉に俺は息を呑んだ。そこに聖依奈を救えるかもしれない何かがあるのだと。


 聖依奈を救える。

 その可能性が生まれてきたことは素直に嬉しい。


 けれど……。

 スティアが口にした言葉の先頭は「たぶん」だった。それが少し引っ掛かった。


「俺が求める物……、つまり聖依奈を救える物って言ったよな。それって……」

「ストップ。期待はしないで。今は可能性があるとしか言えない」

「……」


 スティアの言い回しははっきりとしない。


 でも、全く手懸かりがない状態からは大きな前進だった。今は可能性があるというだけでも十分だ。


 それよりも気がかりなのは……。


 聖教会の秘密に触れたことで俺はスティアと戦闘になった。スティアからしたら俺と戦ってまで守ろうとしたレベルの秘密だ。


 だとしたら、何でいきなり協力的になったのか。


「なあ、スティア。凄く嬉しいんだけど一体……」

「しッ。聞きたいことは沢山あるだろうけど、まずはあそこをクリアしてからね」


 スティアが言って指差したのは大きな扉だった。扉の前には完全武装した八人の衛士が立っている。厳重な守りだ。おそらくあの扉の先にスティアが言った地下大聖堂(カテドラル)があるのだろう。


「なあ、あそこをどうやって突破するんだ?」

「それは考えがあるから大丈夫。取り敢えずついてきて」


 言って歩き出すスティア。え? こんな普通に行っちゃっていいのか? すぐに見つかるぞ。



 案の定すぐに衛士の一人がこちらに気付き、「誰だ」と声を上げ槍を構えた。でもスティアはそれを気にする様子が無かったので俺もそのまま付いていく。


 警戒する衛士たちだったが、近づいてくるのが司教(スティア)だと分かったのだろう、槍の構えを解く。


「ごきげんよう。お勤めご苦労様です」

「これは司教。このような場所に、しかもこんな時間にいらっしゃるとはどのようなご用ですか?」


 口調は丁寧だったし槍の構えは解いたままだったけど、明らかに警戒しているな。その証拠に他の衛士たちが俺たちの後ろに回っていた。


 八人の衛士が俺たちを囲むと、スティアは小声で「石の力で魔法耐性を」と言った。俺は言われた通りポケットの中のバベルの欠片を掴んで魔法に対する耐性を高めた。


 俺の様子を(うかが)っていたスティアはふっと笑んだ。


「ご安心下さい。貴方たちには迷惑はかけないですから……ねッ」


 スティアは両手を広げる。すると俺たちの足元に魔法陣が浮かび上がった。「【悪魔の囁き(チャーム)】!」とスティアが唱えると魔法陣が光を放つ。


 いったんは足元に現れた魔法陣に騒いだ衛士たちだったが、直ぐに大人しくなった。


「ふう。囲んでくれたお陰で逆に助かったわ。ちょうど良い感じにひとつの魔法陣の範囲に収まってくれたから」


 そう言ってスティアは衛士の一人に近づいた。


「今からの二日間、警備をしていてここを通った者は誰もいない。そうよね?」

「はい」


 他の衛士も同じ様に頷く。一様に「はい、私たちは何も見ていません」と繰り返している。



 スティアがニコッと笑って振り向く。


「さあ、ハルト、行こっ」

「……」


 いや、そんな(さわ)やかな笑顔で言われても……。コイツは敵に回さない方がいい。俺の直感が強烈にそう忠告してきた。



 スティアが大きな扉の前まで進む。


「さあ、早いところここ開けて。あ、私たちが通った後は絶対に誰も入れないでね」

「はい」

「それで私たちが戻ってきたらまた開けてね」

「はい」


 (うつ)ろな表情の衛士たちは機械的な動作で厳重に施された鍵を開けていく。そして最後に何らかの魔法的な操作を行い、それでようやく扉が開いた。


「相変わらず厳重ねぇ。まあこの先の秘密のことを考えたら当然ではあるんだけど。じゃあ後は宜しく」


 と言って中へ入ったスティアに俺も続く。


 中は思ったよりも明るかった。松明(たいまつ)が短い間隔で置かれている。扉を通り抜けた先はちょっとした広場になっていて、更にその先に地下へ向かう大きな階段があった。


 背後で扉が閉まる音が聞こえた。衛士たちがスティアの命令を忠実に実行したようだ。


「ふう。取りあえず侵入成功」


 Vサインをしてくるスティア。友達との写真をSNSにあげるようなテンションだった。


「いいのか、さっきの」

「だって仕方ないじゃん。私は地方に視察に行くことになってるし、ハルトは重傷で寝てることになってるんだもん」

「それにしたってさ」

「いいの。それにね、私の権限だと地下大聖堂(カテドラル)の途中までしか行けないの。その先に行くには許可が必要だし、許可が取れたとして、それで行ける『最下層』には用はない。『ハルトが必要とする物』があるかもしれないのは最下層のその先。聖教会の最上層部の人間しか知らないはずの場所。そんな場所のことを口にしたら無事じゃ済まないわよ」

「なんでそんな一部の人間しか知らないような所のことをお前は知ってるんだよ」

「それはまあ、ね。色々とあるのよ」

「それって真面目に結構ヤバい秘密なんだよな? その秘密を守ろうとして自分の執務室をメチャクチャにしてまで俺と戦ったんだろ? 何でここまで協力してくれるんだ?」

「そりゃ、同じ布団に寝るような関係にまで発展したヒロインが主人公に協力するのは当然のことでしょ?」

「なッ。あれは俺が寝てる間に勝手に入ってきたんだろ!?」

「そうだったかしら? そんな昔のこと、とうに忘れたわ」


 ふっ、と哀愁を(ただよ)わせて良いこと言った風な表情をするスティア。なんだか話が流されてしまったような気がするけど、スティアにも事情がありそうだ。そして何となくだけど、それを口にしたくないような雰囲気を察したので俺もそれ以上の追求はしなかった。




 階段が終わり、その先は地下とは思えないような広い空間になっていた。そのほぼ中央に神殿のような建物があった。


「あれが地下大聖堂か」


 結構地下まで降りてきたと思うんだけど、よくこんな建物作れたな。ていうか、それ以前に地下にこんな広い空間があるのが驚きだ。


「ううん。あれはただの地下大聖堂(カテドラル)への入口。ここからが長いのよ」

「へ?」

「さ、行こうっ。今日のうちに最下層まで行かないと二日間では地上に戻れないよ!」

「……」


 駆け出すスティア。

 今、何て言ったアイツ。ここからまだ下があるだと? 地下大聖堂というか、これじゃあ地下迷宮ダンジョンだな……。


 とか考えているうちにスティアはどんどん先へ進んでいった。俺は慌ててその後を追った。




 建物の中は薄暗かった。

 ここまでの階段とは違い松明の数が少ない。俺が地下大聖堂(カテドラル)だと思った神殿風の建物は確かに入り口でしかなかった。


 魔法で封印されているっぽい扉をスティアが欠片の力で開けると、その先はまた階段だった。


 そこからはひたすら階段と通路の繰り返しだった。油断はしていないつもりだけど、正直少し退屈していた。ダンジョンっぽさは満載だけど、モンスターが出たり宝箱があったりはしない。


 広い空間に俺とスティアの足音が響く。


「お」


 思わず声が出てしまったのは、通路の両脇に等間隔で並んで立つ、今にも動いて襲ってきそうな竜の像が目に入ったからだ。警戒する俺。



「大丈夫。あれは本当にただの石像だから」

「いや、でもほら、ゲームならお決まりの展開じゃん? 石像が動いて襲ってきたり、いきなり炎を吐き出す罠だったりさ」

「まあね。でもそういう仕掛けはもう少し先。しかも私たちは気にしなくて大丈夫。少なくとも私たちが目指す最下層のその先の前まではね」

「どういうこと?」

「ハルトの言う通り、お決まりのような仕掛けやトラップがここから下には沢山あるんだけど、私たちにはこれがあるから」


 言ってスティアが取り出したのは自分のバベルの欠片だった。


「バベルの欠片があると大丈夫なのか?」

「うん。あ、でもね、普通のバベルの欠片じゃダメなの。ねえ、見て。私の石とハルトの石。微妙に色が違うの分かる?」


 俺は目を凝らしてふたつの石を見比べる。松明の火の揺らめきで自信はなかったが、確かにスティアの石の方が紫がかっているような気がした。


「司教以上の役職はそのほとんどが神門の守護者(ガーディアン)。私たちのバベルの欠片は特別な魔法でコーティングがされているの。そうすることで特有な魔法の波動を出させる。そして、その波動がこの先の様々なトラップや仕掛けを一時的に解除させるの。あ、だから私からあんまり離れて歩かないでね」

「わ、分かった」


 スティアは地下へ向かう途中、様々な所で自分のバベルの欠片を(かざ)した。


 そしてスティアの言う通り特に何かの仕掛けや罠が作動することはなかった。俺たちは割りと淡々と地下へ向かっていった。


 今進んでいる道も、その脇に石像が並んでいた。見た目はRADに出てくるガーゴイルのようだった。でもどうせここまでと同じようにただの石像なんだろうな。


「はぁ」

「どうしたの? 疲れちゃった?」

「いや、そうじゃないんだけど。油断はいけないってのは分かってるんだけど、正直ちょっと拍子抜けしてさ。モンスターも出ない、罠もないダンジョン攻略なんて」

「何? 退屈してるの?」

「そんなことはないんだけど」


 聖依奈を救うその可能性に向かって進んでいるんだ。そんなことは思わない。


 しかし地下大聖堂(カテドラル)なんて御大層な名前がついているんだからもっとこう、THE RPG みたいなのを勝手に想像していた。



「ええと、じゃあ一回くらい試してみる?」

「え、何を?」


 と俺が口にした瞬間。スティアは手にしていたバベルの欠片の力を消した。



 次の瞬間。



「ぐごぉーああああーッ!!」


 雄叫びと共に周囲のガーゴイルたちが動き出す。石像とは思えないような俊敏な動きで次々に襲いかかってくる。


「うわぁーッ!! ちょ……ま……ッ」


 俺は欠片を剣に変えて応戦する。幸いなことに欠片の力を使えば難なく倒せるが、数が多いのと動く速度が早いので目で追うのが大変だった。



「はぁはぁ……」


 何とか目に見える範囲のガーゴイルを倒しきった。



「どう、少しは退屈が紛れた?」


 ニコッとスティアが笑って聞いてきた。


「俺が悪かった。うん、やっぱり安全第一だ。この先もスティア様の石にすがらせてくれ」

「はーい。お任せあれ。どうせ最後の最後には秘密を守るラスボス的な奴がいるんだろうから、そこまでは色々と温存しておかないとね」


 そこから先はスティアのバベルの欠片のお陰でトラップに巻き込まれることなく地下へ向かって進んでいった。


「それにしても、良かったのか?」

「うん? 何が?」

「さっきの石像(やつら)、俺が倒しちゃっただろ? せっかく衛士たちに魔法かけたのに侵入者がいたってばれちゃうんじゃないか?」

「あぁ。侵入自体を隠しきるのは無理よ。考えてみて。私たちは最下層のその先にある、聖教会の最上層部が秘密にしている『何か』を(かす)め取ろうとしているのよ? バレるのを遅らせることは大事だけど、無かったことにするのは無理ね」

「まあ、それは確かに」

「大事なのは『バレない』ようにすることじゃなくて、『私たちがやったとバレない』ようにすることよ」



 全くその通りだ。

 そういう意味ではここまでは順調に来ている。このままいけばもしかして本当に聖依奈を助けられる手懸かりが得られるかもしれない。



「見えてきたわね」


 スティアが指差したのは大きな扉だった。さっきのように衛士か誰かが守っているような様子はない。



「じゃあ開けるわよ」


 せーの、と声を揃えて俺とスティアは左右の扉を開ける。


 中は教会だった。大きさはそれほどでもない。バルパ村のツァディーの教会と同じ程度の大きさだ。ただ……。



「なあ、これって……」

「そう、これ全部、黄金よ」


 壁、床、天井、祭壇、置かれている小物まで、ありとあらゆる物が金で出来ていた。


「ホント悪趣味なことこの上ないわね」

「スティア。ここが地下大聖堂(カテドラル)の最下層なのか?」

「そう。地下大聖堂最下層、通称『金色の教会』。教会最上層部か、特別な許可を得た者じゃなければ入れない場所。私も司教として選出された時に儀式で一度来ただけ。でも私たちはこの先に用があるのよね」


 スティアは教会の中を探り始めた。俺も隠し扉や変なところがないか調べてみる。



「ねえ、ハルト。もしこの先に進むための隠し通路みたいなものがあるとしたら何処だと思う?」

「そりゃ、やっぱり……」


 と俺はシンアル聖教会のシンボルを(いただ)く祭壇を見た。


「そうよねぇ」


 俺とスティアは祭壇へ近づき調べてみた。


「ハルト、気づいた?」

「ああ」


 どういう仕組みかは分からないけど、魔力の流れが不自然なほどに一点に集中して流れ込んでいた。その場所は祭壇の中心で台座が置かれている。


「ホント教科書通り過ぎてつまらないけど、ここで間違いなさそうね。凄く大きな力を感じる。地脈に乗って流れてきている魔力がここに収斂(しゅうれん)していってる」

「よし、動かしてみよう」


 俺とスティアは力を合わせて台座を押してみたがびくともしなかった。結構な大きさの台座、しかも黄金製だ。ただの高校生二人が押して動くわけもないけど、バベルの欠片の力を操る神門の守護者(ガーディアン)が二人がかりで動かせないのは異常だ。何らかの術式が施されているのは間違いない。


「ここで決まりね。神門の守護者(ガーディアン)二人が力を使っても動かせないだなんて。相当特殊な魔法結界で守られているみたいね。ハルト、下がって」


 言われた通りに俺は台座から離れた。


 スティアは腕を回して首をコキコキ鳴らした。そして、バベルの欠片を取り出すと大きなハンマーに変化させた。


「ええと、スティアさん? それで一体何を?」

「まあ見てなさい」



 ふう、と息を整えるスティア。


「動かないのなら……、砕いてしまえば良いのよ! うぉりゃーーーーーーッ!!」



 雄叫びを上げたスティアがハンマーを振るう。ハンマーは黄金の台座を施された魔術共々、爆音と共に砕いた。


 一面に黄金の塊が散らばる。台座、というか辺りの祭壇が見るも無惨に破壊されていた。



「ふう。ざっとこんなものね」


 ハンマーを担いだスティアが汗を拭うような仕草をする。そしてハッと気付いたように振り向く。


「あれ、もしかして今の私って女子力……」

「あ、うん、ゼロだね」


 スティアは担いでいたハンマーをゴトンと下ろす。


「やーん。私こんな重いもの持てない~」

「……」


 今さら何を言っているんだろう。何もかもが手遅れだ。普通のJKは石をどでかいハンマーに変えたり、それで魔術が施された黄金の台座を粉砕したりはしない。



 なぜか急に女子アピールを始めたスティアを無視して台座があった場所へ向かう。


「これだな」


 そこには地下へ向かう狭い階段があった。なるほど。確かにこの先からは凄まじい魔力を感じる。


 この魔力の正体が何なのかは分からない。けれども……。



「これは、当たりかもね。あるかもしれないよ、ハルトが欲していたものが」


 言ったスティアに俺は頷く。


 スティアはどうやら本当に何があるのか知らなかったようだ。興奮気味のスティアの表情がそれを物語っていた。


 信じられないような膨大な魔力。それでいてその魔力が妙に馴染む。


 聖依奈が持つのはいつわりの欠片。本物のバベルの欠片じゃない。だから、いつ魔力が暴走して聖依奈が死んでしまっても不思議じゃない。だとしたら単純な解決方法は本物のバベルの欠片を聖依奈に渡すこと。


 単純だが、それが最も難しいと思っていた。神の奇跡とも言われる力を宿す石がそんな簡単に見つかるわけはない。


 それでも、その限りなくゼロに近い可能性に俺はどこかで期待していた。そしてその可能性は今やほぼ間違いなく確実なものになっていた。


 この先に、バベルの欠片がある。


 俺とスティアは目を合わせ、階段を下りていった。

お読みいただきありがとうございます!


予定していた4月中の更新が出来ず結局前回の更新から一か月……。

ネトコンにも参加しているのでもう少し更新頻度上げられるよう頑張ります!


今後ともどうぞ宜しくお願いします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  地下の深さに比例して聖教会も底知れないですね。この先で待つものは……  スティアちゃんも訳ありな様子、ポジション的に苦労が多いのでしょうか。 [気になる点]  女子力……大切だと思います…
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