2 『チート美少女と激レア神聖竜』
「いてッ……」
後ろから小突かれて俺は振り向く。
振り向いた瞬間。
太股が悲鳴を上げる。
ゲームに熱中しすぎて予定していた時間をしっかりオーバーした。
そのせいで、軽く走る程度では確実に遅刻する時間になっていた。久々の全力ダッシュで足がやられていた。もう昼だというのにまだ回復していない。
つりそうな足を庇いながら見ると、そこには今朝から今の今まで何とか言葉を交わさずに逃げ回ってきた相手が立っていた。
ジトッとした目で見てくる少女に俺は視線を逸らして、はは、と渇いた笑い声を出した。
「ど、どうしたんだ? 聖依奈。そんな顔して……」
「……。そんな顔をさせている張本人がそれを言うの?」
「え、そんな悪いヤツがこの学校にいるのか?」
周囲をキョロキョロと見回す。聖依奈はそんな俺を見て、呆れて首を振る。
体育の時間だからとゴムで纏めた長い髪がそれに合わせて揺れる。
「陽斗君、まさか忘れていた訳じゃないよね? うちの神社の境内の掃除手伝って欲しいってお願いしたの。特に粗大ごみは私ひとりじゃ無理だから、それ運んで欲しいって」
「あー、ああ……。そんなの、も、もちろんじゃないか」
棒読みの返答をする俺。
もちろん覚えているわけがない。今朝、妹から言われるまでは綺麗さっぱり忘れていたのだから。
だからこそ昨日の夜は期末テストまであと二週間だと言うのに日付が変わるまで安心してゲームに没頭していたのだ。
「だったらちゃんと来てほしかったな」
「わ、悪かったよ。いや、昨日寝るまではちゃんと覚えてたんだけどさ」
「一晩寝たくらいで忘れるぐらいの価値しかないのね。私との約束は」
「ぐっ……」
さすがに良心が痛んできた。
実際には、覚えていたら結構な順位で聖依奈との約束を優先させるだろう。それくらいの腐れ縁……というかまあ長い付き合いなのだが、覚えているどころか、そもそも聞き流していたので自分の中ではそんな約束は存在していない。忘れる以前の問題だった。
俺の表情から何かを読み取ったのか、聖依奈は疑いの眼差しを向けてくる。
「もしかして……、私の話、聞いてなかった? 昨日ご飯作りに行って片付けまでしてくれた相手からのお願いだったっていうのに?」
「……。ソンナコトアルワケナイジャナイカ」
返答した声色が、台詞の言葉とは正反対の事実を白状していた。聖依奈は大きくため息をつく。
「まあソファーで横になって凄くゲームに熱中していたみたいだから、少しはそんな予感もしていたんだけどね」
「本当にすみません」
「まあ確認しなかった私も悪いしね。それに、結局もうほとんど私がひとりで終わらせちゃったから」
「あ、じゃあ俺はもう不要ってことで……」
悪い気はしたがそれはそれでありがたい。そそくさとその場を去ろうとしたが肩を掴まれる。
「ううん。陽斗君の仕事はちゃんと残してあるから……というか、さっきも言った粗大ごみはお願いしたいんだよね。重くて私ひとりじゃ引っ張り出せそうにないし……」
「おじさんはどうしたんだよ? そういうのだって神主さんの仕事だろ」
「うーん、まあそれはそうなんだけど。おじさんだって忙しいのよ。それに居候させて貰ってる身としては出来るだけそういう雑務は私の方でこなしておきたいのよ。だから、ね、お願い?」
手を合わせそう言った聖依奈に今度は俺がジトッとした目を向ける。
いつもこうだ。最後にはこのお願いポーズで押しきられるのだ。毎度の事だが、聖依奈にこれをさせるともう断れない。
ただ、別に聖依奈もこのポーズを連発して常日頃俺を頼ってくるわけではない。むしろ自分の事は自分でちゃんとやるというのが基本の真面目なヤツだ。本当に困っているんだろう。
「ったく、しょうがないな……。まあ、飯とか作りに来てもらってる礼はしないとだからな」
「そうそう。一宿一飯……、ん、泊めてはないから一飯だけ、かな。一飯の礼は尽くさないとね」
うんうん、と頷く聖依奈。
男女合同の体育。
梅雨にしてはカラッと晴れた夏のような日だった。グラウンドに容赦ない日差しが降り注ぐ。
「暑いな……」
「うん。だから早朝に終わらせちゃいたかったんだよ。それに夕方からは雨だって言うし……」
「こんなに晴れてるのに……。やっぱ梅雨なんだな。ん? ていうか、夕方ってお前、生徒会は大丈夫なのか?」
「今日は活動はないから大丈夫。と言うか、まだ入ったばっかりで役職に就いてる訳でもないからね。部活にも入ってないし実は結構暇してるんだよ」
別に聖依奈の生活全般を把握している訳じゃないが、少なくとも暇という部分は明らかに嘘だ。
確かに部活には入っていない。だが中学の時にテニス部で全国大会まで進んだ。その噂が伝わって人数の少ないテニス部から練習試合の助っ人を頼まれたりしている。
生徒会メンバーとしての仕事をこなし、さらに委員会を掛け持ちし、クラス委員までしている。担任の先生からの頼まれごとも多い。
居候をしている親戚の神社の手伝いもしている。多忙を極めていた。
どう考えても勉強の時間なんて捻出できるはずないのに、この前の中間テストでは学年で三位だった。
一体いつ勉強しているんだろう……。
「あんま無理すんなよ」
「何? 急に。別に無理なんてしてないわよ。それにね、何かしてないと落ち着かないの」
「何か聖依奈って生き急いでるよなぁ」
「何よ、それ。私はただ……」
「聖依奈ー!」
友人に呼ばれて振り向く聖依奈。どうやら女子だけ集合がかかったらしい。
「じゃあ陽斗君、私もう行くね。四時に神社。今度こそ忘れないでね」
「おう」
聖依奈がその場を離れた後、タイミングを見計らっていたかのように直ぐに何人かのクラスの男友達に囲まれた。
「陽斗。お前、諏訪さんと何話してたんだよ?」
「いや、大したことはなにも聖依奈が放課後手伝っ……」
「『聖依奈』か。クラスの男子で諏訪さんを下の名前で呼び捨てなんか出来るのは陽斗くらいだな」
「いや、なんだよ、それ。別にお前たちだって聖依奈って呼べばいいだろ。たぶん、アイツそれくらいで嫌な顔は……」
「『聖依奈』の次は『アイツ』か……。クッ……。そうやって新密度が高いアピールをして……。陽斗……、お前の血は何色だ!?」
「そうだそうだ! 『諏訪さん』としか呼べない俺たち一般庶民を見下してお前は楽しいのか!? 何て悪逆非道な……」
周囲は非難轟々となる。俺は明後日の方を見ながら耳をふさいだ。
何故か極悪人扱いされる俺。
そんな悪いことしたんだろうか……。
まあそれはさておき。
「あ、お前たち。そんなことよりもRADのイベント。どうだ?」
RAD ──Ragnarok of Ancient Dragons
スマートフォンのアプリゲーム界で世界を席巻している超人気ゲームだ。クラスでもやっている奴はもちろん多い。
「当たり前だろ。昨日何時までやってたと思うんだ?」
「でもさ、クエストが全然先に進めなくて」
「やっぱガチャでイベント特効の竜を当てないと……」
と、男友達どもは今回のイベントがいかに難しいかを口々にした。
「ふふふ。いいか、良く聞け。俺は、もう五層まで到達した」
周囲の男友達どもが固まる。
「ハ……? え……。陽斗、嘘だろ?」
「そ、そうだ。そんなはずがない……。SNSでも第三層まで行った奴が自慢してるくらいなんだぞ!」
今度は嘘つきと避難の嵐にさらされるが俺は余裕の笑みを浮かべる。
「それが本当なんだ。なぜなら……」
俺は手招きをして、小声で話す。
「実はさ、ガチャで引き当てたんだよ。……『紺碧の神聖竜』を」
俺の言葉に周囲の時間が止まる。
俺を囲んでいた奴らが全員動きを止めた。
少しして何人かが我に返り口を開く。
「そ、それ本当か? 『紺碧の神聖竜』って確か排出が……」
「ああ。一体だけだ」
そう。俺は想像を絶する苦辛の末、RADで一体しか存在しないという超スーパーウルトラ激レアキャラを引き当てていたのだ。
「陽斗ーーーーッ!!」
周囲の男どもが雄叫びを上げて俺に掴みかかる。
「な、何だよ!」
「お前の血は何色だ!? リアルでは諏訪さんを手に入れ、そればかりか紺碧の神聖竜まで……」
「そうだそうだ! まずは俺と代われ! 諏訪さんか神聖竜、せめてどちらか……」
「お、俺は諏訪さんを!」
「僕は神聖竜!!」
「は、離せお前たち……」
ほら、見てみろ。遠くから女子たちがドン引きした目で俺たちの一団を眺めているぞ。
勘弁してくれ。
俺は何も悪いことはしていない。
と言うか、神聖竜はともかく別に聖依奈は手に入れた訳ではない。全然。
一応は幼馴染みポジションではあるが、それでも聖依奈のようなチート美少女にとって俺なんかはそういう対象にはならないだろう。うん、眼中にないよな、確実に。
……。
自分で言っていて少し悲しくなってくる。
早く帰って紺碧の神聖竜を使ってRADの中でチートプレイをして癒されよう。