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最果ての先のシンアル  作者: 秋真
第二章
28/40

6『聖教会の秘密』

 ティットから聖教会が大量の魔力貯留器(ピーテル)を集めているという話を聞いてから俺は大聖堂に通った。


 聖教会は何かを隠している。


 スティアなら何か知っているかもしれない。そう思って大聖堂に行くのだけど上級の司教であるスティアは多忙でなかなか会えなかった。


「今日こそは……」


 そんな願いが天に通じたのか、ようやくスティアの姿を目でとらえることが出来た。スティアは急いでいるようで、書記官を務めるクリフが大量の書類を抱えて早足でスティアを追っている。


 とても話し掛けられるような雰囲気ではないけど今は空気を読んでいる場合じゃない。俺は大声で呼ぶ。



「スティアッ!」


 相当急いでいたのか、『このクソ忙しいときに声かけてくるんじゃない』と言わんばかりの視線を一瞬だけ向けてきたスティアだったけど、駆け寄ったときには司教用の笑顔を作っていた。


「まあハルト様。どうされたのですか、そのように大きな声を出されて」

「ええと、少し聞きたいことがあって」

「そうですか。あいにくですがこれから大事な会議がありまして。またの機会に」


 と言って歩き出すスティアの腕を俺は掴む。


「頼む! 時間はとらせないから!」


 困惑するスティアだったが、周囲に気づかれないようにそっとため息をつく。すぐに司教としての(たたず)まいを取り戻し穏やかな笑顔になる。


「分かりました。ハルト様にそこまで言われたら仕方ありませんね。でも手短にして頂けると助かります」

「ありがとうスティア! 早速なんだけど、聖教会が集めてるっていう魔力貯留器(ピーテル)のことで……」


 俺の言葉に5秒前まで穏やかだったスティアの表情が変わる。言い終わる前にスティアは俺の口を(ふさ)いできた。


「む、むぐ……」


 喋れないどころか息すら出来ない。しかし、そんな俺に構わずスティアは俺の口と鼻を塞いだまま振り返る。


「クリフ」

「はい、何でしょうか?」

「今日の司教会議は欠席します。そのように手配を」

「え、あ、はい。……。って、えぇッ!! ま、またですか!?」


 クリフは驚いた勢いで抱えていた書類や本を落としてしまった。あわあわしながらそれらを拾い上げる。


「スティア様、今回はご無理かと。今日の会議はスティア様がいらっしゃらなければ決められないことが多々ありますし……。そ、それにもう他の司教の方々がお集まりのことかと」

「確かに。それはそうですね」


 スティアが自らの諫言(かんげん)を受け入れてくれたとでも思ったのか、ホッとした様子を見せるクリフ。


 しかし。


「紙と何か書くものも」

「え、は、はい」


 スティアに言われクリフは紙とペンを差し出した。受けとるスティア。ようやく俺の鼻と口が解放された。


 さらさらと紙にペンを走らせるスティア。何かを書き終え、ニコッとしながら紙をクリフに渡す。


「これは?」

「読んでみてください」

「は、はあ。……ッ!?」


 紙に書かれた文字を見てクリフが青ざめて固まる。一体何が書かれてるんだ。俺は動かなくなったクリフの後ろから紙を覗き込んだ。


『私、司教スティア・マーベルクは書記官クリフ・ハイムントを本日の司教会における代理人として全権を委任する』


 クリフは固まったまま動かない。


「これは責任重大ですね、クリフ」


 スティアは笑顔で両手をポンと叩き「頑張ってくださいね」と言ってクリフから離れる。


「では参りましょう。ハルト様」

「え……。あ、うん」


 スティアが歩き始めたので俺もそれに合わせる。直後、クリフが絶叫する。


「無理です無理です無理です無理ですッ!! お待ちくださいスティア様ーッ!!」


 叫ぶクリフを置き去りにしてスティアは進む。詳しいことは分からないがクリフの姿からスティアが相当な無理難題を押し付けたのかが分かる。


「良いのか? あれ」

「ええ、問題ありません」


 と爽やかな笑顔で返されそれ以上何も言えなかった。憐れクリフ。でも許せ。こっちも引けない事情があるんだ。



「それでスティア、魔力貯留器(ピーテル)のことなんだけど」

「シッ。今は黙って私についてきて」


 俺は無言でスティアを追っていった。



 ◇◇◇



 転移の魔方陣に乗り、俺とスティアは司教階へ着く。廊下を足早で進む。スティアは自分の執務室に着くとまずは俺を中へ入らせた。


 ドアを閉めるなりスティアは、


「一体どういうことよ!?」


 と声を上げる。


『司教』モードからの切り替えはいつもながら本当に見事だ。


「まあまあ落ち着きなよ」

「落ち着いていられるわけ無いでしょ! 聖教会の最重要機密に関わることなのよ!」


 スティアの顔からことの深刻さが窺えた。


 俺はティットの名前は出さないように、あくまで噂で耳に挟んだ(てい)で大聖堂に何かが運び込まれていて、それが魔力貯留器(ピーテル)ではないかという話をした。


「はぁ……。ホント嫌になってくる……。だから私は止めとけって言ってたのに」


 ドカッとソファーに座るスティア。


「なあ、その様子だと何か知ってるんだよな? 大聖堂には地脈とかの関係で魔力が集まってくるんだろ? 俺もそれは肌で感じてる。これだけ濃密な魔力が集まってきてるのに、危険をおかしてまで必要以上の魔力を集めるだなんて、聖教会は一体何をしようっていうんだ?」


 正面に回って言った俺の目を見てスティアは視線を逸らした。


「何か、知ってるんだよな? 頼む! 教えてくれ! 俺はただ聖依奈を助けたいだけなんだ」

「……」


 俺の懇願にスティアは何も答えない。ただじっと天井を見上げている。


 俺が更に頼み込もうとした時、スティアは(おもむろ)に立ち上がった。


「ふぅ……。ハハッ」


 と笑ったスティア。



 首にかけたバベルの欠片を手にし、一体何をするのだろうと見ていたら……、欠片を剣に変えて、突然俺に斬りかかってきた。



 ガキンッ!!



 咄嗟(とっさ)に俺もバベルの欠片を剣に変え、スティアの剣を受け止めた。


「お見事。司教におさまって書類仕事に会合ばかりだけど、なかなかやるでしょ? 私だって一応これでもバベルの欠片に選ばれた、れっきとした神門の守護者(ガーディアン)なんだからね」

「ス、スティア……」


 連続して斬りかかってくるスティアの剣を俺は払い続ける。


「いきなりどうしたっていうんだよ!?」


 言いながら俺は確信する。やはり俺は聖教会が隠している何かマズい秘密に首を突っ込んでしまったのだ。スティアの様子が全てを物語っている。


「ハルトの質問はふたつ。『何か知ってるんだよな?』と『教会は一体何をしようっていうんだ?』。前者の答えはイエス。後者の答えはノーよ」


 言いながらスティアはなおも斬りかかってくる。流れるような剣裁きだった。こっちだってバベルの欠片の力を使っているのに剣の早さが目で追いきれない。


「じゃあ……、スティアは何を知っているって言うんだ?」

「聖教会の最上層部が膨大な魔力を集めて何かしている、ということだけよ。それ以上は私は知らない。知ることが出来ない。そして……知ってはいけない」


 剣を払われたスティアが一度俺から距離をとり、続ける。


「ハルトの言う通り、この大聖堂には周辺地域から絶えず魔力が流れ込んでいる。最上位魔法を何発撃ってもお釣りが来るくらいにね。大聖堂を守っている結界のことを考えても有り余る魔力が供給されている。……【炎の矢(フレイム・アロー)】ッ!!」


 スティアは剣による物理攻撃から魔法攻撃へ攻撃パターンを変える。


 バベルの欠片を変じた剣でなら魔法も防げる。しかしスティアの魔法による波状攻撃を次第に(しの)げなくなっていく。コイツ、室内だって分かっているのか。天井、床、壁がどんどん破壊されていく。


 これは、ヤバイな。

 剣で防ぐのはもう限界だ。


 そう思った俺はバベルの欠片を剣から盾に変えて防御に徹する。


 (しばら)く魔法攻撃が続いたがスティアは唐突に攻撃を止め、そして嬉しそうに手をたたいた。


「よく全部防ぎきりました」

「そりゃどうも」

「こうやって無駄に魔力を使うような戦い方をしても直ぐに魔力は回復していく。ここで戦っている限り魔力の節約なんて考えなくていい。どう? スゴいでしょ? 」


 再び剣による攻撃を再開してくるスティア。俺もバベルの欠片を再び剣に変化させて応じる。


「これだけ魔力が濃密な場所にも関わらず、最上層部は秘密裏に魔力を集めている。私もその手伝いはしているんだけど……さッ!!」


 言って放ったスティアのひと振りはまさに神速と言って良かった。さっきまでの攻撃は本気じゃなかったのか。


 反応できなかった俺は壁まで吹き飛ばされた。


「がッは……」


 バベルの欠片の力のお陰で切られてはいなかったが壁に身体を叩きつけられた。欠片の力でもダメージをカバーしきれなかった。激痛で動けない。


「大丈夫?? ごめんね、少しだけ本気出しちゃった。でもでも、ホントは今ので気絶させて終わりにするつもりだったんだけどな」

「ハアハア……。あいにく、諦めが悪い方でさ……」


 立ち上がって俺は剣を構え直す。

 スティアは俺を見つめていた。その姿は素のスティアでもなく、司教としてのスティアでもなかった。


「ハルトさ、悪いこと言わないから、今回のことは忘れよう? 聖依奈ちゃん助ける手段は()()()……」


 そこまで言ってスティアはしまったという顔をしたし、俺はスティアの言葉を聞き逃さなかった。


「聖依奈を助ける手段を知っているんだな?」


 一瞬困ったような顔をしたスティアだったが、この場には似つかわしくない笑顔で「うんッ」と言った。


「まあ、あくまで可能性の話なんだけどね。確かにこの大聖堂には……正確にはこの大聖堂の地下には聖依奈ちゃんが助かる方法があるかもしれない。途方もない程に膨大な魔力を集めて最上層部が何をしようとしているのか、私は知りはしないけど()()()()()()ついてるから」


 スティアも剣を構える。


「でも、だからと言って実際にそれでハルトが聖依奈ちゃんを助けるヒーローになれるかというとそれは違う。『ヒロインを助ける手段がある』というのと、『それを使ってヒロインを助けられる』というのは全く別の話だからッ!」


 床を蹴ったスティアが一瞬で距離をつめてくる。絶え間ない攻撃が襲ってくる。こっちはさっきのダメージが残っている。必死に防いでいたが次第に攻撃をかわしきれなくなっていく。


「クッ……」

「ほら、もう無理しないで降参しなよ! 今だったら何も無かった、見なかったってことにしてあげるからさッ。それで何も問題ないじゃん! 私も及ばずながら聖依奈ちゃんを助ける()()手段がないか、協力は惜しまないからさ!!」


 経験の差か。スティアの方が上手くバベルの欠片の力を使いこなせている。魔力の出力が違った。そしてその出力は身体能力の差になって現れていく。


 次第に俺の身体に傷が増えていく。


 スティアと、今の俺には圧倒的な差があった。たぶん、勝つことは無理だろう。それでも。


「俺は(あきら)めない、(あきら)められない」


 スティアが茶化すように返してきた。


「なーに? 実は聖依奈ちゃんて只の幼馴染みってだけじゃなくてハルトの好きな人……いやいや、実は彼女とか? 王道過ぎる設定にむしろ感動なんですけど!!」


 スティアが放った一撃を俺はかわせなかった。


 また吹き飛ばされた俺は床に倒れる。

 天井を見ながら荒い息をつく。



 別にそんなんじゃない。

 いや、聖依奈は凄く可愛いし性格だって良いし幼馴染みだし、()()()()()良いなって全く考えたことがないと言えば嘘になる。でも自分のちゃんとした気持ちなんてよく分からない。


 それにしても全身が痛い。こんな痛み、向こうの世界でも感じたことがない。


 いっそ、降参して楽になりたいって気持ちもなくはない。もともとそんなに根性がある方でもないし、どっちかっていうと諦めは早い方だ。



 やっぱり自分の気持ちなんて自分が一番分からない。


 それでも、ひとつだけ確かなことがあった。




「聖依奈がいなくなることは、考えられない」


 俺は立ち上がった。

 剣を杖にして。こんなボロボロなのにバベルの欠片は力を失わない。剣を握る手から伝わってくる力が「頑張れ」と言ってくれている、そんな気がした。


「好きとか、そういうのは分からない。でも、小さい頃からずっと側にいたんだ。そんな人がいなくなるのは、俺には無理だ。耐えられない。……そう、これは俺の我が儘だ。自分にとって心地いい生活、世界を守りたいってだけの……」

「ふーん。我が儘ねぇ……」

「頼む! スティア……。力を……、力を貸してくれ!!」


 俺はスティアに頭を下げた。

 動かず、下げ続けた。


 痛みや疲労で意識がはっきりしない。

 しかしここで倒れるわけにはいかない。



 スティアが静かに口を開く。


「はぁ。私も甘いな」

「え」


 次の瞬間。スティアは俺の目の前にいた。


「……ッ」

「【睡魔の誘惑(スリープ)】」


 スティアが唱えたのは恐らく対象を眠らせる魔法だ。強烈な眠気で意識が混濁(こんだく)していく。


 バベルの欠片に守られて大抵の魔法攻撃は無効化できるはずなのに防げなかった。かろうじて保っていた意識が失われていくを感じた。


「バベルの欠片も万能じゃない。特に欠片の力同士で戦うときには欠片の力をより引き出せた方が勝つ。良い勉強になったね」


 全身から力が抜けていき、俺の意識はそこで途絶えた。

お読み頂きありがとうございます!


年度末業務をこなしつつですが何とか更新出来ました。


次回の更新は4月に入ってからになるとは思いますが、出来るだけ早く更新できるよう頑張ります!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  核心に迫るため、聖依奈ちゃんのためとは言え、ハルト君ちょっと軽率だったかもしれませんね。スティアちゃんの立場も危うくする可能性がありそうですし……とは言え判断材料が足りないため致し方ない…
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