5『魔力貯留器』
「よし」
目を覚ますなり俺はベッドから飛び起きる。
毎朝の恒例行事の妹が起こしに来て……というイベントはない。ここは自分の部屋じゃないからだ。今はシンアルの世界にいる。
王都の宿。俺が拠点にしている場所だ。
身支度をしてすぐに部屋を出る。
聖依奈を救う。
そう決めた俺はシンアルの世界に戻って直ぐに情報収集を始めた。
そう。
クエストのクリアのためにはまずは街で情報を集める。RPGの基本中の基本だ。
俺は王都の中心にある酒場、宿、広場……、更には神門の守護者の権力もフル活用し王城でも聞き込みを行った。テンプレに従い、貴重な情報を得られること間違いなしと意気込んで城の地下牢の囚人にまで話を聞きに行った。
しかし。
「おかしい……」
もう陽は落ちて完全に夜だ。
朝から今の今まで必死に王都を歩き回ったのに全くと言って良いほど手がかりが得られなかった。
「質問の仕方が良くなかったのかなぁ……」
聖依奈を助けようにも何から始めれば良いのか分からなかったので、取り敢えず俺はバベルの欠片のことについて何か知らないかと聞いて回った。
どこかで運良く新しいバベルの欠片を見つけられたなら、かりそめの欠片を持つ聖依奈にその欠片を渡せば解決だ。
誰かの口から『これは噂なんだが、今は使われていない廃坑の奥で光る石を見たって奴がいて……』とか都合の良い情報を聞けると期待してたんだけど……。
全然ダメだった。
むしろ俺が神門の守護者だと分かるとやれバベルの欠片を見せてくれだの、やれ困っているから助けてくれだの、こっちの方が話を聞く側になってしまうことが殆んどだった。
「一番良いのはスティアに協力してもらうことなんだけど……」
司教でも上位にいるスティアは相当忙しいようで大聖堂へ行っても会えなかった。
大聖堂へ行ったついでに他に相談できるような神門の守護者はいないか探してみたけどこれも無駄に終わった。
聞けばそもそも王都には神門の守護者が少ないらしい。
それは王都には聖人シータという最高戦力がいるからに他ならない。だから教会は王都には余分な戦力を割いていない。その代わりモンスターが出たり治安が悪かったりする地域に神門の守護者を重点的に配置している。
ダメだ。初日で行き詰まった。
「つ、疲れた……。流石に今日はもう止めにして飯にでもするか」
俺は辺りを見回した。
歩き回っているうちに俺は王都の中心部から離れ、少し寂れた感じの地区に行き着いていた。
寂れたというよりはスラム街と言った方が近いかもしれない。華やかな王都中心部の面影はこの辺りにはない。
どの建物も古びてて住人たちの身なりも貧しそうだった。これならバルパ村の方が生活水準は圧倒的に高い。
「ここなら……まあいいか」
目に入る範囲ではマシに見えた飯屋に俺は入った。建物自体は古かったけど中は良く掃除されている印象だった。
「い、いらっしゃいませ」
そう声をかけて接客してくれたのは獣人の少年だった。
「え」
と、俺は思わず声を漏らしてしまった。
ビクッとした少年が口を開く。
「す、すみません。僕何か失礼なことでも……」
「あ、違う違う。ごめん。ただ獣人が働いているってのがちょっと珍しくてさ」
「ああ。王都の中心部だったらあり得ないですよね。この辺りでも決して多くはないですよ。この店はかなり珍しい方ですね。あの……」
「ん?」
「お客さんは何も言わないんですか? その、獣人風情が働くだなんて、みたいな」
王都では聖教会の教義の影響で獣人たちは忌み嫌われている。王都の中心部では獣人が働くところなんて見たことがないし、あるとしたら奴隷として売買されているような場面だった。
そう言えば……。
俺が国王から貰い受けた獣人たち、無事にリズやツァディーとバルパ村に着いたかな。今考えるとふたりに結構な面倒を押し付けちゃったな。村に帰ったらふたりには謝らないと。
それはさておき、俺は獣人に偏見はない。クラスのケモッ娘大好きの小田君のように偏愛もしてはいないけど、ファンタジー感が満載で大変よろしい。
「いや、全然。俺は気にしないよ」
俺の言葉に少年は驚いた顔をした。
「珍しいですね。特にこの間の獣人たちの暴動があってからは僕たちへの風当たりは強くて……」
「あ」
俺は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。その獣人たちこそ、俺がさっきまで考えていた村へ送った獣人たちのことだったからだ。
暴動を起こした獣人たちのその後のことは公にはされていない。公表されているのは王都の外から来た神門の守護者が暴動を鎮圧したということだけだ。
俺が処刑されるはずの獣人たちを褒美として貰って助けたことは国王や聖教会からも口止めされている。獣人に対する聖教会の教義や国王のスタンスからすれば当然だろう。
暴動を起こしたとはいえ、同族である獣人たちを俺が傷つけたと知ったら目の前の少年にどう思われるか……。
そんなことを思っていた時だった。獣人の少年の目が、俺が首からかけている石に向く。
「それ……、もしかしてバベルの欠片…… 」
俺は一瞬答えに迷った。でもなぜかここは正直に答えた方がいいと思って口を開く。
「ああ。神門の守護者だよ。ついでに言うと、今話に出た暴動を解決したのは俺だよ」
「そう……ですか」
少年は俺をどこか試すような目でじっと見てきた。ある意味で同族の敵でもあるはずなんだけど、敵意とは違った視線だった。
少年が何か口にしようとしたとき、店の奥から声が上がった。
「コラァッ!! 仕事サボってんじゃねえぞ!」
そう言って姿を現したのはガタイの良い女の人だった。大股で近づいてきて獣人の少年をぶん殴った。どうやらこの店の主人のようだ。
獣人の少年は殴られた所を押さえながら踞る。
「油売ってる暇があったらさっさと食器を洗って来な! それが終わったら市場で食材を仕入れてくるんだよ!」
「は、はい! すみせんでした!」
女主人に謝って、俺にも一礼して獣人の少年は店の奥に駆けていった。
女主人が大きくため息を付いた。
「すみませんね。うちの者が飯も出さずに迷惑かけちまって」
「いえ、そんなことは。というか仕事サボらせちゃったのは俺が長話をしたせいでもありますし」
「へぇ。珍しいね。神門の守護者なんだろ、旦那。アイツとの会話が聞こえたんでね。獣人の肩を持つ聖教会の関係者なんて初めて見たよ」
女主人は心底驚いているようだった。
「そんなに珍しいことなんですか?」
「そりゃね。何たって聖教会の教義がそもそも人間以外の存在を認めてないからね。その教義にあてられて国の役人どころか王都の住人だって獣人たちのことは石ころ程度の扱いさ」
そう。
村やベクチアには獣人がいなかったので知らなかったが、この世界では獣人は差別されているようだった。特に聖教会や王国の関係者は露骨に獣人のことを嫌っていた。
「旦那も何だって好き好んでこんな所で飯食ってるんだい? 街の中心に行けば流行ってて、ウチよりも上手い飯を出す店なんていくらでもあるだろうに」
「いや、偶然この辺りに来て。それで、まあ、なんと言うか、この辺ではましそうな店かなと思って」
「そりゃ何よりの褒め言葉だ。ありがとよ」
大きく女は笑った。
「それにしても、殴らなくたって良いんじゃないですか?」
「旦那、いくら神門の守護者と言ってもそりゃご法度だよ。アイツはうちの奴隷、所有物だ。アイツをどうしようとそりゃアタシの勝手ってもんだよ。まあ旦那がお買い上げになるってんなら話は別だけどさ。飯は持ってくるから少し待ってておくれ」
女主人は話を切り上げて店の奥に引っ込んでいこうとした。
「あ、すみません」
「ん?」
「あの、唐突なんですけど……、バベルの欠片について何か知ってることとかありませんか?」
「バベルの欠片って今旦那が首から下げてるそれだろう? 神門の守護者を神門の守護者たらしめる力を与えるっていう話じゃないか」
「ええ。それで、何かこの石について知ってることはありませんか? その、例えば他にバベルの欠片がどこかにある、とか」
「旦那、バベルの欠片を探してるのかい?」
「ええ、まあ……」
「ふぅん。でもバベルの欠片は既に選ばれている人間を選ばない。つまり一人の人間がふたつのバベルの欠片に選ばれることはないって話だけど、何だって……」
「ちょっと訳アリで……」
詳しいことは話せない。我ながら不審さ満載だった。というか何でこんな所で聞いてしまったんだろう。怪しがられるだけな上に流石にこんな所ではまともな情報を得られる可能性はないだろう。軽く後悔した。
「あいにくそんな代物とは縁遠い生活でね。もしどこかに落ちてるっていうなら真っ先に探しに行くよ。ま、それでもその石がアタシみたいな普通の人間を選ぶなんて思わないけどさ。こんな所で聞いて回るんなら聖教会のお偉いさんにでも聞いたらどうだい?」
「ですよね、そうします」
出てきた飯を食べ終わって店を出る。正直、王都の中心で流行ってる値段が高めの店よりも美味かった。また来たいと思えるレベルだった。まあ俺が低レベルのバカ舌なだけかもしれないけど。
宿へ向かって歩き出す。
今日もまた何の手がかりを得ることもなく眠りにつくことになりそうだ。
こうしている間にも聖依奈は危険にさらされている。いつ魔力が暴走するとも限らない。
それなのに無為な時間を過ごすことしか出来ない自分にイラついてくる。裏通りの寂れた道で俺は「クソッ」と声を漏らした。
その時だった。
「神門の守護者様」
小声だけど確かに声がした。俺は声が聞こえた気がした方を振り向く。
普段だったら気づきもしないような細い小道から顔を出していたのはさっきの獣人の少年だった。
こちらへ向かって手を振っている。どうやらこっちへ来いということらしい。
あまり治安の良い場所ではない。俺は念のためバベルの欠片の力を身体に纏わせて少年がいる小道へ入った。
少年は周囲に誰もいないことを確認すると、
「神門の守護者様は、その、……バベルの欠片を探しているんですか?」
と言った。
どうやら店での女主人との会話を聞かれていたらしい。ここで否定するとかえって変だろう。
「ああ、そうだよ」
とだけ答えた。
特になにも期待は無かった。聖教会や王国のそれなりの地位の人間に聞いて回って何も手がかりが得られなかったのだ。この獣人の少年が何かを知っているとは思えなかった。
「あの、役に立つかは分からないんですけど……、その……、聖教会は何か隠しています」
「隠してる?」
「は、はい。その、ボクも詳しくは分からないんですけど、深夜になると大聖堂にある物が大量に運ばれているんです。噂でも聞きますし、実際ボクも何度か見ました。店の買い出しでまだ暗い時間によく外へ出るので」
少年の話はこうだった。
まだ夜が明けない深夜の時間帯。周囲を警戒するような様子で馬車が大聖堂に入っていく。
夜になると大聖堂の門は閉じる。朝までは誰も出入りが出来ない。それは教会関係者であっても例外ではないらしい。にも関わらず月に何度か、荷物を載せた馬車が裏門から大聖堂に入っていくのだという。
「それで、神門の守護者様」
「ハルトでいいよ」
「えっ、いや、でもそんな、畏れ多い……」
「いいんだ。気を使われても困るし」
「分かりました。では、ハルト様。ボク、一度だけ荷物を運んでいる人たちが話しているのを聞いたことがあるんです。冬の寒い日でした。王都では滅多に降らない雪がかなり積もった日だったのでよく覚えているんです。雪のせいで裏門が上手く開かないようで、それで馬車が中に入れずにいたんです。その時、馬車に乗っていた二人組が話していたんです。『聖教会は何だってこんなに魔力貯留器を集めてるんだ』って」
「魔力貯留器?」
「膨大な魔力を込めることが出来る凄く高価なアイテムです。詳しくは知らないんですが幾つかの魔法鉱石を特殊な技法で加工して作るらしいです。高位の魔術師が戦闘中に魔力が尽きることに備えたり、マナが薄い地域での活動に備えたりする為に使われるアイテムなんです」
「へぇ。でもそれが何で聖教会が隠し事をしているって話になるんだ?」
「はい。男たちはこうも言っていました。『魔力が最大限に込められている魔力貯留器を山積みにして運んでるんだ。取り扱いに注意しろだなんて気軽に言うが、いつ中の魔力が暴走して暴発したっておかしくはねぇ。いつまでも続けられる仕事じゃねぇな』って」
そんなアイテムがあるのか。まあバベルの欠片から得られる魔力量を考えると俺には必要ないアイテムかもしれないけど。
「報酬は破格のようですが、危険度は火薬なんかの比じゃないはずです」
実際に少し前から王都や王都の近郊で爆発事件がたまに起こっているらしい。
確証はないけど、もしこの獣人が話していることが本当なら、その爆発事件の積み荷はその魔力貯留器ってアイテムなのかもしれないな。
けれども……。
俺にはまだその話が何故聖教会が何かを隠しているという話に繋がるのかいまいち分からなかった。
その疑問を素直に口にする。
「でもさ、大聖堂にいる聖教会関係者の中には高位の魔術師や神官だってたくさんいるだろう? むしろそういうアイテムが必要そうな感じがするけど」
「その通りです。で、でも、それでもやはり集めている量が尋常じゃないんです。それに、そもそも大聖堂は地脈や街の造りから周辺の魔力が集まってくるようになっているんです。なのでマナの枯渇や不足を心配するなんてあるはずがないんです」
なるほど。
であれば確かに少し怪しくなってくる。ただでさえ魔力は潤沢なはずなのに、危険を犯してまで魔力を限界まで込めたアイテムを集めている。それだけ本来なら不必要なレベルの異常な魔力量を必要としているということだ。
「調べてみる価値はありそうだな」
俺の言葉に少年の表情がぱぁっとはれる。
「ボクの話、お役に立ちましたか?」
「ああ。まだ分からないけど、何かの手がかりにはなるかもしれない」
「良かった……。あ、ボク、そろそろ行きます。またサボってるって怒られちゃうんで」
「助かったよ。このお礼は必ずするよ。あ、そう言えば名前聞いてなかったな」
「は、はい。ティットと言います」
「ありがとう、ティット」
名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、ティットは余計に表情を輝かせて小道の奥へ向かって走っていった。
俺は街の中心部へ戻る。裏通りから大聖堂をぐるりとひと回りして正面の大通りに出た。大聖堂を見上げる。夜なのでやはり門は固く閉ざされている。
魔力貯留器か。
バベルの欠片の話に繋がるかは分からないけど、取り敢えず何とかしてスティアに会って話を聞いてみよう。
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