4『ゲームオーバーになんてさせない』
目を開いて最初に目に入ってきたのは自分の部屋の天井。
このパターンにも慣れた。
シンアルで寝て意識を失うと今まで生きてきたこっちの世界に戻るのだ。そしてこっちの世界で寝ると今度はシンアルの世界で目を覚ます。
数ヶ月続けて慣れたはずのこの異常なパターンをある意味で初めて俺は恐ろしく感じた。
「なんだよ、それ……」
俺は明かりひとつない自分の部屋で呟いた。
本当ならスティアに返すはずだった言葉。
そんな短い言葉すらその場では口に出来なかった。スティアの言葉があまりにも衝撃的過ぎて固まってしまったからだ。
そんな俺を心底心配してくれたスティアは優しかった。「詳しいことはまた説明するから一度宿に戻って今はゆっくり休んで」と言って俺を送り出してくれた。
王都で拠点にしている宿へどうやって戻ったかは覚えていない。気づいたら宿の自分の部屋のベッドに横たわっていて、さらに気づいたらこっちの世界に戻ってきて今に至る。
シンアルで死んだらこっちの世界でも死ぬ。
聞いた瞬間は冗談かと思った。
でも……スティアの目が全く笑っていなかった。
詳しいことはまた改めてとは言ったけど、触りの話はしてくれた。たぶんだけど、スティアの言っていることは本当だ。一方の世界で死んだらもう一方の世界でも死ぬ。冗談かと思った話を真実だと思えるくらい説得力のある話だった。
シリスからも聞いていた、『神門の守護者の間ではもう一方の世界のことは話さない』という不文律のルールもその辺りが関係しているらしい。
そう考えると、俺って実は結構危なかったんじゃないか。いくらバベルの欠片の力があるとは言え、村の内外でモンスターや山賊と戦って、王都では獣人たちと戦闘になり……。たった数ヵ月だけど戦闘シーンは数えきれない。
聖依奈のことはもちろんどうにかする。
ただ……、俺にしてもシンアルで死んだらそれで終わりなのだ。
「いくらバベルの欠片の力あっても……生き残っていけるのか……」
確かにバベルの欠片の力、つまり神門の守護者の力は無敵だ。チートプレイと言ってもいい。勝てない敵はいない。聖依奈、つまりは聖人シータ以外には全くと言って良いほど苦戦はしなかった。
ただ今後、勝てない敵、俺の力を凌駕するような力を持つ敵が現れる可能性はゼロじゃない。そして、そのゼロじゃない可能性はそのまま俺の死に直結する。
俺はそのまま眠れない夜を過ごし、気付けば窓の外から明かりが差し込むような時間になった。
そして、毎朝のことだけどプライベートを完全無視して部屋のドアが勢い良く開かれる。
「お兄ちゃんまた学校遅れ……」
と言いながら入ってきた妹が言葉を途切れさせる。
「あ、あれ……」
「おはよう」
「あ、うん。お、おはよう……」
「ん、どうした?」
「いや、なんかさ、最近お兄ちゃん起きるの早いなって」
今日に関しては起きるのが……というのは正解じゃない。俺は一睡も出来ていない。
「心を入れ替えたんだよ」
「何それウケる。どうせゲームしてて寝落ちして気づいたら朝だったとかなんでしょ」
「ゲーム、か」
そうだな。
ゲームみたいな世界なのは間違いない。
ただひとつ、ゲームと違うのは本当に死んでしまうというところだ。王城や教会に戻るわけでもゲームのスタート画面に戻るわけでもない。セーブポイントからもう一回始めるなんてことももちろん出来ない。
「ふんっ。やっぱりゲームしてたんだね。そんなんだからいつまでも聖依奈ちゃんに心配されるんだよ」
聖依奈という名前を聞いて一瞬ビクッとした。
「え、どうしたの?」
「何でもないよ。それより今日も朝練あるんだろ? 出なくて良いのか?」
「あ、そうだった! 大会近いから朝練の時間も早くなったんだったーッ!」
妹はそう言いがら飛び出していった。
そう。
これが俺の日常だ。
毎朝お節介な妹が部屋まで起こしに来て、幼馴染みの聖依奈と登校の途中で合流し、学校では話が合う陰の属性の友達たちとゲームの話で盛り上がり、帰宅してからはひたすらゲームに入り浸る。
それが俺の日常だ。
リアルな死なんてものとは無縁だったはずのかつての日常だ。
取り敢えず着替えて妹が用意してくれていた朝飯を食べた。そしていつも通り学校へ向かう。
学校での時間はたんたんと過ぎていった。というか体感時間が短かった。
最近はこっちではRADをして、シンアルではゲーム世界のような生活をするのが楽しかったのでひたすら学校が早く終われば良いと思っていた。そういう時の時間の進みの遅さは半端ない。古典の授業のラスト5分は時計の針の進みが異様に遅く感じる。
ただ……。
今日はさすがにシンアルの世界に戻りたくなかった。不思議なもので、そう思ったとたんに学校で過ごす時間の進みが速くなった。
気づいたら放課後だった。
特に部活にも入っていないし下校するしかない。俺はスクールバッグを肩にかけ校門を出る。
これから家に帰る。そして寝る。そうしてまた戻るのだ。あの死と隣り合わせの世界へ。
「陽斗君ー!」
呼ばれて振り向くと聖依奈が駆けてくるのが見えた。一瞬、聖依奈にシンアルの世界での聖人シータの姿が重なって見えた。俺は頭を振った。
そんな俺を少し怪訝そうに聖依奈が見てきた。俺は慌てて取り繕う。
「ど、どうしたんだ聖依奈。そんなに急いで。というか今日は生徒会は?」
「今日はないんだ。最近活動が多かったからたまには休みを作らないとって話になってね。ところでね、陽斗君」
何だか聖依奈が急に改まる。
「何だ?」
「ええとね、陽斗君ってゲーム凄く詳しいよね?」
「まあ、人並みには……」
嘘である。
確かに今現在ハマっているのはRADだし、シンアルのこともあるから全ては網羅出来ていないが、その分、多種多様なゲーム配信で知識は得ている。自分でも若干引くくらいゲームジャンルには詳しい。それでも限界オタクだとは聖依奈に思われたくなかったので人並みなんて言葉が口から出てきてしまった。
「そうだよね、いつもゲームやってるもんね。それでね、陽斗君に頼みがあって」
「また神社の掃除か?」
「違うよ! あのね……、私も何かゲームやってみたいんだ!」
グッと寄せてきた聖依奈の顔は恥ずかしさ半分、真剣さ半分といった感じだった。
聞けば学校の女子の中で密かにゲームがブームになっているらしい。特定のゲームが流行っているというわけではなく、「こんなゲームやってるんだ!」という会話をすること自体が流行っているそうだ。
「だからね、私も周りの話を聞いてたらやってみたくなってきて。それで陽斗君だったら何かおすすめのゲームとか知ってるかなって」
オススメしたいゲームの候補はRADを筆頭に腐るほどあるが正直今はそんな気分じゃなかった。
ゲームよりもゲームらしい世界での俺にも聖依奈にも死の危険が迫っている。
「聖依奈、悪いんだけど……」
俺がそう断りを入れようとしたところで。
「陽斗君、何とかお願いできないかな?」
お得意の手を合わせて見上げてくる聖依奈のお願いポーズだ。相変わらず反則的に可愛い。
けれど……。俺と聖依奈の生死がかかってるんだ。今は他に優先すべきことがある。そんなことをしている場合じゃない。俺はそう思いながら口を開いた。
「ああ。もちろんOKだ。俺の家でいいか?」
「ありがとう陽斗君!」
……。
自分の決意の雑魚さが悲しくなってくる。
◇◇◇
「次! 次はこれやってみたいな!」
珍しくはしゃぐ聖依奈。
下校途中で一緒になってからそのまま俺の家へ向かい、直ぐにゲームを始めた。夜になり、聖依奈が用意してくれた夕飯を挟んでゲームを再開した。
今もソファーに並んで座ってゲームをプレイしている。
取り敢えず色んなジャンルのゲームを試しにやってみて、それで気に入ったジャンルのゲームをやり込めばいいという俺のアドバイスに聖依奈は素直に従った。
反射神経を必要とするような対戦格闘型のゲームには苦戦していたが、シミュレーション型ゲームのような頭を使うジャンルは得意なようで飲みこみが早かった。やはり地頭の良さか……。
横の聖依奈は楽しそうにコントローラーを握り締めて画面に見いっていた。聖依奈はどうやらキャラクターへ拘りがあるようで、人でも人外でも好きなキャラクターを見つけてはネットでそのキャラクターの設定など興味津々に漁っていた。
それにしても、こうやってリビングでゲームをするのは久しぶりだ。最近はRADに時間を極振りしているせいで基本自分の部屋にこもってるからな。
「これ凄く楽しそうなんだけど、どんなゲームなの??」
聖依奈が手にしていたのは協力型のアクションゲームだった。プレイヤー同士が協力して敵を倒したり罠を避けたりしながら進めていく。
俺の説明を聞いて更に乗り気になったらしく早速プレイを始める。
しかし……。
「あー、また落ちちゃった……」
反射神経がそこそこ要求されるこのゲーム。迫り来る敵を倒したり避けたりしながら穴や針などの罠も避けていかなければならない。
聖依奈はその辺りの処理のコツがまだ掴めていないらしい。
「取り敢えず俺が目につく敵は全部引き受けるから聖依奈は罠に集中してなよ」
「ふふ」
「な、なんだよ」
「なんか陽斗君にそういうこと言って貰えるのって久しぶりだなって」
「そうか?」
「そうだよ」
中学校に入った辺りから勉強面をはじめ圧倒的に聖依奈に助けて貰うことの方が多くなった。クラス委員や生徒会の役員なんかも務め、部活でも活躍。その上このルックスだ。聖依奈の方がスクールカーストではるかに上位だった。
「まあ確かに中学入ったくらいから、やるのを忘れてた課題とかテスト対策とかは聖依奈に頼りっぱなしだからな。俺が聖依奈を助けたりなんてことは無かったかもな」
「陽斗君いつも勉強のことは後回しでゲームとかのことばかり優先するからね。でも……」
「でも?」
「小学校の……特に低学年くらいまでは私が陽斗君に助けて貰ってばっかりだったよね」
聖依奈は幼稚園に入るくらいの頃にこの町へ引っ越してきた。
「昔は友達なんて居なかったし、それに自分で言うのも何だけど泣き虫だったしからホント陽斗君に頼りっきりだったなぁ」
それは聖依奈の言う通りだったと思う。
引っ越してきたばかりのこの町で当時の引っ込み思案な聖依奈はなかなか周囲に馴染めず、親同士が友人ということで絡んでいた俺にくっついているばかりだった。でも……。
「それは昔の話だろ。今は友達だって聖依奈の方が多いし、特に成績なんかは比べるのもおこがましい差が……。もう俺に教えられることは何もない」
「何それ」
言って聖依奈は笑った。
「こうやってゲームのこと教えてくれてるじゃない」
「それは、まあ」
でもその程度だ。
今の俺にこっちの世界の聖依奈を助けることなんて出来ないし……、シンアルの世界のシータを救うことも出来ない。
「俺には何も出来ないよ」
シンアルでのことも含めて、俺は絶望的な気持ちでそう口にした。
しかし……。
「ふふっ」
何故か聖依奈は笑った。
「何かおかしいこと言ったか?」
「だってさ……、いつも陽斗君、そう言うからさ」
「いつも?」
「うん。いつも『俺には出来ない』、『俺には無理だ』、そんなこと言っても結局はいつも私のことを助けてくれる……」
少し身を寄せてきて聖依奈は続けた。
「今度も私のこと、助けてくれるんでしょ?」
俺を信頼しきっているような、屈託のない、そして見とれてしまうくらい可愛い笑顔で聖依奈はそう言った。
聖依奈の、たぶん何とも無しに言った言葉。それに聖依奈が言っているのは目の前のゲームの話だ。シンアルのことは関係ない。
それなのに……、俺の中で聖依奈のその言葉が反芻する。
「あれ、どうしたの陽斗君?」
「気にするな。なんでもない……」
まさか本人に向かって可愛すぎる笑顔に心奪われていましたなんて言えない。
……。
そうか。
そうだな。
俺はこの笑顔を守りたい。
我ながら単純だ。可愛い女の子に少しばかり頼りにされたからってな。
俺や聖依奈にとってもうひとつの現実。
シンアル。
モンスターや魔法が存在する、まさにゲームの中のような世界だ。その世界で死んでしまうとこっちの世界でも死んでしまう。本当に最悪な展開だ。
でも……。
上等じゃないか。
完全にゲームのような世界なんだ。
だったらゲームのようにプレイしてやればいい。普段からゲームをしている時だって死なないようにやってるんだ。今回だって同じことだ。
他には取り柄もないし自信もない俺だけどゲームだけは負けない。絶対的な自信がある。クリア出来ないゲームなんて存在しない。
最悪のペナルティーが「本当の死」とかいうクソゲーオブクソゲーだけど、俺にはバベルの欠片の力がある。神門の守護者なんだ。チートプレイが可能なのだ。クソゲーだけど無理ゲーじゃない。十分に勝機はある。
それに……。
俺はちらりと聖依奈を見る。
最後にはヒロインを救って主人公がゲームをクリアする。それが古今東西あらゆるゲームのあるべき姿だ。
自分や聖依奈に死の危険が迫っているというのに、完全にいかれている。まさにゲーム脳だな。本当に自分でも笑えてくる。
「ああ! 死んじゃうッ!」
聖依奈が叫ぶ。
画面の中では聖依奈が操るキャラクターが敵の集中攻撃を受けていた。
俺は思わず笑ってしまった。
「ヒドイよ陽斗君、私こんなに真剣にやっているのに! 笑ってないで助けてよ! このままだとゲームオーバーになっちゃう……」
「大丈夫。ちゃんと俺が助けるからさ。ちょっと待ってろ!」
姿勢を整えて俺はコントローラーを握り締め直す。そして画面の中の敵を片っ端から倒していった。
そう。
聖依奈をこのままゲームオーバーになんてさせない。
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