1『王都で始まるソロプレイと聖女ムーブ』
「じゃあ、あとは頼むなリズ。村長に宜しく。村まで気を付けてな」
「ああ、ハルトも気をつけて。ええと、その、村の守りのこともあるし早く帰ってきてくれると嬉しい」
何故か少し顔を赤らめているリズ。そのリズが乗る馬車がガタガタと揺れる。馬車が動き出したからじゃない。リズの横にいる例のケモッ娘が暴れているからだ。
「待てハルトッ!! アタシも残るぞ! お前には言いたいことが山ほどあるんだ! クソッ、ほどけよこれ!!!!」
このケモッ娘はクゥという名前らしい。城門で助けたあの獣人の少女だ。今朝からずっとこんな調子で暴れているため仕方なく縄で縛っている。
「それにしても……」
「ん?」
「大胆なことをしたものだな。まさか国王を狙って王都を襲った獣人たちを褒美として貰うだなんて……」
リズが呆れたように言った。
王都で騒ぎを起こした獣人たちを俺は国王から褒美として無理やり貰った。国王は最後まで納得のいかない様子だったけど聖人シータの一声で国王も黙るしかなかった。
無事褒美として俺に与えられた獣人。俺は彼らを取り敢えずバルパ村へ送ることにした。
「それにしても獣人たちを連れていってどうするんだ? 奴隷として働かせでもするのか?」
「……」
リズの問いに俺は答えることができない。
まさか「殺されそうな獣人たちのことが可哀想で思考停止で突っ走ったので後の事は何も考えてませんでしたごめんなさい」とか素直に言えるわけがない。
俺は全力で冷静を取り繕う。
「と、取り敢えず俺が戻るまで村で大人しくさせておいてくれ」
「分かった。まあハルトにも何か考えがあるんだろうからな」
「ああ、勿論だ。任せておいてくれ」
任せたぞ。未来の俺。
遠い目をする俺を他所に、
「それにこれだけあれば暫くは大丈夫だろうし」
と言ったリズが見たのは馬車に山積みにされた食料だ。
俺としては獣人たちを助けられればそれでよかったのだが、国王はそれとは別にかなりの額の褒賞金を渡してきた。その金で獣人たちの食料や他に村に入用な品々を買ったんだけど、それでも結構な金が余っている。
恐らく王都を救った功労者に褒美として与えたのが獣人だけ、となるのが国王は気に入らないんだろう。ホント獣人嫌いで体面ばかり気にする国王だ。
まあでもそのお陰で獣人たちの当面の生活費が工面できたわけだからそこは感謝しないと。
「なあ、ハルト」
「ん?」
「本当に一人で王都に残るのか?」
繰り返しこの質問をリズにされている。
聖人シータ、つまりは聖依奈のことを調べないといけない。手がかり何てあるわけがない。
それどころか、あの聖人が聖依奈だという確証があるじゃない。むしろ思いっきり俺の勘違いという可能性だってある。
それでも、何もしないわけにはいかない。
数日前、俺は王都に残ることをリズやツァディーに伝えた。当然激しく反対された。理由を何度も聞かれたけど俺は上手く答えられなかった。聖依奈のことを調べるとなるとシンアルや神門の守護者の秘密にも関わってくる。どうしても一人で行動しなければならなかった。適当な理由を挙げ続けてようやく首を縦に振ってくれたけど納得はしてないみたいだった。
「ああ、ごめんな」
「分かった。まあ獣人らのことも何とかしなきゃいけないし、何より私なんかが神門の守護者に命令できるはずがないし。ハルトにも何か理由があるんだと思う。でも……、これだけは忘れないでくれ。私たちの村にはハルトが必要なんだ」
「リズ……」
「必ず村に戻ってきてくれ」
「分かった。用事を済ませたら直ぐに戻る。村で待っていてくれ」
頷き合う俺とリズ。そんな風にいい感じで話が終わりそうだったが……。
「おい!! 待て! アタシはそんなに物分かり良くないからな! 残るぞ! アタシは残るぞ!!!!」
「大人しくしろ! 私だって本当は残りたいんだぞ!」
「だったらお前も残ればいいだろ!!」
「それが出来たら無理やり諦めたりしてない! クゥも我慢しろ!」
「嫌だ! アタシは残るからなッ!!」
改再度暴れ始めるクゥ。それをリズが必死に抑え込んでいる。
埒が明かないな。よし、ここはリズに任せておこう。
俺は馬車から一歩離れて周囲を見る。馬車の周りには獣人たちがいる。獣人たちはリーダーのガルを中心に大人しく待機している。黒ずくめの装束で王都で対峙したときは殺気だっていたけど今はリラックスした様子だった。
俺が国王に褒美として獣人たちを願い出た時こそ驚いていたが、その後は何も言わずに指示に従ってくれている。
ガルと目が合った。
手をあげてきてくれたので俺も応じる。
クゥのせいで出発が遅れている。獣人たちをあまり待たせるのも悪いし、そろそろクゥを黙らせて出発させないとな。
そう思った俺はクゥに近づく。
そして。
「にゃふッ!!」
俺は暴れるクゥを宥めようと頭……ケモ耳の根本の辺りを撫でた。ビクッとしたクゥが唐突に黙って固まる。
「はいはい。落ち着けよクゥ。ちゃんと用事を片付けて村に戻ったら遊んでや……」
俺は言葉をとぎらせる。何だろう。固まったクゥがワナワナと震えている。
そして俯いていた顔をバッと上げる。
「ま、またお前……そんな所を……。 ダメだ、やっぱりコイツを許すわけにはいかない! アタシも残る……。残るからな!!」
あ、あれ。宥めるはずが何故か逆効果。真っ赤になって再度暴れ狂うクゥ。
ガルをはじめ獣人たちもニヤニヤと意味ありげな視線をこっちに送ってきている。
うーん。これは何かやらかしてしまったのかもしれない……。
なんだか気まずくなってしまった俺はリズを向く。
「じゃあ、リズ。あとのことは宜しく」
「ああ。任せろ」
リズが「出発するぞ」と言うと周囲が慌ただしくなる。
移動を始めようと獣人たちも立ち上がる。
「ハルト様」
ツァディーが声をかけてきた。
「ツァディーも宜しく。こいつらのこと頼むな」
「ええ。ハルト様が国王陛下から与えられた獣人たちは私が責任を持って村にお連れします」
相変わらずの無表情。
そういえば、獣人って聖教会の教義的にアウトなんだよな。
「なあツァディー」
「何でしょうか」
「すごく今更なんだけど獣人たちの事、お願いしちゃって大丈夫だったのか?」
「と言いますと?」
「いやほら、獣人たちって聖教会の教義的に認められてないじゃんか。なのに司祭のツァディーが面倒見ちゃっていいのかなって」
「ああ……」
少し考えるツァディー。
「問題が無いかと言われると、無いとは言いきれませんね」
ですよね。
勢いで村へ獣人たちを連れていくことを決めてツァディーやリズにお願いしたけど、ツァディーの立場も考えないといけなかったな。
ですが、と言ってツァディーが続ける。
「獣人たちの面倒を直接見るのは村長やリズですし、あくまで私は間接的にその助けをするだけだ、と対外的に言っておけば聖教会も大事にはしにくいでしょう。なにより神門の守護者のご意向でもあります。私が為すべきは司祭として最大限ハルト様をお支えすること。お気になさいませんよう」
「ツァディー……」
この優秀ハイスぺ司祭がいるからこそ安心して王都に残れるというものだ。
本当に感謝だ。
「それで、ハルト様」
「うん?」
「やはり、なぜ王都に残りるのかお教え頂けないのですか?」
「あー、それは……まあ……。野暮用というか……」
「無理にお聞きすることは致しませんが、この間のように問題になりそうな行動は慎まれますよう」
「問題になりそうな行動?」
「シータ様とのことです」
先日の獣人の一件の際、問答無用で獣人たちを切り捨てようとした聖人シータ・エスファルトとそれを止めようとした俺は剣を交えた。
ツァディーが来てくれてその場は収まったけど、教皇同様の権力を持ち、神門の守護者の中でも圧倒的な力を持つ聖人とやりあうとか今考えると我ながらなかなか無謀なことをしたもんだ。
「もう何度も申し上げましたが聖人は教皇猊下と並ぶ方です。無理に友好的な関係を築けとは申しませんが、せめて関わり合いになるようなことはなさらないでください」
「も、もちろん。大人しく王都見物とかするだけだからさ」
「本当ですか?」
ジト目で俺を見るツァディー。聖人と関わり合いになるどころか、もしかしたら幼馴染本人であるその聖人をどうにかしようとしているとか口が裂けても言えない。
「信じてくれ。神門の守護者は嘘なんてつかない」
「……。分かりました」
良かった。少しばかり良心が痛んだが取り敢えずこの場は乗り切れたようだ。
「では私たちは一足先にバルパ村へ戻ります。ハルト様もお気をつけて」
ちょうど出発の用意も整っとようで馬車が動き出す。それに合わせて三十人近い獣人たちも動き始めた。
「待てハルト! 私はまだ納得した訳じゃ……」
「お前は大人しくしていろ!!」
「ぐあッ……」
この期に及んでジタバタと暴れ叫ぶクゥ。リズに押さえつけられながらも喚くクゥの声も馬車が遠ざかっていくにつれて徐々に聞こえなくなっていった。
そうして馬車が完全に見えなくなる。
普段はRADをはじめゲームをするときはこよなくソロプレイを愛する俺だけど、考えてみればシンアルでは基本的には誰かと行動を共にしていた。
それは楽しくもあったし、自分の知らない世界で仲間がいることを頼もしく思ったりもしたけだ本来の自分のプレイスタイルとは異なったものだ。
王都で始まるソロプレイ。
確かにこっちの世界のことはまだまだ知らないことばかりだけど、神門の守護者の力があればなんとかなるだろう。
聖依奈のことはもちろん心配だし、それに対して行動しなければならないと真剣に考えてはいる。それでも気になっていた新しいゲームを始めるとき感のワクワク感が無いと言えば真っ赤な嘘になる。
「さあ、新しい冒険の始まりだ」
いったいこの先、俺には何が待ち受けているんだろう。仲間との出会い、新たなる敵の出現。見たこともない武器や道具。もしかしたらピンチに陥って新しいスキルに目覚めたり……。
……。
…………。
………………。
「……ハッ」
「旅立の主人公」感に浸って、更にはこの先の冒険の妄想を膨らませていたがこんなことをしている場合じゃない。
「さて」
俺は一度宿へ戻ることにした。
まずはこれからどうするかを考えなければならない。
◇◇◇
俺がとった宿は街のほぼ中心に位置していた。部屋の窓からはシンアル聖教会の大聖堂が見える。
「ふぅ」
部屋へ戻りソファーに寝転がる。改めて考えてみた。
聖人シータ・エスファルト。
あれはどう考えても諏訪聖依奈、つまり俺の幼なじみだ。証拠はない。ただ、似ているとかいうレベルじゃない。少なくとも俺の中では完全に同一人物だ。話し方なんかは全然違うけれど、声は同じだ。
だが……。
俺は王城での彼女とのやりとりを思い出す。
『聖依奈! 何でお前がこっちに……』
『セイナ? 何を言っているんだ?』
『いや、そんな……。俺だよ! ハルトだよ!!』
『ああ、知っている。同じ神門の守護者として一応名前くらいは覚えている』
『いや、そうじゃなくて……』
『同じ神門の守護者ではあるが私は聖人なんだ。あまり馴れ馴れしくはしないで欲しい。用がないなら失礼する』
と聖人はその場を後にした。
うーん。
寝転がりながら腕組みをする俺。
何となくだけど、直感的に分かる。あれは嘘や演技じゃない。聖依奈は俺を幼馴染みの桐生陽斗とは認識していない。
それでもシータ=諏訪聖依奈という考えに変わりはない。
でも……。
だとすればひとつ疑問がわいていくる。
聖人は神門の守護者の中でも卓越した力を持つ者。つまりは俺と同じ神門の守護者だ。そしてそうであるならバベルの欠片を持ち、ふたつの世界の記憶を共有できることを意味している。
なら俺のことだって普通に分かるはず。
でも、向こうは俺が桐生陽斗だと気付いている様子はない。
よし、ここはひとつ試してみるか。
その日はそのまま宿で眠りについた。
そうして向こうの世界に戻った俺はいつも通り学校に向かう。
その途中、聖依奈を見つける。
学校での用事が無ければ大体同じ時間、同じ場所でこうやって聖依奈と落ち合って一緒に登校する。
俺に気づいた聖依奈が駆け寄ってくる。
「おはよう陽斗君」
「ああ、おはよう」
並んで学校へ向かって歩き始める。
俺は単刀直入に問う。
「聖依奈って聖人だったりする?」
「……。え?」
「いや、きっと聖依奈にも何か事情があって隠しているんだろうけど、俺には正直に話してほしいんだ」
「陽斗君、いきなり何を言って……」
「聖依奈! 確かに俺たちはああやって剣を交えたけど……、俺、聖依奈とは戦いたくないんだ!」
俺は聖依奈の肩をつかむ。
困惑しまくっている聖依奈だったが……。
なぜか凄く優しさに満ちた表情に変わる。
「陽斗君。私はね、何かに熱中して取り組めるって凄く良いことだと思っているんだ」
「え? あ、うん」
「でもね、それでもやっぱりやる過ぎっていうのは良くないと思うんだ」
「……」
「楽しいのは分かるんだけど、ゲームだって休み休みやらないと身体に悪いと思うし、ちゃんと睡眠時間だってとらないといけないよね」
聖依奈が自分の肩に載せられた俺の手を優しく握ってくれる。女の子の手ってこんなにあったかいんだな……って違う!
「聖依奈! 違う! そうじゃない!!」
「うん。私は陽斗君のこと分かっているからね。長い付き合いだもん。無理にゲームを止めさせたりはしないよ。でもたまには家から出て外の空気を吸ってみたりするのも良いと思うんだ」
とても慈愛に満ちた表情で(若干憐みも混じっていると感じる)そう言ってくれる聖依奈。見慣れた顔なのに、どうしよう凄く可愛い……。
これは、そう、
あれだな。聖人っていうか聖女だ。
何だか盛大に勘違いをされてしまったようだけど今の俺は満たされている。聖依奈=シータ説の検証はまた改めてシンアルで頑張ろう。俺は心穏やかに学校へ向かった。
ちなみに、俺が聖依奈の肩をつかみ、聖依奈が俺の手を握るという瞬間は登校中の出来事でもあり多くの生徒に目撃されていた。
後日、一部の過激な聖依奈ファンから襲撃を受けることになった。
お読み頂きありがとうございます!
二章2話は明日12月30日公開予定です。
宜しくお願いします!