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最果ての先のシンアル  作者: 秋真
第一章
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1 『いつもと変わらない朝』

『ピピピ、ピピピ……』



 カーテンの隙間(すきま)から入り込む光で薄く照らされた部屋に目覚まし時計の音が響く。


「んん……」


 いつも置いている辺りをまさぐると手に確かな感触があった。スイッチの場所も指の感覚で分かる。カチッと押すと先ほどまでの不快な音は消えた。


 家を出なければならない時間からはある程度余裕をもってセットしている。ということは、これから更に三十分ほど寝ていたところで何も問題はない。つくづく自分の計画性の高さが恐ろしくなる。


 さあ、この心地よさに全力で身を(ゆだ)ねよう。まだ昨日の疲れだって残っているのだ。何しろ……と、眠りにつこうとしていたのだが……。


 直後。

 部屋のドアがバンッと開いた。週に何度もこんな扱い方をされているせいで金具の調子が最近おかしい。


「お兄ちゃん! また目覚まし時計止めて二度寝しようとしてたでしょ!?」


 ノックもせずに勝手に部屋に入ってきた制服姿の少女。カーテンを開いて、俺を優しく包んでいた布団を勢い良く(めく)る。


「あ、あと五十分……」

「普通そこは『あと五分……』でしょ? 五十分も寝てたら間違いなく遅刻だよ。まだ高校入ったばっかりなのにもう何回遅刻してるの?」


 朝から萎えることを言わないで欲しい。

 遅刻がかさむと欠席扱いになる。まだ一学期だというのにそのせいで欠席の日数がまあまあなことになっている。


 そのヤバさは、まあ自覚している。仕方ない。ここはおとなしく起きてやろう。


 むくりと起きて目を(こす)る。


「やだ……。お兄ちゃんまた髪乾かさないで寝たんでしょ? ひどい寝癖(ねぐせ)。水つけたくらいじゃそれもう無理だよ。シャワー浴びないと!」


 俺は自分の髪に手を伸ばす。確かに鏡で確認するまでもなく凄い跳ね方をしているのが分かる。


 部屋へ不法侵入してきた不届きな少女はタンスからバスタオルを取り出すと俺めがけて投げ付けてきた。


「私、朝練あるからもう行くね! て言うかお兄ちゃん、今朝聖依奈(せいな)ちゃんと約束あるんじゃなかったの? 私はそう聞いてるんだけど」

「ん、そうだっけ……?」

「ヒド……。聖依奈ちゃん可哀想……。神社の掃除手伝って欲しい、出来れば学校行く前に終わらせたいって」


 投げられたバスタオルを手に取りながら記憶を探る。


 言われてみれば確かに昨日、そんなことを言われたような気もする。しかし、それはこっちが食後のゲームに(いそ)しんでいた時の話だ。適当に返事をした記憶がなくもないが詳しいことは覚えていない。「了解」と軽く返したが頭の中では全く別のことに思考を割いていた。


「まあ、言われてみれば」


 俺の言葉に侵入者はジトッとした目を向けてきて大きなため息をついた。


「ホントお兄ちゃんて人の話聞いてないよね……。特にスマホでゲームしてるときはさ。どっちにしても今からじゃ間に合わないよ。ちゃんと後で聖依奈ちゃん謝っておきなよ! 私だって恥ずかしいんだから!」

「はいはい」

「『はい』は一回で……って、わッ、もうこんな時間!! じゃあ私行くね!」


 バタバタという足音が遠ざかっていく。そしてバタンと玄関の戸が閉まる音が聞こえた。


 これが我が家の日常だ。

 朝に極めて弱い兄が、朝に圧倒的な強さを誇り、部活の朝練にも欠かさずに行く出来た妹にたたき起こされる。どこにでも有りそうで実際には少なそうな光景だが、我が家ではこれが日々繰り返されている。

 

 何とも迷惑な話だったが、そのお陰で出席日数はギリギリのペースを保てている。そういう意味ではあの不法行為常習のならず者にも感謝しなければいけないだろう。

 同じ親から生まれ、同じ親に同じ様に育てられてきたというのに何故ここまで属性に差が出来てしまうのだろう。本当に不思議でしかたない。



「しょうがない……、起きるか……」


 再び大きくアクビをして身体を伸ばす。

 そうやって身体に刺激を与えて覚醒しようと思ったが、やはりどうにも疲れた感覚が残っている。充電器に繋ぎっぱなしのスマホでゲームをしていて気付いたら午前二時になっていた。慌ててシャワーを浴びて寝たが、流石にやり過ぎたか……。


 それに眠りが浅かったのもあるかもしれない。ここは今しばらくしっかりと身体を休め、今日一日の学校生活に備えた方がいいだろう。何事も無理はいけない。


 極めて妥当な理由を見つけて二度寝の快楽に浸ろうとする。


 だが、枕の横にあるスマートフォンを目にして脳が覚醒する。眠気は消え去り、思考も視界もクリアになる。


 いやいや、待てよ俺。

 昨日もあれだけやったんだ。ゲームも程々にしないと。たまには早く学校へ行って自習に(いそ)しむのだって悪くないじゃないか。優雅に校舎を見て回るのも良いかもしれない。春に入学したばかりでまだ行ってない所だって沢山ある。



「……おや」


 気付くとスマートフォンを手にして無意識にゲーム画面を立ち上げていた。


 …………。


 そうか。そこまで身体が欲しているのなら仕方がない。これは不可抗力というやつだろう。そもそも我慢は身体に良くない。良くないことはしない方が良い。


 大丈夫。優秀な妹のお陰でまだ時間は余裕だ。更に学校まで走ることも計算に入れれば今から一時間はプレイ出来る。大丈夫。全ては計算通りだ。


 俺はニヤリと笑み、そしてゲームに没頭していった。耳から入ってくるゲーム音楽が本当に心地よい。やはり音楽は大事だ。ゲームのクオリティを大きく左右する。


「おっ」


 一日一回の無料ガチャ。

 今日は引きが良い。欲しかった素材が出てきた。これでアイテムを強化できる。


「素晴らしい! 出足好調! 今日も良い一日になりそうだな」



 高校1年生。

 桐生(きりゅう)陽斗(はると)

 いつもと変わらない朝だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲームの為に頑張る。 ある意味、男子高校生らしい理由ですね。 でも可愛い幼なじみは居る。 王道ですが先が気になる展開です。
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