18 『王との謁見』
王都へ入る城門前でケモッ娘に散々な目にあわされてから数刻。俺たちは改めて馬車に乗り、王城へ向かった。
俺が悶絶するのを見てリズが急いで回復魔法をかけてくれようとした。しかし、油断していたとはいえ、神門の守護者であるにも関わらずケモッ娘の一発に沈んだ恥ずかしさと、あまりにもリズが心配していたのでやせ我慢をして大丈夫だと断った。
そのせいで今もダメージがそのまま残っている。今さらだけど回復魔法をかけてもらえばよかった。
アイツ、本気でやりやがったな……。せっかく助けてやったのに……。
痛みをこらえる俺とリズを乗せた馬車は日暮れの大通りを進み、王都の最奥に位置する王城に近い迎賓館に着いた。
俺たちを迎える用意は万全だったようで、着くなり直ぐに部屋に通された。
「ではお時間になりましたらお迎えに上がります。それまでどうぞごゆるりとおくつろぎ下さい」
俺たちにあてがわれた部屋まで案内してくれたメイドが静かにドアを閉める。ゲームやアニメでは良く目にするが実際にこうして見るのは初めてだ。あれがメイドか。うん、悪くない。そんな感慨に耽っていたが突然リズが駆け出した。
「スゴい! ここからだと街が良く見えるな!」
外のバルコニーに出たリズがそう声を上げる。大袈裟だなと思いながら外に出た俺も思わず声を漏らす。
「うわ……」
リズが興奮するのも分かる。
さすがは王都。
既に日は落ちたというのに街は明るい。
俺たちのいる迎賓館は高台の上にあり王都が良く見渡せた。
そして、その輝くばかりの王都の中心に位置するのが……。
「あれが、大聖堂か」
王都へ入る前に橋から見えたシンアル聖教会の大聖堂。立派な建物だ。周囲の建物と比べても高さがずば抜けている。
それに比べて……。
俺たちがいる迎賓館を挟むようして大聖堂の反対側に王城が見えた。
王城は街の最奥に鎮座している、と言えば聞こえは良いかもしれないが、印象としては「大聖堂に街の中心をとられ、端に追いやられた」という感じがした。
まあ、スティアやシルスから聖教会の方が王国よりも権力があるという話を聞かされていたせいでそう感じるのかもしれないけど。
俺の横でリズは地図と目の前の王都を比べて自分が行きたい店の場所の確認に忙しい。俺はため息混じりに声をかける。
「なあ、リズ」
「なんだ、ハルト。私は今ちょっと忙しいんだ」
俺を見ることなく答えるリズ。覗き込むと地図につけられたチェックの印が馬車で見ていた時より増えている。コイツ、王都滞在中にこれ全部回るつもりなのか……。
再びため息をついた俺は改めて大聖堂を見てシルスが言っていた聖人の話を思い出した。
「聖人、か」
確か名前は……シータ。
聖教会に十人いるという聖人。
その第三席次。
反則級の力を持つ神門の守護者の中でも圧倒的な力を持つという聖人。RADで言えば紺碧の神聖竜みたいなもんか。どんな人なのか興味はあるな。
というか、もしかしてそろそろ呼ばれる頃か。
あれ、そう言えば……、これから俺たちって国王に会うんだよな。ヤバい。何の用意もしてないぞ。
「リズ、俺たちこれから王様と会うんだよな?」
「そうだな。まあ呼ばれたのはハルトだけだけど」
今度は地図から目を離して俺を向くリズ。一通りお目当ての場所の確認が終わったらしい。
「リズは王様について何か知ってるか?」
「そうだな……」
リズは何故か扉の方をチラリと見た。外に誰かいないか気にしているようだった。誰の気配もないのを確認して口を開く。
「今の王様は、前の王様の弟なんだ。前の王様が急逝してな……。即位は三年前。正直評判は良くない。前の王様の時代は地方まで兵士が良く来てくれて治安も良かったし、道や橋の整備も行き届いていたんだけど……」
リズの話では今の王になってから地方の生活がガラリと変わってしまったらしい。それなりに治安が維持されているのは大きな街のみ。税も重くなった。それなのに土木や治水、治安が税に見合って良くなったかと言えばそうでもないらしい。
「それに……、さっき門の所で騒動があっただろ? 獣人に対する締め付けも以前よりかなり厳しくなったんだ。前の王様の時は今より融和的だったんだけどな。今の王様は聖教会の意向ばかり気にしてるから」
「何でそこで聖教会が出てくるんだ?」
「聖教会の教義なんだ。獣人は神の摂理に反する存在だって」
「そうだったんだ。あ、じゃあリズとか村の人も……」
「いや、ほとんどの村人は気にしていないと思う。稀にだが獣人の行商や旅人が村を訪れることもあるしな。私も司祭様から聞いた話だが、気にしてるのは教会の上層部、それも教義に厳格な一部の人たちだけらしい。ただ、王都には大聖堂がある。そして大聖堂内では反獣人派閥が多い。その意向を受けて王都では特に獣人に対する風当たりは厳しい」
なるほど。
橋の上での兵士や通行人たちの獣人へのあの態度はそういうことだったのか。
うーん。
俺としては小田くん程の狂気染みた偏愛ではないもののケモッ娘を愛でる気持ちが生まれてきているので残念で仕方ない。
そんなことを話していたら国王との謁見の時間が来てしまった。
結局、謁見への傾向と対策はリズからは聞けなかった。いわゆる「偉い人」に会ったのなんて小学生の時に作文コンクールで奇跡的に入賞して市長に会ったの以来だ。しかも市長から国王なんだから反則的にハードルが上がっている。
まあ、スティアからは「呼ばれて行くんだから何も気負うことはないのよ」と言われてもいるし気にしなくても大丈夫か。そうだな、教会の方が王国よりも権力が上らしいしここは気楽にいこう。そう思い直して案内されるままに迎賓館から王城へ向かう。
王城への門をくぐり、長い階段と長い廊下を歩かされ、謁見の間への大扉の前に立つ。
扉が開き中へ入ると正装した兵士が左右に並んでいた。気楽にいこうという気持ちから一気に緊張してきたがここまで来たら仕方ない。俺が前へ進むとリズも続いた。
王座が少しずつ近づいてくる。
玉座に座るのは初老の男だった。THE王様。まさにテンプレといった感じだったけどアゴに蓄えた髭は見事だった。あれが聖教会の力が生命線、そして反獣人主義の国王か。
度が過ぎたケモッ娘偏愛の小田くんがこの場にいたら殴りかかっていたかもしれないな。
玉座の近くまで進み俺とリズは一礼する。頭を上げたところで近習が口を開く。馬車で俺たちを迎えに来てくれた人だ。
「陛下。こちらが神門の守護者、ハルト殿でございます」
俺の紹介に国王は大仰に頷き、勢いよく立ち上がった。そして。
「よくぞ参られた、ハルト殿!」
と、両手を広げて歓待の意を示した。王座で威厳を漂わせていた国王が唐突に破顔した。王座から俺のところまで早足で来て手を握ってくる。
「遠路はるばるの来訪、心より歓迎したい!」
「え、あ、はぁ……。どうも……」
「バルパ村での活躍、聞いたぞ。本当に素晴らしい。さすがは神門の守護者だ。これも聖教会が神の御心に敵った存在である証左だろう。そもそも聖教会は……」
国王は聖教会への賛辞を滔々(とうとう)と続ける。ふむ。やはりスティアやシリスが言っていたことは正しいようだ。「聖教会」や「神門の守護者」の力の方が国よりも立場が強い。国王の言葉の端々どころかど真ん中からそれを感じる。
それにしても長い挨拶だな。もしかしたら自分の方が立場が上かも……と思うと国王の言葉も退屈になってくる。式典のありがたい来賓の挨拶を聞いている気分になってきた……。
そんな俺の内心を見透かした訳じゃないだろうけど、陛下、と王の後ろに控えていたあの人が国王に声をかけた。
「そろそろその辺で。晩餐会の用意は整ってございますれば」
ありがとう。
迎えに来てくれたおじさん。
ナイスアシスト。
国王は一瞬不機嫌そうな顔をしたが直ぐに気を取り直す。
「おお、そうであったな! ハルト殿。今宵はハルト殿の王都への来訪を祝って……」
国王がそこまで口にした、その時。
謁見の間の扉が勢いよく開かれ、傷だらけの兵士が駆け込んできた。