17 『橋の上でのひと騒動』
一方の世界では学校に通って帰宅してからはゲーム。もう一方の世界ではスティアによる魔法の特訓。
そんな風に数日過ごしていたら予定通り王都から迎えがやって来た。
ツァディーはベクチアに残った。司祭としてまだベクチアでやらなければならないことがあるらしく、それが終わり次第王都に来ることになった。
「この辺りは全然揺れないんだな」
俺の言葉にリズが頷く。
「大きな街道に出たからな。道も整備されている」
俺とリズを乗せた馬車はベクチアを出て川沿いに進んでいったが山道は揺れが酷かった。ベクチアを出て2日目からは雨が降り始めたこともあって道の状態が悪かった。
ようやく小雨になり晴れ間が見えてきた今朝、ようやく王都が見えてきた。俺たちがいるのはまだ高台で平野に広がる王都が良く見えた。
馬車の外に目をやっていた俺の服の袖をリズが引っ張る。
「そんなことよりも、ほら、ここの通りにはスビテア草を甘味料に使ったお菓子を売っている店があってな! あとはここの店は……」
目を輝かせて王都の地図を広げてはしゃいでいる。完全にキャラが変わっている。普段は割りと凛としているリズだけに新鮮だ。
「リズ、めちゃくちゃテンション高いな。そんな王都行くの楽しみだったのか?」
俺の言葉にハッとしてリズが赤くなる。長い髪で顔を隠すようにした。
「わ、私はただハルトが王都のことを知らないだろうからって思って……」
「ほう。それはどうもありがとう。だけど、確かリズも王都初めてじゃなかったっけ?」
「そ、そうだ! 悪いか!? 仕方ないだろ? 距離もそうだけど、あんな山奥に住んでる小娘がおいそれと行けるような所じゃないんだ」
「まあ、確かに遠いのは遠いよな」
バルパ村からベクチアを経由した今回の俺たちの道程が一番の近道らしいけど、それでも合計すると一週間以上かかっていた。
「遠いのもそうなんだけど……」
「うん?」
「居住民以外の人間が王都に入るには許可が必要なんだ」
「許可?」
「そう。申請しても必ず通る訳じゃない。今回はハルトが王様から呼ばれているんだから何の問題もないけれど」
そうだったのか。シリスは聖教会や神門の守護者の方が王国より立場は上だから気にしないで大丈夫だとか言ってたけど、それなりに敷居が高いんじゃないか……? 何だか急に色々と心配になってきたな。
「そんな顔しなくても大丈夫だって! 何て言ったってハルトは神門の守護者なんだから。あ、そうだ! ほらここが聖教会の王都大聖堂らしいぞ! 観光地としても有名なんだってな!」
リズが地図を指差す。
「大聖堂、か。ステ……司教はよく行くって言ってたな」
「そうか。司祭様からは大聖堂のことは聞いたことがないけど、司教クラスの方ならそうなんだろうな」
大聖堂のことを話していてシリスに聞いた聖人のことを思い出した。
「なあ、リズ。『聖人』って聞いたことあるか?」
「『聖人』って神門の守護者の中から選ばれるっていう人のこと?」
俺はシリスから聞いた聖人の話をリズにした。
「私からしたら神門の守護者っていうだけで凄すぎるのに……。そこまでいくと本当に雲の上の存在だな」
「そうなんだよな」
自分で言うのも変な気がするがバベルの欠片の力を使いこなす神門の守護者というだけで既に異次元の強さだ。さらにその中で選りすぐりだという聖人の強さは想像がつかなかった。
「ハルトならきっと『聖人』にだってなれると思うぞ」
「それは買い被りすぎだと思うぞ」
「そんなことない。ハルトは強い。何度か他の神門の守護者が戦っているのを見たことがあるけど……ハルトの方が強い!」
「お、おう。ありがとう」
ぐわっと身体を寄せてきたリズに真っ直ぐ見詰められる。今までの人生で聖依奈以外の女の子にこんな風に言われたことはない。照れる。まあでも悪い気分じゃない。
馬車は王都を囲む大河にかかる大きな橋を渡り始める。
橋を渡り始めて直ぐに馬車は減速した。王都へ入る大きな門の前に長い列が出来ていたからだ。
俺たちの乗る馬車も列の最後尾に並ぶ。
「この速度なら歩いても同じだな。ハルト、良かったら外に出てみないか?」
「そうだな」
俺とリズは馬車を降りた。王が迎えによこした初老の使者が俺たちをチラッと見たが呼び止めるようなことはしなかった。
俺とリズはゆっくり進む馬車に歩調を合わせて列を進む。
「うわぁ……。凄い……凄いなッ!!」
とリズが跳ねる。
目の前には王都が偉容を誇っていた。街を囲む城壁は高かったが、城壁の中の建物は更にそれよりも高く聳えていた。
リズと同じ様に王都を眺めていた俺の目が止まる。一際高く、立派な建物が見えたからだ。
「あれがたぶん大聖堂だな」
俺の横にならんだリズが地図と見比べる。どうやら間違いなさそうだ。
「観光地にもなってるっていうし流石だな」
「ああ。……なあ、ハルト。あの、大聖堂なんだけど……、よ、夜の景色が凄く綺麗らしくて……。その、良かったら……」
とリズが言った辺りで列の進みが止まる。
「あれ、どうしたんだろう?」
城門の検問所はもう目の前だったが、何か騒ぎが起こっているようだ。
「リズ、行ってみよう!」
「ハ、ハルト! まだ話が……」
俺は検問所へ向けて駆け出した。
検問所の前には人だかりが出来ていた。その合間を縫って進む。人だかりの前に出るとそこではひとりの少女が兵士たちに取り押さえられていた。
「痛いな! 離せよッ!!」
ジタバタと暴れる少女に俺は思わず「えっ」と声を出してしまった。別にその少女が知り合いだったから……とかじゃない。
少女はパッと見には人間そのものだったが、髪の毛の間から生えているケモノ耳、そして尻尾が明らかに普通の人間とは違っていたからだ。
これぞファンタジー。
別に俺はクラスメイトでRAD仲間の小田君の様に猫耳っ娘とかを偏愛している訳じゃないけど、こうして目の前にすると心踊る気持ちは否定できない。
「ああ……獣人か」
若干高揚する俺の横のリズが小声でそう言った。
「獣人?」
「そう。私たちの地域にはあまりいないけど、獣人を含む亜人種はこの国では珍しくない。でも大体は地方に住んでいるから、こんな大きな街、まして王都で見るなんてな……」
俺とリズが話している間、必死に抵抗する少女だったが兵士が手にしていた槍の柄で突くと痛さのためか大人しくなった。
……。
別に正義感が強いわけでもない。どちらかと言うと面倒事には関わりたくないタイプだ。
そんな俺でも見ていて気持ちのいい光景じゃない。
一歩進みかけた俺の腕をリズが掴む。
「ハルト。一応聞くんだけど、何をするつもりだ?」
「決まってるだろ。あの子を助けるんだよ」
リズの手を振りほどく。それでもリズは掴んでくる。
「ダメだ。周りを見ろ」
言われて周囲を見回す。
誰も少女を助けようとは思っていないようだった。それどころか、少女を指差して笑う者もいた。
「……」
「もう分かったと思うけど……、この国では獣人たちの扱いはこうなんだ。私だって助けられるなら助けたいけど……」
リズが悔しそうに言う。
「助けられるなら? いや、助けられるだろ、俺たちなら」
「えッ……あ、ちょ……ハルト!!」
助けられるならってリズは言うけど、俺は神門の守護者。助けられるから助ける。単純にそう思った。
俺は少女と兵士たちに近づいていく。
「ん? なんだ、お前は」
兵士のひとりが俺に気付き向き直る。
「その子、離してあげませんか?」
「あ? 何を言ってるんだ?」
「いや、だって痛がってるじゃありませんか?」
「コイツは王都へ不法に侵入しようとしたんだ。それを取り締まるのが我らの役割だ」
「それはそうかもしれませんけど、取り敢えず話を聞いてあげるくらいは……」
「まさかお前、獣人に肩入れでもしようと言うのか?」
兵士の言葉に周囲から笑いが起こる。
兵士の言葉からはっきりと分かった。不法云々は恐らく関係ない。明らかに獣人だからこんな扱いをしている。
「さあ、もう行け。我らは忙しいんだ。コイツの詮議を続けないといけないし、もし反抗するなら……処分もしないといけないからなッ!」
兵士は槍の柄で少女の背中をドンと突く。
「がはっ……」
少女は苦しげな声を上げ、苦悶の表情を浮かべる。しかし、手足を押さえつけられた少女にはそれくらいの反応しか出来なかった。
それを見た周囲からは更に一段高い笑い声が上がった。
……。
一体、何がそんなに面白いんだろう。
もしかしたらこの子は本当に何か悪いことをしてしまったのかもしれない。
それでも、幼い少女が地面に押さえつけられ、槍で突かれて苦しげな声を出しているのを見て笑う気にはなれなかったし、自分にはそんな趣味はない。
俺はほとんど無意識に兵士の腕を掴んでいた。
「離してあげて下さい」
「貴様……、獣人の味方をする気か!?」
俺に腕を掴まれた兵士が叫ぶ。
兵士たちは俺を囲んで武器を構えた。
「貴様もこの獣人のガキと罪だ。王国に対する反逆者としてここで始末する」
「いや、別に王国に反する気持ちなんて……。そもそも俺は王様に呼……」
「黙れ! 獣人に加担する時点で貴様は罪人だッ!!」
さっきまでは大道芸でも見るようにしていた周囲に緊張が走る。やっかいごとに巻き込まれたくはない、と霧散する。
「何を笑っている?」
「いや、別に……」
周囲から人が居なくなって良かった。これならバベルの欠片の力を使っても巻き込む心配はない。そう思って自然と笑みがこぼれた。
兵士たちがジリジリと近づいくる。
俺はバベルの欠片を握った。
兵士たちが剣で斬りかかってきたり、槍を突き出したりしてくる。
周囲から悲鳴が上がる。
けれど。
遅い。遅すぎる。
バベルの欠片の力で身体強化された俺は兵士たちの攻撃を難なくかわしていく。
「な、なんだコイツは……」
「クソッ、ちょこまかと……」
兵士たちは攻撃を繰り返してくるが俺には届かない。
攻撃を避けながら俺は兵士たちに加減しながら打撃で攻撃を加えた。相手は今までのようなモンスターじゃない。さすがに殺すのはまずい。
手加減はしているものの兵士たちには俺の打撃が相当こたえたらしく次々に倒れていく。
「な、何なんだ貴様は……」
ヨロヨロと立ち上がった兵士が俺を驚愕の表情で見てくる。
ちょうどその時だった。
俺たちを王都まで連れてきてくれた使者がその場に現れた。
「控えよ! こちらはハルト様。王が招請なされた……神門の守護者であられる!」
「ガ、神門の守護者……!?」
兵士たちが青ざめていく。
この様子ならもう大丈夫か。俺はバベルの欠片の力を解除した。
使者が俺の方を向く。
「ハルト様。大変失礼を致しました。 この者たちも王都と王を守らんが為にしたこと……。何卒ご容赦を……」
初老の紳士にここまで頭を下げられると逆にこちらが恐縮してしまう。
「あ、いや、頭を上げてください。俺は全然気にしてないんで……」
「左様でございますか。寛大なる処置、ありがとうございます」
「あ、許す代わりと言っては何ですが……」
地に伏せたままの獣人の少女を見る。
「この子を俺たちの連れってことで王都に入れて貰えませんかね?」
兵士が俺の言葉に色めきたつ。
「お、王都に許可なく獣人を……!?」
周囲の人々も驚いたような顔をする。
うーん。この様子からすると実は結構無茶なお願いをしてしまったのだろうか。だとしたら流石にそれは難しいか……。
しかし。
「畏まりました。ハルト様、その程度で此度の失態をお許し頂けるのであればむしろ有難い限りでございます。関係機関には私の方からお伝え致しますので」
この人、なかなか話が通じる。まあ一応俺が王の客人だから顔を立ててくれただけだろうけど。
使者の言葉に頷いた俺は倒れたままの獣人の少女に駆け寄った。
「なあ、キミ。大丈夫? 立てる?」
と伸ばした俺の手を獣人の少女ははね除けた。ヨロヨロと立ち上がりキッと睨んでくる。
「お、お前、何のつもりだ!? 私は助けてくれなんて一言も……」
と、怒りを露にした少女だったが直ぐに膝をついた。兵士たちにボコボコにされたダメージが大きいらしい。
「無理すんなって。よっと」
俺は少女を抱える。
少女は羽のように軽かった。
ケモッ娘をお姫様抱っこか……。小田君がこの光景を見たら血の涙を流して羨ましがるだろうな。
「は、離せ……。この、やろう……」
と踠く少女だったがその動きは弱々しい。
リズが駆け寄ってくる。
「大丈夫か? 少し待っていろ」
リズが少女に回復薬をかける。兵士たちに付けられた傷がみるみる癒えていく。
周囲の喧騒は次第に収まっていった。城門の前に出来た人だかりが少しずつ門の中へと流れていく。
俺たちもその流れについて行き、ちょっとした広場に出たところで止まった。
同時に大人しくしていた少女が急に暴れ始めた。
「も、もう大丈夫だから離せ! 下ろせッ!」
「ん、ああ、悪い悪い」
俺は少女を下ろして立たせた。目の前の獣人の少女は明らかにこちらを警戒している。
嫌われてしまったのか。
せっかく助けたのに。切ない……。
まあ、それはそれとして。
やはりこの耳……。気になる。こっちの世界に来て魔法やモンスター、様々なアイテムを見聞きしてファンタジー感満載だったが、これもなかなか。
思わず手が伸びる。
「これ、本物なんだよな」
「にゃふッ……!!」
ケモノ耳を撫でたり引っ張ったりするが。本物だ。凄い。まさかこんな風に触れることが出来るとは……。
今までは若干小田君に引いたところもあったがケモッ娘を愛でる気持ちが少し分かってきた。今度小田君にお薦めのケモッ娘キャラクターを聞いてみよう。
「な……」
「ん??」
目の前の獣人の少女は赤くなってワナワナと震えている。
「何するんだよー!!!!」
「ぐはッ……」
少女の拳が俺の腹にめり込む。バベルの欠片の力は切っていた。ノーガードだった俺はモロに拳をくらってそのまま踞る。
「い、痛え……。な、なんだよ、いきなり……」
「いいか! アタシはお前に助けてくれなんて一言も頼んでいない。あれくらいアタシひとりで何とか出来たんだぞ! そ、それに……」
いっそう赤くなるケモッ娘。
「あ、あんな所……触りやがって……」
あんな所だなんて。
俺はただケモノ耳をちょっと触っただけじゃないか。
助けてやったのにこの仕打ちは酷い。
命の恩人であるはずの俺にケモッ娘がトドメとばかりに蹴りを入れてくる。
「ぐあッ……」
「お前の、お前たちの顔覚えたからな! いつかこの恨み晴らすからなッ!!」
と少女は駆け去っていった。
痛みで俺は暫くその場から動けなかった。
ケモッ娘。恐るべし。
シンアルの世界ではケモッ娘は凶暴。
深く心に刻んでおこうと心に決めた。