12 『鉄毛狼掃討戦』
リズの案内で森を進む。
俺とツァディーの先を行くリズが鉄毛狼について説明してくれた。
「鉄毛狼は群れで行動する。そして、ちょうど良い住処を見つけると数年、長ければ10年単位で定住するんだ」
「てことは、どっかよそに行ってくれるのを期待して待ってるだけじゃダメってことか」
「そう。しかもあいつらは一度住処にした場所に凄く執着する。追い払っても生き残りがいればまた同じ所に戻って来て、また繁殖して数を増やしていく」
なるほど。
だとすると、このクエストのミッションはただやみくもに倒すだけではダメだ。殲滅しなければならないということになる。
ん? 待てよ。殲滅しなくちゃいけないとすると俺たち3人だけじゃ戦力的にちょっとキツくないか? 俺の力が鉄毛狼を圧倒するとして、一匹も討ち漏らさないという保証はない。
「なあ、ツァディー」
「何でしょう」
「本当に俺たち3人だけで……」
俺がそこまで言ったところで先頭を歩いていたリズが「しっ」と口に指をあてて振り向いた。
「近い……」
足音を立てずにリズが素早く進み、茂みから向こうの様子を窺う。
リズが来いと指を動かして示す。
俺とツァディーは姿勢を低くして進み、リズと同じ様に茂みに隠れながらその先を覗いた。
「ほら、あそこ」
茂みに隠れたまま、リズは小声で指差した。
リズが指差した先、崖にぽっかりと空いた洞窟があった。そしてその前にいるのが……。
「あいつらが鉄毛狼か……」
洞窟を出て、警戒するように辺りに目を光らせている鉄毛狼が5、6匹いる。
なるほど、確かにあれは固そうだ。あれは毛というより、トゲのある鎧を纏ってるって感じだな。
「で、どうするんだ?」
とツァディーを見る。リズがさっき言っていた通り一網打尽はしなければならない。「早速参りましょう」とか言って俺を連れ出したんだ。何かしら策があるのだろう。
しかし。
「どうする……とは?」
と、ツァディーは表情を変えずに首を傾げる。
「は? いや、ええと、作戦とか……」
俺の言葉に斜め上を見て考えるようにするツァディー。
「なぜ、策など?」
「いや、だってこれからあいつらを倒すんだろ? しかも全滅させなきゃいけないってことだし」
洞窟の外にいるやつらが全部とは考えにくい。洞窟の中にも恐らく仲間がいる。どれくらいの数か分からない。適当に仕掛けたら殲滅は難しくなるだろう。
「ええ、その通りです。では、ハルト様。宜しくお願い致します」
そう言って優雅に一礼するツァディー。
ツァディー、作戦とか無かったんだ……。でも宜しくと言われても一体どうすれば……。
俺は洞窟の方を見ながら作戦を考えてみる。まず近づいて外にいる連中を素早く倒す。その後洞窟の入り口に陣取って出てきた奴らを……自分なりに作戦を考えていたのだが突然ツァディーが立ち上がる。
「ハルト様は慎重な御方なのですね。なるほど。戦いにおいて慎重さは確かに肝要。しかし……、ハルト様におかれてはやはりもっとご自身のお力を知って頂かなくては」
ツァディーはリズの方を向く。
「リズ。矢を放ってください」
その言葉に驚くリズ。
「え、矢を、ですか? でも私の矢くらいでは鉄毛狼にダメージを与えることは……」
「いえいえ。倒すことが目的ではありません。彼らに私たちの存在を知らしめることが目的です」
「でも……」
「心配は要りません。我々には神門の守護者が付いているのですよ。これは聖戦なのです、さあ」
「わ、分かりました!」
茂みから立ち上がり矢をつがえるリズ。
「ちょ、リズ! 待っ……」
俺が止めに入る前にリズが矢を放つ。
50メートルは先にいる鉄毛狼に見事に命中した。さすがはリズだ。
しかし。
カキンッ。
鉄毛狼の毛がリズの矢をはじく。甲高い音が響き、鉄毛狼たちが一斉にその赤く光る目を俺たちの方へ向ける。
『グルルルゥ……』
低いうなり声をあげる鉄毛狼たち。明らかに怒っている。
『ガアァァァーッ』
吠えた鉄毛狼たちが一斉にこっちへ向かって駆け出してきた。
「う、うわぁ! き、来たぁッ!! ツァディー!! どうす……」
振り向いた先にツァディーとリズの姿が……無い!
「な……ッ」
驚いて固まった俺の頭上から声が降ってくる。
薄く微笑んだツァディーが静かに口を開く。
「初陣のお時間です、ハルト様」
悠然と浮いているツァディーにしがみついているリズが暴れている。
「司祭様! ハルトが! ハルトが……!!」
「安心なさい、リズ。あの程度の敵、ハルト様であれば容易く葬ってしまうでしょう。私たちはその勇姿をただ眺めていればいいのです」
魔法の力で浮遊しているツァディーと、そのツァディーにしがみついているリズ。
マジか……。
あのふたり、あんな安全なところに。
突っ込みたいことは山ほどあるが、まずは鉄毛狼を何とかしないと。
向かってくる鉄毛狼を向く。牙をむき出しにして突進してきている。動きが速い。そして何より……、見た目が怖い!
ゲーム画面でならゾンビだろうが何だろうがビビることはないけど、肉眼だとさすがに足がすくむ。この夢のリアルさはこういうときに本当に厄介だ。
「クソ……。やるしかない……ッ」
最悪死んでも夢の中での話だ。叫んでベッドから飛び起きても妹にキレられるくらいだ。大きな問題はない。
そして何より……。
それに、俺にはこれがある。
バベルの欠片を取り出して強く握る。全身に万能感が広がり、目映い光が辺りを照らした。光を発する俺の身体。いずれカッコいい名乗りや台詞を考えるとしよう。
目映さに一瞬目を閉じてしまい、そのせいで鉄毛狼たちの姿を見失う。
「あいつらは!?」
辺りを見回す。
鉄毛狼たちは二手に分かれ、左右から俺を挟み撃ちしようとしていた。尋常じゃないスピードで突進してくる鉄毛狼たち。
既に距離はつめられている。逃げて態勢を立て直すなんて段階じゃない。それなら……攻撃あるのみ!
俺は左から突進してきた鉄毛狼たちに向かって駆け出す。駆けながらバベルの欠片を剣に変形させる。
「ウオォーーーーッ!!」
叫びながら駆ける俺に鉄毛狼たちが飛びかかってくる。
『グガァーーーー!!』
一匹の鉄毛狼へ向けて剣を振るう。リズの矢を弾くような硬度の毛だ。同じ様に剣も弾かれるかもしれない。
そう思った俺だったが次の瞬間の光景に思わず、
「エッ……」
と、声を漏らす。
青く透明な剣は鉄毛狼の身体にすっと食い込むとそのまま容易く真っ二つにした。
グシャ。
地面に落ちた鉄毛狼はピクピクと痙攣して動かなくなった。
「な、何だ、この剣……」
羽のように軽い剣、それでいて信じられないくらいの切れ味。訓練でツァディーが召喚した土の傀儡とは何回も戦っていたけど、本当の戦闘で本物のモンスター相手でもバベルの欠片の力は圧倒的だった。
「す、凄いぞこれは……」
ゲーム開始直後なのにこん棒ではなく伝説の剣を装備している……いや、強くてニューゲームと言っても良いかもしれない。
苦労して成長させていくという過程こそ大事なんだと思っていた俺だけど、深層心理では実は『楽してチート』的な願望があるのかもしれない。やはり自分のことを理解するのが一番難しい。
「ハルト!!」
頭上から聞こえてきたリズの声にハッとする。
残りの鉄毛狼たちが襲ってくる。
仲間を倒され一度は怖じ気づいた様子だったが、仲間を殺られた怒りか、それとも恐れからか、鉄毛狼たちが血眼になって襲いかかってきた。
その速度はさっきまでよりも速い。
それなのに……。
動きが、良く見える。
一挙一動が見てとれる。
難なく攻撃をかわし、その一匹の背に剣を突き立てる。
『グガアァーーッ』
これは、確かにツァディーの言う通りだったかもしれない。さっきまでの恐怖心はない。かわして、倒す。それを繰り返す。
バベルの欠片、か。
凄いな、この力。
この力があれば紺碧の神聖竜を手に入れたRADと同じだ。チートプレイモードだ。リズやツァディーのような可愛い女の子たちに囲まれながら悪をくじき弱きを助け、末長く幸せに暮らしましたみたいな、現実の高校生活では確実絶対に味わえない理想的主人公生活を送れるかもしれない……。
「いいぞ……。これは……いいぞッ!!」
紺碧の神聖竜、そして、バベルの欠片。
幸運を授けてくれた天に感謝を捧げる俺。
神様、本当にありがとうございます。
スクールカーストでも中の中から少し下くらいを極めている俺がこんな体験を……。
「ちょっと! ハルト!! なにぼおっとしてるの!?」
リズの叫び声に我に返る。
そして。
「あ」
仲間の断末魔の叫びを聞いた鉄毛狼が続々と洞窟から出てくる光景が俺の目に入ってきた。
し、しまった! あれだけ討ち漏らさずに殲滅しなければと意識していたのに! 妄想全開で気を取られていた。
まずい……。逃げられる……!!
どうしよう、取り敢えず倒さないと……!
俺は洞窟へ向かって駆け出そうとした。
そこへ……。
「お待ちください、ハルト様」
ツァディーの声に俺は振り向く。
その直後。ツァディーが呪文を唱える。
「【火炎精霊の祝福】」
炎の奔流が俺をかすめて洞窟周辺にいた鉄毛狼をのみ込む。炎は洞窟の中へも入り込んでいった。
鉄毛狼たちが焼き尽くされていく。
「……」
炎に包まれた光景を見て立ち尽くす俺。
ツァディーが横に並ぶ。
「ええと。ツァディーさん。ひとつ宜しいでしょうか?」
「何でしょう、ハルト様」
「最初からツァディーさんが洞窟に向かって今の魔法を使っていれば良かったのでは……」
「それでは洞窟の周辺にいた鉄毛狼を討ち漏らす危険性もありました。それに……」
「それに?」
ツァディーは不適な笑みを浮かべた。
「我らが神門の守護者様の記念すべき初陣に私ごときがでしゃばるなど興ざめでしょう」