11 『村長の依頼』
「よし。今回も問題なく続きから……っぽそうだな」
確認しながら辺りを見回してホッとする。
既に1週間になる。現実世界の自分の部屋で寝たと思ったら今のように村の教会で目を覚ます。そんな日々が続いていた。
魔法にモンスターまでいる世界。夢に決まっているんだけど、ここまで正確に前回の続きを再現されると夢を見ているというよりゲームをしているような感じがしてくる。
夢の中で俺は色々ありながらも基本的には快適に過ごしていた。教会では司祭のツァディーがあれこれと世話をやいてくれている。さらに、なぜか張り合うように村長の娘でもあるリズも色々と良くしてくれていた。
そんな俺がこの1週間夢の中で何をしているかというとバベルの欠片の力を使いこなす訓練だった。教会の裏の敷地でツァディーの指導を受けていた。ツァディーのお陰で自分で言うのも何だけど少しずつ石の力をコントロールできるようになってきている。
現実世界ではスマートフォンでRagnarok of Ancient Dragonsに入り浸り、夢の中ではこの不思議な石の力を使って自分のレベル上げ。両世界共にファンタジー感満載な日々だ。
夢のリアルさには戸惑いつつも、そんな最近の生活をちょっと気に入っていたりもしている。
期末テストとかそういう些末なことは置いておくとして大変充実した日々だ。
そんなことを考えるとドアをノックする音が聞こえてきた。
「おや。もうお目覚めだったのですね。ハルト様、おはようございます」
優雅に一礼するツァディー。
毎日こうやって俺がこっちの世界で起きるタイミングで来てくれる。顔を洗い終わる頃には朝食の準備が終わっている。ツァディーは料理が上手い。しかも俺の好みを聞いてそれに合わせた味付けに調整してくれている。
いいなあ、世話好きの彼女がいるってこんな感じなのかなコンチクショウ。まあ現実世界でもほとんど夕飯は聖依奈が用意してくれてはいるが……。
ツァディーが用意してくれた朝食を食べているとリズが駆け込んできた。
「ハルト! おはよう!!」
「あ、おはよう。リズ」
朝食を口に運ぶ俺を見てリズがガクッと項垂れる。
「ま、また負けた……。今日こそ私が作った朝食を食べてもらおうと思ったのに……ッ」
悔しそうにするリズ。
そんなリズを見てツァディーが口を開く。
「ですからリズ。あなたまでハルト様の朝食を用意する必要はないと何度も申しているでしょう」
「いえいえ。司祭様。司祭様には教会のお仕事もおありで大変でしょう。どうぞハルトのことは私に任せてください」
「何を言っているのですか、リズ。神門の守護者たるハルト様をお世話することは聖教会の大事なお仕事。リズこそ村長をお助けしなければならない身。どうぞそちらに集中なさってください」
「司祭様、ご心配頂きありがとうございます。ですがそれには及びません。ハルトのことは私がしっかりと見させていただきますので」
「ふふ。リズは意地っ張りですね」
「司祭様こそ」
なぜだろう。
向かい合っているリズとツァディーはふたりとも笑顔なのにとてもピリついた空気が辺りに満ちていた。
あ、とリズが思い出したように声を出す。
「そうだ、ハルト! 父が会いたがっているんだ」
「リズのお父さんが?」
リズのお父さんはこの村の村長。そんな人からの頼みごとか。まあ展開的に想像がつかなくもないが。
「じゃあまあちょうど食べ終わったところだし、さっそく……」
立ち上がった俺をリズが無理やり座らせる。
「リズ?」
「なあハルト。私が思うに、ハルトは少し少食過ぎると思うんだ。体だって線が細い。食べ盛りなんだし朝からもっとちゃんと食べた方がいい」
リズは言いながらバスケットの中からサンドイッチを取り出した。
「だから……、な?」
「いや、そんな『な?』とか言われても……むぐッ」
ツァディーが無理やり俺の口にサンドイッチを突っ込んできた。
「どうだ? 味のほうは?」
「お、美味しいよ、リズ」
それは本当の感想だった。リズもリズで料理が上手い。このサンドイッチだって凄く美味しいんだけど流石に胃のキャパが……。
「そうか! なら良かった……。沢山あるから遠慮しないで食べてくれ!」
「……」
結局リズが作ってきた大量のサンドイッチを完食させられた俺。もう今日は何も食べられる気がしない。
朝から発生した強制イベントのフードファイトを何とか終わらせた俺はリズ、ツァディーと一緒に村長の家へと向かった。
リズの家が見えてきた。
俺たちの姿が目に入ったのか、家の前で待っていた男が駆け寄ってくる。あの人がリズのお父さん、つまりこの村の村長だ。
「ハルト様。おはようございます。朝からお呼び立てしてもうしわ……、おや、どうされたのですか、何だかつらそうなお顔ですが……」
「……いえ、お構い無く」
心の中では「お宅のお嬢さんが朝からムチャブリを……」と思いはしたが口には出さなかった。
「そ、そうですか。では、こちらへ」
中へ促された俺は吐き気をこらえながら村長の家に入った。それほど大きくはない村だけど、さすがは村長の家。広い。
客室に通された俺は座るよう勧められ、座ると直ぐにお茶が出された。うん、このお茶、何か良い。限界を超えていた胃が癒される。
「さて、早速で恐縮なのですが、ハルト様にお願いがあるのです」
「お願い……ですか」
部屋には村人の姿が何人か見えた。皆深刻そうな顔をしている。話を聞く前から断れるって雰囲気じゃないだろ、これ。
それにこの後の話の流れは想像がつく。何といっても俺の夢なんだし『駆け出しの主人公が村の長の依頼でモンスター討伐』なんてところだろう。
「ええと、そのお願いというのは?」
「はい。鉄毛狼の討伐をお願いしたいのです」
はい、予想通り。さすが俺の夢。ちゃんとテンプレを押さえている。鉄毛狼がどんなモンスターかは分からないけど。
横に座っているリズが続いて説明する。
「鉄毛狼はこの村の東の洞窟に住み着いてて、もう何年も村の人が被害に遭っているんだ……」
リズの話によると、その鉄毛狼とやらは薬草を採るために山に入った村人を襲い、それだけでなく村までやって来て農作物も食い散らかしているらしい。
「そこまで被害に遭っているなら、村の人たちで狩ったりはしなかったの?」
「私たちの力じゃとても敵わない。すばしっこいだけじゃなく凄く固いんだ。名前の通り全身が鉄の毛で覆われていて……。一番近い街にいる王国の駐屯部隊にも助けを求めたりはしたんだけど……」
村長が頷いてリズに続ける。
「こんな小さな山奥の村のことなど構っていられないようで、自分たちで何とかしろと追い返されたのです」
村長の言葉に村人たちが項垂れる。その様子から村に深刻な被害が出ていることが窺えた。
うーん。
鉄毛狼か。
この1週間でバベルの欠片の力は少しずつ使いこなせるようになってきている。まあほとんどツァディーの言う通りに動いているだけだけど。
「この間、用心棒に雇った冒険者ギルドの連中じゃ全く歯が立たなかったし」
村人のひとりがそう言った。
待て待て。だったら今の俺の力では太刀打ちできないんじゃないだろうか。夢とは言え無理は禁物だ。一瞬ノリで引き受けようかと思ったが、ここは正直にごめんなさいしよう。
「でも、そんなに強いんじゃ俺なんかが行っても……」
俺の言葉にツァディーが、ふっ、と静かに吹き出した。ツァディーが吹き出すとか珍しい。新鮮だ。
口許を押さえたツァディーが「失礼しました」と改まり続けた。
「ハルト様。冗談が過ぎますよ。かりにも私の高位魔法を防ぎ、土の傀儡を真っ二つにした方のお言葉とは思えませんね」
「いや、でも……」
「ハルト様はまだ神門の守護者としての力に目覚められて日も浅いので、ご自身の力が信じられないのも無理からぬことかもしれませんが、どうぞご安心を」
いや、そんな簡単にはご安心出来ない。この夢はとにかくやたらとリアルなのだ。この1週間、ツァディーとの特訓で何度生命の危機を感じたことか……。
躊躇する俺の側にツァディーがやってくる。腕を掴んで俺を立ち上がらせる。
「鉄毛狼など恐るるに足りません。私もお供します。早速参りましょう」
「ええと……。はい」
表情こそ穏やかだが目が反論を許さないツァディーに俺は首を縦に振るしかなかった。