10 『リロード』
昼休みに入り聖依奈が話し掛けてきた。
「ねえ、陽斗君、何だか疲れてない? 授業中もぼぉっとしている様だったし、居眠りもしていたし……」
「ああ、ちょっとな」
聖依奈の言う通り疲労が半端ない。
昨日のやたらとリアルな夢のせいか、全く寝た気がしなかった。
おまけに朝から男子の一団に追い回され校内中を逃げ回っていた。
神社から聖依奈と並んで帰るところを聖依奈ファンの男子に目撃されていたらしく、それを知った連中が校門で待ち構えていて、俺の姿を見るやいなや、『全人類の敵に天誅を』と意味不明な声を上げ追いかけてきた。
そんなこんなで俺は壮絶に疲れていた。
「まったくもう。どうせまた遅くまでゲームやってたんでしょう。ちゃんとしてよね」
いや、ちゃんとするのはお前の方だ。お前のファンのせいでこの有り様なんだぞ。そう心の中で反論した俺は机に突っ伏した。よし。今日はもう昼飯はいいから昼休みは全て睡眠時間にあてよう。お休みなさい。
爆睡しようとした俺の耳元で聖依奈が声を潜めて話す。
「それはそれとして。ねぇ、昨日のことなんだけど……」
「昨日のこと?」
「神社でのこと。ほら、地下の石室」
「ああ」
「誰にも話したりしてないわよね?」
「当たり前だろ。さすがにバレたら洒落にならないからな」
「なら良いけど。それよりも何だか本当に疲れてるみたいだね。もしかして具合でも悪い? 大丈夫?」
「昨日あんまり寝れてなくてさ……。何かやけにリアルな夢を見ちゃってさ……」
そう、やけにリアルなのだ。そして夢だというのに記憶が薄れない。今でもはっきりと思い出せる。
森の中でリズという少女と出会い、矢をぶっ放された。バベルの欠片とかいう不思議な石に選ばれた俺は神門の守護者となり、村ではツァディーというロリ司祭に出会い、そいつには魔法をくらわされた。村で開かれた俺の歓迎会。リズとツァディーふたりして俺に無理やり酒を飲ませ俺はそのまま意識を失い、気付いたら自分の部屋で目を覚ました。
改めて思い起こしてみると、何だか夢というよりは普通に一連の出来事みたいだな。
やけにリアルな夢。
笑われるかと思ったが意外にも聖依奈は真面目に俺の話を聞いていた。
「実はね、私もたまにあるんだよね。何だか現実と区別がつかないようなリアルな夢」
「へぇ、聖依奈もか。俺は昨日が初めてだったけど聖依奈は?」
「私はね、けっこう小さい頃から。定期的にあるんだ、そういうことが」
「て、定期的……。それは大変だな。で、聖依奈が見る夢ってのはどんな内容なんだ?」
「ええとね、覚えてないんだ」
「覚えてない? 『リアルな夢』なんだろ?」
「うん。何て言えばいいのかな。すごくリアルだなって感じはあるんだけど、起きると夢の中の具体的な記憶はほとんどないんだ」
「記憶はないのにリアル……?」
「自分でも何言ってるんだろうとは思うのよ。でもそうなの。まるで現実のことのようにリアルなんだけど、夢の中身を思い出そうとすると全く思い出せないの」
まあむしろそれが本来の夢のあるべき姿だ。どちらかと言うと自分がおかしいのだ。リアル過ぎる夢。そしてまるで本当に自分に起こった出来事のように記憶が色褪せない。
「あ、じゃあ私友達と昼食べてくるから。今夜は良く眠れるといいね」
そう言って聖依奈は教室を出ていった。
俺はそのまま眠ろうとしたが、聖依奈が神社の地下でのことを俺の耳元で囁くというシーンを目撃されていたため、昼休みどころか放課後まで聖依奈のファンに追い回される羽目になった。
◇ ◇ ◇
「自分で言うのも何だけどホントこれ反則級だよなぁ」
寝っ転がってスマートフォンを手にRagnarok of Ancient Dragonsに興じていた俺は恍惚とした表情でそう言った。
やり込み要素が豊富でストーリー自体が面白いのもあるのだが、俺が人一倍のめり込んでいる理由はやはりこれだ。
紺碧の神聖竜。
2週間のイベント期間限定ガチャでしか引き当てられないスーパーレアキャラ。排出は世界で一体。攻略サイトを見ても評価は最上位にして唯一無二のSSSランク。今でも自分の幸運が信じられない。まあ、それと引き換えに失ったものも多いが……。
「チートプレーで気分が良いしぐっすり眠れそうだな」
部屋の電気を消して布団に潜る。
ふと期末テストのことが過った。中間テストでは自分でも引くくらいやらかした。だがしかし、まだ3週間前だ。来週から頑張ろう。
よし。
今宵の安眠を妨げるものは何もない。
流石に今夜はがっつり寝ないとまずい。寝不足な上に今日は朝、昼休み、放課後と校舎の内外を全力で駆け回った。その疲労が蓄積しているにもかかわらず、例によってゲームに熱中し現在午前1時。集中して寝なければ明日はもたないだろう。
布団を被り目を瞑った。疲労のことを考えると、気付いたら朝でしたくらい深く眠りたいけど……。
リズ。
ツァディー。
魔法。
バベルの欠片。
神門の守護者。
主人公に対する扱いは思うところもあるけど、ゲーム的な世界観としては悪くない。むしろ好きな部類だ。
「あれはあれで、けっこう面白そうだったよな……」
次の期から始まるアニメ、来月リリースのゲーム。それらのPVとCMだけを見せられ、実際には視聴やプレーをすることができない。そんな感じの何とももどかしい気分だった。
アニメやゲームだったらただ待っていれば良いんだけど……。
「さすがに夢の続きっていうのはなぁ……」
ゲームみたいに中断したところやセーブポイントからリロードする。そんな風に都合良く見れる夢なんて無いだろう。
それでも。
無いと分かっていても心のどこかで期待してしまっている俺は枕の下に隠してあった例の石を取り出した。
バベルの欠片とは似ても似つかない、地下の石室から持ってきたことを除けば普通過ぎる石だった。
月明かりばかりが照らす部屋で、俺は仰向けになって石を天井に翳す。
何故かバベルの欠片のことを思い出した。ツァディーに言われ、石の力を自分の身体に取り込んだり、石を盾や剣に変えたりして……。まだまだ隠された力だってあるんだろう。
「続き……、やってみたかったな」
似たような設定のアニメかゲームがないか今度探してみよう。石を眺めている内にどんどんと眠気に包まれ意識が遠退いていった。
……。
…………。
………………。
ユサユサ。
ユサユサ。
誰かが俺の身体を揺らしている。
誰かが、とは言ったが犯人は決まっている。
我が部屋に主の許可なく立ち入ってくるのは妹しかいない。
「分かった。起きる……。ちゃんと起きる、あと50分後に……。だからお前は部活行けよ。今日も朝練だろ」
ギリギリまで寝ていたい。
どれくらい眠っていたのかは分からないが、全然眠気がはれた気がしない。
「ブカツ……でございますか。 申し訳ありません。ハルト様。浅学非才の私ではそのブカツへの行き方が分かりません。ご命令とあれば直ちにその地へ赴き、務めを果たして参りますので、まずは行き方を……」
声が妹のものではない。
そして、もちろん妹に自分を様付けで呼ばせるような趣味も持っていない。
俺はバッと布団をはね除けて身体を起こす。
石造りの部屋だった。
決して小さくはない綺麗に整理された部屋。俺が寝ていたのは中1の時から使っているパイプ式のベッドではなく、それより遥かに豪華なベッドだった。
「おはようございます。ハルト様。良くお眠りになられましたか?」
ベッドの傍らに立ってそう俺に言ったのはロリ司祭だった。
何となくだけど周囲の状況を把握して、俺は思わず吹き出してしまった。
「何だよ……。リロードできてんじゃん」
夢の続きを見れる。
そんな夢みたいなことあるんだろうか。
分からないけど、取り敢えず細かいことは置いておいて夢を再開しよう。