プロローグ
「ハルト様! 向こうからもヤツらがッ!!」
知らせに来た村人の顔面は蒼白だった。
敵はゴブリンばかりだ。
一匹一匹の強さは大したことはない。満足な武器すらなく、魔法だって使えない村人とて一対一なら簡単に負けたりはしない。
おまけに奴らの知能は高くない。戦略的に村を襲ってきている訳でもないのだから焦る必要はない。
そう。
焦る必要はない、と自分に言い聞かせる。
そして、落ち着きを装う。
「大丈夫です! 正面からやって来るヤツら以外は大した数じゃない。落ち着いて対処してください!」
「分かりました!」
俺の声に力を得た村人が戻っていく。
それに安堵して息をつく。
そう。
必要以上に恐れる必要はない。大した敵ではないのだ。
しかし、とにかく数が多い。
女子供は避難させ、戦える者で村の入り口を固めているが、ここ最近のモンスターたちの襲撃で村を囲う柵のあちこちは壊れている。
そこから侵入してきたゴブリンたちが村の中で暴れているのだ。
それでも最後には勝つことに間違いはない。
敗けはない。
絶対に。
この力があるのだから。
俺はそれを握り、力を込める。全身が仄かに蒼白く光り、次の瞬間には剣を手にしていた。その剣を振り回しゴブリンを次々に倒していく。
蒼白く、そして透明な剣だった。
羽のように軽い剣。それなのに、自分でも怖くなるほどの切れ味だった。ゴブリンたちの身体、奴らが装備している武器、防具……。その全てが青く透明な剣に容易く切り裂かれていく。
やはり、うん、敗けはない。
周囲の村人たちも着実にゴブリンを仕留めていく。
それでも村人たちの顔は切迫していた。当然だ。自分たちが生まれ育ってきた村が襲われているのだから。
「くそッ。ヤツらあんな所にも……!!」
横の村人の男が忌々(いまいま)しげに吐き捨て、周囲の男たちに声をかけて倒しに向かう。
負けることはない。いや、むしろ圧倒的な勝利は約束されている。それにも関わらず村人たちには悟られないよう俺の顔はひきつらせている。
村人たちと同じく、いや、それ以上の、次々と自分の奥深くから沸き上がってくる危機感を抑えきれない。
そう最後には勝てる。
だが、手間取ればそれだけ村人や村への被害は増える。少しでも早くゴブリンたちを追い払わなくてはならない。
「マズい……」
俺は俯く。
村のあちこちで悲鳴や怒号が飛び交う。怪我をした村人もいるだろう。家を壊されたり家畜を殺された村人だっているかもしれない。
圧倒的な勝利だが、村は無傷では済まない。また他のモンスターの襲撃だってあるかもしれない。
「このままだと……」
勝つだけではダメなのだ。可能な限り村や村人へのダメージが少ない状態で勝たなければならない。
向かってきた大きめのゴブリンを一刀両断した俺は呟く。
「そして……」
何よりも──早く勝たなければならない。
深夜に襲撃を受けて既に相当な時間がたっている。
いずれ夜が明ける。
明るくなれば否が応でも村人たちは被害を目の当たりにする。荒らされた村。田畑が踏み荒らされていれば先々の食料や村の収入にも影響が出てくるかもしれない。
ここで生まれ育ったわけではない俺だって、凄く心が痛む。
だが……。
それよりも切実な問題があった。
これだけ死闘を演じたのだ。
きっと相当な疲労が残るだろう。
疲労は寝て回復させるしかない。こんな風にゴブリンを切り伏せていっている俺だってただの人間なのだ。
未だに何故寝ているだけなのに疲労が残っているのかは分からないが仕方ない。最近の経験からはっきりしている。受け入れるしかないのだ。
明日は日曜。午前中……出来れば十時くらいには起きてやるべきことをやるのだという自分の悲壮なる決意とて、一晩をかけて村を救った疲労には打ち勝てまい。これは不可避な代償なのだ。
結局いつも通り昼過ぎまで寝て過ごすことになりかねない。
「いや……、違う……」
それどころじゃ話は済まない。思い出した。明日の昼の十二時。ハマり過ぎて自分でも最近不安になってきているスマホゲーム。新たなクエストが解放される。運営の不手際のせいか、度重なる延期の末にようやく解放されるクエストだ。
本当に、待ちに待った。
それがたまたま、よりによってこの時期に重なってしまった。
クリアしたい欲求をはね除けて、やらなければならないことに取り組むほど俺は人間が出来てはいない。
「このままだと……」
俺は顔を上げ、憎きゴブリンたちを見据える。美しい村を壊し、そこで慎ましい生活を営む善良な村人を傷つけた。
そして、何より、俺から日曜日の時間をも奪おうとしている。早急にクエストをクリアして課題に取り組まなければならないというのに……。
母親からは次も同じ結果だったらスマートフォンは没収だと言われている。どうせ連絡を取り合うような友人はなく、もちろん彼女だっていない。連絡手段としてのスマートフォンを奪われる。それは大した問題じゃない。
だが……。
ゲームをすることが出来なくなる。
それだけは、許さない。
決して許されてはならない。
「もう、俺には後がないんだ……」
俺は青く輝く透明な剣を構え、そして、力の限り叫んだ。
「次の期末テストこそ、絶対に赤点を回避して見せる!!」
ご無沙汰をしております、秋真です。
「そして、いつか、余白な世界へ」の第四章が終わって、早いものでもう半年になります。
久しぶりの作品の公開、投稿で、まずは忘れてしまっている操作方法を思い出すところから始めなければ……。
少なからず緊張……。
少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。
どうぞ宜しくお願い致します!