第七話 村田和夫4
4月の中旬、桜が散りはじめている。この頃はバイクに乗るには丁度いい気温だ。約束の11時まであと10分、少し遅れてしまうなと和夫は思う。街を抜け、海の近くまで来ると一気に道路の道幅が広くなる。目前で光る海面を眺めながら、なかなか変わらない信号を待つ。すると、背後から黄色いクロスカブが迫ってきて斜め右後ろに止まった。
「ナギさんですか?」
フルフェイスのヘルメットのシールドを開けて、声を掛ける。クロスカブに跨った女性はビクっと驚いた様子でこちらを見た。彼女は今流行のミラーシールドのヘルメットを被っており、顔を見ることができない。ただ、動揺した様子で手をバタつかせていたが、返事はない。信号が変わると、かなり車間距離を開けて彼女もついてきた。警戒させてしまった、と和夫は自身の行動を反省した。もしかしたら、ナギさんでないのかも知れない。
しばらくして、海浜公園の駐車場に到着した。最終的に目的地が同じだったようで彼女もここまでついてきて一つ開けて右に停車した。エンジンを止めて声をかける。
「ナギさんですか?」
ヘルメットを脱ぐと、丸顔でまつ毛の長い、幼な顔の女性が現れた。低い位置で髪を結んだポニーテールをしており、プロフィール写真とは少し雰囲気が違うが、本人に違いない。
「ナギと申します。カズさんでしょうか?」
天真爛漫な子が来ると思っていたので、緊張気味にぎこちない話し方をする彼女に思わず笑ってしまう。和夫もヘルメットを脱ぎ、バイクから降りて挨拶をする。
「カズです。本名は村田和夫って言います。もっと破天荒な子なのかなと思ってました。」
笑いながら、そう言うと彼女は少し頬を膨らましながらも安心した様子を見せた。
「失礼ですね!私はおしとやかなレディーですよ。あ、本名は山村渚って言います。」
「これは失礼しました。渚さん。改めてよろしくお願いします」
そうして二人は、あてもなく海岸に向かって歩みを進めた。