第一話 村田和夫1
「お疲れ様です」
周囲に聞こえるか聞こえないかという程度の声で職場を後にし、早歩きで駐車場に向かう。半年ほど前に新車で買ったアルトワークス。車体はいつもピカピカに磨きあげられている。車に乗り込み、いつもの帰り道を走る。村田和夫はつまらない男だ。仕事に情熱があるわけでもないし、休日に遊ぶほど親しい友人もいない。職場ではそれなりにコミュニケーションを取れるが、他人に深入りはしないし、深入りしてくる人間もいない。
「明日は、土曜か」
なんて呟きながら、休日にやりたいことを考えてみる。行動するのが億劫で結局は何もしないのがいつものオチだ。自宅のアパートに着くと、和夫の駐車スペースで若い女が屈んで何かを探しているようだった。
「どうかしたんですか?」
車を降りて、声をかける。慌てて女は立ち上がってこちらを向いた。
「あ、すみません。実はピアスを落としてしまって。」
申し訳なさそうにうつむく彼女は、背が高くスタイルが良い。今風に巻いた長い髪、淡色のニットにロングスカート、全てが彼女に似合っていた。和夫は思わず、鼓動が高鳴るのを抑えて、冷静を装った。
「僕も探しますよ」
程なくしてピアスは見つかった。ハートの中心にルビーが埋め込まれた小ぶりのピアスだ。
「ありがとうございます。ほんと助かりました!」
彼女は感謝を述べると右耳にピアスをつけながら、急いだ様子で駐車場を去っていった。つかの間の非日常が終わり、和夫は我に帰る。バックで駐車を完了すると、目の前に赤のN-oneが止まった。乗っているのは彼女だ。彼女は目が合うと笑顔でこちらに会釈をし、その場を後にした。
「俺、顔赤くなってないかな…」
和夫は久々の胸の高まりをしばらく感じていた。