【コミカライズ】私は『聖女』として生きてきましたが、本物の『聖女』は妹らしい。
「本当の『聖女』はお前ではなく、イレーリーだ」
私、アデライナ・シドランヌはシドランヌ公爵家の長女である。
もう亡くなった祖母譲りの黒髪黒目を持ち、『黒薔薇の聖女』と呼ばれている『聖女』だ。……いや、だったというべきだろうか。
目の前にいるのは、私の婚約者であるはずの王太子、ヴェライズ様。美しい金色の髪と、青い瞳にいつもほれぼれしていた。……そしてその腕の中にいるのは、私の一つ下の妹であるイレーリー。イレーリーは明るい桃色の髪と、青い瞳の庇護欲を感じさせる少女である。
私は正直言って、昔からこの妹のことはそこまで好きではない。
そして今の現状も、正直言って私にはいまいち理解不能である。私は次期王妃として政務に励んでいた。そして政務から帰ってくると、二人が抱き合っていたわけである。
普通に考えて不貞行為や浮気としか言いようがない。
しかし言葉を発しようとした私に対して言われた言葉がそれである。
……イレーリーが『聖女』であるという言葉に関しては完全に寝耳に水なので、とりあえず話を聞いてみることにする。
何だか被害者ぶって涙ぐんでいるイレーリーに少し、イラッと来る。しかしこの妹に色々言っても私が悪者になるだけなので、一旦文句は言わないことにする。
「だって……お姉様は『聖女』になりたいって言ってたもの。『聖女』になれなかったらお姉様が可哀そうだと思って……」
理由を口にしたイレーリーに、思わずため息を吐きたくなった。
ここで私の家庭事情について説明しよう。
私はシドランヌ公爵家の長女として産まれたわけだが、正直私と見た目が似ている祖母を苦手としていた両親は、私の見た目から私の事を腫物を扱うような態度をしていた。私が可愛げがなかったからというのもあるかもしれない。
逆に愛らしい見た目のお母様に似ている妹は、散々甘やかされていた。妹が可愛ければ可愛い程、私が自分の子供のように思えないらしい。
……というか、普通に考えてお父様の血を継いでいるからこそ祖母に見た目が似ているのにそういうことを言われてもってしか思えない。
昔はとても悲しかった。それに甘やかされるのを当たり前にしている妹と喧嘩もしたりもした。ただそれをすればするほど、私は悪者のようにされていた。
幼い頃、私は『聖女』に関する絵本を読んで、『聖女』という立場に憧れていた。『聖女』になりたいというその願望を私は口にしていたのは、『聖女』の物語に憧れていたから。
一人で生きてきたその『聖女』が、王子様と出会い幸せになる物語。それに憧れていて、王太子であるヴェライズ様にもすぐに好意を抱いた。
私が『聖女』だと判明してから、私の人生は大きく変わった。
両親は私に対して相変わらず距離をおいていたけれど、邪険にすることもなくなった。交流関係も広がって、色々と大変なこともあったけれどヴェライズ様の婚約者にもなれて、私は充実した日々を送っていた。
王城に住まうようになって、実家に帰ることもほぼなくなって……。
そして、少しずつ『聖女』としても、王妃としても認められてきていた。
なのだけど、もうすぐヴェライズ様と結婚式をあげるという時になってこんな騒動である。
「だから、私お姉様が可愛そうで……、『聖女』としての力をお姉様に貸していたの」
というかかわいそうってなに?
人によってはそういう言葉をかけられて、嬉しいって思うかもしれないけれど、私は正直嫌だった。
というか、かわいそうって言葉は妹が私を下に見ているからこその言葉だと思う。
「……それで?」
「ひっ、お姉様。そんな風に睨まないで。私、お姉様の幸せのためならって思っていたの。でも……私はこんな風に偽っていては駄目だって思って。……それに、私はヴェライズ様を愛してしまったの」
幸せのためにって勝手に私に『聖女』の力を貸していたなら、最後まで言わずに貸しとけよ。
……などと口が悪いことを私は思ってしまった。
正直言って、この世の中に優しい嘘や、嘘を吐いた方が幸せなことはあると思う。けれど、その幸せは最後まで隠し通してこそだと思う。
あと勝手に私の同意も得ずに、私に『聖女』の力を貸しておいて、偽ったままが駄目だと思ったとか、ヴェライズ様に惚れてしまったとか。
馬鹿らしいというか、私の事を馬鹿にしているというか……。両親からもよくされていない私は、両親から与えられてばかりの妹からしてみれば何かを恵んであげる相手だったのだろう。
そういうところが、本当に……好きではない。
大体、自分勝手にそういうことをしておきながら、涙ぐんでいるのに呆れる私がおかしいのだろうか。
……だって周りの人たちは、「なんて優しい『聖女』様なんだ」「心まで『聖女』様のようだ」なんて言っているし。
それと何でこういうことを人が沢山いる場でやってしまうわけ??
そして妹が勝手にやったとはいえ、私は偽物の『聖女』みたいな立ち位置になるわけだけど……私の今後のことは相変わらず考えてないのね。
私のことを思うのならば、秘密裏にそういうことをするとか出来なかったの?
ヴェライズ様は庇うように妹を抱きしめて、私を睨んでいる。
私と結婚出来て嬉しいってこの前まで言ってなかったかしら? 正直、ヴェライズ様に恋していた私はショックである。でもこの状況では、私はヴェライズ様と結婚出来ないだろうというのは分かった。
「アデライナ。俺はイレーリーと結婚する。イレーリーはお前のことを思ってお前に『聖女』の力を貸していた。しかしお前が享受していた『聖女』の地位も、『聖女』の力も全て元はイレーリーのものだ。これは本来あるべき姿に戻るだけだ。イレーリーを恨まないでくれ」
「はぁ……」
ヴェライズ様の言葉に、私、何でこの人のことが好きだったんだっけ? とそんな気持ちになった。
この状況だと、私が妹に色々言いたいことがあるのは当然では? 勝手に私に同意なしに力を貸していて、いざ、これから王妃になるぞってところで「やっぱり私が『聖女』」って自分勝手では?
それにその物言いって、私がイレーリーを恨んで何かしでかすって思われている?
文句は言いたいけれど、そこまで警戒されるようなことはしないわよ。
というか、あるべき姿に戻るだけって浮気の言い訳では? 思いっきり抱きしめていて、恋人オーラ出しているし。私との婚約はいつの間に解消されたんだろうって思っていたら、「父上の承認の元、婚約者はイレーリーになっている」って答えが返ってきた。
いやいや、事後報告?
今まで『聖女』として、次期王妃として国の為に尽力を尽くしてきた私の意見は何一つ無視なのね。
寧ろこれはあれなのかな。
『聖女』であると思われていたからこそ、私に対して周りは優しくて、そういう態度をしていただけってことか。『聖女』ではなかった私の意見なんて聞く価値もないと思われているのか。
『聖女』という地位だけが、私の全てだと言われているようで何だか胸が痛んだ。
そんな私に妹とヴェライズ様は追い打ちをかけてくる。
「お姉様……ごめんなさい。でも私はお姉様のことが大好きです」
「はぁ……」
「優しいイレーリーは、お前が本物の『聖女』じゃなくても『聖女』の侍女として傍においてくれるといっているんだ。『聖女』ではないお前は行き場がないだろうからな! なんて優しいんだろうか」
「はぁ……そうですか」
元婚約者を、現婚約者の侍女にしようとするなんて鬼畜的行為では?
本当に私なんで、この人のこと好きだったんだろう。好きで好きで、振り向いてほしくて仕方がなかった。でも私だけがそういう熱を持っていただけで、ヴェライズ様は私が『聖女』だから相手にしていただけなのだろう。
というか、言い方酷くない?
私には『聖女』としての価値しかなく、『聖女』ではない私に行き場はないって。そんな断言をするなんて。私の意見は無視ですか?
え、待って。
私が仮にさ、此処で嫌な気持ちを感じながらも色々言われるの面倒だって頷いた場合さ。
ヴェライズ様と、妹のいちゃいちゃを見続けるわけ?
そして私が望んでもいないのに『聖女』の力を押し付けられてきたので、『聖女』の力を借りていた偽物の『聖女』みたいに見られるわけでしょう。
そしてどうせ、妹が泣けば「優しい『聖女』様」とか、「あんな妹がいて羨ましい」とか言われ続けるわけでしょう?
……うん、無理。
絶対に嫌だ。
私は割と、妹に何か言うと悪者扱いされるからって言わないようにしていた。
でも流石にここで頷いてしまうと、私の人生が詰む。妹とヴェライズ様からしてみれば、私のことを国内に留めて、仕事を与えるのは優しい善意からの行動らしい。でも私は嫌だ。
というわけで、散々「心優しいイレーリーの申し出を断るとは」とか、「イレーリーが泣いているぞ」とか、「イレーリーの言葉を聞かないなんて勘当だ」なんて言われたけど、うん、余裕で他国に出たよね。
だってあのままじゃ、搾取されるだけにしか見えなかった。そしてイレーリーに『聖女』という地位まで与えられていたと思った私のプライドはズタズタで、何だか色んな意味で吹っ切れたのだ。
*
「アデライナ!!」
「……また来たの? 王族の癖に、暇人ね」
そして『聖女』という地位を妹から貸し与えられていたことをしった私は今、祖国から幾つか国をはさんだ先の、ユバン帝国にやってきている。
来る者拒まずな大きな帝国。
その帝国で薬師の仕事を私はしている。
『聖女』としての力は妹から貸し与えられていたものだったけれど……、それ以外のものに関しては私が努力で身に付けた技量だった。調合などの技術も、『聖女』として魔物退治に行く時に役に立った。
というか、今思えば私の『聖女』としての力は貸し与えられていたものだったので思ったように使えなかったのだろう。だからこそ、『聖女』としての力以外にも私は役に立とうと色々学んだ。
王妃教育だって、一生懸命に頑張った。
結局、上手くいかなかったけど。
それでユバン帝国で過ごしている私の元へよくこの国の第三皇子がやってくる。
……この第三皇子の、ジェラーデ殿下は昔私の祖国に来たことがあったらしく、そこで私とも面識があったんだとか。
「だってアデライナに振り向いて欲しいもん!」
「……はいはい」
そしてこのジェラーデ殿下、何故だか私に惚れているらしかった。
正直ヴェライズ様とああいう終わり方をしたので、誰かと恋をするなんて考えてもいなかった。
最初に「結婚してほしい」なんて言われた時は、冗談かと思ったわ。
冗談かと思って、「私は権力者と結婚はしたくない」って言ったら、本気で継承権放棄しようとしていたので慌てて止めた。いや、だって冗談だと思ったもの。こういったら諦めると思ったのに、此処にたどり着いて一年、ずっとこんな調子なのよね。
……正直嬉しくないわけではないけれど、うん、なんて表現したらいいかもわからないけれど、私は誰かとそういう仲になることを怖がっているんだと思う。
『聖女』という価値がなければ、私はすぐにその築いてきたものを失った。今の私は『聖女』として此処にはいないけれど、それでも――また同じようなことがあったらと思うと、正直その手を取るのが不安になっている。
「ねぇねぇ、アデライナ。そう言えば君の祖国の話聞いた?」
ジェラーデ殿下は、人懐っこい笑みを浮かべて笑いかける。
ジェラーデ殿下は、薄水色の髪の、可愛い見た目をした少年だ。私よりも一つ下で、妹と同じ年のはず。
「何の話?」
「結構大変みたいだよ。――君が、『黒薔薇の聖女』がいなくなった弊害だね」
「……『聖女』としての力がある妹が残っているのだから、何も問題ないでしょう」
「はは、それは過小評価だよ。アデライナの『黒薔薇の聖女』の価値は、『聖女』であることだけじゃない。というか、そういうのを抜きにしてもアデライナはとても綺麗だし!」
「……はいはい」
「アデライナ。照れてるね。可愛いなぁー」
「やめなさい!」
「えー? でもアデライナがいったじゃん。『私が欲しいなら、私を惚れさせなさい』って。だから口説いているんだよ?」
「いや、それは……ちょっとその場の勢いというか」
そう、そういうちょっと恥ずかしいことを私は口にしてしまっていたのだ。
だってヴェライズ様に対して私は、押せ押せな状態だった。好きだったから、好きになってほしいって沢山声をかけて、ヴェライズ様の望む通りに動いていた。けれど、それで駄目だったのだ。
そういう恋には疲れたので、逆がいいなと思った。
そして思わず口にした惚れさせなさいって言葉。
それを真に受けて、ジェラーデ殿下は、私に向かって口説いてくる。
それにしても、祖国で大変になっているってなんだろう……? 本物の『聖女』である妹がいるからどうにでもなるのでは。
まぁ、私には何も関係ないか。
そんな風に思っていたのだけど……、驚くべきことに祖国からやってくる者がいた。
「アデライナ・シドランヌ! 偽物の『聖女』である貴方に王太子殿下は慈悲を与えることにしたのだ。貴方を側妃として受け入れてくれると言うのだ。今すぐ、共に来るがいい」
「頭わいているの?」
やってきた騎士の言葉に、私は思わずといったようにつぶやく。
ちなみに祖国の者たちは、私が『聖女』ではないと発覚した時もそうだが、空気が読めないのか人が周りに沢山いてもこういうことをやらかす。ただ前と違うのは、周りにいるのが、あの場の様に同調する人たちだけじゃないこと。
薬師として働く私の客たちは、何を言っているんだ? という目で、彼らを見ている。
私が思わず呆れたように言い返したのは、『聖女』ではなくなり、この場所で自由に生きているからだろう。あの国ではこういう反論はしにくかった。
「なっ――。何を言う! 慈悲を与えてくれるというのに……」
「そんなものは慈悲ではないわ。私はこの場所で楽しく生きているもの。どうして戻らなければならないの? しかもどうして元婚約者の側妃なんて立場にならなければならないの? 意味分かんない」
うん、改めて考えてみても意味が分からない。
何でそれこそが幸せだとでもいう風に、そんなことを言うのだろうか。何処が慈悲なのか。
というか、これってジェラーデ殿下が言っていた言葉と関係あるのかな?
「貴様! こちらが下手に出ていれば――」
「はい。ストップ」
……というか、他国で好き勝手しようとしているとか、私の祖国の騎士たちヤバいと思う。
確かに祖国も大国といえば大国だけど、ユバン帝国の方が大国なんだけれど……。
ジェラーデ殿下が騎士を制止したわけだけど、王族って気づかずに罵声を浴びせていた。その結果、ユバン帝国の騎士達に連れていかれていた。
「……結局、アレ、なんだったんだろう」
「アデライナの妹は『聖女』としての仕事しかしていなくて、加えて現実が見えていない面が多いみたいだからね」
騎士達が連れていかれた後、私のつぶやきに答えたのはジェラーデ殿下だった。
「『聖女』なんだから、『聖女』としての仕事をしていたらいいんじゃないの?」
「『黒薔薇の聖女』と呼ばれていたアデライナの働きと比べたら、全然仕事していないのでは? って疑惑が出ていたんだよ。アデライナは『聖女』として誰かを癒すことだけじゃなくて、他のことも沢山やっていたでしょ。あのアデライナの妹は『聖女』としての仕事しかしていなくて、加えて戦場とかには野蛮だから行きたくないって」
「……『聖女』がいるのといないのとで、魔物退治もまた違うのだけど。というかヴェライズ様は私のことは散々魔物退治に行かせたくせに、妹は行きたくないって言えば行かせないのね……」
私、ヴェライズ様に愛されていなかったんだなと思った。
何だか何とも言えない気持ちになった。
「あとは貧民たちの前で『かわいそうに』って泣くばかりで、これといって現実的な対策をしなかったり、あとは全員にお金をあげればいいみたいなそういう対応をしていたみたいだ。普通に考えて全員に対して救いたいと言ったところで、全員の生活を保障する財源は何処から来るのかって話になるけど……そういうのは考えられないらしい」
「あー……妹は勉強嫌いだもの」
「それにその人にとって大切にしているものを勝手に捨てようとしたりとか、ゴミ扱いしたりとか、まぁ、自分の価値観しか考えていない夢見がちな少女の妄言だね」
「……何でジェラーデ殿下、そこまで詳しいの?」
「アデライナの故郷だから。それにアデライナをこけにしたところだし、情報は集めてるんだ」
「そう……」
それにしても妹らしい。
あの妹はそういう性格をしている。自分の価値観を何よりも大切にしていて、絶対的で、周りの意見はあまりきかない。本人は善意でやっているので性質が悪い。
かわいそうと泣くだけでは、人のお腹は膨れない。そして現実はどうにもならない。……というのを多分、妹は本気で知らなかったのだろうと思う。
両親や周りに甘やかされて育った弊害なのかもしれない。
「それで王妃としての仕事をアデライナにやらせようとしたみたい」
「……やっぱり頭わいている?」
「そうかもね。普通の神経はしてないでしょ。でも安心して。アデライナ。あいつらが強行しようとしても、俺がどうにかするから」
「うん。ありがとう」
折角、この帝国で生活基盤が整ってきているのに、また違う場所に行くのは大変だもの。
だから正直ジェラーデ殿下の申し出には助かっている。でもジェラーデ殿下は私に告白を何度もしているのに、それに答えていない私が守られたままでいいのだろうかって気もする。
だけどジェラーデ殿下は、私の心情なんて見透かしている。
「俺に悪いからって、俺と恋人になるとかはやめてね。俺はアデライナからちゃんと好きになってもらいたいから。それに悪いなんて思わなくていいんだよ。俺がアデライナをあの国に返したくないだけだし」
「……そう」
にこにこと笑うジェラーデ殿下の笑顔に、私は恥ずかしくなってそっぽを向いた。
なんとなく、そのうち私はジェラーデ殿下を好きになってしまう気がする。
そんな予感を感じながらも、私は薬師として帝国で過ごしていくのだった。
――結局私がジェラーデ殿下に想いを返すのは、それから二年も経過してからだった。
そのころには、私の祖国はもっと荒れていたが、私には関係がないことである。
なんとなく書きたいなと思って書いた実は『聖女』ではなかった女の子の話です。
※名前をなんとなくつけたらカツラの商品名だったらしいので名前変えました。