表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

第2話「泡沫の夢」

 街が少しずつ遠くなっていく。

 運賃は特別高くなかったが、乗り心地は良い。

 馬の調子が良いのか、御者の腕がいいのか。

 なんにしろ、いい気分だ。


 俺は、スラムから脱出する為の30万Gを稼ぎながら、商いの内容を考えた。


 斬新さは必要だが、安定してないと駄目だ。

 案が良くても、実現出来なければ意味が無い。


 そして考えついたのが、養鶏(ようけい)売りだ!


 つがいのニワトリ、飼育小屋、餌をセットで売る。

 つがいが子供を産むので、10年間は卵が手に入り続ける。

 愛玩動物としても優秀だ。(ヒヨコ)の方は言わずもがな、ニワトリにも、意外と愛嬌がある。

 定期的な餌代と掃除の手間を差し引いても、メリットはかなり大きいはずだ。


 さっそく俺は準備に取り掛かった。

 他の商人に予想利益や売買のルートを話して、資金を融資(ゆうし)してもらう。

 養鶏農家から飼育方法や生態について学び、各地に養鶏場を設立。

 馬車の貸し出しをやっている商会との提携。


 そして、ニワトリを持ち運ぶ檻や、飼育小屋の作成のため、土の魔術を扱える人材の確保。


 これが、何より大変だった。


 優れた魔導師というのは、かなり希少な人材なのだ。

 ほとんどの魔導師が既にどこかしらに雇われていて、高給取りだ。

 俺のような駆け出し商人が雇えるのは、目的もなく放浪している変人ぐらいしかいなかった。


 しかし、当然だが放浪しているので、どこへ行けば会えるのか分からない。

 旅人には高い所に登りたがるという習性があるらしいので、取り敢えず()近場の小高い山を登ってみた。


 いた。頂上に。


 老人だ。ぼろぼろの布だけを(まと)い、座禅(ざぜん)を組んでいる。


 寒くないんですか? 鶏売りませんか? それ何してるんですか? などと、楽しく談笑の時を過ごしたが、スッパリと断られてしまった。


 これぐらいでめげる俺ではない。

 次は、深い深い森の中だ。

 エルフが住んでいてもおかしくない程の深度で、護衛の冒険者を雇うのにかなり費用がかかった。


 男は、樹の上にツリーハウスを造って住んでいた。

 例の習性は本当らしい。

 話してみると意外と気さくで、土魔法が得意で、樹に見えるこの家も実は加工した岩であると、得意げに話してくれた。


 説得には時間を要した。

 俺の鶏で子供たちを笑顔にしたいんだ、優しい心は食事から生まれるんだよ、金持ちになって女とイチャイチャしたい、などと、涙ながらに熱弁した。

 

 男は初め嫌がっていたが、最後は了承してくれた。

 土の魔術が得意な者は、鉄鉱石がよく採れる土地を好むことと、700歳を超えたエルフは、抱くとダンゴムシのような匂いがすることを教えてくれた。


 そんな調子で、約半年。

 最後の方はどこで魔術師を見つけて、どうやって説得したか、よく覚えていない。

 湖のほとりで、民族歌謡に合わせて半裸の山男と踊り狂った記憶があるが、経緯については何一つ思い出せない。すごく怖い。


 雇えたのはたった5人だ。半年で5人。

 しかし、十分だった。


 商いは成功した!


 騒音のことがあるので、家同士の距離が空いている土地のみを客層としたが、売上は上々だ。


 売上金と実績があるので、今後は魔術師もどんどん雇っていけるだろう。


 今向かっているのは、ヴァラギン領。

 土地が広大なことで有名な領地で、上手く販売網を敷ければ、間違いなく多大な利益を得られる。


 ふっと、匂いが変わった。

 馬車が森へ入ったんだろう。

 強い緑と、土の匂い。


 (あ〜……いい香りだ。将来屋敷を立てる時は、緑の豊かな土地にしよう……)


 全てが順調だ!

 まだ商売を立ち上げたばかりで、何がどう転ぶか分からない。金はあるが、好きに使えない。

 金持ちになったとは言えないが、間違いなくそれに近づいている!


 まずは、家だよな。

 なるべくデカいのがいい。城みたいなやつ。

 メイドを山ほど雇って、美味い飯を作らせて……。


(……あの頃からすれば、こんな状況考えられないな)


 ネズミみたいにコソコソと、毎日怯えながら残飯を漁っていた頃。


 惨めだった。本当に嫌だった。

 それが、今はどうだ?


(これは、ただの妄想じゃない。人生設計だ!)


 本気でそう思えるほどに、俺の人生は潤っている。

 素晴らしい将来。

 嗚呼(ああ)、バラ色の未来。


 壁にもたれ掛かり、足を組む。


 どごまでも広がる高い夏空を見上げて、思わずにまりと笑みがこぼれた。





「きゃあッ!!!!!!!!!!!」



 なッ、なんだ!!? 隣に座っていた女が、突然叫んで立ち上がる。


 「あっ……あ……!あ…………!」



 震えながら、馬車の後方を指さす。


 目を凝らすと、かなり遠くに白い何かが見える。

 それは、少しずつ……。大きく、なっていく。



 ああ……。






 最悪だ。




 

「わぁぁぁッ!??ぁああああああ!!!!!!!」


「なっっ!?!!?まッ魔獣!?この辺りには居ないんじゃなかったの!?!?」


「オイ!!もっとスピード上げろよ!!!!さっさとしろッ!!!!」


「う"え"え"ぇぇぇぇええええん!!!!」


 馬車の中は大混乱だ。

 追ってくる白いアレは、おそらく魔獣。

 遠目だが、狼のような姿で足が早い。

 もうじき追いつかれるだろう。


 「だッ誰かっ!?この中に戦えるものは居ないのかっ!?かっ、金なら払う!!助けてくれ!!!」


 小金持ちだろうか。裕福そうな男が喚く。

 護身用のナイフは持ってるが、見たところ魔獣は5、6頭。勝てる道理は無い。


「そうだ、囮だっ!誰か囮になろう!!そうすればソイツは死ぬが、他のみんなは助かるかもしれない!」


 快活そうな男が言った。

 実際、取れる策はそれしかないだろう。

 他の面々も次々と賛成する。


「私は学者だっ!私は、社会に大きく貢献できるッ!貢献している!!!」


「わッわたしは、主婦でっ…………!おっ、お願いします!!!助けてください!!この、この子を残して、死ねません!どうか、どうか助けて……!」


「俺はこの案の立案者だ!!その時点で、除外されるべきだよなっ!!? なあ、そうだろっ!?!」


 轟々と飛び交う自己紹介。


 ああ、よかった。助かりそうだ。

 2人ほど犠牲にすれば、きっとヴァラギン領の衛兵がいる場所まで逃げ切れる。

 8人中、2人の弱者。その中に俺は含まれない。


 程なくして、彼らの視線は1人の男に集中していった。


 小汚い中年男だ。

 農夫をやっていて、家族は年老いた母親1人のみ。

 今日は趣味の植物採集の為に馬車に乗ったそうだ。


 無言の圧力が、男を押し込める。

 初めはう、とかあ、とか言って、抵抗しようとしていたが、程なくして虚ろな顔になり、静かに(うつむ)いた。



「…………!」



 その顔を、俺は知っている。

 スラムでは、みんながそんな顔をしている。


 人は、希望を持つから絶望する。

 初めから何もかも諦めていれば、余計に傷つくことなんてない。


 だから、スラムの人間は全てを諦める。

 自由も、尊厳も、友も、家族も。


 男は震えながらも、(よど)みない足取りで歩いていく。


 諦め慣れてる。


 奪う人間と、奪われる人間。

 奪われる人間の多くは、生まれた瞬間からそこに縛られている。

 そう思うと、俺は幸運だった。

 奪われる側に生まれたが、縛られてはいなかった。

 


 きっとアイツは、ずっと、奪われる側だったんだ。


 馬車から飛び出した男は、地面にぶつかって転がっていく。



 一瞬だけこちらに手を伸ばし、悲痛な顔で何かを言いかけて────






 ──────何も、言わなかった。







 そんで、俺の体は宙に浮いてた。





「はッ……?」



 困惑が俺の喉から漏れた。

 咄嗟に受身をとって、地面を転がる。

 

 なんでだ、なんでだ、なんでだ、なんでだ!!!!


 立ち上がって、魔獣の方へ走る。(うずくま)る男の前に立ち、ナイフを構える。


 今更どうした!? 今まで散々奪ってきた!!

 自分の生活のために、盗みも、殺しもやった!!!


 体が言うことを聞かない。

 視界の端に、ぽかんとしている男が見えた。


「とっとと逃げろよ!!!!!」


 男は、慌てて逃げていく。腕が変な方向へ曲がっていたが、足の方は大丈夫そうだった。


 何やってんだ、俺。


 あーあ……。これからだったのになぁ。

 これから、金持ちになって、デカい家を建てて、いい飯を食って、女を抱いて……。

 結局全部、出来なかった。


 魔獣に追いつかれた。

 6頭の魔獣が俺を睨んで、唸っている。


 とりあえず、ナイフを振って牽制してみる。

 獣は医者にかかれない。

 少しの傷が命に関わるので、用心深い。

 多少は時間を稼げるはずだ。



 アイツが静かに頷いた時、物乞いをやった日を思い出した。


 それだけは死んでもやりたくなかったけど、死ぬほど腹が減って、1回だけやった。

 祭りの前日だった。


 視線は、痛い。

 ナイフで刺されるより、ずっと痛い。


 結局、俺は何にもありつけなかった。

 同じように物乞いをしている奴らが山ほどいたからだ。

 俺みたいな愛想の悪いガキに、施す飯はなかった。


 遂に、魔獣が襲いかかってくる。

 1番近い魔獣の胸を蹴りあげて、喉笛を切り裂く。

 でも、浅い。死んでない。


 地面に組み敷かれた。

 全身に牙がくい込んで、皮膚が食い破られる。

 体の温度が消えていく。

 視界がぼやけて、意識が遠くなる。

 

 なんで、俺は馬車を飛び出したんだ?

 全部順調だったのに。

 上手く、いってたのに。



 ……答えは、簡単だった。



(アイツは、俺だったんだよ。物乞いをやった、あの日の俺だった)


 値踏みされて、切り捨てられて。

 俺は、あの日の俺を助けたんだ。



(悔しい。ようやく金持ちになれそうだったのに)


(アイツ、ちゃんと逃げられたのか?)


(商会のみんなに悪いな)


(娼館、行っとけばよかった)



 感情がぐちゃぐちゃに入り乱れる。

 いつもより澄んでいた(はず)の空は、いつの間にか赤黒く染まっていた。

 



―――


 

 

 もう、目も見えない。

 どこかに引きずられていく。生き餌にするつもりだろうか?


 背中が地面で削れていく。

 痛みがどんどん薄れていって、どうしようもない死を感じる。



 しばらく俺を引きずった後、突然、魔獣達の足音がピタリと止んだ。


 キャンキャンと情けない声が聞こえて、足音が遠ざかっていく。



 そして代わりに、近づいてくる足音が1つ。



「……ふふ……久し…………ルド。……変わ……ず…………可哀……う」



 なんだ? 何を言ってる?

 何とか気力を振り絞って、耳を澄ましてみる。



「早速なんだけど、この本200億Gで買わない?」

 


「……ぇ…………?」



 その涼しげな声は、初めて聞いた声ではなく、どこか聞きなれた声だった。


 彼女は今、楽しげに微笑んでいるだろう。

 何も見えないが、なんとなく、そんな気がした。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ