第1話「ドブネズミ」
今日は、年に一度の祭りの日である。
元は魔族の奴隷国家であったこの国が、魔族を打ち破り、自由と尊厳を取り戻した日。
この日国民は、これまで過ごした日々と、これから歩む未来を祝って、朝まで飲み明かすのだ。
そして、喧騒から少し離れた場所。
貧民街の隅に、少年が2人。
「なあ。俺らが一欠片のパンを大事に食ってる間、街の連中は美味い肉をたらふく食ってる。このクソな現状についてどう思う?」
「ど、どう思うって。別に、いつも通りじゃないか」
国をあげての祭りといっても、貧民街だけでは別であった。
汚れたパンを齧る少年は、遠くにぼんやりと浮かぶ街の灯りを睨む。
「なあミリム、悔しくないのか? 俺は、このまま終わる気はないぜ。何をしてでも金持ちになって、勝ち組になってやる!」
「お金かぁ……僕はあんまりわかんないな。人並みの生活はしたいけど、それ以上は別にいいや」
ミリムと呼ばれた少年は、ため息をついて目をそらす。
「本当か? 本当にそうか?? 金さえあればなんだって手に入るんだぜ! 美味い飯、デカイ家、いい女!」
「……ソルドは前向きだなぁ、羨ましいよ」
少年は、残ったパンを口に放り込み、静かに立ち上がる。
「惨めなネズミのまま死んでいくなんて、俺には耐えられない。俺はこの街を出る。必ずだ!」
少年の目には、強い意思の光が灯っている。
それはまるで、太陽を砕いて散らしたようだった。
―――
朝だ。スラムの雰囲気が、いつもより悪い。
間違いなく昨日の祭りのせいだろう。
去年までは俺も苛ついていたが、今年はそうじゃない。
絶対に金持ちになってやると、覚悟を決めたからだろう。今の俺はやる気に満ちている!
朝食は、貯めておいた雨水だ。最近のスラムは景気が悪く、1日1食も怪しくなってきた。
ベッドという名のボロ布に腰を下ろして、腕を組む。
さあ、人生設計の時間だ。
まず、スラムから抜け出すのにまとまった金がいる。
この街は軽犯罪者を隔離する為に作られたもので、土の魔術で作られた鉄柵でぐるりと囲まれている。
短い時間なら監視付きで外出できるが、ここから居住区を移すには、領主の許可が必要なのだ。
月に1度、5万Gを衛兵に支払うと、人格テストを受けられる。6月連続でテストに合格して、ようやく移住の許可が降りる。
俺のようにスラムで生まれたガキからすれば、最悪としか言いようがないが、ルールはルールだ。仕方ない。
テストでは一般教養、最低限のマナー、人物像の3つを確認される。
親父はスラムの生まれでなく平民出身で、そこら辺はきちんと教えてくれた。
(ちなみに親父の罪状は、酒に酔って貴族の娘を襲いかけた事だ。俺は酒は飲まないと心に決めている)
30万Gは廃材売りと盗みで、3年もあれば何とかできるだろう。
(3年後……15歳か。ちょうど、成人する歳だ)
これだけやって、ようやく平民になれる。
そして、ここからが本番だ。
平民以下の人間が金持ちになる手段は、大きく3つ。
強くなるか、賢くなるか、商いをやるか。
闘いが出来れば、冒険者や騎士になれる。
学問に優れていれば、学者になったり、貴族に奉公出来たりする。
商いは難しいが、成功した時一番当たりが大きいのはこれだろう。
ギルドという概念を作った、ギルドーという男がいる。
冒険者をまとめあげ、商人との売買ルートを確立し、王国との提携をやってのけた。
彼の生涯賃金は160億Gで、娶った妻はなんと13人!
これだ、これだよ!金には夢がある!
俺もギルドーのように……とまでは言わないが、最低でも3人は嫁が欲しい。
さあ、どうしようか。
闘いは無理だ。身のこなしには自信があるが、俺には腕力がない。
例外として、魔導標識を手に入れるというのがある。
これは、魔術という不思議な術を使えるようになるスグレモノで、優れているだけあってめちゃくちゃに高い。
普通に買おうとすれば確か、1000万Gはくだらないはずだ。
金持ちになってからなら欲しいかもしれないが、金持ちになるための道具としては不必要だろう。
学問も厳しそうだ。なんでも程々はこなせるが、何か一つを極めるのは苦手だ。
(……消去法だが、決まったな。商いだ!俺は商会を立ち上げて、勝ち組になる!)
正直、自信がある。
スラムで鍛えたずる賢さと、もう1つ。
実はつい最近まで、友人に商人の娘がいたのだ。
なんでも、社会勉強だとかなんとかで、5歳の頃にスラムへ放り込まれたらしい。
少し前に、身なりのいい小太り男が彼女を迎えに来るまで、俺は完全に嘘だと思っていたが。
彼女は生粋のサディストで人格破綻者だが、ガキの頃からミリムと3人で、お互いに助け合ってきた。
頼れば、きっと力になってくれるだろう。
「よし!!」
ベッドから勢いよく立ち上がり、小屋の外に出る。
天気はどんよりと曇っていて、なんだか息苦しい。
「やる、やってやる。俺はなるぞ、勝ち組に!!」
俺の人生を決定するのは俺だ。
クソみたいな運命に負けて、クソみたいに死ぬなんて、我慢できない。
道を歩けば誰もが頭を垂れるような、大金持ちになってやる!
深呼吸して、強く拳を握る。
それを、空へと思いっきり突き上げた。
―――
そして、あの決意の日から、5年。
俺はスラムを出て、養鶏売りの商会を立ち上げた。