6日目 リヤカー
簡素な家の中を見回して、
「借家ってことは、一人住まい?」
「はい……」
パパ、ママは? と聞こうとして、口が閉じる。
質問を悟ったのか、黙ったまま、悲しげに首を横に振る彼女だった。
「……」
香さんにお茶と羊羹を振る舞われた。
頂きながら、僕は確認のため、聞いた。
「僕らのこの出会いは、さすがに、偶然とは考えにくい。多分、君もビッキーに導かれた?」
「……はい、彼女のお陰です」
目が揺らいでいる。
「ふむ」
ならば、“この状況”が成るまで、繰り返し男どもに乱暴され続けたのだろうか? 香さんの儚げな姿を見て、そんな悪い妄想が浮かんだりしたのだった。
「……」
オルが陽気に聞いた。
「ねぇねぇ、“タッシィ”ちゃんのお兄ちゃんは、どうしたのサ?」
いきなりの愛称呼ばわりに混乱したのか、しばらく硬直していたが(さすが同じ妹)やがて理解した。
「“わたし”の兄は今、札幌の学生寮にいます。それで――」
ここでまた、香さんは真剣な顔で両手をつくのだ。
「不躾ながらお願い申し上げます。もし、お二人のご旅行が、札幌近辺にまで行かれるものでしたなら、どうかわたしを同乗させて頂けないでしょうか?」
「どんな事情が?」
「一ヶ月前から、連絡がとれないのです」
「そりゃ……心配だわさ」
健気だわ、とオルは早くも同調しつつある。いや、ちょっと待て。
「列車か飛行機を使えばすぐ、だろう?」
「線路はズタボロ。長距離バスおよび飛行機は、ろくに運行されてない上に、とんでもなく高額、なんです」
僕は口を結ぶ。どうにも、敗戦国であることを失念してしまう。
「――でも、どうやって? さすがに3ケツ乗りは無理だぞ」
「荷車がございます。浮様の単車にて引いて頂ければ、幸いでございます」
「リヤカー……」絶句。
なんたることか、おお、旅する僕らの――とっても愉快な出で立ちが、強烈に思い描かされたのだった。
「道交法違反に当たるんじゃ?」ささやかな抵抗を試みる。
「お二人の“お姿”を見て、更には第2大陸の特別パスを所持されているお方に対して、“どうこう”できる人間は、この国にはいません」
断言する。そうだった、確かに僕らには優先権もあったな。
「帰り道はどうするの?」
「荷車を売ります。片道分にはできるかと」
なるほど。
香さんはさらに言葉を続けた。
「わたし、皆様の旅のお役に立てると存じます」
トイレ問題などなどなどの事だ。これは大きかった。
それに――
この出会いは導かれたものだし? いや――
そもそも。
同一兄妹なのだ。
うん――
「了解した」
そう応えていたのだった。
荷車を単車にジョイントするのに時間を使った。リヤカーが都合よく、そういう使い方ができる品物であったことに助けられた。最終的に、進行方向にリジットに固定できたと思う。これ、下手に柔軟に繋ぐと、減速時に衝突される恐れがあるから、これで正解だろうと思われた。
あと、荷台のままだと余りにもアレなので、パイプ椅子を二つ、取り付けてみた。
白色ミイラと桃色ペスト医師、二人のカオルが並んで座ることになる。面白い図だと、諦め気味に思った。
念のため、乗り物酔いの薬を飲んでもらった。
家の戸締まりをした。出発だった。
「なんだか、この旅が始まって以来の、大冒険の予感がするよ……」
息を吐く。
「頼りにしてまっせ、アニキ!」
オルはさっそく椅子に座り、興奮して大はしゃぎだ。
「なんでもやります。ご奉仕します。だから、宜しくお願い申し上げます……」
こちらの妹分は、神妙に頭を下げるのだ。しかし――
「……」
どうにも――
あの香ながら、卑屈だった。
心が晴れない。ひょっとして、僕の妹も、これほどにまでなってしまうのか。
つくづく思う。戦争は、負けたらいけないものなのだ、と……。




