5日目 秘境・知床半島
自分が先頭になり、登攀を開始して間もなくのことだ。大尉から切迫した指示が来た。
『戦闘車の後ろに回ってくれ。開口するからそこに単車をしまうんだ。急げ!』
バスが急停車する。
「――了解だ!」アクセルターン。
苦い味が口内に広がる――しょせん、甘っちょろい話だったか!?
自力での峠越えは諦めるしかない、そんな事態になってしまったようだ。
回り込んでS-A150Vを放り込むように収納すると、自身も後部扉から中に飛び込む。室内でオルが抱き止めるように迎えてくれて――
すぐに衝撃が起こり体がぐらつく。――わわ!?
「シートへ!」
着席し安全ベルトを装着する――
クリアシールドの外を見る。灰色斑の毛皮の塊が突撃して来ている。
「あれは?」僕は問う。
僕が答える。
「ナキウサギ!」
もちろん毒化されたやつだ。巨体化し、食性も、肉食に変わっている。
「百もの個体が体をボール状にして体当たりしてくる! 丸まった直径約40cm、体重推定30kgだ! これが雨あられと――ヤバイ!」
ドカッ、ドカッ、といつまでも続く打撃音。ぐらんぐらん揺さぶられるバスだった。
「どうする?」
「仕方ない。機銃照射だ……」
人を撃った男の子が、苦渋の表情を見せた。(それも数瞬のことではあったが。)
スイッチ操作。パチン――
バスの筐体からジャキンジャキンと銃器が現れると、タタタタタ……という軽快な音と共に弾丸がバラまかれる。
「ウオオオオ……!」
数分して、脅威は取り除かれたのだった。辺りは一面、血と腸の海だ。
「……行こう」
僕らは上へと、バリバリグチャグチャと踏み潰しながら、歩を進めるのであった。
バスが急停車する――
クリアシールドの外を見る。赤色斑の毛皮の巨獣が、頭部の武器を振りかざし突撃して来る!
「あれは?」僕は問う。
僕が答える。
「エゾシカ!」
もちろん毒化されたやつだ。体高2mまでにも巨体化し、食性も、肉食に変わっている。更にまずいのが、全頭、オスだということだ。
「何十という個体が槍のような角で突撃してくる! ヤバイ!」
スイッチを押す。ポチ――
間一髪の差で鉄柵が突き出され車体がカバーされる。クリアシールドの破壊は免れたものの、鉄柵を伝わる、ガイーン、ガイーン、という打突音。その度にどしんどしん揺さぶられるバスだった。
「このままだと破られるぞ?」
「仕方ない。火炎放射だ……」
機銃を撃った男の子が、苦渋の表情を見せた。(それも数瞬のことではあったが。)
レバー操作。カクン――
バスの筐体からニョキンと火炎砲が現れると、ボッボッと炙るような音と共に炎が振り撒かれる。
「ウオオオオ……!」
数分して、脅威は取り除かれたのだった。辺りは一面、黒焦げになった肉の海だ。
「……行こう」
僕らは更に上へと、バリバリグチャグチャと踏み潰しながら、歩み始めるのであった。
バスが急停車する――
クリアシールドの外を見る。茶色の巨獣が道路を占拠している!
「あれは?」僕は問う。
僕が答える。
「キタキツネ!」
(参考:サロマ湖のキツネ)
もちろん毒化されたやつだ。体高1mまでにも巨体化し、それに合わせて牙も、太く長くなっている。
「総数五頭がこちらに肛門を向けて、糞を飛ばしている! 細菌攻撃だ、ヤバイ!」
ボタンを押す。ポコン――
とたん、室内の空気圧が適度に加圧され、菌の侵入を防御する。同時に車体頂点部から液剤が放出され、たちまちに車体をコーティングする。その間も、賢そうにじっと見守るキツネたちだ。
エナジー切れを待っているのか――?
「このままだと動けないぞ?」
「仕方ない。毒餌攻撃だ……」
火炎放射した男の子が、苦渋の表情を見せた。(それも数瞬のことではあったが。)
ハンドル操作。クイクイクイ――
「ウオオオオ……!」
バスの前面に穴が開き、ゴロゴロと肉の塊が転げ出る。
キタキツネたちは争うように奪い、咥えると、あちこちに散らばり、食い始め、やがて血の泡を口から吹いて絶命したのだった。
「……行こう」
僕らは前へと、バリバリグチャグチャと踏み潰しながら、発車するのであった。
バスが急停車する――
クリアシールドの外を見る。黒色の怪獣が一体、前方に立ち塞がっていた! 両腕を振り上げ吠える!
「ゴギャアアアアッッッ!!!」
車体がビリッビリ震える――
「あれは!?」見上げながら僕は問う。
僕が答える。
「ひ、ヒグマ――ッ!」
ついに出たァ――ッ!!!
(参考:峠手前にて遭遇)
もちろん毒化されたやつだ! 体高10mまでにも巨体化し、それに合わせて何もかもが凶悪になっている!
「そいつがドシンドシンと二足歩行し、やって来る! タイマンバトルだ――」
僕が顔を喜色に輝かせた。
「――ヤバイ!」
天井から垂れ下がっていた紐をグイと引く。とたん、始まった。
ガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン……!(変形の音!)
床に(上昇するエレベータのような)重力を感じ、実際に視点が上り、視野が広がる――
そう――
今、10式機動戦闘車が、その真の姿を現したのだ!
ガシャン――!(シャキーンッ!)
ロボットだぁぁぁぁぁ!!!
ヨォシ――ッ! ヨォシ――ッ! ヨォシ――ッ!
それいけっ! パンチだ! キックだ! チョップだ! バックドロぉぉぉップぅぅぅ――!
おお、相手はふらふらだぞ!?
行け! 決めるんだ必殺――!
「ロケットパァーーンチ!」
射出された鋼鉄のパンチはロケットエンジンをふかしながらヒグマに撃ち込まれる。
さしもの巨大ヒグマも頭蓋を割られ、ズズズズシィィィンンン……と、大地に倒れたのでありました。
勝った!
「……行こう」
僕らは前へと、バリバリグチャグチャと巨体を踏み付けながら乗り越え、再びバスに戻り、走り出すのでありました。
※ ※
ふと、オルが口に出したのだった。
「ねぇ、もう羅臼岳なのよね?」
「そうだけど……?」
「頂上って、近づくと、目標自身の偉大な太い身に隠されて、見えなくなっちゃうんだね……」
「……」
(参考:山)
※ ※
そして、いつの間にか峠を通り過ぎていたことに、ついに気がつけなかったのでありました。
(参考:知床峠)




