5.金剛石
(貰ってきてしまった……)
わたしの反応が余程お気に召したらしく、ソフィア様は半ば強引に金剛石を押し付けてきた。
『だって、わたくしにはそんな石っころ、相応しくないんだもの。とってもお似合いのミーナ様に差し上げますわ』
そう言って邪悪に微笑むソフィア様は、大層楽しそうだった。
(まあいいか。これで蒼玉宮の侍女たちがいじめられることはないだろうし)
ため息を一つ、貰ってきた金剛石をボーっと眺める。見れば見るほど、くすんだ色をした、何の変哲もないただの石ころだった。
とはいえ、これが『わたし自身』なのだと言われると、なんとなく愛着が生まれてくる。
(こんな石ころでも、磨けば少しは光るのかなぁ)
「何が?」
「へっ?」
どうやら心の声がだだ漏れになっていたらしい。ガバリと身を起こし、声のほうへ振り向く。
「アーネスト様」
「こんばんは、ミーナ。今日は蒼玉宮に行ったんだってね」
誰から聞いたのか、アーネスト様はそう言って困ったように笑っている。
「はい。ソフィア様が『アーネスト様がちっとも来てくれない』って嘆いていらっしゃいましたよ?」
「うん、そうだと思った。でも、あそこに行くと疲れるんだ……ミーナにも分かるだろう?」
「はい、痛いほどに」
だって本当は『嘆いていた』んじゃなくて『ネチネチ嫌味を言われた』ってのが正解だもの。もしもソフィア様がアーネスト様に対してもあの調子なら、彼の足が蒼玉宮に向かない理由はよくわかる。
「だけど、ソフィア様の言い分もわからないわけではありません。だって、アーネスト様にとっては『二度目』でも、ソフィア様にとっては違いますもの。このままずっと蒼玉宮に行かないってわけにはいかないんじゃありませんか?」
この一週間、宮殿内の色んな人と話していてわかったことがある。それは、死に戻る前の記憶があるのはわたしとアーネスト様の二人だけ、ということだった。
逆に言うと、他の人には前回の記憶は一切残っていない。
つまり、今回の人生でアーネスト様はわたし以外のお妃様とはまだ、まともに会話すら交わしていない、ということになるのだ。
「でもなぁ、行きたくないんだよなぁ、本当に」
アーネスト様はゴロンとベッドに横になりつつ、深いため息をついた。表情に滲む苦悩の色。どうやら本気でソフィア様を嫌悪しているらしい。
「あの、アーネスト様――ソフィア様が、アーネスト様の暗殺に関わっていた、ということはありませんか?」
あんなに我の強い性格をしているんだもの。ちっとも自分の元を訪れないアーネスト様を恨んで、ついには殺してしまった、なんて線もあるかもしれない。
「なくはない、と思っているよ。彼女の父親はこの国の宰相だし、俺を殺して国を乗っ取ろうとしたって可能性も否めない。だけど彼女なら、父親が皇帝になるよりも、自分が国母になるほうを選ぶと思う。だから、俺が殺された時期が即位からたった一年しか経っていなかったことを考えると、ソフィアはあくまで容疑者の一人に過ぎないってところだね」
アーネスト様はそう言って目を伏せた。その表情は、深い愁いを帯びている。
(自分を殺したかもしれない人間の所に行くなんて、そりゃあ嫌だよね)
わたしだったら、絶対嫌だ。そんなことを思いつつ、手のひらの上で貰ったばかりの金剛石をころころと転がす。
(どうしてアーネスト様は、わたしのことを信頼してくれるんだろう?)
少なくともわたしは、アーネスト様が死ぬ原因を作ってしまった人間だ。だって、アーネスト様に食事を運んだのは、他ならぬわたしだったのだもの。下手すれば、わたしを見る度に死の記憶が――恐怖がチラつくのではないだろうか。そう思うと、胸がキュッと軋む。
「あぁ、金剛石だね」
アーネスト様はそう言って、わたしの手元を覗き込んできた。さっきまで寝転んでいたのに、今はわたしの背中にピタリと張り付いて、肩口に顎を乗せている。耳にアーネスト様の吐息が掛かってくすぐったい。わたしはビクリと身体を震わせた。
「さっき、『磨けば~』って言ってたのは、その石のこと?」
「え、っと……はい。ソフィア様に『あなたにお似合いだから』と、半ば押し付けられる形で貰ってしまって」
言えば、アーネスト様は目を丸くし、ふっと小さく噴き出す。やがて堪えられなくなったのか、お腹を抱えて笑い出した。
「なっ! そんなに笑わなくても!」
「ごめん、ごめん。あまりにも言い得て妙だなぁと思って」
(ひどいっ!)
内心大きなショックを受けつつ、わたしは必死に口を噤む。それから金剛石をサイドテーブルに置くと、そそくさと自分の寝床に潜り込んだ。アーネスト様から顔が見えないよう、シーツを頭まですっぽり被る。途端に目頭が熱くなった。
「ミーナ?」
「――もう寝ます。明日は翠玉宮に行ってみようと思っているので」
声が震える。
だけど、落ち込んでいる暇があったら、体力を回復させなきゃ。だって、アーネスト様を守りたいんだもの。
「ねえ、今度俺から、ミーナに金剛石を贈るよ」
そう言ってアーネスト様はわたしの布団をポンポンと叩いた。
(いりませんよ)
狸寝入りをしつつ、わたしは心の中でそんなことを呟くのだった。
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