【番外編4】死に戻り皇帝の愛娘
(そろそろかしら?)
わたしは息を潜めて、とある執務室の扉をじっと見つめていた。この時間になるといつも、とある男性がこの部屋から出てくることを知っていて、少し前から張り込んでいたのだ。
とそのとき、わたしの予想どおり男性が出てきて、わたしとは反対側に向かって歩きはじめる。
「ロキ!」
少し進んだところでわたしが声をかけると男性――ロキはゆっくりとこちらを振り返った。
「姫様、いかがなさいましたか?」
そっと細められた瞳に優しい声音。それだけで、まるでよしよしと撫でられているかのような心地がしてドキドキしつつ、わたしは大きく息を吸う。
「次の夜会、ロキにわたしのパートナーとして出席してほしいの」
「俺が姫様のパートナーに、ですか?」
ロキは首を傾げつつ、まじまじとわたしのことを見つめてきた。
「大変光栄なお話ではありますが……俺に頼まずとも、姫様にはお兄様がいらっしゃるではありませんか。それに、社交界にデビューして以降、貴公子からひっきりなしに手紙が届いているとお聞きしましたよ? 姫様は主――アーネスト様とミーナ様にそっくりでお美しいですから」
ニコニコと微笑みながらそう言うロキに、わたしはムッと唇を尖らせる。
わたしが正式に社交界デビューをしたのは先日、十四才の誕生日を迎えた後のこと。双子の兄で次期皇帝である兄をパートナーに、華々しいデビューを飾った。
当日に着た真っ白な美しいドレスは、お母様が最近気に入っているというデザイナーのもので、まるでわたしを子供の頃から知っているんじゃないかってぐらい雰囲気がしっくりと馴染んだし、周りからもよく似合っていると評判だった。
そんなわたしの容姿は父親である皇帝アーネスト譲りの金髪と顔立ちに、母親である皇后ミーナ譲りの紫色の瞳が特徴。自分で言うのもなんだけど、ものすごい美少女に育ったし、身分も相まって男性からたくさん声をかけられるため、ロキの言うように今後夜会のパートナーに困ることはないだろう。
つまり、わたしがロキに声をかけたのは、他にパートナーがいないからではなく、ロキがいいからに他ならないわけで。
「――ロキって、全部わかっていてそういうことを言うのよね」
わたしがそう言うと、ロキは少しだけ目を見開き、それからクスリと小さく笑う。
(わたしは真剣に言ってるのに)
腹が立つ。……でも、そういうところがたまらなく好きなんだよな、とも思う。
「申し訳ございません、姫様。けれど、俺は姫様の隣にはとびきり素敵な方が立っていてほしいと願ってしまうのです」
ロキはそっと身をかがめて、わたしのことを優しく見つめた。
幼い頃からずっとずっとこの瞳に見守られながら育ってきた。ロキにとって一番大事な父と母の初めての子ども。まるで我が子のように――我が子以上に、ロキはわたしを慈しんでくれた。だから、ロキの想いが本物だってことはわたしが一番よくわかっている。だけど――。
「ロキが一番素敵だもん。だからこうして誘っているのよ」
わたしはそう言ってロキの裾をギュッと引いた。
本当は顔を見て伝えるべきなんだってわかってる。だけど、気恥ずかしくて、とてもそんなことはできなかった。こういう時、性格が父親似だったらよかったのにって思ってしまう。
「ありがとうございます。身に余る光栄です」
ロキはそう言うとわたしに向かって跪く。
「――違う」
わたしはロキに立ち上がるよう促すと、彼を軽く睨みつけた。
「わたしはロキにお姫様扱いをしてほしいんじゃないの。一人の女性として見てほしいんだってば」
「姫様……」
「姫様って呼ばれるのも嫌。ちゃんと名前で呼んでよ」
本当はそのままロキに抱きつきたかった。だけど、拳をギュッと握って我慢をする。
「――姫様は俺にとって、この世で二番目に大切な女性です」
すると、ロキが真剣な声音でそう口にした。
(二番目、か)
「ようやくわたしと真面目に向き合ってくれる気になったのね」
わたしが言うと、ロキは困ったような表情で微笑む。それから、わたしをまっすぐに見つめ直した。
「俺にとってはアーネスト様とミーナ様が何よりも大切です。生涯、何が起ころうともその順位が入れ替わることはないでしょう」
(知ってる)
というか、わたしはそんなロキが大好きなのだから、今更の話だ。
「けれど俺は、姫様には、姫様を誰よりも大切に思う人と幸せになってほしいのです」
「……うん、ロキならそう言ってくれるだろうって思ってた」
だって、ロキはわたしのことを本当に大切に思ってくれているから。だから、自分じゃダメだって思うんだろうって。でも、わたしはそこにとてつもない愛を感じてしまうわけで。
「俺は姫様よりも随分年上ですし」
「そんなの、わたしは気にならないもの」
「姫様のお相手となると、我が国や主にとって大変重要な意味を持ちますし」
「ロキでダメなら他の誰も相手にならないに決まっているじゃない? お父様はロキを世界中の誰よりも信頼しているんだもの。それに、お父様はわたしを政略の道具にしようなんて絶対に思わない。ただ幸せになってほしいって願ってくれている……でしょう?」
わたしがそう尋ねたら、ロキはふふっと声を上げながら、とても嬉しそうに笑ってくれた。本当にロキはお父様のことが大好きなんだって実感する。――そういうところ、好きだなぁと心から思った。
「ということで、ひとまずは夜会のパートナーになってくれるわよね?」
「――姫様には敵いませんね。わかりました。俺でよければお供させていただきます」
わたしは密かにガッツポーズを浮かべつつ、ロキとの距離を少し詰める。
「けれど、ずっと俺がお供をするわけにもいきませんので……」
「それなんだけど、一つわたしと約束をしてほしいの」
「約束、ですか?」
ロキはそう言ってキョトンと目を丸くする。わたしは大きくうなずくと、ロキをまっすぐに見上げた。
「わたしが十八歳になるまで時間をちょうだい! それまでの間にわたしが絶対ロキをその気にさせるから」
「姫様……けれど俺は」
「わたしは別に永遠の二番手だって構わない。だけど、ロキがそれじゃダメだって言うから仕方ないじゃない? わたしはお父様たちとは別枠の――恋愛における一番に躍り出るから。そしたら『わたしは、わたしを一番大事に思う人と結婚してほしい』っていうロキの願いも叶う、でしょう?」
ロキはわたしをまじまじと見つめていた。その瞳から、彼の感情が大きく揺れ動いていることがよく伝わってくる。
「だから、せめてその間はロキもわたしにきちんと向き合ってほしいの。それがわたしの提示する条件よ。期間中にロキの気持ちを変えられなかったら、そのときは潔く諦めるわ。もしも不安なら、今言った内容を書面に記してもいいし」
「なるほど……姫様はつまり、俺と契約を結びたいのですね」
「え? と、そう……なるのかしら?」
わたしがこたえると、ロキは何故かクスリと楽しそうに笑った。
「アーネスト様がひとこと命じれば、俺は従わざるを得ないのに……」
「だって、そんなのフェアじゃないもの。ロキには納得して、わたしの側にいてほしいし」
その瞬間、ロキはそっと目を細め、わたしの頭を優しく撫でた。
「やはり、よく似ていらっしゃいますね」
とても懐かしそうな表情でロキがわたしのことを見つめている。その瞳の奥にはきっと、わたしの知らないお父様やお母様の物語があるのだろう。
(いつか聞いてみたいな)
その時には、ロキにはわたしを『姫様』じゃなく、名前で呼んでほしい。そんな未来を思い描きながら、わたしはそっと目を細めるのだった。




