【番外編3】鮮やかな赤
三年ぶりの番外編です。ずっと書こうと思っていたあの人のその後です。
※なお、今回告知はなにもありません。むしろ告知ができるなにかがほしい…!ので、ゴリゴリ改稿を頑張っています。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
それは、エスメラルダ様から妊娠の報告を聞いた数日後のことだった。
(風が気持ちいい)
ジリジリと肌を焼く太陽の光に、潮の香り。わたしは公務で、とある港町を訪れていた。
アーネスト様が皇帝に就任して早十三年。その間、アーネスト様はいろんな改革をなさった。
皇妃の仕事もそのうちの一つ。
アーネスト様は妃にもいろんな公務を割り振るようになったのだ。
とはいえ、わたしは六人の子どもを産んだため、フットワーク軽く動くことができなかった。だから、視察などの公務は主に、エスメラルダ様が担当してくださっていた。
けれど、后がわたし一人となった今、エスメラルダ様を頼ることはできない。このため、必要な公務はすべてわたしが行っているのだ。
「皇后陛下、こちらへどうぞ」
領主から案内を受けながら、わたしは街を見て回る。
今回この街を訪れたのは、アーネスト様の強い希望があってのことだ。
『外の世界に触れておいで。きっといい刺激になると思うよ』
(アーネスト様の言うとおり)
宮殿っていう場所は広くて、けれど狭い。后として国民がどんな生活を送っているのか知ることは、とても大切なんだって思い知った。
わたしが視察に来ることは事前に領民たちに知れ渡っていたみたいで、物珍しさから、たくさんの人が見物に来ていた。その中には、わたしに握手を求めてくる人もいたし、遠巻きに眺めるだけの人、自分たちがどんな生活を送っているか話してくれる人もいた。
『視察先ではできる限り多くの人と接するように』ってアーネスト様も指示してくれたので、騎士たちに守られながら、わたしはできる限り多くの人と交流する。
「お妃様、これ! はい、どーぞ!」
とそのとき、五歳ぐらいの小さな女の子がわたしのもとにやってきた。手には赤い花々でまとめられた小さなブーケを持っている。
「ありがとう。わたしのために準備してくれたの?」
「違うよ。あのね、あのお姉さんから、お妃様に渡すように言われたの」
「え? お姉さん?」
首を傾げつつ、わたしは女の子が指差した方角を見る。と、鮮やかな赤色がわたしの視界を捉えた。
美しいピンクブロンドを風になびかせ、真っ赤なドレスを凛と着こなすその姿は、まるで咲き誇る大輪の花のよう。だけど、女性はほんの一瞬のうちに、人混みに紛れて消えてしまった。
「待って!」
わたしは思わずそう叫んだ。領主に断りを入れてから、女性の後を追い始める。
心臓がドキドキと高鳴っていた。気づけば目には涙が滲んでいる。
(ねえ、お願い)
会いたい。会って、ちゃんと顔を見たい。
さっき贈ってもらった赤い花のブーケが静かに揺れる。
女性が消えた方角、曲がり角を曲がったところで、わたしはふと足を止めた。
大きなガラス張りのショーウィンドウ。そこにあったのは、小さな服屋さんだった。
「綺麗……」
飾られていたのは、どれも華やかで美しいドレスばかり。見ているだけで作り手の深い愛情と、ドレスに込められた想いが想像できる。それはまるで、作り手の――ベラ様の生き様そのものだった。
(ベラ様らしいなぁ)
きっと――ううん、絶対、ものすごく元気に過ごしているに違いない。ベラ様らしく、誇り高く、心を燃やして生きている。
ベラ様はきっと、それをわたしに伝えたかったんだと思う。
(ズルいなぁ)
直接顔を見たわけでも、言葉を交わしたわけでもないのに、全部わかってしまった。
わたしだって、ベラ様に伝えたい思いがたくさんある。ちゃんと頑張ってるよって伝えたかったのに。
「皇后様! こちらにいらっしゃいましたか」
ややして、領主がわたしを追いかけてきた。わたしは急いで涙を拭う。
「ごめんなさい、急に飛び出したりして。古い知り合いを見かけた気がしたものだから」
「そうでしたか。どうぞお気になさらず」
領主はそう言って朗らかに微笑む。
「ねえ、この店について教えてくれる?」
「もちろんでございます。こちらの店は十年ぐらい前から我が領地で女性に一番人気の店でして。この店の服を着ているだけで、自信が湧いてくるともっぱらの評判なんですよ。なんでも、店主が客に一番似合う服を上手にすすめてくれるそうで、私の妻もこの店の大ファンなんです」
「……うん。そうでしょうね」
妃になったばかりの頃に、ベラ様がドレス選びを手伝ってくれたことを思い出しながら、わたしはそっと目を細める。
(今度、ベラ様にドレスを作ってもらおう)
きっと、他のどのドレスより、わたしを輝かせてくれるに違いない。
だから、たとえ直接会えなくても、心は今もそばにいるんだって、勝手にそう思ってもいいよね?
「頑張ってね、ミーナ様」
そのとき、ふと風に乗って、そんな言葉が聞こえてきた。
もしかしたら空耳かもしれない。だけど、わたしは力強く頷きながら「ありがとう」って返事をするのだった。
本作を読んでいただき、ありがとうございました。
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改めまして、最後までお読みいただき、ありがとうございました!




