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4.蒼玉宮の妃

 カーテンの隙間から穏やかな陽の光が射し込み、ポットから温かな湯気が立ち上る。



「どうぞ、楽になさってね? こんな風にお茶に招かれるのなんて初めてでしょう?」



 目の前の女性がそんなことを口にした。優し気な言葉の中に隠された鋭い棘。気合を入れるため、わたしはグッと背筋を伸ばす。


 ここは蒼玉宮――侯爵令嬢ソフィア様の宮殿だ。



「宮女出身ですもの……色々と心細くていらっしゃるでしょう?」



 ニンマリと意地悪い笑みを浮かべつつ、ソフィア様は首を傾げた。



(いえ、全然)



 そう答えたい気持ちを抑えつつ、言葉の代わりに笑みを返す。



「これはね? アーネスト様のために特別に取り寄せた茶葉なの。けれど、陛下はしばらくこちらにはいらっしゃれないと仰るし……ミーナ様からお茶についての感想を伝えていただけると嬉しいのだけど」


「はい、必ず」



 ソフィア様は穏やかに目を細めつつ、立場の弱い宮女上がりの妃を気遣う聡明な女性を演じている。けれど、言葉の端々から、彼女の気位の高さや、わたしに対する嫌悪感、嫉妬心が見え隠れしていた。


 宮女時代に、ソフィア様についてのいい噂はあまり聞いたことがない。


 そもそも、知識と教養、身分を重んじるソフィア様にとって、下級宮女は目障りなだけの存在だった。仕事の出来栄えに難癖を付けてはいろんな宮女を泣かせている、というのは有名な話だったので、正直言ってわたしだって関わりあいたくない。



(だけど……)



 わたしにはアーネスト様を殺した犯人を見つける、という使命がある。


『妃になれば、他の妃の動向を探りやすい』


 アーネスト様は、わたしを妃にする理由について、そう口にしていた。それはつまり、彼女たちの中に怪しい人物がいるということ。


 だったら、降ってわいた機会を逃すわけにはいかない。どんな些細な情報でも構わない。アーネスト様を殺した犯人の糸口を見つける。それこそが、わたしが契約妃として、ここにいられる理由なのだから。



「本当に、どういう経緯で見初められましたの? 即位から一週間、毎晩のように陛下が金剛宮を訪れているそうじゃありませんか」



 ソフィア様は真っ青な瞳を細めてそう尋ねる。冷たい色。真冬のキンキンに冷えた水みたいな、そんな印象を受けた。



「お話したいのは山々ですが……陛下から固く口止めされているものですから」



『前世で暗殺者に仕立てられたのがキッカケです』なんて他の人に言えるわけがない。アーネスト様が毎晩金剛宮に寝に来ているのは事実だけど、みんなが期待するようなことはなにもない。だから、否定も肯定もしないまま、煙に巻くのが一番いいのだ。


『意識していないと、すぐに相手に呑まれてしまうよ』――アーネスト様はわたしにそう教えてくださった。だから、ソフィア様に呑まれないよう、わたしはグッと胸を張る。



「そうなの? 陛下ったら、わたくしの宮殿には、まだ一度も足を運んでくださっていませんのよ? ずっとお待ち申し上げていますのに。侯爵令嬢であるわたくしを差し置いて、宮女風情を寵愛するだなんて、あんまりだとお思いになりません?」



 焦れったくなったのだろうか。ソフィア様は少しずつその本性を露にしはじめる。



(言葉がオブラートに包めていませんよ?)



 そう言ってあげたいけど、それじゃ火に油を注ぐようなもの。それに、こんなあからさまで安い挑発に傷つくこともなければ、乗ってやろうとも思はない。だって、わたしにとっては宮女に取り立てて貰えたこと自体が奇跡みたいなものだもの。



「本当に、身に余る幸福ですわ」



 心からの想いを口にすれば、ソフィア様はそっと眉間に皺を寄せる。どうやら、わたしの返事が気に入らなかったようだ。頬を軽く染め、扇で唇を隠してソフィア様がそっぽを向く。彼女の侍女たちが、困惑した表情で顔を見合わせていた。



(そっか。このままだと、侍女たちにあとからしわ寄せが行くのかも)



 ソフィア様は他人の上に立っていないと気が済まないタイプだ。格下のわたしを呼びつけて優越感に浸るつもりだったのに、現状ちっともその目的を達成できていない。鬱憤を晴らすため、わたしの代わりに侍女達をいびる様子は想像に難くなかった。



(なんとかしたほうがいいんだろうなぁ)



 小さくため息をつきつつ、わたしはそっと部屋を見回した。



「それにしても、こちらの蒼玉宮は本当に立派ですのね」



 すると、ソフィア様はこの話題がお気に召したらしい。パッと瞳を輝かせ、ズイと身を乗り出した。



「ええ、ええ! それはもう! この蒼玉宮は歴史ある、素晴らしい宮殿なんですのよ! この宮殿を賜ることがどういうことか、あなたはご存じ? 先々代の皇后様も、この宮殿のお妃様だったのですから」



 そう言ってソフィア様は、侍女の一人に目配せする。侍女は心得顔でその場から下がると、ややして一つの箱を手に、わたし達の元に戻って来た。



「あなたは見たことがないでしょうけど」



 そう前置きをして、ソフィア様は箱を開く。中には四つの大きな宝石が仕舞われていた。



「これが蒼玉――サファイアよ。とても美しいでしょう?」



 ソフィア様は頬の辺りにサファイアを掲げ、ウットリと目を細める。黒いストレートヘアと、白い肌、青の瞳にサファイアの蒼がよく映えて見えた。



 蒼玉宮はサファイアを基調とした美しい宮殿だ。

 他の三つの宮殿も全て、宝石をシンボルとしている。


 翠玉宮はエメラルドを。

 紅玉宮はルビー。

 そして金剛宮は――。



「これが金剛石、あなたの宮殿のシンボルよ」



 そう言ってソフィア様は、その辺の道端に落ちていそうな大きな石ころを手に取った。



「どう? 醜い石でしょう」



 優越感に満ちた醜悪な笑み。ソフィア様の後に控えている侍女たちをチラリと見つつ、わたしは少しだけ眉をへの字に曲げた。



(本当は別に醜いなんて思っちゃいないんだけどね)



 とはいえ、どうしてこの石が宮殿のシンボルに数えられたのか、その理由については何となく気になる。だって、他の三つの石に比べると、明らかに美しさの点で見劣りしているんだもの。そんな風に思っていたら、ソフィア様がすぐに答えをくれた。



「この石はね、他のどの石よりも硬いの。硬くて、加工ができない、ただそれだけの石。だけど、傷がつかないっていうのは為政者にとって縁起がいいのでしょうね。だから、宮殿の名前に据えられた。それでも、これまで金剛宮に妃が入ることはなかったのよ? 位の低い妃たちですら皆、他の宮殿に間借りさせてきたのですって。きっと歴代の皇帝は、こんな醜い石を象徴とした宮殿に、妃を置きたくなかったのね」



 そう言ってソフィア様は満面の笑みを浮かべる。



「金剛石、びっくりするぐらいミーナ様にお似合いよ? 羨ましいぐらいだわ」


「それは―――どうも、ありがとうございます」



 嫌味もここまで来るといっそ清々しい。わたしは思わず引きつった笑みを浮かべてしまうのだった。

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