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28.新たな動き

「本当に、ミーナ様が無事でよかったですわ」



 エスメラルダ様がそう言って笑う。

 今日は事件以来はじめて、翠玉宮にお邪魔している。ベラ様も一緒だ。よく考えると、三人でお茶をするのは入内してはじめてのことになる。



(もしかしたら、ソフィア様に配慮する必要がなくなったからかなぁ)



 そんなことを思いつつ、わたしはホッとため息をついた。右と左、どちらを見ても眼福な美しさ。さすがは後宮。アーネスト様自慢のお妃様である。



「ありがとうございます。ご心配をお掛けして、申し訳ございません」



 こんな格下妃(というか本当は妃ですらないのだけれど)にまで心を配ってくれる二人の優しさに、わたしは恐縮しきりだ。



 前帝――アーネスト様のお父様が国を治めていたときは、その寵愛を争い、妃同士が激しくいがみ合っていた。

 だから、アーネスト様の妃もきっと同じだろうと誰もがそう思っていた。それなのに、蓋を開けてみれば、そういう枠に当てはまるのはソフィア様だけだったのである。



「ミーナ様が謝る必要ないわ。悪いのは全部、ソフィア様ですもの」



 そう言ってベラ様がため息をついた。悩まし気な、色っぽいため息。ほんのりと花の香りを煮詰めたみたいな甘ったるい香りがする。こんなの、男性が吸ったら一発でノックアウトだ。



(それなのに、あんまり聞かないのよね。アーネスト様がベラ様の元に通っていらっしゃるって話)



 侍女たちがわたしを気遣って話さないだけなのかもしれない。

 だけど以前、アーネスト様自身が『ベラの宮殿には殆ど足を運んだことがない』って仰っていた。


『誰かに殺されるかもしれない』と慎重にならざるを得ない今回の人生ならともかく、一度目の人生ですら足を運んでいない理由は、わたしにはよくわからない。



(わたしがアーネスト様なら足繁く通うのに)



 というか、世の男性の殆どがそうすると思う。こんなに色っぽくて綺麗な人だもの。夢中になって然るべきだ。



「しかし、重臣たちは殊の外安堵したことでしょう。ミーナ様には大きな期待が寄せられていますもの」


「期待、ですか?」



 なんのことかわからず、わたしはそっと首を傾げる。すると、ベラ様がふふ、と笑みを漏らした。



「妃に寄せられる期待と言えば、当然、お世継ぎですわ。陛下の即位から早八月。そろそろ誰かが身籠ってもいい頃合いですもの」



 その途端、とてつもない罪悪感が押し寄せてきた。



(ごめんなさい。わたしが妊娠することはないんです!)



 本当はエスメラルダ様とベラ様には真実を話してしまいたい。だけど、大好きなこの二人も、アーネスト様を殺した犯人だった可能性は拭えないのだ。


 それに、どこからどう話が漏れるかわからないんだもの。真実を知っているのはわたしとアーネスト様、それからロキの三人だけでいいって、自分にそう言い聞かせた。



「我が国の皇族は、代々子ができにくいのですわ。でなければ、何代にも渡って後宮制度を保ってきたというのに、皇族がアーネスト様一人だけだなんて、あり得ませんもの」



 そう口にしたのはエスメラルダ様だった。表情がどことなく憂いを帯びている。



(本当は、エスメラルダ様がお世継ぎを産むのが一番いいんだろうなぁ)



 やんごとなき高貴な生まれに、穏やかで高潔なお人柄。知性も教養も、ここにいる誰よりも秀でている。エスメラルダ様の子どもならば、将来きっと素晴らしい皇帝になるとわかるもの。


 それに、考えたくはないけれど、もしもアーネスト様が前回同様命を狙われたら――もしも犯人の目論見が上手くいってしまったら、皇族の血が途絶えてしまうことになる。誰が暗殺者かわからないにせよ、今のうちにお世継ぎを得るための努力をした方がいいのは間違いないだろう。



「申し訳ございません。アーネスト様にはもっとお二人の元にも通われるよう、わたしからお伝えしますので」



 なんだかとてつもなく申し訳ない気持ちに駆られ、わたしはそう口にする。すると、エスメラルダ様は目をきょとんと丸くし、ややして首を横に振った。



「まぁ、ミーナ様……そんなこと、気になさる必要はございませんのよ?」



 そう言ってエスメラルダ様はチラリと背後へ視線を遣る。そこには憮然とした表情のコルウス様が居た。護衛のために、今日は同席を許されたらしい。



「あたしも。好き勝手させてもらっているし、今のままで特に不満はないもの」



 ベラ様もそう言って艶っぽい笑みを浮かべる。



「けれど、お世継ぎのことを思えば、絶対そちらの方がいいなぁと……」



 というか、元々そういう話をしていたはずだ。それなのに、二人ははたと目を丸くし、それから扇で口元を隠す。


 ややしてコホンと小さく咳払いをすると、エスメラルダ様はそっとわたしを覗き見た。



「実はそのことで、少しばかり動きがあるようなのです」


「動き、ですか?」


「ええ。……先日、蒼玉宮の妃の座が空席になってしまいましたでしょう? それで、重臣の娘を一人、妃として入内させてはどうか、という話が上がっているそうなのです」



 その途端、心臓がドクンと大きく跳ねた。

 息が苦しい。思考がちっとも纏まらない。まるで毒を飲んだときのように、体の機能が狂ってしまったようだった。



「そう、ですか」



 どのぐらいの時間が経ったのだろう。やっとの思いでそう返事をする。



(アーネスト様に新しい妃が)



 そんなこと、一度目の人生では起こらなかった。だから、そういう話が出るなんて考えたこともなかった。


 ううん。新しい妃ができたとしても、本当はなにも変わらない。


 だって、わたしは契約妃だもの。アーネスト様にメリットがあるから、妃として存在しているだけだもの。それなのに、どうしてこんなに胸が疼くんだろう?



(結局わたしは――アーネスト様が自分のところに来てくれることに優越感を感じていたんだ)



 理由はどうあれ、アーネスト様は金剛宮に頻繁に通ってくれる。たとえそれが契約があるから――その間だけだとしても、わたしはとても嬉しかった。


 エスメラルダ様とベラ様が相手なら、アーネスト様が通われても辛くはない。それはきっと、知らず知らずのうちに抱いていた優越感があったからだ。



(わたし……すごく嫌な女だ)



 自分が恥ずかしくて、嫌でたまらない。

 なにが『お二人の元にも通われる様にアーネスト様に言う』よ。思い上がりも甚だしいじゃない。



(もしも新しい妃が入内したら)



 アーネスト様はそちらに通われるようになるかもしれない。前回の死に戻る前、この後宮にいなかった人物だ。これなら、命を狙われる心配もない。もしかしたら、アーネスト様は心から愛情を注がれるかも――。



「それは喜ばしいことです。アーネスト様が早くお世継ぎに恵まれるといいですね」



 そう言いながら、胸が引き裂かれるような心地がした。

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