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26.全然、そんなんじゃないのに

「宮女は毒を毒ともを知らぬまま、混入を指示されていたそうです」



 金剛宮に戻るなり、わたしはロキからそんな話を聞いた。ロキと直接会話をするのは夜会の夜が最後――およそ二ヶ月ぶりのことだ。



「事件の話を聞いて、自分が犯罪の片棒を担いでいたと気づいたものの、しばらくはだんまりを決め込むことにしたそうです。知らなかったこととはいえ、妃に毒を盛ったんです。バレればどんな罰が待っているかわかりませんからね。

しかし、主が強硬手段に出たことで、ソフィア様は焦りました。『指示を受けただけの人間は決して罰しない』『正直に打ち明けたことに対して、むしろ報酬を与える』――この条件なら名乗り出やすいですからね。

このためソフィア様は、宮女の口を封じるために、大金を渡して暇を出しました。――後宮を出たあとで殺して、物理的に口を利けなくするつもりだったようです」



 ロキの話に、私の体がブルリと震える。なんだかとても、他人事には思えなかった。気づかないうちに犯罪の片棒を担がされ、殺されそうになった宮女の気持ちを思うと、胸が軋む。



(自分を守るために、罪を重ねるなんて)



 ソフィア様の考えは、わたしにはちっとも理解ができない。誰かを傷つけようと思うこと自体がそもそも間違っているけど、その事実を隠すため、更に別の誰かの命を犠牲にしようとしたんだもの。



(ソフィア様にとっては、宮女の命なんて家畜以下ということなのかしら)



 そう思うと腹が立つ。腸が煮えくり返った。



「しかし、ソフィア様に毒を売った商人の方は、アッサリと口を割ってくれたので助かりました。損得感情で動くタイプの人間だったのが幸いでしたね。あまり手荒なことはしたくありませんし、事を長引かせたくはありませんでしたから」



 ニコリと微笑みながら、ロキが言う。顔は笑っているけど、目が笑っていない。ロキは多分、怒らせたら怖いタイプだと思う。



「それで、ソフィア様はどうなるの?」



 恐る恐るわたしは尋ねた。


 ソフィア様はきっと、わたしを殺す気はなかったんじゃないかな。本気で殺したいならきっと、もっと強い毒を選ぶだろうから。――アーネスト様が最初の人生で殺されたときみたいに。ソフィア様にはそれが可能だった。


 だからきっと、ソフィア様はわたしを苦しめたかった――後宮から逃げ出すように仕向けたかっただけなんだと思う。



「処罰は重いと思いますよ。ともすれば主――皇帝に毒を盛っていたわけですからね」


「そう……そうね」



 だけど、もしも毒を飲んだのがアーネスト様だったら――その場合に疑われたのはきっと、わたしだった。疑われたのがわたしなら、茶葉の出どころとか、そういうところまできちんと捜査されるかどうかすら怪しい。



(アーネスト様はきっと、わたしのことを信じてくれただろうけど)



 それでも、犯人が他にいる体で捜査を進めるのは苦労するだろうし、もしかすると庇いきれなかったかもしれない。そう思うと、あのときお茶を飲んでみてよかったと、心から思う。



「主もまた、しばらくはお忙しくなるでしょう。ソフィア様の父親は宰相でしたから。急いで後任を選定せねばなりません」


「あっ……そっか。こういうとき、本人だけじゃなくて、家族にも影響が出てしまうのね」



 わたしには家族がいないから忘れていたけど、罪を犯せば家族だってタダじゃ済まない。罪の程度にもよるけど、爵位や財産を剥奪されたり、国外に追放されたりするのだと、以前カミラが教えてくれた。



「後任はギデオン様に?」


「いえ。ギデオン様は主の側近とはいえ、宰相補佐を経験していませんからね。国政にあまり影響が出ないよう、経験の長い方を選ぶことになるでしょう。主は即位してからまだ一年も経っていませんし」


「そっか……。ねぇ、そういえば、どうしてロキはあの場にいたの?」


「そういえばお話していませんでしたね。俺はこの二ヶ月ほど、主から金剛宮の――ミーナ様の警護を命じられていたのです」


「えっ、そうなの?」



 一体どこに潜んでいたのだろう? まったく気がつかなかった。カミラたちも同じようで、それぞれ顔を見合わせている。



「もっと早くに知りたかったなぁ。知っていたら、ロキに話し相手になって貰いたかったのに」


「……すみません。主からミーナ様と必要以上に接触しないよう命令されていたもので」


「え? どうして?」



 ちっとも理由がわからずに、わたしはそっと首を傾げる。



(そもそも、必要以上の接触ってどういうこと?)



 真面目にそんなことを考えていると、ロキはクスクス声を上げて笑った。



「ミーナ様、覚えておいてください。俺達の主は大変嫉妬深いのです」


「…………へ?」



 頭の中の辞書を必死で捲りつつ、わたしはもう一度首を傾げる。



(嫉妬……嫉妬ってどういうこと?)



 わたしが『嫉妬』と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、エスメラルダ様の顔だ。アーネスト様がエスメラルダ様のところに通っていると思うだけで、わたしの胸は強く軋む。


 どんなことを話しているんだろうとか、どんな風に過ごしているんだろうとか、アーネスト様がエスメラルダ様に触れることとか――あれこれ考えては、お腹の中で黒い何かが蠢くような、嫌な感じがする。



(アーネスト様が嫉妬深い?)



 アーネスト様も、わたしと同じように感じるというのだろうか。しかも、文脈から判断すれば、それはわたしとロキに対してってことになる。



「全然、そんなんじゃないのに」


「嫉妬とは案外そういうものですよ。当人は気づかないだけで」



 ニコリと、ロキは朗らかな笑みを浮かべた。



(だけど、本当に?)



 嫉妬の根幹にある感情――その正体を、わたしは知っている。



(いや、もしかしたらアーネスト様には当てはまらないかもしれないけど! それでも)



 真っ赤に染まった頬を両手で覆いつつ、わたしは眉間に皺を寄せた。

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