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2.一石二鳥

「君に俺の妃になってほしいんだ」



 あまりにも予想外の言葉。アーネスト様は驚くわたしの手を握り、真っ直ぐこちらを見つめている。



「妃って……」


「うん。具体的に言えば、君にはこの金剛宮の主になってほしいんだ」



 ニコリと微笑みながら、アーネスト様はそう言った。



 この後宮には四つの宮殿がある。

 翠玉宮、紅玉宮、蒼玉宮、そして金剛宮だ。



 死に戻る前、アーネスト様には三人のお妃様がいた。妃は金剛宮を除いた宮殿に一人ずつ。皆、貴族出身の御令嬢だ。


 昔は重婚が禁止されていたんだけど、皇族の数が極端に減り、お世継ぎが生まれなくなって以降、東方の文化を参考にこの後宮が作られたらしい。



(宮女のわたしが宮殿の主の一人になる……?)



 およそ現実的ではない。わたしは目を瞬いた。



「俺が殺されたのは後宮内――金剛宮の中だ。犯人は後宮の人間か、ここに自由に出入りができる人間である可能性が高い。だから君には、金剛宮の主になって、真犯人を見つけてほしい」


「でっ、ですが、わたしは平民出身の宮女ですし……」


「妃になるのに身分は関係ないよ。知ってるだろう? 貴族だろうが宮女だろうが、皇帝に気に入られれば妃に取り立てられる。それが後宮の習わしだ。

それに、後宮内での序列のことも、君は気にする必要ないよ。この国の妃に今、一番求められているものは世継ぎだ。『俺が寵愛している』と言い張れば、それで済む。どこからも文句は出ないし、俺が言わせない」



 アーネスト様はそう言って微笑んだ。穏やかながら、押しが強い。アーネスト様の命令に背ける立場じゃないことはわかってるけど、わたしの心情は複雑だった。


 だって、わたしにとってアーネスト様はただの雇い主じゃない。

 幼い頃、わたしをどん底から救ってくれたのは、他でもないアーネスト様だ。生きる場所を、名前を与えてくれた彼は、わたしにとって特別な存在だった。


 アーネスト様の力になれる――それはわたしにとって、この上ない喜びだ。絶対に真犯人を見つけ出し、二度目の人生ではアーネスト様を救いたい。心からそう思っている。だけど――――。



「それにね、俺はしばらく子を作る気がないんだ」


「子を作る気がない?」



 驚くわたしに、アーネスト様は困ったような表情でうなずく。



「だけど、後宮に行かないと周りが色々とうるさいんだよね。早く世継ぎが生まれないと、皇族の血が途絶えるからって。実際、俺があのまま死んでいたら、皇族は滅んでいた。だから、彼等の言い分もわからなくはない」



 アーネスト様は現在、この国唯一の皇族だ。宮女として働いているとき、後継者を心待ちにする声を聞いていたわたしからすれば、どうして?って思ってしまう。



「だけど、俺としては今は政務に集中したいんだ。即位したばかりで、国が不安定だからね。取り組まなければならないこともたくさんある」


「なるほど、そういうことなんですね」



 わたしが相槌を打つと、アーネスト様はふわりと目を細めた。



「それに、妃たちのギスギスした空気も好きじゃない。行けば気疲れするとわかっているから、足がどうしても向かないんだ」


「ギスギスした空気、ですか」


「そう。本当に苦手なんだ」



 アーネスト様が小さくため息をつく。

 下っ端宮女のわたしは、アーネスト様の妃たちがどんな女性なのか、ほとんど知らない。だけど、仲が悪いらしいってことは漏れ聞いていた。



「だから、金剛宮に君がいると助かる。捜査の進捗確認のためとはいえ、俺は表向き妃の元に通っているように周りに見せることができるからね。それに、宮女の身分では他の妃達の動向を探るのも難しいだろうし、妃の身分の方が都合がいいと思うんだ。一石二鳥だろう? もちろん、妃としての贅沢な生活は約束する。いわゆる契約妃ってやつだね」


「契約妃……」



 アーネスト様の言い分はわかる。

 でも、本当にわたしでいいのかな?って思ってしまう。



「あっ、それとも、誰か想い人がいる? だから気乗りしないとか……」


「いえ、そんなのいません! いませんけど……」


「だったら決まりだ。君は明日、俺の即位と同時に妃になる。いいね?」



 アーネスト様の問い掛けに、わたしはコクリと頷く。心臓がドキドキ鳴り響いた。



(こんなことがあっていいのだろうか?)



 形だけとはいえ、想い人の妃になる――そんなこと、想像したこともなかった。アーネスト様のために宮女として働けるだけで、十分すぎるぐらい幸せだと思っていたのに。



(アーネスト様は当然、わたしのことなんて覚えてないだろうけど)



 そんなことを思っていると、ポン、とアーネスト様がわたしの頭を撫でた。幼い頃と変わらぬ温もりに心が甘く疼く。



「君の名前は?」


「――――ミーナです」



 やっぱり全く覚えてないか――少しだけガッカリしつつ、わたしはアーネスト様が付けてくれた名前を伝える。



「ミーナか――うん、いい名前だね」



 アーネスト様はそう言って目を細めた。わたしにこの名前を授けてくれた日と同じ、屈託のない笑顔だ。



(わたしはこの笑顔を守りたい)



 もう二度と、アーネスト様をあんな風に死なせたくない。彼の未来を――この国を守りたい。そう、心の底から思った。



「よろしくね、ミーナ」



 アーネスト様の言葉に、わたしは力強く「はい!」とこたえるのだった。


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