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18.さぁ……それはどうでしょう?

 さっきまでアーネスト様と二人きりで踊っていた広間で、たくさんの貴族たちが踊っている。煌びやかに着飾った人々。けれど、どんなに人が溢れかえっていても、わたしの瞳はたった一人の男性を追い掛けてしまう。



「――エスメラルダ様は綺麗ですね」



 いつの間にか隣にいた男性へ、わたしはそんな話題を切り出した。



「当然です。エスメラルダ様は、この世の誰より美しいのですから」



 淡々とそう返事をしたのはエスメラルダ様の騎士――コルウス様だ。


 美しく、エキゾチックな雰囲気が魅力的なこの男性は、先程から頻繁に貴婦人方の視線を集めている。

 けれど、他人を寄せ付けないオーラが大きな障壁となっているらしく、誰一人としてコルウス様に話し掛ける人はいなかった。


 コルウス様の表情はいつもと同じ――憮然としていて掴みどころがない。だけど、わたしには瞳がどこか悲し気に見えた。


 コルウス様の視線の先にはエスメラルダ様がいる。そして、その隣にはわたしの視線が向かう場所――アーネスト様がいた。



 今夜のエスメラルダ様は、アイスグリーンの上品なドレスを身に纏い、大きなエメラルドの髪飾りをお召しになっている。その姿はさながら女神のようで、同性のわたしから見ても惚れ惚れしてしまう。



「コルウス様は苦しくありませんか?」



 そう口にしつつ、己の胸がキュッと軋んだ。エスメラルダ様と身を寄せ合い、優しく微笑むアーネスト様は、まるでわたしの知らない人のように見える。



(エスメラルダ様にはあんな顔をするんだ……)



 そう思うと、心が痛い。



「苦しくないように見えますか?」



 コルウス様は質問に質問を返してきた。相変わらず淡々とした受け答えだけど、その声が、表情が、彼の気持ちを物語っている。



(コルウス様はエスメラルダ様のことを、本気で好きなんだ)



 それが、この半年の間にわたしが辿り着いた答えだった。


 初めは騎士として主人を慕っているだけだろうって、そう思っていた。だけど、彼の瞳にはいつも、はっきりと恋愛感情が見えたし、周囲にそれを隠す様子もない。

 今だってそう。エスメラルダ様を見つめる瞳が、ものすごく切なく、熱く燃えている。



「苦しいなら見なきゃいいのに――そう思いません?」



 それはコルウス様にというより、自分自身に向けた言葉だった。


 アーネスト様が別の妃と踊る――そんなの最初からわかりきっていたことだ。アーネスト様がわたしではない、他の妃の元に通っているのも純然たる事実だし、もっと言えばわたし以外の妃は『アーネスト様の本物の妃』なわけで。



「そうですね」



 そう言ってコルウス様はわたしの腕をグイッと掴んだ。



「わっ……!」


「俺たちも踊りましょう。そうすれば多少はマシになるかもしれません」



 ホールの中央へと連れて行かれ、コルウス様から促されるがままにダンスをはじめる。



「あの、ダンスをお受けするマナーとか、説明は受けたけどあんまり理解できていなくて……大丈夫なんでしょうか?」


「我が国のマナーに照らし合わせれば問題ないかと」



 コルウス様の言うとおり、周囲がわたしたちに眉を顰める様子はない。ホッと安堵しつつ、わたしはコルウス様のリードに身を任せた。

 遠くからだとよく見えたアーネスト様とエスメラルダ様の姿も、近くにいたら案外見えない。



「本当に気にならなくなってきました」



 体を動かしている、っていうのも影響しているのかもしれない。考え事をせずに済んでいるためか、気分が多少高揚する。



「それはよかった」



 そう言ってコルウス様は、ほんの少しだけまなじりを緩めた。



「わっ……笑った! コルウス様が笑った!」



 こんな風に彼が笑うのを見るのははじめてのこと。わたしはついつい興奮してしまう。



(普段無表情な人が笑うのって、とんでもない破壊力を持っているんだなぁ)



 なんというか、見てはいけないものを見てしまったみたいな特別感がある。エスメラルダ様はいつも見ていらっしゃるんだろうけど、何だか得をした気分だ。



「あなたは……一体俺をなんだと思っているんですか?」


「うーーん、エスメラルダ様命で、エスメラルダ様以外には関心がなくて、笑顔も含めて、自分の全部がエスメラルダ様のもの――って感じの生命体でしょうか?」



 わたしがそう言うと、ハハッと声を上げてコルウス様は笑った。正解という意味らしい。



(まさか、こんなところにも仲間がいるなんてなぁ)



 コルウス様はロキとはまた違った意味で、わたしの仲間だった。主人と慕う人に決して叶わぬ恋をしている――そういう者同士。


 とはいえ『実はわたしはアーネスト様の契約妃なんです』って打ち明けるわけにはいかないから、ものすごく一方通行な共感にしかならない。


 そうこうしている間に、曲が終わっていた。踊りはじめたのも途中からだったし、ものすごく短い時間だったように感じられる。




「次は俺と踊りませんか?」



 問いかけられて振り向けば、そこにはロキがいた。

 ふとコルウス様を見たら、彼は急ぎ足でホールを横断している。おそらく、エスメラルダ様を迎えに行っているのだろう。



「喜んで」



 そう言ってわたしはロキの手を取る。ロキは穏やかに微笑んだ。



「はじめはどうなることかと思いましたが、随分上手くなりましたね」



 いつも褒めてくれていたくせに、ロキはこっそりそんなことを思っていたらしい。ふふ、と小さく笑いつつ、わたしはロキから教わったステップを踏む。



「先生がよかったおかげね。ありがとう。だけど、ロキはアーネスト様の警護に回らなくていいの?」


「今は別の者が警護についていますから。もちろん俺も、主の様子には気を配っています」



 わたしには最早、アーネスト様がどこにいるのかわからない。踊っている間に方向感覚がなくなって、すっかり見失ってしまっていた。



(次にアーネスト様が踊るのはソフィア様かな? それともベラ様かな?)



 身分からすればソフィア様の方が上だけど、ファーストダンスにわたしを選ぶようなお方だ。ソフィア様とは軋轢もあるし、もしかすると最後に回されるのかもしれない。



(どちらにしても、アーネスト様が他の人と踊る様子は、あまり見たくないけれど)


「でも、何だか寂しくなるわね」


「寂しく?」


「うん。今日でロキと会えなくなるんだなぁって思うと、寂しい」



 ロキはこの夜会に向けて派遣された、ダンスの先生だ。

 後宮は基本的に男子禁制。今日が終われば彼との接点はなくなる。そう思うと、たまらなく寂しかった。



「そう心配せずとも、また会えますよ。俺は主と一緒に金剛宮に来ますし、ミーナ様がお呼びとあらばいつでも馳せ参じますから」


「いつでもだなんて……嘘吐き。アーネスト様が最優先の癖に」


「当然です」



 そう言ってわたし達は笑い合う。



「でも、そうだね」



 アーネスト様を守るっていう共通の目標があるから、わたしたちはきっと、これから先も繋がっていられる。そう思うとなんだか嬉しくなる。


 ロキは穏やかに微笑むと、わたしの耳元にそっと唇を寄せた。



「ミーナ様にお願い事があります。いつか、主とミーナ様の子どもが生まれたら――俺をその子の騎士にしてください」



 ロキが囁いたのは、思いがけない言葉。



(アーネスト様とわたしの子どもって――)



 騎士にしてほしいだなんて具体的に言われたら、色々と想像してしまう。恥ずかしさに頬を染めつつ、わたしは首を横に振った。



「だっ……だから! そんなの生まれっこないって」



 他の人に聞かれるわけにはいかないので、わたしもロキに耳打ちをする。わたしの意を汲んで自ら屈んでくれたので、とても助かった。そうじゃなかったら、なにも言い返せず、悶々と頭を抱える羽目になっていたに違いない。



「さあ……それはどうでしょう?」



 ロキはそう言って目を細めると、わたしの背後をそっと見つめる。



(え?)



 怪訝に思うと同時に、誰かがわたしの手首を掴んだ。ビクリと身体を震わせ、恐る恐る振り返る。

 すると意外なことに、そこにいたのはアーネスト様だった。



「アッ……陛下?」



 アーネスト様はわたしの呼び掛けには答えず、どこか真剣な面持ちでロキを見つめている。



「ロキ」


「はい、お任せください」



 一言、そんな言葉を交わしてから、ロキが笑う。それからアーネスト様はわたしの手を引き、人混みを真っ直ぐに突き進んだ。



「陛下⁉ お待ちください、陛下!」



 遠くから、悲鳴にも似たソフィア様の声が聞こえてくる。



(なに? 一体どういうこと?)



 サッパリ事態の呑み込めていないわたしに向かって、ロキが満面の笑みで手を振っていた。

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