16.磨けば光る
「――ソフィア」
アーネスト様の声が広間に木霊した。身体の芯まで凍えるような冷たい声だ。けれどそこには、激しく燃えるような怒りの感情が内包されている。
ソフィア様は目を見開きつつ、その場で静かに震えていた。
「妃同士に優劣はない――皆等しく、俺の『所有物』だ。そのことはそなたも知っているだろう?」
アーネスト様はそう言ってソフィア様をじっと見下ろす。その場にいる全員が、静かに息を呑んだ。
「陛下、それは、そのっ……」
(アーネスト様は普段なら『所有物』なんて言い方は絶対にしない)
平民出身のわたしを人として――まるで対等かのように扱ってくださる人だ。本当は契約妃のわたしなんて、数ある道具の一つでしかないのに、本当に大事にしてくださっている。
アーネスト様はソフィア様の心を折るためだけに、あんな言い方をした。
ソフィア様はいつだって『自分が一番』という人だ。だからこそ、ことあるごとにわたしを貶めている。
だけど、アーネスト様の所有物である『妃』を貶めることは、アーネスト様自身を貶めることだ。それがたとえ、平民出身のわたしであったとしても――そう気づかせたかったんだと思う。
「わっ……わたくしは、ただ――陛下の評判を落とすような真似はするなと――そう注意をしたかったのです! この場にいる誰よりも美しくあること、それが妃であるわたくしたちの責務でございましょう? この娘はその義務を果たしていない。それが腹立たしくてならなかったのです! 金剛石だって、わたくしが差し上げたものがございましたのに――」
「そのことならば、そなたが案ずることはない。金剛石は今夜この場で、俺からミーナに授けるつもりだった。それに……そなたは知らないようだが、金剛石は決して醜い石ではない」
そう言ってアーネスト様は、チラリと後を振り返る。すぐさま、ロキがこちらに向かってやって来た。彼はベロア生地の箱を大事に抱え、その場に恭しく跪く。アーネスト様は箱の中身を手に、ゆっくりとわたしの方を向いた。
「ミーナ、ここへ」
「はっ……はい、陛下」
言われるがまま、わたしはアーネスト様の前へ進み出て、膝を折った。それからアーネスト様は、ゆっくりとわたしの頭に手を伸ばす。
ずっしりとしたなにかが頭にのった感触。許可が出てから顔を上げると、周囲からわっと感嘆の声が上がった。
「まぁ……! なんて美しいの」
「こんな見事な宝石、見たことがありませんわ」
「素敵なティアラだこと。ミーナ様にとても似合っていらっしゃるわ」
湧き上がる称賛の嵐。なにがなんだかわからないまま、わたしはアーネスト様を見上げた。
『ごめん、本当は二人きりの時に渡したかったんだけど』
さっきできあがったばかりなんだよ――アーネスト様は小声でそう囁く。言葉で表せない感情が胸に広がって、目頭がツンと熱くなった。
「なっ……! これが……この石が『金剛石』だと仰るのですか⁉」
「そのとおりだ。金剛石は他のどの石よりも硬く、瑕のつけられない石だ。磨かずとも光る、他の宝石の原石とは根本的に違っている。けれど――金剛石は己で己を磨くことができる。磨けば磨くほど、美しくなる。そうして、どの石よりも強く、まばゆい輝きを放つ宝石だ」
アーネスト様はそう言って、わたしに向けて微笑んだ。その瞬間、わたしは唐突にアーネスト様と金剛石について話した時のことを思い出した。
『こんな石でも磨けば少しは光るのかなぁ』
くすんだ金剛石を手に、そんなことを呟いた――ソフィア様に『お似合いだ』と言われたことを思い悩んでいるわたしに、アーネスト様は『あまりにも言い得て妙だなぁ』って仰った。
あのときは、アーネスト様に馬鹿にされたと思った。ちっとも輝かない石がわたしに似合っているんだって。
だけど、本当は違ったんだ。
『金剛石は己で己を磨くことができる。磨けば磨くほど、美しくなる。そうして、どの石よりも強く、まばゆい輝きを放つ宝石だ』
泣きたくなるのを必死で堪えながら、わたしは真っ直ぐ前を見据える。
磨けば光ると――そんな風に思ってくれたアーネスト様の期待に応えたい。誰よりも強く、美しくなりたいってそう思った。
「そっ、そんな……わたくしは――」
「わかったら、そなたはもう黙っていなさい。これ以上俺を怒らせるようなら、いくら宰相の娘とはいえ容赦はしない――そう心得よ」
アーネスト様はそう言って踵を返した。固唾を飲んで事態を見守っていた会場の人々が一斉に頭を下げる。わたしもエスメラルダ様にならって、ゆっくりと頭を下げた。
(アーネスト様……)
胸が熱くて、他の人が顔を上げたってわかっていても、そのまましばらく、顔を上げることができなかった。




