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15.嘲笑

 月日が過ぎるのはとても早い。

 今夜は皇帝――アーネスト様主催の夜会の日だ。

 アーネスト様からいただいたドレスを身に纏い、他の妃と一緒に大広間へと進む。



(すごい……圧巻だ)



 アーネスト様の即位以降、後宮の外に出るのは初めてのこと。恭しく頭を垂れた貴族や文官、騎士たちの間を、緊張を押し隠しながら通り抜ける。


 今は海外からのお客様を迎える準備を行っている最中らしく、会場内には国内の貴族たちしかいない。それでも、プレッシャーが凄まじかった。心臓が変な音を立てて鳴り響く。わたしは背筋を必死に伸ばして虚勢を張った。



「今からあんまり気を張っていると、途中でバてるわよ」



 わたしのことをチラリとも見ないまま、ベラ様が言う。


 今夜の彼女は、シンプル且つ大胆なデコルテの、深紅のドレスを身に纏っていた。長いシルバーピンクの髪は緩やかに纏め上げられ、真っ白な背中が剥き出しになっている。胸元には大粒のルビー。ベラ様だからこそ似合う――そんなコーディネートだった。



「ありがとうございます。頑張って調整します」



 ベラ様だけに聞こえるぐらいの小声でそう口にしつつ、わたしは小さく息を吐く。この辺の塩梅は『慣れるしかない』とエスメラルダ様にも事前に助言を貰っている。ほんの少しだけ気を緩めつつ、わたしは広間の中央をそっと覗き見た。


 そこでは玉座に座ったアーネスト様が、貴族たちの謁見に応じている。アーネスト様は、普段の温厚で親しみやすい印象とは違っていた。

 威厳に満ちた佇まいは美しく、あまりにも神々しい。見ていて本当に惚れ惚れする。もしもこの場にロキがいたら、アーネスト様の素晴らしさを語り合えたのになって思った。


 だけど、今は会場を動き回ることも、キョロキョロと見回すこともできない。心の中に称賛の言葉を蓄積し、わたしはこっそり拳を握った。



「――まったく、貧相な身なりですこと。同じ妃として恥ずかしいですわ」



 その時、ベラ様の向こう側からそんな声が聞こえてきた。明らかな嘲笑。ベラ様とエスメラルダ様の意識もそちらへと向かったのがわかる。


 声の主は他でもない――ソフィア様だ。



「ああ、当然お二人のことじゃございませんわ。そちらの平民上がりの妃もどきのことです」



 相変わらず歯に衣着せぬ物言いである。



(初っ端からこれか……)



 あまりの態度に、わたしは思わず呆れてしまった。


 かく言うソフィア様は、薄水色のマーメイドラインのドレスに身を包み、耳元にはサファイアのイアリングが揺れている。ベラ様と比べると、ものすごく保守的な仕上がりだ。

 けれど、この場に必要な華と、品のよさだけは十分に演出されている。なんだか、胸のあたりがモヤモヤした。



(……視線を感じる)



 あからさまではないものの、周囲の貴族達がチラチラとこちらを覗き見ているのがわかった。

 滅多に表舞台に出てこない、後宮の妃たちに対する注目度は相当高いらしい。仲が悪いのなら尚更。そういう女性同士のドロドロを好む貴族が一定数いると、ロキから事前に聞いてはいる。だけど――。



「こちらのドレスは、陛下がわたしのために選んでくださったものです。侮辱するのはお止めください」



 大きく深呼吸をしたあと、わたしはきっぱりとそう返事をした。ソフィア様が小さく息を呑む音が聞こえる。わたしのドレスが『アーネスト様からの贈り物』という事実に、かなりのショックを受けたようだ。

 無駄な応酬を続ける気はないし、このまま引き下がってくれるならそれでいい。真っすぐ前を見据えたまま、わたしはぐっと胸を張った。



「わっ……わたくしが申し上げたのはドレスのことではございませんわ」



 けれど、ソフィア様はそう言ってこちらを向く。声を荒げているわけでもないのに、今や会場中の注目が、わたしたちへと集まっていた。



「わたくしは……そう! あなたのその飾り気のなさを嘆いていたのです。

こういう場ではね、妃は己の宮殿のモチーフである宝石を身に着けるものなの! それなのにあなたときたら、安い小さな宝石を申し訳程度に身に着けただけじゃない。それを貧相と言わずして、なんと言えばいいのかしら!」



 痛いところをつかれてしまった。顔をしかめそうになるのをこらえつつ、わたしはそっと胸元を見る。

 わたしが今夜のために用意をした宝石はたしかに、他の妃たちに比べると随分小さいものだった。エスメラルダ様にも事前に実物を見ていただいて『悪くない』と言ってもらったけど、実際に並んでみると、見劣りしているのがよくわかる。 



「まあ、これまで金剛宮に妃が立つことはなかった上、あなたは平民出身ですものね。おまけに金剛石なんて醜い石、身に着けたくとも身に着けられなかったのでしょう。気の毒な状況に、同情はしますけれども……ふふっ」



 ソフィア様は水を得た魚の如く、一気にそう捲し立てた。わたしが表情を曇らせるのを確認してから、愉悦に満ちた笑い声をあげる。



(本当に、この人だけはどうしても好きになれそうにない)



 どうしてここまで人の――わたしの上に立つことに固執するのだろう? 公爵令嬢のエスメラルダ様は寧ろ、他人を立てようとなさるのに。

 おそらくは、ソフィア様の性格なんだと思う。



(だけど)



 広間の中の幾人か、ソフィア様に同調するように笑っている。きっとこれが、貴族の持つ階級意識というものなのだろう。



(別に、今更傷ついたりしないけど)



 それが当たり前。そういう世の中なんだってわかっている。

 だからこそ、身分制度があるわけだし、笑われるのも蔑ずまれるのも慣れっこだ。

 だけどわたしは――。



「――今、俺の妃を笑ったのは誰だ?」



 広間に冷ややかな声音が響く。

 それが誰の声かなんて、確認しなくてもすぐにわかった。



「アーネスト様……」



 アーネスト様は悠然と立ち上がり、真っ直ぐにわたしたちの元へと歩いてくる。ソフィア様が青ざめながら後ずさり、広間の空気が一気に凍り付いた。

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