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14.夢

「ロキと随分仲がよくなったんだね」



 久々にお会いしたアーネスト様は、開口一番そんなことを口にした。



(アーネスト様……ちゃんと寝ていらっしゃるのかしら?)



 穏やかに目を細めているものの、アーネスト様の目の下にはくっきりと隈ができている。その上、いつも陶器みたいに真っ白でスベスベした綺麗な肌が、今日はどこかくすんで見えた。



(何だか申し訳なかったなぁ)



 ロキにそそのかされたとはいえ、そんな忙しい人に『会いたい』って手紙を送って呼びつけてしまった――罪悪感がチリチリと胸を焼く。



「ミーナ?」


「え? あっ……すみません。ロキはわたしと境遇がすごく似ていますし、二人ともアーネスト様を慕っているっていう共通点がありますから」



 慌ててそう答えつつ、アーネスト様がゆっくりと休めるよう、部屋の環境を整えていく。カミラが用意してくれたリラックス効果のある精油を焚いて、灯りをほんのり落とすと、アーネスト様は眠たそうに目を擦った。



「そうか……うん。二人はきっと、気が合うだろうなって思ったんだ」



 そう言ってアーネスト様はわたしのことを手招きする。隣に座るよう促され、わたしはゆっくりと腰を下ろした。


 金剛宮にいらっしゃる日はいつも、アーネスト様とわたしは一緒のベッドで眠る。自分に色気がないことは重々わかっているけど、そもそもわたしはアーネスト様にとって『女性』という枠組みに入っていないんだろうなって思う。

 多分ロキと同じ従者枠――ロキと出会って以降、そんな風に感じるようになっていた。



「いつも二人でどんな話をしているの?」


「ロキとですか? そんなの当然、アーネスト様のことに決まっています」



 わたしたちの話題はアーネスト様のことばかり。二人で『アーネスト様をどれ程崇拝しているのか』を語り合うことが、ここ最近の楽しみだった。


 そりゃあ、エスメラルダ様やベラ様だって当然、アーネスト様のことを慕っている。だけど、わたし達とは種類も熱量も全然違うと思う。


 ロキとわたしはアーネスト様に拾ってもらったもの同士――互いにしか分かり合えない絆みたいなものが存在する。自分の命より大切なもの。それがわたしたちにとってのアーネスト様だ。



「俺のこと、ね」



 そう言ってアーネスト様はゴロンとベッドに横になった。どうやら眠さの限界らしい。だけど、瞼を何度もしばたかせながら、アーネスト様はわたしのことを見つめてくれた。泣きたくなるような優しい笑顔。愛しさに胸を震わせつつ、わたしは徐に口を開く。



「アーネスト様」


「ん?」


「ドレスをありがとうございました」



 心からの感謝を口にすると、アーネスト様は穏やかに目を細めた。



「おいで、ミーナ」


「へ……? わっ」



 唐突に腕を引っ張られ、アーネスト様の胸に抱き留められる。薄い寝間着越しに感じるアーネスト様の体温と鼓動に、心臓がバクバクと鳴り響いた。



「気に入ってくれた?」



 頭上で響くアーネスト様の声音は心臓に悪い。体が狂ったみたいに熱くなって、苦しくて苦しくてたまらなくなる。

 だけど、その分だけ幸せで、心の中が甘ったるい。わたしがここにいいのかな?って思いながらも、嬉しくてその場から動くことができない。



「もちろんです。アーネスト様が選んでくださったって聞いて、ビックリして。だけど――すごくすごく嬉しかったです」



 やっとの思いでそう答えると、アーネスト様が嬉しそうに微笑む気配がした。



「よかった。ミーナに似合うと、そう思ったんだ」



 わたしの背中をポンポン叩きながら、アーネスト様はそう口にする。何だかまるで幼児かペットにでもなった気分だ。温かくて、気持ちよくて、わたしの瞼も次第に重くなっていく。



「ミーナ、俺ね……今回の人生で、成し遂げたいことがあるんだ」



 ポツリポツリとアーネスト様が言葉を紡ぐ。既に夢の淵にいるのだろうか。所々言葉が途切れて、掠れている。



「そのせいですごく忙しいし、ミーナにも中々会いに来れない。だけど今日、ミーナに『会いたい』って手紙を貰えて、すごく嬉しかった……」



 アーネスト様の声が優しく響く。温かくて、ふわふわする。

 もしかしたら夢の淵にいるのはわたしの方なのかもしれない。だとすれば、あまりにも自分に都合のいい夢だ。



(ずっと覚めなければいいのに)



 そんなことを思いつつ、わたしはアーネスト様の背中に腕を回した。胸いっぱいにアーネスト様の香りを吸い込んで、そのあまりの甘さに酔いしれる。



「ミーナ、もしも俺が八か月後も生き残ることが出来たら、その時は――」



 けれど、アーネスト様の言葉がそれ以上続くことはなかった。やっぱりわたしは既に夢の中にいるんだと思う。

 二人分の寝息が聞こえてくる。まるで自分が自分じゃなくなったみたいな感覚だった。



(アーネスト様のことは死なせませんよ)



 なにがあっても、絶対。

 そう心に誓いつつ、わたしは今度こそ、完全に意識を手放したのだった。

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