12.同志
二人で一緒に朝食をとったあと、アーネスト様は早速、ダンスを教えることができるという従者と引き合わせてくれた。
「はじめまして、ミーナ様。俺はロキと申します」
ロキは黒と銀が混ざった不思議な髪の色をしていた。背がすごく大きくて、体はキュッと引き締まっている。
年齢はアーネスト様と同じか少し上ぐらいで、愛想はあまりない。けれど、不思議と親しみやすさを感じる、これまでに出会ったことのないタイプだった。
「ロキは皇子時代、俺の側近だったんだ」
そう言ってアーネスト様は穏やかに笑う。だけど、どこか寂し気な表情に見えた。
(側近『だった』ってことは――)
今は違う、ということらしい。気になるけど、深堀りしちゃいけない気がした。
ロキを紹介してくれたあと、アーネスト様は足早に金剛宮を後にした。朝から会議が入っているのに、わたしのために時間を割いてくれたみたい。
大きなホールにはわたしとロキ、それから侍女のカミラが残っている。ロキは静かに跪き、わたしを真っ直ぐに見上げた。
「ミーナ様、改めて、これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくね」
返事をしたら、ロキは穏やかに微笑んでくれた。孤高の狼のような――けれど従順な犬のような、チグハグな印象を受けた。
「主――アーネスト様からミーナ様のお話は聴いております」
「えっ? わたしの?」
何かの間違いじゃなかろうか。わたしはそっと首を傾げる。
「はい。あなたが主を――守ってくださると」
ロキはわたしの手を取り、耳元にそっと唇を寄せた。
「もっ、もしかして! ロキにも記憶が残っているのですか?」
一度目の、アーネスト様が殺された記憶が。言外にそう尋ねると、ロキは首を横に振った。
「いいえ。けれど、主が教えてくれたんです」
ロキはそう言って真っ直ぐにわたしを見つめる。その瞳に、一ミリだって疑いの色は見えない。
(信頼しているんだ)
ロキは――それからアーネスト様も、お互いを強く信じているんだってわかる。
アーネスト様には、ロキが犯人じゃないっていう確信があった。だから、一度目の人生で自身が毒殺されたことを打ち明けたんだと思う。
そしてロキも、そんなアーネスト様の話を当たり前のように受け止めている。当事者――覚えている者以外には信じがたい、荒唐無稽な話だっていうのに。
「主は俺の全てです。ですから俺は、全力であなたの力になります」
力強い言葉。「ありがとう」ってこたえながら、大きく頷く。何故だか心がポカポカと温かかった。
ロキはとてもいい先生だった。ダンスのダの字も分からないわたしに、手取り足取り、懇切丁寧に指導をしてくれる。
「今のはすごくよかったです。とても綺麗でしたよ、ミーナ様」
おまけにものすごく褒め上手だから『必死で頑張っている』という感覚が少ない。おかげで、ストレスなく練習を続けることができた。
それから数日、見目麗しいロキの存在は、あっという間に後宮内の話題を掻っ攫った。他の宮殿の侍女たちですら、ロキの姿を拝むために、度々ホールを覗きに来る始末だ。
けれど、アーネスト様命のロキは、女性に興味はないらしい。チラリとも振り返ることなく、わたしの指導に集中していた。
「ところで、ロキは普段、どんな仕事をしているんですか?」
彼と初めて会ってから二週間が経ったある日のこと、ダンスの練習の最中、わたしはそんなことを尋ねてみた。特訓の成果と、ロキの鮮やかなリードのおかげで、ようやく『ダンスっぽいもの』に近づいてきた、という段階だ。
「俺は主の――主に貴石宮の警護をしています」
「貴石宮?」
初めて耳にする宮殿だ。首を傾げるわたしに、ロキは小さく頷いた。
「貴石宮は内廷にある、主の住まいです。公務が忙しく、金剛宮を訪れる時間がないときは、主はそちらで寝泊りをしています。主が金剛宮を訪れるときは、俺も同行しています。――そうか、ミーナ様はご存じなかったのですね」
(全然、知らなかった……)
わたしの世界はとても狭い。他のお妃様を通して、後宮内のことは少しずつわかって来たつもりだけど、内廷のことや、アーネスト様を取り巻く環境など、まだまだ全然知らないことが多い。
「主は元々、皇位を継ぐ予定ではありませんでした。皇太子――お兄様がいらっしゃいましたから。
けれど、先帝とお兄様を同時に失い、本人すら予期せぬ形で唐突に皇位を継ぐことが決まりました」
相槌を打ちながらうなずいた。さすがにその辺の事情は、宮女をしていたから知っている。ロキがなにを伝えたいのかわからなくて、わたしはそっと首を傾げた。
「本来なら俺は、主の側近になれるような人間じゃなかったんです。俺は自分の親がどんな人間なのかすら知りませんから。主はそんな俺にも、居場所と生きる意味を与えてくれた。皇帝になった今でも――昔のようにはいかずとも――俺を側に置いてくれているんです」
ロキの言葉に、わたしはハッと息を呑む。ロキは今にも泣きだしそうな、それでいて幸せそうな表情を浮かべていた。
(同じだ)
ロキはわたしと同じ――もう一人の自分だ。
初めて会った時からロキに感じていた親近感はきっと、彼とわたしが同じだからこそ感じたものなのだろう。わたしたちの心の中には、他人が絶対に侵せない不可侵領域――アーネスト様が存在する。
(ロキに出会えてよかった)
なんとなくだけど、ロキもわたしと同じことを考えている気がする。なぜだか満足気に微笑むアーネスト様の顔が目に浮かんで、わたしはふふ、と声を上げて笑うのだった。




