4退屈ほど尊いものはない
「おはよう、徹君」
「おはよ、随分と早く目を覚ましたなー」
後藤さんと俺がそれぞれ徹君におはようを言うと、徹君からもおはようが返ってくる。血の気が多いしぶっきらぼうだが、礼儀の正しい子なのである。それを意外と言ってはちょっと失礼なのだが、意外に思う人は多い。
「なぁ、なんか面白いことあったか?」
「いや、無いよ。今日のイベントは新しい入院患者が入ることくらいじゃないかなぁ」
「あー、今朝、隣りの部屋を急いで整えてたから隣りだろうな」
……隣り。病気の症状がとても重い患者が入る、特別な個室だ。今日入ると予想されている患者が、毎夜毎夜、訳の分からないことを叫んだりする患者じゃなければいいのだが。特別な個室とはいえ、防音設備は無い。今までも隣りの個室に患者が入ったことは何度かあるが、夜も眠らず叫ぶ患者ばかりだった。
「ギャーギャー喚こうが、美人なら許せるんだけどな」
「俺は美人だろうが睡眠妨害になるような患者は受け入れられない……」
「まぁ、僕もイケメンだろうと許せないかなぁ」
と、徹君と俺と後藤さん。言葉にそれぞれの人間性が出ている。そんな会話をしていた時だった。隣りの個室の方からガタガタと物音がし始めた。どうやら今日のイベントは、隣りの個室に新米が入る。それで決定のようだった。そして、今日から俺と後藤さんと徹君は三人揃って、同じ価値観を持つことになるのだった。
──退屈ほど尊いものはない。
退屈を敵としていた俺たちが退屈を尊いと思うようになるなんて、誰が予想できただろう。俺たちの価値観が上書きされるまで、あと少し。心の底から、何も無いことの有り難みを感じる日々がやってくるなんて。それもまた、誰が予想できただろう。