シーホース
宙に浮いたり空を飛行したりする怪獣の数はそう多くない。
巨体を維持するため補助的に反重力を用いている個体は多いが、完全に空へ浮くとなるとかなりの出力が求められる。
だから、比較的小型の個体に限られているのだろう。
雛祭り侵攻で俺が倒したクラゲや溶解液を吐いていたワームあたりが、過去最大級のサイズになると思う。
だが、映像で見たⅬⅬ超級のタツノオトシゴは100メートル以上の細長い体で宙を泳いでやって来た。
今は、直立してビルの間を漂っている。
海の生き物図鑑で見るそのままの姿で、宙に浮いているのだった。
だが、ⅬⅬ超級にしては小さく見えた。
『出現した時には前傾して、尾が後方へ伸びていたようです。それが今は直立して、尾がゼンマイのように巻かれています。今の全長は80メートルといったところでしょうか』
宙に浮いた長い首が、100メートルの高さのビルから上に出ている。
今のところ動きは遅いが、それでも顔を見る限り、巨大なドラゴンの存在感に圧倒される。
全体にやや横に大きく丸みを帯びているところは、他の怪獣と同じようなデフォルメの踏襲なのだろうか。
しかし一般的な怪獣と明らかに違うのは、人を呑み込む巨大な口を開いていないということだった。
竜というより間抜けな馬面の尖った口は丸い筒状で、十分に人間を吸い込める大きさがあるのだが、過去の怪獣の嫌らしい牙の並んだ口に比べれば可愛いものだ。
『それはそうです。タツノオトシゴは竜というよりも、海の馬と呼ばれる地域が多いですから。どちらかというとドラゴンではなく、ホースかと……』
『なるほど、シーホース、海馬か』
そう言われると、それほど強そうに見えないから不思議だ。
だが、こいつの能力は不気味に宙に浮いているだけではない。
既に討伐隊のフライングカーが2台落とされ、乗員8名が行方不明になっているのだ。
そのうちの四人が小隊長の神田日奈さんを含むゼロ小隊のメンバーであった。
ゼロ小隊は隊長以下九人のメンバーのうち、先日の雛祭り侵攻で怪我をした朝霞ジョイと、俺たち借金王チーム四人を除いた残る四人が、今日出撃していた。
マサヒロさん以外は、皆女性である。
今も二台のフライングカーが遠巻きに旋回して、鼻面に閃光弾などを打ち込みながら進行を防ごうと躍起になっている。
そこへ1台のフライングバイクが現れて、猛烈な勢いで接近と離脱を繰り返しながら攻撃を始めた。
「おい、トミー。遅いぞ。早く攻撃に加われ!」
美玲さんの声が、突然無線から響いた。
「美玲、体は大丈夫なの?」
「姉さん、それはこっちのセリフですよ。まさかトミーと一緒にいるのは姉さんですか?」
どうして美玲さんが単独で出撃しているのか、謎である。
『美玲、怪獣はセイジュウロウを狙っている可能性があります。こちらはこのまま微速で前進し、北から接近します。もし怪獣がセイジュウロウの存在に気付いて追うようなら、街から引き離せる可能性があります』
ゴンが例の脳内秘匿回線を使い、会話に割り込んだ。一般無線で話せる内容ではない。
『わかりました。それまで近くで観察しています』
『そうじゃなくて、あなたは大丈夫なの?』
普通に考えれば、アンドロイドである美玲さんがあんなに近くを旋回していれば、間違いなく怪獣が優先して美玲さんを攻撃している筈だ。
『それについては、ドクターから問い合わせのビデオレターが届いています』
ゴンが妙なことを言い始めた。
『美鈴が意識を失いナノマシンによる肉体の改造を始めたのとほぼ同じ時刻に、上野の美玲も気を失い倒れたそうです。そして、そのまま三日間行動不能となっていたようです』
『なんだって?』
『今日、日付が変わったころに突然美玲は目覚めて、それから異常なハイテンションで動き回り、遂には勝手に予備のフライングバイクを持ち出して出撃してしまったと……』
俺は今も異常なハイテンションでバイクに跨る後席の女性を振り向いた。
『双子って、そんなところまで繋がっているものなのですか?』
『えっ、さあ……美玲のことは本人に聞いてください。わたしは何も知りませんよ』
『まあ、確かに美玲の体内にも美鈴同様にワタシのナノマシンが隔離され、保管されていたのは紛れもない事実です。セイジュウロウは身に覚えがあるでしょう』
はぁ、それについてはノーコメントだ。
『しかし私が浅間高原で美鈴に対して行った措置が、150キロも離れた東京の美玲にまで影響を与えるとは、全く計算外でした』
ゴンも知らない事件が起きていたとは。
だが、ということは美玲さんも既に怪獣に追われない体になっているということか。本人はそれを理解しているのだろうか?
『つまり、美玲さんの体もゴンのナノマシンにより強化されているんですよね?』
『えーと、目が覚めたら体が軽くて、気分が高揚しているのよね。今はもっと暴れたい気分なのよ!』
『わたしと同じね。じゃあ美玲も一緒に怪獣退治をしましょう!』
なんなんだ、この双子は。
『おまえの娘たちは、いかれちまってるぞ。とにかく、ちゃんと娘をフォローしてやれよ』
『はい。しかし、ドクターにどう説明したらよいのやら……』
『そうか。ドクターの定期メンテナンスが二人とも不要になったのか……』
『セイジュウロウ、そんなことを言っているうちに、シーホースに捕捉されました。直線距離で約350メートルの位置です。雷獣より早い感知ですね』
俺は宙に浮かぶ海馬の目を見た。狂ったような瞳が俺を追っているのを感じる。
『では、市街から引き離しましょう』
『了解。この距離を保って北へ誘導しよう』
俺は進路を左に変更して、からかうようにゆっくりとその場で旋回して見せた。
海馬は目の前で回転する俺の存在に引き付けられて、真直ぐこちらへ向かってくる。




